アジア理解の経済学

第1章 中国を経済学から考える( 3 / 3 )

1.3 政府と市場

 市場は人々の生活水準を向上させる魔力を持っている。このために市場経済は素晴らしいという人も多いが,実は市場経済にも解決しないといけない問題は数多く出てくる。例えば、食品安全(情報の非対称)、渋滞(外部経済)、農民工問題(公共財)、環境問題、知的財産権(独占)などの課題は多い。市場だけでは解決できないさまざまな問題のことを市場の失敗と呼ぶ。


 中国では粉ミルク問題をきっかけとして食品の安全性に注目が集まっている。家電など家の中にあふれ、自動車を購入する人々が増えて、生活は豊かになったにもかかわらず、食品で生活が脅かされるのは皮肉な状態である。これを書いている時にも「下水油」(油の再利用や動物の皮や贓物からつくる油)が雲南省で摘発された。


 食品が安全かどうかは、生産者側に情報があって、購入者側に情報がないという「情報の非対称性」が問題である。もっというと中国では生産者同士でも情報が非対称性になっている。工場は、誰がどのような肥料を使って農作物を生産しているのか、知らないし、別の工場は添加物が安全かどうかわかっていなくて使用していたりする。製品に関する情報が手にはいらないという状況では、人々が安心した取引ができない。


 経済活動が経済以外の状況に影響を与えることを外部経済という。近年の中国都市部における渋滞はその典型である。豊かになった人々は自動車を購入し生活を便利に過ごそうとしている。しかしその結果は渋滞で不便になるというものである。自動車購入という経済活動が、渋滞という社会問題を引き起こしている。これを外部不経済という。外部不経済では市場経済がうまくいっていないので、何かしらの解決方法が政府から提案される。注目されるのは上海の入札制だ。シンガポールでも導入されているが、自動車に必要なナンバープレートを入札で決定する人である。必要な人が入札に参加し、道路の供給にそった自動車台数が市場に出回ることになる。


 格差問題や環境問題も市場経済ではうまく解決できない問題だ。農民工が都市部に出稼ぎに来ている。農民戸籍というだけで、環境の悪い工場で人が嫌がる仕事を長時間働かせるなどの劣悪な労働環境に追い込んでいる。政府が農民工に対する何かしらの解決方法を提案することが求められている。政府が提供し、皆が使うことのできるモノやサービスを公共財という。農民工への支援をどうするか。中国でも注目される動きが出てきている。それは政府ではなく非政府組織、NGOやNPOが発生し、農民工への支援を始めているのだ。農民工の子弟に対する教育の提供、農民工が仕事現場で事故にあった場合は、法律相談を受け付けたりなどである。政府ができない部分を民間ができるようになってきている。


 環境問題も深刻だ。日本でも報道されるように、中国の大気汚染、水汚染、砂漠化は年々その深刻度を増している。環境の問題は「共有地の悲劇」として説明される。内モンゴル地域で進む砂漠化はその典型であり、草原に自らの牛や馬を放牧し家畜を育てていく。皆が自分の家畜の成長のことばかり考えて放牧すると、草原という共有地には草がなくなり、土地は砂漠化してしまう。このため環境資源という「共有地」の使用に何かしらの制限をしないといけない。市場では、所有権を設定して売買する方法や環境税ということで共有地のコストを内部化する工夫がされてきている。


 中国では日本のアニメのニセモノが話題になったり、iPadでももめたように商標権の乱用も大きく注目される。中国は知的財産権を守らない、とんでもない国だと思ってしまうが、知的財産権はアイデアという情報(文書、絵画、名前など)に独占的使用権を与えるというシステムであるため、独占の弊害も発生する。独占の弊害とは、その企業に独占的利潤を発生させるということ(そのために新製品を開発するインセンティブになる)、価格が高止まりするために本当に必要な人が買えないという問題が発生する。また新製品の開発には模倣も必要であり、過度な独占は技術の衰退をももたらす(ソニーのベータ技術、パナソニックにプラズマ技術)。だからといってニセモノを放置するのもオリジナル企業のブランドが毀損されることもあるので問題である。


