空乃彼方詩集

は行( 2 / 35 )

僕を生かしてきたもの

人に人の気持ちは分からない
その能力は与えられなかった
だから知らず知らずに他者を深く気付つける

僕や君の努力、そして苦しみ、悲しみが分かるのは
見上げた空であったり
踏みつけられた大地であったり
僕らを包む街であったり
寂れた壁であったり
使い古した時計であったり
もうこの世にいない人であったり
決して言葉を発しないものだけ

だから僕は空や地や街に
或いは壁や時計や亡き人に
辛うじて生かされているのだ

は行( 3 / 35 )

冬の人

季節は巡るから幸せだ
秋から冬へ、それを凌げば春が来る
しかし生き物は、いや人生といった方が適切か
春夏秋冬の先には死があるのみだ
二度と春を迎えることはない

冬を生きる人々は口にする
「春に雷に打たれた後遺症が残って」
「夏に家族が蒸発して」
「実りの秋にうまい話に釣られてしまって」

冬の人は諦めきれない過ぎた季節を振り返る
雪山の奥深く、瞼が重たそうな顔をして
来世のお守りを抱えながら

は行( 4 / 35 )

ひねた心

アリバイ作りの仕事を終えて
とぼとぼと暗闇の家に到達する
文明の光を点けても
僕は暗闇のまま

リモコンを押せば
キャスターたちが「今は経済よりも命が優先です」と善人面
ひねた心が疼き、テレビを消した
静寂の部屋の隅で僕は凍える

それにしても今日の雨は温かかった
もう春なんだね

は行( 5 / 35 )

春たち

冬のトラウマのような雪がまだ色濃い春
強い風に包まれながら、急な温かさに戸惑う春
目に明るく、軽い装いを楽しむ春
頬杖つく春
生活用品の買いだめに余念のない春
いまから梅雨を恐れる春
自らのぼやけた空気を嫌い、凛とした秋の姿にあこがれる春
あと何度、春を迎えられるだろうと想う春

春が眩しく笑った
春が美しく咲いた
春が高らかに飛び立った
春が卒業した
春がくしゃみした
春が夕暮れに焼けて、明日の晴れを約束した

様々な場所に様々な春
到底数え切れるものではない
毎年、春たちは「知恵を出し合えばきっとより良い春が生まれるはず」と誓い合う
その議論の果てに湿度と高温に溶かされ消えてゆく
kumabe
作家:空乃彼方
空乃彼方詩集
0
  • 0円
  • ダウンロード

153 / 215