Swamp

Sickle and Sward( 1 / 1 )

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たしかにその刀を打ったのはおれだ。隠したってしかたない。このあたりでそれだけのものを打てる鍛冶屋はおれしかいない。それはだれだって知ってる。

そりゃおれだって、刀がご禁制品だということぐらいは知っている。だれだって刀を打ちますなんて看板は出しはしない。おれだってあの日は鎌を打とうとフイゴをグイグイ押して炉にガンガン火を起こしていた。いい鋼が手にはいったから、先から頼まれていた刈り入れ用の大鎌を打とうと思ってね。なにもあんな風来坊のためにわざわざ用意したんじゃないってことは、覚えておいてほしいな。

おれが真っ赤に焼けた鉄の棒を鉄床の上に載せて最初の鎚をくれようとしたときだった。あのみすぼらしい男が立っているのに気がついた。まるで幽霊みたいによ、そこの戸口のとこに立ってたんだ。ぎょっとしたぜ。よしてくれよと思ったよ。そしてすぐに気がついた。これは流れ者にちがいないって。そして、なおさらまっぴらだと思った。かかりあいになんぞ、ならないほうがいい。

ところがあの男、おれが気がついたのをいいことに、一歩こっちに近づくと、なにか言うんだ。こっちはフイゴの音でなにも聞こえないし、仕事の邪魔はしないでくれって言ったって向こうには通じない。しかたないから手を休めて、外に出た。

男は最初、はっきりとなにが欲しいのか言わなかったな。遠くの街から来たとか、この先の道がどうなっているのかとか、こっちにとっちゃどうでもいいようなことばっかり言う。そして最後に、「だから刀を打ってくれないか」と、そう言うんだ。

勘違いしてもらっちゃ困る。こっちだって信用というものがかかっている。やっちゃいけないことを「やってくれませんか」と言われて安請け合いにハイハイと答えるわけにはいかない。ちゃんと説明した。このくにでは刀はつくってはいけない。売ってもいけないし、持っていてもいけない。だいいち、仮におれがここで刀を打ったとしても、それだけではなんの役にも立たない。刀を刀にするのは、鍛冶屋だけではない。研師も鞘師もなければ刀になんかなりはしない。おれもお人好しだね。なにも聞かずに追い出せばよかったんだよ。

なんで刀が必要なのか、そんなことはおれにとってはどうでもよかった。あの男にとってはそうではなかったんだな。くどくどと、いろんな理由を並べ立てた。おれはいい加減に苛立ってきた。そうだろう。炉には火が燃えている。炭だって無駄にはできない。いい加減に振りきろうと思ったとき、あのボロを身にまとった男は言ったのだ。

「あなたは、刀を持ちたいと思ったことはないのか」

ない、と、おれは即座に答えた。それはウソではない。おれは背を向けた。

「刀に限らない。あなたは、なにかにすがりたいと思ったことはないのか。あなたはそれほど強いのか」

なにかがおれの中ではじけたのは、男が追いすがるようにそう言ったときだ。不意を突かれておれは考えこんだよ。おれだって必要以上になにかを求めてるんじゃないかってね。

たとえば、おれの鉄床だ。これほど頑丈で、これほど狂いのない鉄床は、そうそうめったにあるもんじゃない。おれはこれを若い頃に修行させてもらった親方が死ぬときに譲り受けた。おれはそれが誇らしく、そしてちょっと重かった。その重みがおれを支えてくれる気がした。それまで使っていた鉄床でなにか不自由があるわけではなかった。むしろ、以前のもののほうがおれの身体には合っていたかもしれない。けれど、親方の鉄床を背負い込むことで、おれはこのくにいちばんの鍛冶屋として自分を立てることができた。

たとえばおれに大鎌を頼んできたあの昔なじみだ。あいつの畑がいくら広いといったって、ほんとうのとこ、あいつが望むほどに立派な鎌が必要なわけはない。そこまで鋭利に研ぎ澄ました刃も、そこまで粘りのある芯金も必要はないはずだ。けれど、あいつがそれをおれに頼んでくる気持ちはわかる。大百姓として身を立てるためには、なにかすがりつくものが必要なのだ。

