シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

止まり木 - 第一夜 -  ( 1 / 5 )

【 Scene - Ⅰ 】


Bar Cendrillon # opening .mp3


          :辺りに響く、ヒールの音.....

          :その夜、一人の女性が想いを馳せていた -----


          :回想 -----


男    「どうやら俺は、お前を不幸にする男だったな... 」

女    「どうして...?」

男    「一緒になって15年... 何ひとつ、まともなことしてやれなかったからな... 」

女    「何言ってるのよ、今更... そんな柄にもないこと云って」

男    「そうかな... おかしいか? 俺がこんなこと云うと」

女    「少なくとも、額面どおりには聞こえないわ」

男    「(少し笑い)それじゃ一体、どういう風に聞こえるんだ?」

女    「そうね... 何か下心ありって感じのセリフに聞こえる」

男    「おいおい... そういう解釈はないだろう... 」

女    「でも、そう聞こえてよ。何しろいきなりそんなこと云いだすんだから」

男    「そりゃ確かにそうかも知れないけが... でも本心なんだ... 絶対嘘じゃない」

女    「またそんなこと云ってる... 何だかあの頃、想いだすな... 」

男    「あの頃... ?」

女    「あなたが私にプロポーズした時のこと」

男    「え? どうしてまたそんなこと... 」

女    「だってあの時もあなたは今みたいに、柄でもない気障なセリフを淡々と
      私に云ってたんだもの... 」

男    「そうだったかな... 」

女    「俺はお前と出会った時から、こいつしかないと思ってたんだ... 本心なんだ
      嘘じゃない... だから一緒になってくれって... そう云ったのよ、あなたは」
 
男    「よく覚えてるな... そんなこと」
 
女    「当然でしょ... 自分の人生を捧げた人の言葉なんですからね... 」

男    「人生を捧げた人か... 」

女    「そうよ... 
      だから私はどんなことがあっても、決して不幸じゃないのよ... 」

男    「こんなウダツの上がらない男と暮らしててもか...?」

女    「それが全てじゃないでしょ... 男と女って... だって夫婦だもの... 」

男    「..... 」

女    「でもひとつだけ、不幸なことがあるかもね... 」

男    「... 何だ?」

女    「あなたと一緒にお酒が飲めないこと... それだけかな、あえて云うなら
      不幸って」

男    「そうか... 確かにそうかもな... お前はホントに呑めないからな... 
      それだけが玉にキズだな... 」

女    「本人目の前にしてよく云うわね... まったく... 」

男    「でも... そんなお前と酒を呑むことが、今の俺の夢かもしれないからな... 」

女    「え...?」


          :不意に雨が降り出した...
          :辺りを覆い尽くすような、この季節のには少し珍しい冷たい雨 -----


男    「いや、本当さ... 出来るならお前と一緒に飲んでみたいもんだ... 
      そう... どうせならあの酒をあの店で、呑んでみたいな... 」


          :次の瞬間、彼女はその想いから解き放たれ.....

          :ヒールの音が止まった-----


女    「バール、サンドリオン..... 」


          :彼女がそのドアを開いた.....


マスター 「いらっしゃいませ、ようこそ..... 」



止まり木 - 第一夜 -  ( 2 / 5 )

【 Scene - Ⅱ 】



         :サンドリオンの店内 -----


バーテン 「ご注文は、いかがいたしましょう...?」

女    「あのう... ウイスキーをいただけますか?」

バーテン 「ハ? ハイ... 何かご指定のものはございますか?」

女    「銘柄...?」

バーテン  「はい... ウイスキーにも色々と種類がございまして、スコッチ、アイリッシュ
       カナディアン、アメリカン、そして国産物と概ね5つのタイプとなるのですが... 」