 なぜ、このような問題が解決しないのだろう。中国政府は何もしていないのであろうか。実際には中国の中央政府はさまざまな法律の制定、政府・国務院による行政指導がなされている。それにもかかわらず実際の行政の現場である地方政府は実効的な対策がなされていない。それは、地方にとってニセモノ、安全でない食品を生産する企業、あるいは環境を破壊したり農民工を酷使する企業は金のなる木であり、金を生み出す打出の小槌である。地方政府のトップにとって地方の経済発展と雇用の増大は自身の出世にも響く。そのため、中央が正しい政策を実行したとしても、地方政府はそれに従わないということがよくある。中央の利益と地方の利益が一致せずに政策実行のジレンマが生じているのである。


第2章 中国人は合理的?( 1 / 2 )

2.1 「向銭看」(シャンチエンカン)

 1978年からの改革開放から,中国経済は大きく変化した。中国の大きな変化は耐久消費財が急速に普及し,各家庭で誰もが家電を持つようになった。


 私が最初に北京に行ったのは1988年であった。改革開放が始まってちょうど10年経っていた。一緒に旅行した友人の父が人民日報に取り上げられたことがあるということから,その新聞の切り抜きをもって人民日報本社に訪問したことがある。最初は守衛のような人からも取り合ってもらえず,どうしようかと考えあぐねたところに,一人の記者が退社してきた。彼は私たちの話を聞き,その担当の記者は出張中だから,「日本からわざわざ来てくれてありがとう」ということで急遽自宅に招いてくれたのだ。


 この人民日報の記者へのお宅訪問が私にとって最初の中国人の一般生活を覗く機会となった。(しかし今考えてもその記者のお名前を覚えていないのは悔やまれる。)5階建ての北京にどこにでもある計画経済的マンションであった。突然の訪問にもかかわらず奥さんが手料理をしてくれることとなり,夕ごはんをごちそうになった。


 彼の家での家電は,当時の日本人からすると白黒の型落ちブラウン管テレビ,ごはんをたく電気釜(もちろん保温機能はない)ぐらいで,冷蔵庫はなかった。私達がごはんを全部食べてしまい(少し残すのが礼儀というのはあとで知った,バツが悪くなった彼は奥さんにマントウ(蒸しパン)を出すよう促すが,それもなかった。マントウの配給切符はあるが,夜になっていたので交換できないということを奥さんが答えていたことを思い出す。よくわからない中国語で記者の方が日本と中国は大事な友人だと語っていたことを思い出す。


 丸川(1999)によれば,白黒テレビの生産は89年にピークを迎え,1994年にカラーテレビの生産台数が白黒テレビを逆転するようになった。1990年代はテレビの生産が一挙に増加し,価格が低下するようになる。


 その後,何度か中国で友人のお宅に行く事が増えた。1990年代半ばには,大型テレビへの需要が爆発的に増大していたころである。日本では17~21インチサイズのテレビが普通であったが,中国では大型であればあるほど人気が高く,29インチが主流であった。中国では,他の家庭よりも大きなテレビを持ちたいという欲求が一般的であった。


 1990年代後半に入ると都市部では冷蔵庫とエアコンが急速に普及する。当時,ハイアール(海尔集团)のエアコン,冷蔵庫,洗濯機が注目され,多くの人が購入に走った。


 ハイアールは家電を販売するだけでなく,アフターサービスに力を入れた。全国各地に代理店を設置し,修理が必要であれば24時間以内に駆けつける体制を築き上げた。エアコンの設置においても,ハイアールのサービスは他社を抜いていた。エアコンの配達をしたハイアールの従業員は,購買者の家に上がるときに靴にビニール袋を巻きつけ,購買者のお宅を汚さないようにした。このようなサービスが功を奏し,ハイアールは白物家電の雄として中国の家電普及に貢献したのである。


 このエアコンの普及におもしろい話がある。当時急速に家計の購買意欲が高まったために,エアコンの設置が急激に増大した。1990年代後半には北京ではあちこちでハイアールの従業員が忙しそうに家庭を周り,エアコンの設置工事を行なっているのがよく見られた。