言っておくが、おれは金に目が眩んだのではない。実際のところ、一銭だって受け取らなかった。くにのおきてを破ったわけではない。たしかにおれは、刀になるべき鋼を鍛え上げた。だが、それをあの男に売り渡しはしなかった。もちろん刀もつくっていない。さっきも言ったように、研師の手、鞘師の手が入らなければ、刀なんてただの鉄の塊だ。おれは刀のもとになるものだけを鍛え上げた。もちろんそこから大鎌をつくるためだ。それをあの片隅に置いた。そして、昼飯を食いに出ていった。あのみすぼらしい流れ者をそこに残してね。

盗んでいくがいい。おれはそんなことは言わなかった。それを選んだのはおれではなく、あの男だ。そして、あの鉄の塊から刀をつくりあげたのもな。

Through the Forest( 1 / 1 )

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追手がくるのが感じられる。風の中に、なにかが伝わってくる。音が聞こえるわけでもにおいがするわけでもない。ただ、やつらがやってくるのがわかる。そう遠くないところを、何十人かの兵士が歩いている。

それをぼくの弱い心が生み出した幻影だと笑うこともできる。だが、笑い声が消えてしまわないうちに、そんな強がりは、儚い望みは、木立の陰から飛んでくる矢に射落とされるだろう。ぼくにはそれがわかる。だから、聞こえない声を聞き、におわない空気をかぎわける。そうやって先を急ぐ。重要なのはこの森を抜けることだ。森を抜け、見通しのいい場所に出れば、少なくともこんな神経をすり減らす時間に苦しむことはない。

もちろん、そこには新たな試練が待っている。それはいまから嫌というほどわかっている。相手が見えないこの森は、同時に相手から自分を守ってくれる隠れ場所でもある。だから連中は大勢でやってくる。葉の陰、木のウロのひとつひとつを見落とさないように、横一列で捜索を続けている。

ぼくに強い心があれば、それはチャンスかもしれない。たったひとりで逃走するぼくは、一気に大勢に囲まれればたちまち身動きがとれなくなる。けれど、一対一なら勝ち目はある。横一列にバラバラになった兵士なら、ぶち当たっても最初はひとりだ。そのひとりを打ち負かせば、形勢を逆転できる可能性はある。

ただ、それは可能性に過ぎない。そのほかの可能性もいくらでもあるし、むしろそっちのほうがありそうなことかもしれない。たとえば、ひとりを倒している間にほかの兵士がまわりをとりかこむ。いや、それ以前に、最初のひとりに打ちひしがれてしまうかもしれない。

だから、ぼくは逃げる。広い場所に出れば、なんとかなる。少なくともこの消耗から逃れることはできる。広い場所は、それはそれで問題かもしれないが、そこもクリアすれば、きっと逃げ切れる。兵士たちも無限に追ってくるわけではない。彼らには彼らの任務の限界がある。くにの外までは、追ってこないはずだ。

そういう意味では、これはやっぱりゲームだ。ルールのあるゲームだ。ルールに則ってうまく立ち回れば、必ず出口はある。ぼくはルールを熟知している。その自信だけはある。

だからぼくは、ひたすら、木の根につまづき、藪に押し返されながらも、先を急ぐ。森の中を抜けていく。

Cape( 1 / 1 )

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魔法という言い方をするのであれば、そのように表現されてもよろしいかとは思います。私があの上衣をつくりましたのは魔法でもなんでもありません。そこに込められた技法も、古くから当家に伝わるものでありまして、決して悪い魔のかかったものではございません。私どもは、すべて最良のものをお客さまに着ていただくことを願って仕立てを営んでおります。したがいまして、お客さまに害をなすようなあやかしの術を使うようなことは、まずもってあり得ません。

数々の不思議が起こったとのことですが、ひとつひとつは偶然かもしれませんし、あるいは理にかなった説明がつくものかもしれません。その者が荒れ野を何日も食べるものも水も持たずに旅を続けたというのは、それだけの耐えしのぶ術をその者が持っていたからにちがいありません。私どもの衣類に空腹を満たすはたらきなどそなわっているわけはありません。

およそ鳥のほかは渡ることのできない沼地を越えてきたというのも、着衣のはたらきであるわけはありません。船を使ったか、そうでないならなにか特別な道具でも使ったかもしれませんが、その段であればおおかた靴屋にでもおたずねになる方がよろしいでしょう。