女    「そんなに種類があるんですか... 」

バーテン 「それぞれにおのおのの特徴がありますので、お好みのものをご指定頂ければと
      思いまして... 」

女    「そうですか... でも私... 」

バーテン 「...どうかなさいましたか...?」

マスター 「失礼ですが、お客様..... もしかしてウイスキーを口にされたことがないのでは?」

女    「エ? エエ... 実はそうなんです... 私、元々お酒は駄目な方で..... 」

バーテン 「それでしたら... カクテルにでもなさった方が... 」

女    「いいえ、それには及びません... それより私、どうしてもウイスキーを飲みたいん
      です... 」

バーテン 「ハァ... 」

マスター 「あくまでもウイスキーに拘られるのですね... 」

女    「今夜だけはどうしても... 私、飲みたいんです..... 」

マスター 「... 余程のご事情なんですね... 」

女    「いいえ... そんな大した理由でもないんです... ほんの些細なことなんですよ... 
      ほんの些細な... 」

マスター 「... 承知いたしました」

バーテン 「マスター...」

マスター 「それでは、そのお飲みになりたいウイスキーですが、何でもよろしいのでしょうか?
      それとも銘柄か何かをご存知ではないでしょうか...?」

女    「そういえば... 確かメーカーズだとか何とか... 」

バーテン 「それなら多分、メーカーズマークのことじゃないでしょうか?」
  
女    「そう... そんな名前だった...  メーカーズマーク... そう、それです」
  
バーテン 「しかしそのメーカーズマークにも色んな種類があるんですが... 」
  
女    「それは... ゴールドタイプと聞いた気がします... 」

マスター 「おそらくそれは、ゴールドトップのことでしょうね... 」

女    「メーカーズマーク、ゴールドトップ.... そうです... それに間違いないわ...」

バーテン 「かしこまりました... 今、ご用意いたします...」


          :ロック・グラスにランプ・オブ・アイス... つまり握りこぶし大ぐらいの氷が入れられ
           そこへゆっくりとバーボンが注がれる-----


マスター 「それにしましても... お酒を召し上がらないお客様が、よくご存知でしたね... 
      こんなお酒を」

女    「いいえ... 私が知ってたわけじゃないんです... これは受け売りなんですよ... 」

マスター 「だとすればその方は、余程バーボンのお好きな、かなり通のかたですね... 」

女    「そうですね... 確かにお酒が好きな人ですね... 」

バーテン 「お待たせいたしました... どうぞ」


          :彼女の前に、グラスが置かれた-----


   女 「どうも... 」

バーテン 「失礼ながら... 元々はお酒は飲まれないとお聞きしましてので、水割りでお出ししようかと
      思ったんですが、それではこのお酒の折角の味わいが半減いたしますので、あえてオンザ
      ロックでご用意いたしました...
      ですので、もしお口に合わないようでしたら、その時にはお申し付け下さい... 」

女    「それはどうも... ありがとうございます... 」

マスター 「こちらが、バーボンウイスキーの逸品と云われるメーカーズマークのゴールドトップで
      ございます... 」

女    「これがそうなのね... いい香りがする... 」


          :彼女はゆっくりと、一口----


マスター 「いかかでしょうか... お味の方は...?」

   女 「... こんなに... こんなに美味しいなんて... 」



止まり木 - 第一夜 -  ( 3 / 5 )

【 Scene - Ⅲ 】



         :サンドリオンの店内 -----


マスター 「先程も少しご説明いたしましたように、ウイスキーは大きく5つの種類に
      分けられておりまして、このバーボンはその中でも、アメリカン・ウイスキーに
      属するお酒なんです... 」

   女 「そうなんですか... 」

バーテン 「そのアメリカのウイスキーには、元々色々なタイプがあるんですが、
      その昔、連邦のアルコール法でそれぞれのタイプによって、原料や
      製造法などについて規定を設けたのです。
      その中でバーボンウイスキーについては、原料となる穀物の51%以上が
      トウモロコシであることや、熟成には内側を焦がした新しいホワイトオークの
      樽を使用しなければならないといったような、他にもいろんな規定があるんです」

