おバカな私と友人その他

鶏( 1 / 1 )

 私の家では昔、鶏を飼っていた。鶏を飼っていたといっても養鶏のようにでかいわけではなく。10羽ほど飼っていただけである。大きな鶏小屋がありその中に入り込んでは卵をとっていた。
 あれは私が幼稚園の頃のことだ。私は一人で「古い家」に行った。
 私の実家には家が2軒あった。古い家と新しい家である。古い家というのは私のおじいちゃんとおばぁちゃんが住んでいた家で、私もその家ですごした記憶がかすかに残っている。新しい家というのは私の父親が建てた家のことだ。この2軒の家の間にはちょっとした坂道があり、完全に分離されている。古い家のほうはすでに使われておらず、物置になっていた。この物置と化した家が私には魅力的だったのである。
 家の中は騒然としており、一見ごみの山に見えた。まぁ最初はきちんとしていたのだが私がごちゃごちゃと遊んでいるうちにごみの山になってしまったのだ。このごみの山が当時の私には宝の山に見えていたのだ。実際、宝の山だった。
 その、ガラクタの中には私の父が愛用していたおもちゃが隠されており、私も全部を把握しきれない程だ。父は4人兄弟の長男で弟1人に妹2人の構成で育ってきた。その4人分のおもちゃがうまっていたのである。さらに私の上には姉が2人いるので使い古しのおもちゃは随時この物置に追加されていた。ブリキのおもちゃはもちろん、今ならコレクターがよだれをたらしそうなキャラクター物までたくさんあった。タイムボカン、仮面ライダー、ウルトラマン。ひときわ私の記憶に残っているのはでっかいビニール人形だ。たしか、グレートマジンガーだったと思う。これがでかい。当時の私の座高より高い。おそらく70~80センチはあったのではないだろうか。しかも腕のところがミサイルになっていてロケットパンチがはなてる。すばらしい、感涙ものだ。昔の漫画もたくさんあった。なかでも私が好きだったのがウルトラマン。最近みつけてついつい購入してしまった。当時の思い出が蘇っていい感じだ。
 さて、この古い家にはもうひとつ重要な要素があった。実は、この古い家の裏で鶏を飼っていたのだ。先ほど話した大きな鶏小屋というのは後で父が作ったもので、始めのうちはこの古い家の裏で放し飼いにしていた。家の裏は鶏がバサバサと飛び交う無法地帯と化していたのだ。
 私は古い家に進入し、いつもどうりがらくたをあさって遊んでいた。新しいおもちゃ・漫画をさがしてガチャガチャ、ガチャガチャ。たまにネズミの糞なんかがあったりするが気にしない。ガチャガチャ、ガチャガチャ。たまにゴキブリの卵があるが気にしない。ガチャ、ガチャ、
「おっ! 発見。あはっはっはっは。これは? なんだリカちゃんか」
 といった具合に遊んでいたのだ。まぁ当然ながらそのうち疲れる。たくさんのがらくたをあっちへこっちへ、上へ下へと動かしているので体力を消耗。そのうち、
「ぐへぇ~」
 となってしまう。
「疲れたなぁ。そろそろ帰るか」
 そう思った私に悪魔の声がきこえた。
「クォ~、コッコッコ」
 鶏だ、
「バサッ! バサッ!」
 なんだか騒がしい。普段私は、おじいちゃんと一緒に卵をとる時以外は臭いため鶏にはあまり近よらない。ところがこの時、私は好奇心に負けてついついふらふら見に行ってしまったのである。
 私は家の裏にまわり鶏たちのもとへと近寄った。
「クケェー! コッコッ! クケッ!」
「バサッ! バサッバサッ! コケッ!」
 どうやら雄の鶏同士が喧嘩しているようだ。なにが原因かわからないがあたりには羽毛が飛び散っている。私はもう少しよく見ようと思って、さらに接近した。
 2羽の鶏は激しくどつきあっている。片方の雄はこの鶏達の中で一番大きく、おそらくこの平岩鶏一家のボスであろう。もう片方の雄は若手のホープといったところだろうか。きっと群れのリーダーをねらって勝負をしかけたにちがいない。私はでかい方をボス、若手の方をサブと呼ぶことにして、鶏の喧嘩をしばし眺めることにした。
 やはり、ボスは強い。サブは全然相手になっていない。ボスの右足でぼこぼこにされている。一方サブは喧嘩を仕掛けたもののこの様子では後悔しているであろう。羽毛を散らしながら必死で逃げ回っている。後悔先に立たずとはまさにこのことだ。ちょっと、仕掛けるのが早かった。若さ故の過ちであろう。
