:その夜は... 彼女との思い出の一夜となった-----
どこかしら翳りがあり...
それでいてその微笑に屈託のない、その女性との出逢い...
それは彼女に纏わる話しから始まった-----
微かにジャズが流れる店内----
男 「それで... 店はどこに?」
女 「宝塚です... 」
男 「花のみち、宝塚か... 」
バーテン 「それで色々とご存知だったんですね... 」
女 「すみません... 別にそんな気はなかったんですが... 」
バーテン 「いいえ、とんでもないです... こちらこそ勉強になりましたから... 」
男 「それにしても凄いね... ひょっとすると、ここのマスターにも引けを
とらないんじゃないかな... 」
女 「それはないと思います... 」
バーテン 「ご存知なんですか... ? マスターを」
女 「いえ... お会いしたことはないんですが... お噂はかねがね... 」
男 「そうか... ここのマスターは同業にも知られてるのか... 流石だな... 」
女 「実は私... そのマスターにお会いしたくて、今夜はここへ来たんです」
バーテン 「そうでしたか... 」
男 「だが生憎とマスターは留守だった... 残念だったね」
バーテン 「誠に申し訳ございません... 」
女 「いいえ... とんでもない... 」
男 「どうだろう... 彼女も同業でありながら、わざわざ宝塚から来たことだし
もう少しさっきの話に花を咲かせてみては... 」
バーテン 「賛成ですね... いかがですか? お客様は」
女 「喜んで... 」
バーテン 「ありがとうございます... 」
男 「それじゃ早速だが... 共にバーテンダーであるお二人に伺おう... 」
女 「はい... 」
バーテン 「何でしょうか...?」
男 「3ボトル・バーとは、一体何のことかな... ?」
女 「3ボトル・バー...?」
男 「どうかな? 我らがバーテン君は」
バーテン 「それなら、知っております... 」
男 「オッ、流石だな... 聞かせてくれたまえ」
バーテン 「3ボトル・バー... それは、確か今から50年以上前に、ロンドンで発刊された
カクテルブックのタイトルで、ウイスキーとジン、それに白ワインの3種類が
揃えば、カクテルパーティーが出来るというコンセプトで書かれたものだと聞いて
おります... 」
女 「なるほど... そういうことか... 」
男 「案外やるな... バーテン君も」
バーテン 「恐縮です... そもそも3種類のお酒の選択が、少々イギリス人の好みに偏って
ますが... 要は3という数字がカクテルにとってポイント・ナンバーであると
いうことですね」
女 「事実、そうですものね... カクテルには3つの材料、それどころか1、2種類の
お酒でその味が決まるものが多い... 」
男 「だからこそ、混ぜ合わせる種類を出来るだけ少なくし味わいを出すことが、優れた
カクテルの条件と云えるかもしれないな... 」
バーテン 「そうですね... それに尽きますね... 」
男 「さて、今度は君の番だ... それなりの話を聞かせてくるかなか」
バーテン 「でも私は... 」
男 「今の調子でいいんだよ」
女 「何か聞かせてください... お願いします」
男 「マスターの留守を預かってるんだろ... 何とかしろよ」
バーテン 「... はい... わかりました... それでは、カクテルのカルキュレイションを... 」
女 「カルキュレイション...?」
男 「なるほど、計算ってわけか... 」
女 「カクテルの、計算...?」