空乃彼方詩集

な行( 9 / 11 )

日記帳

梅雨の合間の
履き古したジーンズのような空から
降ってくる焼け付く光
離れてた雲が慌てて寄り添い
まだ少し早かろうと太陽を睨む

季節が積み重なってゆくのは
許されているようで逃れられず
逃れられないようで許されている
つかみどころのない流れもの

だから人は数字でくくり
日々の生活を具体的にしている
曜日までつけてめり張ってみせる

僕の心にある日記帳は色あせて
ところどころ抜け落ちてペラペラだ
読み返す価値もないだろう
それでも確かに生きた証に違いない

な行( 10 / 11 )

夏空

空から届く灼熱の光線
アスファルトからこみ上げる不快な空気
早くも向日葵はうなだれている
僕は気休めに思い出す
美しすぎた頃の海を

夢を見るには遅すぎても
枯れてしまうにはまだ早く
「折れていても花を」という教師の言葉を遠くに聞く
都合のいい幻音を流しながら
果てのない夏空を恨めしげに見たら
案外可愛い顔してた

な行( 11 / 11 )

眠気

生きる過酷さ知り尽くしても
どんな意味があるのだろう
振り返る仕草
フタされた未来
もう二度と開かない

男だったら涙見せずに
何度でも立ち上がれ
懐かしい声が風に揺られて小さく聞こえた

まさかの道をとぼとぼ歩き続けるうちに
美しいものはただ汚れていき
陽は傾いて弱まった

足を止めることが多くなり
目を閉じることが多くなり
コンクリートに寝転がる欲求のみが強くなっていく

は行( 1 / 35 )

ヒーロー、あるいはヒロイン

太宰がリストカット少女に声をかける
「君、よろしければゴマアザラシのタマちゃんを探しに行かないか?
川深く入っていけば見つかるかもしれない」

神宮外苑で風のように走る青年
短髪で背筋を伸ばし、寂しそうな顔をしていた
背中は一瞬にして小さくなった

セーラー服姿の女子高生がニコリともせずヨーヨーを楽しんでいる
随分、幼稚な娘だ
それにしてもスカートの丈がかなり長い

ペナントを終えた甲子園は物思いにふけっている
死んだ子の年を数えてみたり
大きな少年の金属音を再現したり

「聡ちゃん、遊ぼうよ」
友人たちの誘いに耳を貸さず、懸命に走る大きなランドセル
男の子は勢いよく81マスの海に飛び込んだ
kumabe
作家:空乃彼方
空乃彼方詩集
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