「大丈夫かなぁ?」
 ボスの攻撃はすさまじくサブの白い身体は一部赤く染まっている。当時まだ優しい心を持ち合わせていた私はふと、
「なんか可哀想だな。ん? まてよ喧嘩をしかけるということはこの群のナンバー2。次代をになう期待の星だ。こんなところで死んでもらっては困る。」
 私は慈悲と妙な責任感にかられサブを助けてやることにした。喧嘩の仲裁をかってでたのである。
「バサッバサッバサッ。」
 ボスは執拗にサブを追いかけている。私はサブの逃げる方向を確かめタイミングをはかると間にわって入った。
「こら、やめろ!」
 両手を広げてボスの進路をふさぐ。ボスは立ち止まり少し後方に退いた。サブは私の後ろでちょろちょろして様子を伺っているようだ。
「おまえは・・・もういいだろう! やめなさい!」
 金八風味の台詞が口からでてくる。鶏も臭いが私もくさい。これで鶏が心うたれ、仲良くなったら三流ドラマだ。監督も、
「やってられっか」
 と、メガホンを投げるであろう。まぁ、おおかたの予想どうり鶏が心打たれるわけもなくボスは別の行動にうつった。
「コケェ~!」
 なんとボスは両翼を思い切り広げると私めがけて突進してきたのだ。
「へっ?」
 私はあっけにとられた。あまりの事態に状況が把握できなかったのだ。
 ボスの体長は約90センチ。幼稚園の私とそんなにかわらない。両翼を広げれば幅1mはかたいであろう。縦横あわせて私の2倍の面積である。私は恐怖した。
「で、でかい・・・」
 今までの暮らしの中で人間を襲う鶏など見たことがない。しかし今、目の前に私へと向かってくる一羽の鶏がいる。
「なんなんだこいつは鶏のくせに人間様に刃向かうのか・・・助けてぇ~!」
 心の中で叫んでいた。恐怖にかられた私の目にいっそう、でかく見えるボス。急速に距離を詰め近づいてくる。
「コォー、コッコッコッコ」
「おいおい、待てよ話せばわかるだろ」
 鶏は話せない。私はサブの方を見た。
「一人と一羽。協力してボスを倒そうじゃないか。」
 しかし、サブはいない。鶏に人情などないのだ。見ると、かなり離れた安全な場所でミミズをついばんでいる。
「ぶっ殺す」
 私の心に殺意が芽生えた。さっきまでの慈悲の心などどこかに飛んでいる。今頃ブラジルあたりだろう。人の心の移り変わりは激しいのだ。
「バサッバサッ! ダッダッダ!」
「うわぁ~!」
 ボスが寸前まで迫ってきる。サブなどに気をとられている暇など無い。すぐそこだ。もう私に残された選択は一つだけ。三十六計逃ぐるにしかずである。私は必死で逃げようとした。しかし、身体が動かない。恐怖で足が固まっているのだ。蛇に睨まれた蛙の気持ちがよくわかる。そして私が蛙の気持ちを理解していたその時、ボスはすごい形相でつっこんできた。
「もうだめだ、先立つ不幸をお許しください・・・」
「クケェー! バサッ、バサッ、バサッ!」
 ボスはかろやかにジャンプすると私に向け跳び蹴りをしかけてきた。
「ガシッ!」
「うわっ!」
 私はとっさに左腕で蹴りをなんとか防ぐ。しかし、この全体重を乗せた跳び蹴りで私は体制を崩し片膝をついてしまった。ボスは容赦なく私を襲う。
「バシッ、ドカッ」
「うきゃぁ~、やめてぇ~」
 この言葉は虚しく空を舞う。
「なんだ。ばかっ。うわぁ~ん」
 ついに私は大声で泣き出した。ボスの連続攻撃に精神的にも肉体的にもグロッキーだ。反撃の意志もまったくなくなっている。心の中では白旗がフル回転しながら武田鉄矢の「あんたが大将」をボスに向かって歌っている。
「あんたが大将、あんたが大将・・・」
 ところがこんな私に極悪非道なボスは決定的な攻撃をくわえる。
 倒れた私にゲシゲシ蹴りをくれていたボスは突然距離を取った。私はボスが離れた隙をつき、泣きながらようやく立ち上る。ところがボスはこれを狙っていたのだ。立ち上がったわたしの膝に、
「ツトトトトトトトトッ!」
「うわぁ~~!」
 なんとくちばしでつついてきた。その痛さといったら半端じゃない。紐をつけた強力な洗濯バサミを膝全体にまんべんなくくっつけ、一斉に引っ張ったような衝撃だ。これでは加トちゃんも笑ってられまい。きっと泣き叫ぶはずだ。私の膝には無数の小さな傷ができ、血がしみだしてきた。
「うわ~ん!」
 泣き叫ぶ私。襲うボス。その時である。
「こらぁー!」
