シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

止まり木 - 第二夜 -  ( 2 / 5 )

【 Scene - Ⅱ 】



         :サンドリオンの店内 -----

         :男、カウンターへ掛ける -----


マスター 「いらっしゃいませ ... ようこそ」

男    「どうも ... そうだな ... スコッチをニートで、それにチャイサーをお願いするよ ... 
      あ、銘柄は任せるから ... 」

マスター 「はい ... かしこまりました ... 」


          :ロック・グラスにスコッチが注がれ
          :続いてチェイサーが用意され添えられる -----


女    「バーテンさん ... 」

バーテン 「はい、何か?」

女    「あの時計って ... 」

バーテン 「時計 ...?」

女    「時間が違うんじゃ ... 」

バーテン 「ああ、あれですか ... 申し訳ありません ... 実はあの時計、この店の云わば
      サインボードのようなものでして、あえてあの時間に針を合わせたまま止めて
      あるんです ... 」

女    「それが12時 ...?」

バーテン 「この店の名にちなんだ時間なんです」

女    「お店の名前って ... サンドリオン ...?」

バーテン 「そうです ... フランス語でいうシンデレラなんです」

女    「シンデレラ ... なるほど ... それであの時間か ... 」

バーテン 「初めていらっしゃるお客様には、時折同じようにご指摘を受けたりするんですが
      こうしてその意味をお話ししますと、皆様、概ねご理解してくださるようで ... 」

女    「そうでしょうね ... でも、少し罪な時計ですね、あれって」

バーテン 「はい ...?」

女    「私のように、人を待つものにとっては ... 少し酷な時計かな ... 」

バーテン 「恐れ入ります ... この店のオブジェとして、ご容赦頂ければ幸いです ... 」

女    「(少し笑って)気にしないで下さい ... そんな深い意味で云ったんじゃないですから」

バーテン 「恐縮です ... 」

女    「(ポツリと)... 止まった時計か ... 」


           :ジッポウの音 -----
           :男、ゆっくりとタバコを一口喫う -----


男    「(ポツリと)... いい店だな、ここは ... 」

マスター 「それはどうも ... ありがとうございます ... 」

男    「 ... 初めてなのに居心地が良くて、雰囲気もいい ... 
      それにうまい酒を出してくれるし ... 」

マスター 「お褒めに与り、光栄です ... 」

男    「いや ... これは素直な感想ですよ ... 」

マスター 「私共にとりましては、励みになるお言葉です ... 」

男    「そうまで云われると、こっちが恐縮するな ... 」

マスター 「これはどうも ... 」

男    「それにしても ... こんないい店がこの辺りにあったなんて、気がつかなかったなァ ... 」

マスター 「失礼ですが ... お近くにお住まいなんでしょうか ...?」

男    「そうだな ... 近いといえば近いし、遠いといえば遠い ... そんなところかな」

マスター 「そうなんですか ... 
       実はこの店、昨年の春にこちらでオープンさせて頂きましたもので... 」

男    「そうか ... 去年の春か... でも、それにしてはマスターの雰囲気が様になってるね ...
      かなりキャリアがあるように見えるけど ... 」

マスター 「こちらへ参ります以前は、海岸通りの方で長くやっておりましたものですから ... 」

男    「なるほど ... それでか ... 」

マスター 「そう云われるお客様の方こそ、かなりお酒のことをご存知のご様子で ... 」

男    「どうしてそう ...?」

マスター 「先程のオーダーのされ方が、それを物語っておりました ... 」

男    「オーダーの仕方 ...?」

マスター 「スコッチをニートで、チェイサーを ... これはお酒を熟知される方のオーダーのされ方
      ですので ... 」

男    「まいったな ... マスターの観察力には、本職の私も脱帽だな ... 」

マスター 「本職、と申されますと ...?」

男    「いやいや、気にしないでほしい ... それよりマスター」

マスター 「はい ... 」

男    「折り入って聞きたいことがあるんだが ... 」




止まり木 - 第二夜 -  ( 3 / 5 )

【 Scene - Ⅲ 】



         :サンドリオンの店内 -----


女(Na)     あの人が来ない ....
      約束の時間はもうとっくに過ぎてるのに  -----

      今更もう後戻りなんか出来ない .....
      犯してしまった罪を消すことは出来ないのだから ...
      それならいっそのこと、二人でいたい .....
      いつでもいつまでも一緒にいたい .....
      彼と離れることなんか、今の私には考えられない .....