 北京でエアコンが急速に普及したために,都市部の電力需給が逼迫した。暑い夏に各家庭が一斉にエアコンをつけると電力需要が跳ね上がり,一部地域で停電になったりしたのである。都市部の急速な家電普及にインフラが間に合わなかった事例である。それほど家電の普及は早かったのである。


 2000年を過ぎると,中国の人々の購買意欲はマイカー,マイホームへ移動した。日本企業が中国市場への参入を控える中で,中国の自動車産業に参入してきたのは,ドイツのフォルクスワーゲンであり,フランスのシトロエンであり,アメリカのクライスラーであった。日本企業は天津汽車に技術協力したダイハツ,長安汽車に協力したスズキなどの小型車メーカーであった。中進国以上の国民所得がないと大型車は売れないという判断が日本企業にあった。


 ホンダがフランス・プジョーが撤退した広州汽車と提携したのは1998年であった。北米仕様のアコードを投入し,2000年以降多くの富裕層が購入した。それまでセダンタイプの乗用車は第一汽車の「紅旗」しかなく,大きな車に乗りたいという中国消費者の心をつかんだのである。


 マイホーム購入も大きく進んだ。計画経済時代の住宅は国有企業から分配されるものであり,自分のものではなかった。住宅改革が進められ,分配されていた住宅は低価格で住人に買うように勧められ,一方で新たに誕生した住宅市場では「商品房」(我々のいう普通の分譲住宅)が大量に供給されるようになった。


 私が北京にいた1997年から2000年頃から多くの人が競って「商品房」を購入するようになった。当時北京の二環路以内は1㎡あたり2000元,三環路以内では1000元台というのが一般的であったが,爆発した住宅需要は,その価格をつり上げるようになった。現在(2012年)で北京の分譲住宅の平均的価格は1㎡あたり2万元を超えるまでになっている。



表1 都市部、農村部の家電普及率

都市住民100戸あたりの耐久消費財の普及率   



1985

1990

1995

2000

2005

2010

洗濯機

48.3

78.4

89.0

90.5

95.5

97.0

冷蔵庫

6.59

42.3

66.2

80.1

90.7

96.6

カラーテレビ

17.2

59.0

89.8

116.6

134.8

137.3

エアコン

N.A

0.3

8.1

30.8

80.7

112.1

農村住民100戸あたりの耐久消費量の普及率   



1985

1990

1995

2000

2005

2010

洗濯機

1.9

9.1

16.9

28.6

40.2

57.3

冷蔵庫

0.1

1.2

5.2

12.3

20.1

45.2

カラーテレビ

0.8

4.7

16.9

48.7

84.1

111.8

エアコン

N.A

N.A

0.2

1.3

6.4

16


(出所)『中国統計年鑑(各年版)』より


 このような急速な物欲による耐久消費財の普及、その購買力を支えるために多くの人たちがお金を求め、金稼ぎに没頭した。遠藤(2010)はこの様子を「拝金社会主義」と読んだ。そして中国国内でも耐久消費財を手に入れるために、ガムシャラに金儲けに集中する様子を革命家の歌の歌詞を変えて「向銭看」と呼んだのである。


 「向銭看」とは,中国人民解放軍の行進曲「向前看」をもじったものである。計画経済時代,多くの映画館で革命歌が流され,多くの国民が「前へ,前へ」と勇ましく歌った。改革開放以降の鄧小平による「先に豊かになるものはなってよい」という「先富論」は国民をしてモノへの欲求を爆発させた。計画経済の趣旨である「みな平等」ではなく,人と違うものを持って良い,豊かな人はもっと多くをもってよい,というシグナルは多くの人を金儲けと購買意欲の爆発につながったのである。

 モノの購買のためにはお金が必要である。多くの人たちが金儲けに走った。その金儲けに踊る姿を革命歌の「向前看(シャンチエンカン)」になぞらえて「向銭看(シャンチエンカン:発音同じ)」と皮肉ったのである。その姿は,周りのことを考えずひたすら自分の得になることしかしないという利己的なものであった。


第2章 中国人は合理的?( 2 / 2 )