 坂の上から誰かがやってきた。お爺ちゃんだ。
「あぁ、お爺ちゃん。あんたぁ、最高だよ」
 夕日を背に坂をおりてくるお爺ちゃんが私には正義の味方に見えた。
「この、バカ鳥がぁ!」
 お爺ちゃんは両手を振り回しボスを追い払う。さすがのボスもお爺ちゃんにかかってはひとたまりもない。バサバサと慌てて退散した。
「よかったよぉ~、このままボスに食べられるかと思った。」
 私は泣きながらそんな事を思った。安心すると一層泣けてきた。涙がとまらない。お爺ちゃんは泣いている私を抱えると新しい家まで抱えていってくれた。ありがとうお爺ちゃん。
 しかし、サブめ。せっかく助けてやったのにこれをねらっていたのか? だとしたらとんでもない鶏だ。この事件のせいでボスはきっと明日には殺され唐揚げになってしまうだろう。そうなればボスの座はサブのものだ。ボスも私も奴におどらされた哀れなピエロである。だが、私を襲ったボスも許せない。あいつが私を襲わなければこんなことにはならないでサブがいじめられただけですんだのだ。利権におぼれた鶏めどうしてくれよう。
 次の日、一日では到底食べきれないほどの唐揚げが食卓にならんだ。
「はっはっは」
 私は喜んで空揚げをほおばる。テレビでは野生の王国というテレビ番組がちょうど放送されていた。自然の摂理についてあれこれと話しているようだ。
「ふ~ん自然の摂理ねぇ・・・ん? まてよ、私があの時見守っていればよかっただけなのではなかろうか? お互い鶏世界のルールにしたがって正々堂々と勝負をしていただけなのではないだろうか?」
 そう思うと私の箸はとたんに重たくなった。
「自然のルールに手出しをしてはいけないなぁ・・・」
 少し塩味のきいたご飯を食べながら、そう感じた私なのであった。

食事2( 1 / 1 )

 私の父の趣味はハンティングである。狩猟だ。人間が昔から生活の営みとして行なってきた行為である。しかし、趣味といっても実は結構お金になる。獲物のメインは猪である。
 何人かでグループを作り、猟犬を放って猪を追い込んでいくのだ。
 そうしてうまい具合に獲物がとれると全身の毛を剃り、さばいて精肉店に持っていく。
 キロあたり4000円。高いとお思いだろうが実はこの値段は比較的安いほうらしい。他のチームはキロあたり7000~8000円で売っていると言っていた。たしかにそれにくらべれば良心的だ。半額の激安プライスである。店の主人もさぞ助かっているであろう。お礼に和菓子の一つでも貰いたいが、くれないところをみるとあまり感謝していないらしい。
 さて、この猪の肉、全部売ってしまうかといえばそうではない。やっぱり自分達でおいしくいただく。しかも本当においしい部分だけいただく。私が一番好きな食べ方は塩胡椒で焼くという簡単お手軽なものだ。でもこのほうが肉本来の旨味が出ると思うのは私の勘違いだろうか? よく「牡丹鍋」という猪の鍋の名前を耳にするが実際にはお目にかかったことがない。焼くのがお手軽でいい。あっ、最近では薄く切ってしゃぶしゃぶにしたりもする。う~んうまい。
 しかし、この猪の肉にも問題がある。
「臭い」
 独特の臭みがあるのだ。なんともいえない。この香を、
「いい香だ」
 という人もいれば、
「うっわー、くさぁー」
 といって思わず鼻をつまむ人もいる。この香が駄目な人は猪の肉は食べられないだろう。残念だ、こんなにおいしいのに。もったいない、人生の0.01%は損をしたな。まぁ、問題は初めて食べる時に本当においしい肉に巡り合えるかということに尽きる。これは猪の肉だけでなく全ての食材に言えることだが初めて食べた時の印象というものは心に深く残るのだ。私の場合は「ウニ」がそうだった。
“ぱくっ! うえぇ!! なんじゃこりゃ、臭っ! こんなのどこが美味なんだ。頭おかしいよみんな”
 その時食べたのはすごい安い寿司のネタだと思う。もうそれ以来ウニは二度と口にしていなかった。私の頭の中で、
「ウニ=まずい」
 の方程式が出来上がった瞬間である。この方程式は今後出会う全てのウニに適用されていった。う~ん損してるなー。