      だから -----
      罰を受ける苦しみよりも、罪を背負って逃げる苦しみをあの人は選んだ .....
      どこまでも地の果てまでも、逃げることしか術がない ....
      それしか二人が一緒にいられる術がないから .....
      私たちはそう考えた -----

      そう .....
      明日の朝一番の便で、あの思い出の地リオへ旅立つ .....
      逃亡という名の旅路に、二人で旅立つ -----

      ..... それなのに、あの人が来ない .....
      もうこんな時間なのに .....

      無情にも、時間が不安だけを私に預けて過ぎて行く -----

      !..... まさか、あの人 .....


          :グラスの中で転がる氷の音 -----


バーテン 「お作りいたしましょうか ...?」

女    「エッ? ..... ああ、お願いします ..... 」

バーテン 「かしこまりました ... 」


          :シェーカーにテキーラ、ブルー・キュラソー、ドランブイ(30ml)が
           入れられシェークされる -----
          :やがてクラッシュド・アイスを入れたタンブラーに注がれ
           レモネードで満たし、ライムのスライスが飾られる -----


マスター 「そうでしたか ... ですが、そのような方からのご連絡は、まだ一度も ... 」

男    「そうですか ... それなら、待つしかないな ... 」

マスター 「でも ... 何かの間違いでは ... あのお客様に限ってそんな ... 」

男    「私、仕事中にこうして酒を飲んでますが ... 決して冗談や作り話をしたくて
      ここに来た訳じゃないんですよ ... 」

マスター 「はい、それは ... 」

男    「実際、因果な仕事ですよ、これは。だから私の場合、こうして自分なりのスタンスで
      やってるんですよ ... もっとも、あまり上への受けは良くないですがね ... 」

マスター 「失礼ながら ... そのような方がいらっしゃってもいいのではなかと思いますが ... 」

男    「ありがたいですね、そう云ってもらえると ... それなりに励みになりますよ」

マスター 「恐縮です ... それにしましても、本当に来られるんでしょうか ... 」

男    「多分、来るでしょうね ... いや、きっと来るはずです ... 」

マスター 「どうしてそう ... ?」

男    「奴にはもう、彼女しかありませんからね ... 」

マスター 「彼女しか ... 」

男    「時に人は ... 愛する者のためなら、罪も犯す ... これ、悲しい現実です ... 」

マスター 「愛し合ってるんですね、二人は ... 」

男    「だから来るんですよ、彼女に逢いに ... 必ずね」

マスター 「でももう、かなり時間が過ぎているのでは ... 」

男    「それはこの際、関係ないでしょう ... 」

マスター 「と、申されますと ...?」

男    「あの二人は今、目の前を過ぎて行く時間より、これから過ごす時間の方が大事なんです
      から ... それに」

マスター 「それに ... 何でしょうか ...?」

男    「時間ってやつは ... 所詮、誰にも止められないものですからね ... 」


止まり木 - 第二夜 -  ( 4 / 5 )

