:辺りに響く、ヒールの音.....
:その夜、一人の女性が想いを馳せていた -----
:回想 -----
男 「どうやら俺は、お前を不幸にする男だったな... 」
女 「どうして...?」
男 「一緒になって15年... 何ひとつ、まともなことしてやれなかったからな... 」
女 「何言ってるのよ、今更... そんな柄にもないこと云って」
男 「そうかな... おかしいか? 俺がこんなこと云うと」
女 「少なくとも、額面どおりには聞こえないわ」
男 「(少し笑い)それじゃ一体、どういう風に聞こえるんだ?」
女 「そうね... 何か下心ありって感じのセリフに聞こえる」
男 「おいおい... そういう解釈はないだろう... 」
女 「でも、そう聞こえてよ。何しろいきなりそんなこと云いだすんだから」
男 「そりゃ確かにそうかも知れないけが... でも本心なんだ... 絶対嘘じゃない」
女 「またそんなこと云ってる... 何だかあの頃、想いだすな... 」
男 「あの頃... ?」
女 「あなたが私にプロポーズした時のこと」
男 「え? どうしてまたそんなこと... 」
女 「だってあの時もあなたは今みたいに、柄でもない気障なセリフを淡々と
私に云ってたんだもの... 」
男 「そうだったかな... 」
女 「俺はお前と出会った時から、こいつしかないと思ってたんだ... 本心なんだ
嘘じゃない... だから一緒になってくれって... そう云ったのよ、あなたは」
男 「よく覚えてるな... そんなこと」
女 「当然でしょ... 自分の人生を捧げた人の言葉なんですからね... 」
男 「人生を捧げた人か... 」
女 「そうよ...
だから私はどんなことがあっても、決して不幸じゃないのよ... 」
男 「こんなウダツの上がらない男と暮らしててもか...?」
女 「それが全てじゃないでしょ... 男と女って... だって夫婦だもの... 」
男 「..... 」
女 「でもひとつだけ、不幸なことがあるかもね... 」
男 「... 何だ?」
女 「あなたと一緒にお酒が飲めないこと... それだけかな、あえて云うなら
不幸って」
男 「そうか... 確かにそうかもな... お前はホントに呑めないからな...
それだけが玉にキズだな... 」
女 「本人目の前にしてよく云うわね... まったく... 」
男 「でも... そんなお前と酒を呑むことが、今の俺の夢かもしれないからな... 」
女 「え...?」
:不意に雨が降り出した...
:辺りを覆い尽くすような、この季節のには少し珍しい冷たい雨 -----
男 「いや、本当さ... 出来るならお前と一緒に飲んでみたいもんだ...
そう... どうせならあの酒をあの店で、呑んでみたいな... 」
:次の瞬間、彼女はその想いから解き放たれ.....
:ヒールの音が止まった-----
女 「バール、サンドリオン..... 」
:彼女がそのドアを開いた.....
マスター 「いらっしゃいませ、ようこそ..... 」