 ところがである。一昨年の冬、私は地元(九州大分)に帰ったとき中学校時代の同級生達と一緒に飲んだ。結構小さな居酒屋だ。友人のお父さんの知り合いのお店ということで値段も良心的なものだった。普通に食べるとどうだかわからないが私が払った値段は、そんなに高くなかったと思う。そのお店なのだが腕がいいのか食材がいいのか、料理がおいしかった。煮物・天ぷら・焼き鳥と、なかなか高レベル。その場にいた友人達もみな一様に、
「うまい、うまい」
 と言っている。私達はビールを片手にご機嫌で食事を楽しんでいた。そろそろメインの料理が出てくる時間だ。
「おまたせしました。」
 店の女将さんが持ってきてくれたのは「蟹」。炭の入った七厘。網に乗った蟹の足が、まぶしすぎる。それを見た瞬間その場の全員が、
「おぉー!」
 合図もなしに息ぴったりだ。それぞれ蟹を分配しさっそく食べてみる。
“・・・・・うーん、うまい。これは、うまい!”
 つね日頃、蟹はなんてうまいんだと思っていたがこんなにうまいのか恐るべし。ぎっしりつまった蟹の身が、きちきち、ふわふわ、していてなんともいえない食感だ。私は、
“いやぁー、大将。いいもん食わしてもらったよ、そんじゃな”
 と、今にも暖簾を押して店を出ていきそうなくらい満足していた。その時である。
「おまたせしました。」
 またまた、全員そろって、
「おぉー!」
 そこへ出てきたのは船盛り。またまた、この船盛りがうまかった。刺し身がぷりぷりしてて最高。アジはまだ生きていた。ちょっと残酷。
“わお、うまいじゃん、うまいじゃん。大将あんた、ただものじゃないじゃん”
 と、妙なテンションで刺し身を食べる私は、全ての種類を口に入れようと船盛りを見渡した。
「んっ?」
 ウニである。私の頭は過去にインプットされた方程式をもとに、まずいよ信号を発している。
“あっちゃ~、ウニだよ”
 私は一瞬箸を止め考えたがやはり食べる気にはなれず、次のお刺し身へ照準を絞っていた。すると友人の一人がウニへと箸を延ばしている。
「ぱくっ、うまぁ~い!!」
 酒が入っているのでやけにオーバーだ。笑顔もににこやかであやしい。それを見た私は、
“そんなにうまいか? ウニはまずいんだよ明智君”
 と、ここにはいもしない明智君に意見を述べていた。
「うまい、うまい」
 他の友人たちもみんな口にしてはうまいと言っている。
“おかしい。ウニはまずいって、あの香。生臭いんだよ”
 しかし、その場にいるほぼ全員がうまいと言っている。その時だ友人の一人が、
「おれって、ウニ嫌いなんだよねぇ。」
 衝撃の告白だ。これだけウニがうまいと評価されている場でその一言。さぞかし勇気が必要だったろう。私は、
“おぉ、私の気持ちをわかってくれる人がいたか。そうそう、ウニはまずいんだよ。がんばれぇー!”
 と、心の中でエールを送っていた。
「えっ、嫌いなの? もったいない。こんなにうまいのに」
 もう一人の友人がそう言いながら、ウニを口へと運んだ。たしかにうまそうな顔をしている。幸せいっぱい夢いっぱいの笑顔だ。すると先程ウニが嫌いだと述べた友人が、
「ほんとにおいしい? じゃ、食べてみようかな」
 そう言って箸をウニへと延ばしてるじゃないか、
“なんてこったい。私の味方よ、早まるんじゃない。君はまだ若いんだ。”
 私は不安な面持ちでその様子を伺う。すると、
「あれっ? おいしいよ」
“なぬ? うまいだ? どういうこっちゃ。ウニ好きがうまいというならまだしも、
ウニ嫌い宣言をした者までうまいとは、このウニ・・・何かあるな”
 ウニ嫌いの友人は、おいしいと感じていることに少し困惑している。どうやら本当においしいようだ。
“そういえば、このウニ以外の料理はめちゃうまだ。刺し身だって、ぷりぷりデリシャスではないか。きっとこのウニもそんじょそこらのウニとは一線を画しているにちがいない”
 私は決心すると箸をウニへと延ばした。私の脳裏に過去のいやな思い出がよぎる。
“ぱくっ! うえぇ!! なんじゃこりゃ、臭っ! こんなのどこが美味なんだ。頭おかしいよみんなぁ~みんなぁ~みんなぁ~みんなぁ~・・・”
 フェードアウトしていく思い出の中で私はついにウニを箸でつまんだ。
“ウニだよぉ。箸に載っちゃてるよ。だれだい、こんなもの食べようって言ったの”
自分である。私は少し震える箸でおもむろにウニを口へと運んだ。
「ぱくっ・・・おぉ~!」
 私は、驚いた。
“なんじゃ、こりゃ。うまいぞ! うまいやん! ブラボー、ハッピー! グラッチェグラッチェ!”