マスター 「それらの条件をすべてクリアしたものだけが、バーボンウイスキーと呼ばれて
      いるのです」

   女 「知らなかった... そんなこと... 今まで単なる琥珀色したお酒だと思ってた... 」

マスター 「バーボンのその琥珀色は... 
      ホワイトオークの樽に培われた、熟成の色合いと云えますね... 」

   女 「この香りと味... そしてこの色合いは、歴史が醸し出したものなのね... 」

バーテン 「中でもこのメーカーズマーク・ゴールドトップは、生産量が極めて少ない
      ものですから希少価値の高いバーボンとして名高い逸品なんです... 」

   女 「そうでしたか... 」

マスター 「実は、この店にそんなバーボンを置いていることをご存知の方は、たったお一人
      だけでして...
      その方以外、オーダーをされる方はいらっしゃらないんです」

   女 「それじゃ... 私が二人目ということ... 」

マスター 「そうなりますね... 」

   女 「珍しいんですね... このお酒を注文することって... 」

マスター 「そうなりますね... 」

バーテン 「そういえば... そのお客様もよく言っておられました... 
      このバーボンがこの店にあることを知ってるのは、俺ぐらいなもんだろうと... 」

   女 「そうですか... これって、そんなお酒だったんですか... 」

マスター 「メーカーズマークは、限りなく手造りに近い手法に徹し、品質を重視した少量生産を
      貫いた希少なバーボンで、そのポリシーは創業当初から今に至るまで、変わらなく
      受け継がれている...
      そのこだわりが、このバーボンの命なんだと... そうもおっしゃられていました... 」

   女 「... あのう... 」

マスター 「はい... なにか...?」

   女 「もし良ければ... その人の話を聞かせて頂けませんでしょうか...?」

マスター 「...エ?」



止まり木 - 第一夜 -  ( 4 / 5 )

【 Scene - Ⅳ 】




   --- その方は時折ふらりとこの店に、お一人でお見えになる方でした.....
     いいえ... お名前は生憎と存じ上げませんが...
     ただ... 多分、奥様のことでしょうね... いつも話されてました-----


         : 回想-----


   男 「男の夢ってやつは... どうもいけないなァ... 」

マスター 「... どうしてでしょうか... ?」

   男 「どうも身近にいる人を傷つけてるようで... 」

マスター 「そうでしょうか... ?」

   男 「少なくとも、俺の場合はそうなんだよ、マスター... 自分の夢のために
      一番身近にいる、一番大事な人間を傷つけてるようなんだ... 」

マスター 「身近にいらっしゃる方が、そう云っておられるのでしょうか...?」

   男 「いや、それはない... それはないんだが、俺はそう感じてるんだ... 」

マスター 「それは... お客様の思い過ごしではないでしょうか... 」

   男 「思い過ごし?」

マスター 「人を傷つける人間のそばには、孤独しか存在しません... 
      お客様は今、孤独なのでしょうか...?」

   男 「いいや... 俺のそばにはいつもあいつがいてくれる... どんな時でも... 」

マスター 「それでしたら、決して傷つけているとは云えないのでしょうか... 」

   男 「でもなァ... 」

マスター 「ご事情はわかりかねますが... どんなに辛くとも、どんなに苦しくとも
      お客様のそばにいるだけで、その方は満足されておられるのではないで
      しょうか... 」

   男 「俺のそばにいるだけでか... 」

マスター 「不幸だと感じるのは他人ではなく、自分自身です... 他人が感じることでは
      ないように思います... 」

   男 「でも... 今の俺には何もない... 金も地位も名誉も... そんな男に... 」

マスター 「たとえ何もなくとも... お客様ご自身がそばにいらっしゃるだけで、その方は
      満足されているのでは... 」

   男 「こんな売れない役者の... こんな駄目な男のそばにいるだけで、満足してるってのか
      あいつは... 」

マスター 「そのメーカーズマークのボトルにある封ロウのように... 
      お客様自身、この世の中に二人といらっしゃるわけではございません... 
      かけがえのない存在なのですから... 」

   男 「かけがいのない存在... 」



ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
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