2.2 合理的な意思決定

合理的な意思決定とは、全体の制約の中でコストと便益を秤にかけ,もっとも得をするような決定なことである。具体的には,人は制約の中で利得を最大化するものというものである。家計は効用という満足度を最大化するように行動し,企業は利潤を最大化させようと行動している。


 もっと言ってしまうと,利己的に行動することを前提としている。私達が何かモノを買うときには,広告や口コミに左右されることが多い。あるいは他人とは違ったものを買いたい,違うものを持ちたいといったように,他者との関係で買い物の行動を決定するのが一般的である。しかし,経済学でいう合理的意思決定では,そのような社会的影響や他者の影響はまったく受けないと考えている。あくまで考えるのは,自分にとって損(コスト)か得(便益)かだけで判断するということである。


 周りの影響をまったく受けずに行動するということは利己的であり,自分さえよければよいという考え方である。このような言い方をすると多くの人が不快になるが,これは経済学が学問として理論を考えるときにできるだけシンプルに考えるということが背景にある。


 シンプルに考えるためには,いろいろなことを捨てなければならない。


 私がジーパンを買おうと思って,ユニクロに行くのは,人から指図されたり,流行だからとかではなく,ヨメからもらった服代の中で自分の効用を純粋に最大化するためである。実際には,ヨメから指図されているわけだが,ここではそのようなことはなく,ただ自分の欲望のままに,そしてコストと便益を比べて買うかどうかを決定しているとするのである。


 企業も同じである。ユニクロが様々な種類の新製品を開発し,提供するのは,私達消費者を喜ばしたいという気持ちではないと考える。本当は,素直な気持ちで「お客様に喜ばれるものづくりを」と考えているのかもしれないが,行動としてはユニクロは新しい商品を開発するのは,多くの商品を販売して,売上を伸ばし,利潤を最大化していると考えるのである。


 そもそもなぜ合理的に行動すると考えるのか。私たちの世界はモノが不足していると考えており,常に足らないという状態でモノを購入するという選択をしている。モノが足らないという世界観を希少性という。希少性の世界では人は,自分の利得を最大化するためにコストと便益を比較する。便益>コスト,そしてその差が大きくなるように行動すると考えるのである。


 中国は計画経済時代を経験した。計画経済では,配給制度であり,恒常的にモノが不足していた。まさに希少性の世界がが中国にあった。これがモノに対する渇望を生んだ。改革開放により鄧小平が「先富論(先に豊かになるものはなってもよい)」を唱え,それまでがまんしていた中国人の欲望が爆発した。周りのことなど気にせず,自らが豊かになる,豊かの象徴として耐久消費財というモノを身の回りに揃えていった。利己的に金を求め,モノを買う姿はまさに経済学が前提としている合理的な意思決定そのものであったといってよい。


 小室(1996)では中国人の行動を理解するために「幇」という言葉を紹介している。それによると,中国で幇は共同体であり,幇の中と外では基準が違うという。幇の中ではどんなことがあっても助け合う関係が築かれるが,幇の外ではあくまで他人であるので,まったく関係ない,つまり自分が所属する幇あるいは自分が得をするのであれば,平気で幇外のヒトを裏切るというのである。幇以外であれば,自分が得をするためにはどんな行動でもとるということが示唆されている。


 この意味でも,中国では抑圧された欲望が改革開放によって自由になり,経済学教科書にあるような典型的な利得最大化が行われているといえよう。


 小室(1996)はヤオハンの和田一夫との話を紹介している。中国華僑は利益第一であること、日本企業はシェア第一であるという。日本企業は日本経済における企業のランクや地位をあげることを重要視する。利益が出なくてもいいという考えが出る。中国は儲からない商売は絶対にやらない。


 また同書では「「金と物とのやり取り」との側面では、中国ビジネスマンは、典型的に資本主義的な利潤最大行動を行う。まさに経済学の教科書のごとし」だとも指摘している(小室1996,117)。


<練習問題>


  1. 中国で家電が普及したのはどうしてだろうか?