 本当にうまいのだ。昔食べたウニと比べたら大変失礼な代物である。ウニの香がふんだんにするのに全然生臭くない。なんとも言えない香が口の中に、ふぁーと広がって顔が思わず、
「むふふ♪」
 となってしまう。あのけったいな物体のどこに、これほど人を魅了するパワーが隠されているのだろう。正直驚いた私は、また一口ウニを口にいれて、むふふ♪
“うまい、うますぎる。まいった、おっちゃんのほっぺ地球の裏まで落ちそうや”
 私はこの一件以来ウニをそれなりに食べるようになった。でも、あくまでのそれなりにというだけであって、進んで食べるわけではない。見てうまそうなウニだけ食べるようにしている。
 贅沢? いやいや、私の舌は庶民の味しか受け付けないのだ。そうじゃなけりゃ、もっとウニに手をだしているだろう。まぁ、私の味覚がまだお子様という噂もあるが、わさびを思い切り食べたりするのでそんなこともないだろう。はっ! もしかしたらただの味おんちなのだろうか? いやいやそんなこともないはずだ。それなりに料理も作って人に・・・食べさせたことないな。これは困った。もしかして私は味おんちなのだろうか。うーん、今度料理してだれかに食べさせてみよう。そうすれば私が味おんちかどうかわかるはずだ。よし、早速犠牲者を探しに行くか。

自動販売機( 1 / 1 )

 私は現在(1999年)会社の寮に住んでいる。
 この寮の一階は談話室などがある共用スペースになっていて、そこに自動販売機があるのだ。ジュースはもちろん煙草やビール。カップラーメンの自動販売機等もあり、多種多用な自動販売機が私たち寮生を迎えてくれる。
 つい最近この自動販売機達はパワーアップした。千円札が使えるようになったのだ。今までは千円札が使えず、小銭が無い状況に陥ったとき等は自動販売機が利用できなかった。私はそのおかげでジュースが飲めずに苦汁をなめた記憶が多々ある。今回の千円札解禁には両手を上げての大喜びだ。先日のことである。
 PM11:00、喉の乾いた私はコンビに行くのも面倒なので一階の自動販売機でジュースを買うことにした。
 財布を見ると小銭が140円しかない。
“このまま小銭を使ってしまってはちょっと不便だな”
 そう考えた私は、さっそく千円札を利用してジュースを購入することにした。
「ウィーン」
 漱石さんが気持ちよく吸い込まれていく。このまま買うとじゃりじゃりお釣りが出てくるので十円玉を足して計1010円を投入した。そうそう、寮の自動販売機のジュースは110円で販売されているのだ。
 さっそくオレンジジュースを購入。
「ピッ、ガチャン」
 私は出てきたオレンジジュースを片手に持ち、お釣りの返却レバーを回した。
 ちなみに私の計算ではこうである。
“1010円で110円のジュースを購入したからお釣りは900円。釣銭は100円玉9枚か、もしかしたら500円玉と100円玉かも、それだとちょっとうれしいな”
 そういう期待をこめながら返却レバーを回したのだ。金額表示は900円を示している。
「ガション・ガション・ガション・・・・」
 釣銭がでてきた、釣銭の表示は、
「900・800・700・・・」
“ちっ、500円玉はなかったのか”
 少し悔しがりながら残りの釣銭が出てくるのをまっていた。
「700・600・500・450・・・」
“えっ?”