人々をたぶらかしたとおっしゃるのは、私にはわかりません。たぶらかされた者どもが愚かであったのか、あるいはたぶらかされたという言葉そのものが愚かであるのか、そのあたりさえ私にはさっぱり想像しかねます。

いえいえ、肝心なのは森の中のことでございましたな。

森の木立の中でまったく人目につかぬよう身を隠したのは上衣にかけられた魔法ではないのかと、そのようにお尋ねでございましょう。

はい、私どもの職人が紡ぎました糸、織娘が丹精を込めました布には、森の木々、草原の緑、沙漠の岩にしっくりなじんで見えるはたらきがございます。あの上衣は私が手ずから仕立て上げましたのでよくわかっておりますが、着姿も影映も大地のもの、森のもの、川や海のものにとけこむようになっております。そのせいで男が弓から逃れたとしたら、それは私どものせいであるかもしれません。けれど、逃亡を助けるためにそのようなからくりを用意したとおっしゃるのは、それはちがうと申し上げたのでございます。

まず、ここには禁じられております魔法などは使われておりません。ただ職人たちの真摯な仕事があるだけでございます。次に、このような生地、仕立ては、森の中に人を隠すためのものではなく、華やかな宴席で着る人を際立たせるためのものでございます。

多くの方がお気づきではない私どもの商売の秘密がございます。戸外では人工のものが映え、人工に満ちた屋内では大地や海、天に属するものが映えるのでございます。これを巧みに用いまして、華やかな場で一際目をひく高貴な方々のお召し物を私どもはつくって参りました。今回あの男につくってやりましたのも、そういう流れのものでございます。

ですから、男が森の中で身を隠したのは、私どものせいと言うよりは、まったくの偶然であると、このように申し上げるのでございます。

はて。それではなぜ、流れ者のその男にそのような特別な夜会服を仕立ててやったのかと。はい、それは……。

Flute( 1 / 1 )

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夢から覚めて、ぼくは闇の中を手さぐりした。のどが乾いた。我を忘れて革袋の中の水を飲んだ。そして少し後悔した。たぶん、この先、いい水が得られる泉まであと三日はかかる。この草原の道はまだまだ続くだろう。貴重な水を無駄にするべきではなかった。だんだんと正気に戻る意識の中で、ぼくは自分の愚かさに舌打ちをした。

それぐらい生々しい夢だった。ぼくは硬い無機質の空間を歩いていた。どこまでも長い廊下で、自分の足音がどこまでもこだました。自分一人しかいないはずなのに、まるで十人、百人の人々が歩いているかのように、どこまでも消えないこだまだ。怖くなって足を停め、振り向いた。だれもいない。それでも、足音ばかりが追いかけてくる。こだまは消えないどころか、ますます大きくなる。

ぼくは走りだす。周りの景色が流れはじめる。前へ前へと流れていく。ぼくはいっしょうけんめい前に進もうとしているのに、世界のほうがぼくを追い越していく。ぼくは絶望する。そして、目をつぶって身を投げ出す。たちまち世界が割れる。

そしてぼくは、海の波にもまれている。遠くに岸辺が見える。その岸辺で、だれかが笛を吹いている。だれだかわからない。そのシルエットに向かって、ぼくは歩く。海の中なのに、ぼくは歩くことができる。笛のリズムに合わせながら波をかき分けて歩いていくと、そのシルエットはぼく自身の影になる。繰り返す笛のリフレインが、ぼくの耳にこびりついてはなれない。そしてぼくはいつの間にか、またあの無機質の廊下に投げ返されている。

ひととおり夢を思い出してみて、ようやくぼくは笑うことができた。立ち上がってみた。さっきまで思っていたほどの漆黒の闇ではない。空が少しだけ、光って見える。垂れこめた灰色の雲のはるか向こうで、わずかずつ空が白みはじめているのかもしれない。

ぼくはポケットに手をやった。そこには、夢で見たのと同じ笛があった。唇に当ててみた。あのリフレインがよみがえってきた。意味も知らず、ぼくはその音階をなぞってみた。

遠くから、あの足音が聞こえてくる気がして、ぼくは吹くのをやめた。この世界には似合わない音だから。

Jun
作家:Jun_nuJ
Swamp
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