Swamp

The Runner( 1 / 1 )

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走り続けるのは、逃げるためではない。なにかを追いかけるためでもない。乾いた草原に出て、ようやくぼくは悟った。自分には二本の足がある。二本の足を交互に動かせば、それは身体を前に運んでくれる。それが走るということだ。だからぼくは、走り続ける。生命のある限り、走り続ける。

なぜ呼吸を続けるのか、なぜ心臓を動かし続けるのか、尋ねたらだれだって嘲うだろう。それは自分の意志ではない。生きることは自分の意志ではない。

足の裏に当たる土の感触を確かめながら、ぼくは思う。歩き続けることだって、走り続けることだって、それは同じだ。そりゃあ直接の動機はいろいろあるだろう。誰かが追っかけてくるのかもしれない。なにかと闘わなければならないのかもしれない。探し求めるものがあるのかもしれない。けれど、それは生命の本質とは無関係な場所で起こる偶発的なできごとだ。そんなできごとを選んだのは自分だ。別な運命を選ぶこともできた。だけど、別な運命がやってきても、ぼくは同じように走るだろう。

なぜ焦り、なぜ怒り、なぜ怯え、なぜ絶望するのか。その問いも、同じようにばかげている。遠く、草原の果てにうっすらと浮かびはじめた薄灰色の山脈をながめながらぼくは自分に確かめる。なぜ歓び、なぜ笑い、なぜ興奮し、なぜ感謝するのか。同じことだ。呼吸を止められないのと同じように、脈動を止められないのと同じように、人は笑い、泣き、希望をもち、絶望し、喜び、悲しむ。だれも、当人でさえ、それを止められない。生命のある限り、それを止められない。そして、生命を止めようとするはたらきでさえ、生命の表現に過ぎない。

頭上高くを鳥が飛んでいく。名前を知らない鳥、おそらくなにか猛禽類なのだろう。あの鳥になぜ飛ぶのかと聞いたら、ばかにしたような声をあげて飛び去るだけだろう。鳥は飛ぶから鳥なのであり、人間はこうやって走り続けるから人間なのだ。

ぼくは、目を細めて傾きかけた太陽を見た。まだ日暮れまで、時間がある。さあ、先を急ごう。なんのためにでもなく。

Jun
作家:Jun_nuJ
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