 突然自動販売機の100円釣銭切れランプが点灯した。
“うっそ、まじ? おいおい”
「450・400・350・300・・・」
 50円玉がでてきたのである。なんてこったまったく。しょうがないなぁと思っていたその時、
「300・290・280・270・260・・・」
“はっ?”
 私は驚愕した。
“何? いったい何ごと。290・280? うっそ、まじで?”
「260・250・240・・・」
 なんてこった。私は一瞬何が起こっているのか理解できなかった。今まで自動販売機の釣銭表示で「290円」などという表示は見たことがない。私の動きはその場で止っている。
“もしかして10円玉?”
 私は少し顔をひきつらせながら釣銭の出る箇所をチラッとのぞいた。
“オーマイゴット!!”
 見ると茶色の硬貨がちゃりちゃり出てきているではないか。そうなのだ、のこり300円全て10円玉による支払いだ。駄菓子屋のおばちゃんもびっくりの枚数である。私はものすごい脱力感に襲われた。
“だれか冗談と言ってくれ・・・”
 しかし、釣銭の表示は無情にも10円カウントダウンをつづけている。
「ガション・ガション・ガション・ガション・・・」
 釣銭を出す機械音だけが廊下に鳴り響いた。私は茫然と釣銭表示を見ているだけである。
「30・20・10・・・」
“やっと、終わった”
 私はこの現実を忘れたいと思いさっさと釣銭を持ってこの場を立ち去ることにした。
「ガシャガシャガシャ」
“あれ? ちょっと待ってよ”
 取れない。釣銭が取れないのである。みなさんご存じのとおり、自動販売機の釣銭の返却場所には蓋がついている。これは勢いよく出てきた釣銭が外にこぼれないように外側に開くのではなく“内側に開くようにできている”のだ。
 そう、釣銭を取り出す時は一度蓋を内側に押し込め、それによって出来たスペースを利用して釣銭をとりだすのである。
 想像してほしい。100円玉(4枚)+50円玉(4枚)+10円玉(30枚)=38枚の硬貨があの小さなボックスの中にひしめきあっているのだ。当然、
“内側に蓋が開くわけなかろぉ~~~~~!!!”
 私は叫びにはならない叫びをあげ、釣銭の蓋と格闘を開始した。
「ガショッ! ガショッ! ガシッ! ゲシッ! こんにゃろ、うりゃ、そりゃ!」
 全然とれない・・・・。
“なんてこったい、なんで私はこんな夜中に自販機の前にうずくまり、必至に釣銭をとってるんだろう・・・”
 だんだんと自分が情けなくなってきた。
“くぅー、なんなんだまったく。このアホ自販機め。ぶっ壊すぞ。”
 私はさらに格闘を続けた。こうなりゃ、やけである。何が何でも全ての釣銭を取り出すのだ。
 しかし一向に釣銭がとれる気配はなく、私は力技をやめ頭を使うことにした。
“さて、どうしよう。これを取り出すには・・・・・・おっ!”
 その時である。私の目に、となりのカップラーメンの自動販売機が目に入った。
“これだ・・・ふふっ”
 私はカップラーメンの自動販売機に備え付けの割りばしを手にした。ぱきっと割り箸を割るとさらに縦に裂いて薄くした。
“これでよし。”
 私はさっそく作成した「割りばし裂いたぞ棒」を利用し釣銭を取り出すことにした。
「ガチャガチャガチャ、ガチャガチャガチャ、チャリーン・・・」
“おぉ!”
 ついに取れた10円玉が一枚でてきたのだ。
“やった、万歳。ざまぁ~みろ、このアホ自販機め”
 と私はわけもわからず勝ち誇っていた。
 一枚とれてしまえばあとは楽だ。同じ要領でさくさく釣銭をとりだすと私は財布に釣銭を入れた。
“う~ん、これは困った”
 財布の小銭は一気に超満員。乗車率300%だ。ぶくぶく太った不細工な財布も情けない。
“小銭がないと困ると思ったけど、有りすぎるのも困るな・・・あっ!”
 よくみるとお札が万札しか入っていない。最後の千円札だったのだ。
“なんてこったい、まったくもうこれじゃ簡単な買い物するとき気が引けるじゃん”
 ジュースとパン。300円くらいの買い物に1万円札を出すのはちょっと気がとがめる。
 それが小さなお店だとなおさらだ。お店の人に、
「小さいのありません?」
 などときかれたりもする。
“ん? まてよそのときはこの10円玉使うか。”
 30枚の10円をじゃらじゃらさせながら自販機を後にした私であった。
ひらくん
おバカな私と友人その他
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