空乃彼方詩集

な行( 1 / 11 )

鳴かないフミキリ

遠く取り残された夜更け
鳴かないフミキリが涙していた
フミキリが鳴けなくなったらおしまいさ

「もう少しで大事故だったじゃねぇか」
被害者になりかかった人々に詰め寄られ
弁解の余地がないフミキリ
これまでどれだけ鳴いてきたかなんて
誰も思い出しちゃくれない

昔はこんなんじゃなかった
微かなレールの響きも感じ取り
大きな声で鳴きまくっていたっけ

やがてフミキリは老いた
列車が近づいても鳴かなかったり
近づいてもいないのに鳴いてしまったり
昔からフミキリを知る老列車は
その場に差し掛かると
止まるような足取りで
そして心配そうに振り返るのだ

しかし、その日はやってきた
接近を感じ取れなかった
若い列車は怒り狂った声を上げ
フミキリの上に立ち止まった
怪我人がいなかったことに安堵しながらも、うつむくフミキリ

遠く取り残された夜更け
フミキリは静かに目を伏せた
脳裏に浮かぶのは若き日の老列車
フミキリからかすれた声が微かに漏れた

春の日差しが眩しくレールを包む朝
老列車がいつものように速度を落として通過する
勢いよく鳴いている生まれたてのフミキリ
老列車はスピードを上げ、もう振り返ろうとはしなかった

な行( 2 / 11 )

ナイフ

僕が慣れないナイフを使ったからか
アイツとは事切れてしまった

こいつは面白い
この切れ味で社会との関係も断ち切ってしまおうか?
無駄なものが多すぎて難解に絡まった糸たちを救済してやろうか?

僕は一瞬、空を見上げ
精一杯高い場所から、ナイフを地面に突き刺した
鈍い音と共に舞い上がる血しぶき
白いスニーカーが真っ赤に染まった

僕はなんだか寒気がして
その場でスニーカーを脱ぎ捨て
裸足のまま全力で走り去った
ナイフは力強く握り締めたままで

な行( 3 / 11 )

夏祭りの色

長きにわたる曇天を掻き分け、太陽が顔を出し、大声を張り上げる
冷房を入れても、喉は冷たいものを欲しがり
僕は自分で補充した自販機で冷えた缶コーヒーを買う

7時を過ぎてもまだ明るさが残っている
僕は店を閉め、歩いてドラッグストアに向かう
途中、微妙な距離感で踏切が鳴り始めた
降りてくる遮断機を見ながら、僕は走り出し、軽く背を丸めてくぐった

走って生きてた遠い昔を思い出していた
彼から見たいまの僕は、どう評価されるのかな
そんな蔑むような眼を向けないで欲しい
哀れむような眼もいらない
君の言いたいことはわかるよ
それでも僕は、まだこの世にしがみついているんだ

彼方で響く太鼓の音
着物のおばさんのグループとすれ違い、後ろから少女たちの楽しげな声が聞こえた
僕は少しだけ長い瞬きをした
遠い夏祭りの色が映った


な行( 4 / 11 )

何もかも解からなくなってしまった

僕は大の字にうつぶせになり、地球を抱いてみた
鼓動は僕か、地球の鼓動か
このまま、土に帰ろうか
地球よ、世界よ、俺は何でこんな心の形で存在してしまったんだ

時々、冒険して死の恐怖を存分に味わい、鼓動が速くなり、苦しい。
死にたくないと願う
そこから逃れ、しばらくして、ぼやぼやと浮かび上がるのは
遅かれ早かれ死ねるという安堵

解らない
生きたいのか死にたいのかそれさえ
もう、何もかも解らない
kumabe
作家:空乃彼方
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