  2. 合理的とはどういうことか3つの説明をせよ。


第3章 農民にも家電を!ーインセンティブ( 1 / 2 )

3.1 「家電下郷」(ジャーディエンシャーシャン)

 都市部では,ほぼ100%家電が普及した。

 しかし農村では家電の普及率は低い。その意味では中国農村部には広大な家電市場が広がっているのである。

 その農村に家電を普及させる政策が実施された。それを「家電下郷」と呼ぶ。


 家電下郷(家電を農村に)政策は2007年12月に山東、河南、四川で試験的に実施されたのが最初である。カラーテレビ、冷蔵庫、携帯電話の三種類の家電製品を、農民が購入したら政府が13%の補助金を支払うという政策である。


 13%という中途半端な数値になったのは、輸出還付税と関係がある。中国では輸出振興のために、輸出企業は13%の還付税を受け取ることが可能だ。その結果企業は国内市場に販売するよりも海外市場に販売しようというインセンティブがわく。輸出還付税によって輸出に向かいやすい企業を国内販売に向けるために、補助率が13%に設定された


 この輸出還付税政策は、たしかに中国の輸出を押し上げたが、その分国際貿易の摩擦の原因として指摘されていた。中国は積み重なっていく貿易黒字を減らし、貿易収支の均衡を目指す必要性に迫られていた。


 また中国経済は過度に外需とともに、外需依存の経済を内需に移行する必要があった。とくに2008年に発生した金融危機により、広東省を中心とする沿海地域の輸出が激減。輸出企業の製品を海外から国内で販売する必要に迫られたのである。


 そのため、2008年12月から青海、内モンゴル、遼寧、大連などの省市自治区、計画単列市などの14省市に拡大し、2009年より全国で実施されることとなった。先行の三省は2011年11月末まで、その後に始まった地域はそれぞれ2012年11月末と2013年(今年)1月末で終了した。各省ともに家電下郷政策は4年間の時限政策となった。


 上でもふれたように、政策内容は、国、地方が決めた家電下郷対象製品を農民が購入すると13%分を補助するというものである。どのメーカーが作る製品が家電下郷対象になるのか。どのメーカーが採用されるかは、農村での販売ネットワーク、アフターサービスなど農村サービスが重要視された。そのため選ばれたメーカーは、ハイアール、TCL、創維などの国内主要メーカーに有利であった。


 対象商品は、3種類から増加していった。基本は、カラーTV、冷蔵庫、携帯、洗濯機、エアコン、パソコン、温水器、電子レンジ、電磁調理器、であったが、各地方の状況によって対象製品が拡大することもあった。


 補助金を受け取るには複雑な手続きを必要とした。農民が指定された家電下郷店で製品を購入する。中にある証明書と一緒に、戸籍と身分証明書を売り場で記入、登録する。その後当地の財政部に申請し、1,2ヶ月後に受け取るというものであった。


 当然最初は、制度が徹底していないこともあり、農民は購買に動かなかった。また手続きが複雑なため、積極的に手続きを行うとする人も少なかった。また13%割引してくれ、という声も上がった。


 その後、制度が農民に知られるようになり、家電下郷製品を扱う場所(家電下郷ステーション)も増加し、農民のアクセスも改善した。手続きも、戸籍と身分証明書の提示でそのまま補助金を支給するやり方に変更していった。


 この政策により冷蔵庫などは農村100戸あたり20台だったのが、60台まで増加したという報道もあるが、具体的な成果は以下のように報道された。


 2013年1月8日の朝日新聞Web版(http://www.asahi.com/business/news/xinhuajapan/AUT201301080100.html)によると、2012年の全国(山東省、河南省、四川省、青島市を含まず)の家電販売台数は7991万3000台、売上高は2145億2000万元(約2兆6815億円)となった。この政策が行われて以降、累計販売台数は2億9800万台、売上高は7204億元(約9兆50億円)だという。

 製品別では、テレビ、冷蔵庫、エアコン、温水器の4種の売上高がいずれも300億元(約3750億円)を超え、全体の83.3%を占めた。

 製品のメーカー別では、海爾(ハイアール)集団、格力集団、海信集団が上位3位で、3社で28.5%を占めた。


岡本信広
アジア理解の経済学
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