女(Na) それはちょうど、1年前の事だった -----
SE:ライブハウスの雑踏 -----
:ステージが終わり、客が拍手をしている -----
男 「お疲れ ... 最後のブルーギター、ずいぶんノッてたな。最高だったよ」
女 「それはどうも ... あなたにそう云われれば、本望よ ... 」
男 「どういう意味かな? それは」
女 「ジャズピアニストの天才に褒められれば、歌い手冥利に尽きるってこと」
男 「何だ ... 歌だけかと思ったら、お世辞も上手いんだな、お前は」
女 「 ... わかってないな ... 私はお世辞とお節介は嫌いなのよ、覚えておいてね」
男 「フーン、そうか ... なるほど ... 」
女 「それはそうと ... オーナーに聞いたけど、あなたしばらくステージに立たないそうだけど
ホントなの?」
男 「 ... ああ」
女 「どうしてまた?」
男 「ウン ... ちょっとあってね ... 」
女 「え ...?」
男 「大したことじゃないんだ ... ただ ... 」
女 「ただ、どうしたの?」
男 「 ... しばらく神戸を離れようかと思ってるんだ ... 」
女 「神戸を離れるって ... どこ行くつもり?」
男 「 ... ニューヨークへ ... 」
女 「ニューヨーク ... ?!」
男 「 ... あっちで弾いてみたいんだ ... ピアノを」
女 「そう ... そうなんだ ... 」
男 「今しかないと思って ... それで決めたんだ ... 」
女 「 ... でも急なんだ ... 前以てひと言云ってくれればよかったのに ... 」
男 「確かにそうだな ... 」
女 「冷たいな ... 案外冷たい人なんだ、あなたは」
男 「そんなつもりはないんだけど ... 時々そう云われるな ... 」
女 「にしても、いいな ... ニューヨークか ... 」
男 「(独り言)今しか行けないんだ ... 今しか ... 」
女 「ねえ ... 」
男 「ン?」
女 「一緒についてっていいかな ... そのニューヨークに」
男 「エッ ...?」
女 「私も歌ってみたいの ... 本場の場所で本場の歌を」
男 「マリ ... 」
女 「ね、いいでしょ? 一人より二人、旅は道連れって言うじゃない、だから」
男 「駄目だ ... 一緒には行けない」
女 「どうして ... 」
男 「どうしてもだ ... 悪いが邪魔をしないでほしいんだ ... 」
女 「邪魔? 邪魔ってどいういこと? それって少し酷いんじゃなくて?」
男 「気に障ったのなら謝る ... だけどこれは俺の夢だったんだ ...
他に何の欲もない男の、たった一つの大事な夢だったんだ ... だから俺一人で
行きたいんだ ... 俺一人で」
女 「(ポツリと)... だったら ... 私の夢はどうなるの ... 」
男 「お前の夢 ...?」
女 「ううん ... 何でもない ...(溜め息をつき)わかった ... 邪魔しないわ。
男の夢に女がのこのこ、しゃしゃり出てもしかたないものね ... 」
男 「 ... 聞き分けのいい女は、きっと幸せになれるよ ... 」
女 「そうかな ... 聞き分けのいい女は、損するだけだと思うわ ... 」
男 「 ... 1年経ったら、帰ってくるよ ... 」
女 「1年 ... ホントに1年?」
男 「ああ、ホントだ ... 約束するよ」
女 「 ... なら、私も ... その間、旅に出るわ ... 」
男 「旅に ... ?」
女 「そうよ ... 私なりの、心の旅にね ... 」
男 「マリ ... 」
SE:飛行機の離陸音 -----
女(Na) それから間もなく ... 彼はニューヨークへと旅立って行った -----