【 Scene - Ⅳ 】



         :サンドリオンの店内 -----


女    「もう、こんな時間か ... 」

バーテン 「まだ、お見えにならないご様子ですね ... 」

女    「そうね ... でもひょとしたらもう ... 来ないかもしれない... 」

バーテン 「お約束の時間、そんなに過ぎてらっしゃるんですか ...?」

女    「そうですね ... かなり ... 」

バーテン 「それでしたら、そのうちご連絡でもあるのでは ... 」

女    「それならもう、とっくにあってもいい頃なのに ... 」

バーテン 「そうなんですか ... 」

女    「もう、来れないのかもしれない ... 」

バーテン 「お見えになれない? それは... 」

女    「そうね ... きっとそうなんだ ... 」

バーテン 「お客様 ... 」


         :男の携帯電話が鳴る -----


男    「失礼 ..... (電話を取り)はい ..... ああ、私だ ..... 」


女    「バーテンさん ... もう一杯、頂けるかしら ... 」

バーテン 「はい、かしこまりました」


         :シェーカーにテキーラ、ブルー・キュラソー、ドランブイ(各30ml)が
          入れられ、シェークされる -----


男    「そうか ... わかった ... ご苦労 ... それじゃ、私もここを引き上げるから
      その間、頼む ... (電話を切る)」

マスター 「何か ... 」

男    「 ... すべて終わりました ... 」

マスター 「エッ ...? それでは ... 」

男    「そう ... お察しのとおり ... たった今、この店の前で ... 」

マスター 「そうですか ... 」

男    「ご協力、ありがとうございました」

マスター 「いいえ、とんでもございません ... それより、彼女は ... 」

男    「そうですね ... 」

バーテン 「お待たせいたしました ... どうぞ」   
    

女    「どうもありがとう ... 」

男    「コルコバード ... リオにある丘の名前でしたね、それは」

女    「エッ?」

男    「確か5年前に、奴と出逢った想い出の場所 ... 」

女    「どうしてそんなことを ...?」

男    「そしてこれからの二人の逃亡先でもあった ... 」

女    「!... 」

バーテン 「逃亡先 ...?」

男    「奴はもう来ない ... 」

女    「 ... それじゃ、あの人は ... 」

男    「たった今、逮捕した ... この店の前でね」

女    「 ... そんな ...」

男    「犯した罪を道連れに、コルコバードのキリストには会えないだろう ... 」

女    「!... そうですね ... 確かにそうですよね ... 」

男    「詳しい話を聴きたいんで、一緒に来てもらえるかな ... 」

女    「わかりました ... 」

バーテン 「お客様 ... 」

女    「バーテンさん ... さっきあの時計のことでとやかく云ってたけど ...
      よく考えてみたら、時間が止まった時計って素敵なのかもしれない ... 」

バーテン 「それは、どういう意味なんでしょうか ...?」

女    「だって ... もし好きな時に時間を止められたなら、私たち幸せになれたかも
      しれないもの ... 」

バーテン 「 ... それは ... 」

マスター 「失礼ながら、お客様 ... お二人の時計は今ここで、止めるわけにはいかないのでは
      ないでしょうか ... 」

女    「エ ...?」

マスター 「戻らない時間を惜しむより ... やがて訪れる時間を見つめることの方が ...
      大切なことではないでしょうか ... 」

女    「やがて訪れる時間 ... 」

男    「さあ、いいかな ... 」

女    「素敵な言葉をありがとう ... マスター」

マスター 「いいえ ... 恐れ入ります ... 」

バーテン 「ありがとうございました ... 」

マスター 「どうぞ、お気をつけて ... 」


         :ドアの閉まる音 -----


止まり木 - 第二夜 -  ( 5 / 5 )

【 Scene - final 】




マスター  今宵も「バール サンドリオン」へお越しいただき、誠にありがとうございました...

      ではここで... 今回登場致しましたカクテルを、改めてご紹介させて頂きます...

      カクテルの名前は、「コルコバード/Corcovado」.....
      お話の中にもありましたように、そもそも「コルトバード」とは、ブラジルの
      リオデジャネイロにある丘の名前で、その丘には高さ30メートルものキリスト像が
      建てられており、特に日没後のライトアップ時にはその姿が闇の中に白く浮かび上がり
      幻影的なその姿を醸し出しているそうです ...

      また一方では ...
      ボサ・ノバの生みの親と言われ「イパネマの娘」や「ディサフィナード」で有名な
      アントニオ・カルロス・ジョンの作曲した同名の曲もあり、こちらもその「コルコバード」
      の丘の夜の静けさと美しさを見事に表現した、隠れた名曲として知られています ...

      さてそのレシピですが ...
      シェイカーにテキーラ、ブルー・キュラソー、ドランブイ(各30ml)をそれぞれシェイクし
      クラッシュド・アイスを入れたタンブラーに注ぎます ...
      そして仕上げはレモネード(適量)で満たし、最後にライムのスライスをデコレートすれば
      出来上がりです -----

      「コルコバード」.....
      まさにそれは名曲のタイトルにちなんだその名前通り、リオデジャネイロの海の碧さを
      表現したテキーラベースのカクテルとして、その透明さと味わいに「コルコバード」の
      丘から吹く風にも似た爽やかさを感じさせてくれる一品です -----

      それでは ...
      またのお越しを心よりお待ちしております .....

      ありがとうございました -----



Images Music - Corcovado コルコバード Astrud Gilberto
ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
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