あれは、私がまだ小学生のときの事件である。
友人のタカジンと帰っていた時、川幅5メートル程の川の向こう岸のやぶからガサガサ音が聞こえてきた。はてっ、と思い二人で立ち止まる。
「一体なんだろう。」
そんなことを言っている間に黒い影が見えた。四つ足である。しかし、妙にでかい、熊だろうか、いやいや、いくらここが田舎だからといって、熊まではいない、ドデポンとした犬かもしれない。ガサッ、ガサッ、
『あっ。』
二人同時に声を上げた、熊である・・・。私の思考回路は爆発寸前、タカジンはガチャラピコーンといった感じである。
「なぜ、こんな所に熊がいるのだろう、恐ろしい、このまま食べられるかもしれない、熊牧場(熊本にある熊のテーマパーク)から逃げてきたのだろうか、しかし、そんなニュースは聞いていない、きっと幻だ。」
小学生の頭でさえ、現実逃避をはじめる世界である。熊は、立ち上がり両手を広げた。
「でっでかい・・・。」
これは相手をいかくするときのポーズなのだろうが、私にはいただきますの合図に見えた。
「あぁ、なんて良くできた幻だろう、立ち上がる熊、折れる小枝の音、そしてあの爪と牙、現実そのものではないか・・・。」
実際に現実である。しかし、よく考えると川がある、ブロックを積んだ上に道があるので谷の様になっている。
「なんだ、これなら安心だ。」
幻だと言いながら現状を分析している自分を凄いと思った。
「しかし、まてよ私でさえ、幅飛びで4mはゆうに飛ぶのだから、私の3倍はあろうかというデカイ熊なら3倍の12mは飛ぶのでは。」
12mを跳躍する熊、考えただけでも恐ろしい、オリンピック委員会もおどろきである。私は、蛙になりたいと思った。
「あの大きさで、三段跳びて5m飛べるのだ。人間の大きさなら・・・気持ち悪い、そうだ兎にしよう。」
そんなことを考えているうちに、熊はまた四つんばいになった。
「とうとう、こっちにくる気だ、冥土の土産が熊の12mジャンプとは・・・ランドセルで殴ってやる。」
私は、静かにランドセルを背中からおろすと抗戦体制をとった。熊抜きで見れば怪しい小学生である。ガサッ
「来るっ。」
と思ったら本当に熊はクルッと方向を変えた。
「あれっ。」
ノッシ、ノッシと熊は去っていった。
「私はまずそうなのだろうか・・はっ!タカジン。」
辺りを見回してもタカジンはいない。
「逃げたな、まぁいいか。」
後から、聞いた話しだがタカジンは助けを呼んだらしい。しかし、熊が出たなどという話は、誰にも信用されなかったようだ。後日、私も一緒にみんなに訴えたのだが誰もこの話を信用するものはなく、私はしばらく嘘つきのレッテルをはられることになる。