シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

canari ~ カナリア ~( 1 / 5 )

【 Scene - Ⅰ 】

Bar Cendrillon # opening .mp3



女(Na)  それはちょうど、1年前の事だった -----


        SE:ライブハウスの雑踏 -----

         :ステージが終わり、客が拍手をしている -----


男    「お疲れ ... 最後のブルーギター、ずいぶんノッてたな。最高だったよ」

女    「それはどうも ... あなたにそう云われれば、本望よ ... 」

男    「どういう意味かな? それは」

女    「ジャズピアニストの天才に褒められれば、歌い手冥利に尽きるってこと」

男    「何だ ... 歌だけかと思ったら、お世辞も上手いんだな、お前は」

女    「 ... わかってないな ... 私はお世辞とお節介は嫌いなのよ、覚えておいてね」

男    「フーン、そうか ... なるほど ... 」

女    「それはそうと ... オーナーに聞いたけど、あなたしばらくステージに立たないそうだけど
      ホントなの?」

男    「 ... ああ」

女    「どうしてまた?」

男    「ウン ... ちょっとあってね ... 」

女    「え ...?」

男    「大したことじゃないんだ ... ただ ... 」

女    「ただ、どうしたの?」

男    「 ... しばらく神戸を離れようかと思ってるんだ ... 」

女    「神戸を離れるって ... どこ行くつもり?」

男    「 ... ニューヨークへ ... 」

女    「ニューヨーク ... ?!」

男    「 ... あっちで弾いてみたいんだ ... ピアノを」

女    「そう ... そうなんだ ... 」

男    「今しかないと思って ... それで決めたんだ ... 」

女    「 ... でも急なんだ ... 前以てひと言云ってくれればよかったのに ... 」

男    「確かにそうだな ... 」

女    「冷たいな ... 案外冷たい人なんだ、あなたは」

男    「そんなつもりはないんだけど ... 時々そう云われるな ... 」

女    「にしても、いいな ... ニューヨークか ... 」

男    「(独り言)今しか行けないんだ ... 今しか ... 」

女    「ねえ ... 」

男    「ン?」

女    「一緒についてっていいかな ... そのニューヨークに」

男    「エッ ...?」

女    「私も歌ってみたいの ... 本場の場所で本場の歌を」

男    「マリ ... 」

女    「ね、いいでしょ? 一人より二人、旅は道連れって言うじゃない、だから」

男    「駄目だ ... 一緒には行けない」

女    「どうして ... 」

男    「どうしてもだ ... 悪いが邪魔をしないでほしいんだ ... 」

女    「邪魔? 邪魔ってどいういこと? それって少し酷いんじゃなくて?」

男    「気に障ったのなら謝る ... だけどこれは俺の夢だったんだ ... 
      他に何の欲もない男の、たった一つの大事な夢だったんだ ... だから俺一人で
      行きたいんだ ... 俺一人で」

女    「(ポツリと)... だったら ... 私の夢はどうなるの ... 」

男    「お前の夢 ...?」

女    「ううん ... 何でもない ...(溜め息をつき)わかった ... 邪魔しないわ。
      男の夢に女がのこのこ、しゃしゃり出てもしかたないものね ... 」

男    「 ... 聞き分けのいい女は、きっと幸せになれるよ ... 」

女    「そうかな ... 聞き分けのいい女は、損するだけだと思うわ ... 」

男    「 ... 1年経ったら、帰ってくるよ ... 」

女    「1年 ... ホントに1年?」

男    「ああ、ホントだ ... 約束するよ」

女    「 ... なら、私も ... その間、旅に出るわ ... 」

男    「旅に ... ?」

女    「そうよ ... 私なりの、心の旅にね ... 」

男    「マリ ... 」


        SE:飛行機の離陸音 -----


女(Na)  それから間もなく ... 彼はニューヨークへと旅立って行った -----



canari ~ カナリア ~( 2 / 5 )

【 Scene - Ⅱ 】

Bar Cendrillon # opening .mp3



          :サンドリオン店内 -----

          :バーテンと女性客がいる -----


女    「(酔っている)お代わり、くださる?」

バーテン 「今夜はもう、その辺にされては ... 」

女    「どうして? 私はまだ飲み足りないんだけど ...?」

バーテン 「でも、次でテン・カウントですよ ... バカルディのお代わりが」

女    「じゃ、今夜はどこまでカウント出来るか、挑戦してみるわ」

バーテン 「マリさん ... 」

マスター 「そのままだと ... 大切な喉、壊しますよ、マリさん」

女    「何だ ... マスター、居たんだ ... 」

マスター 「今日は少し寄り道をしてたものですから ... こんな時簡になってしまって」

女    「このパーテンさんがいて、マスターも少しは助かるね」

バーテン 「私はパーテンではなく、バーテンです」

女    「あら、そうだった? ごめんなさい」

マスター 「(少し笑って)マリさんったら ... 」

女    「とにかくお代わり頂戴よ、パーテンさん、早いとこね」

バーテン 「(小声で)まったく ... 困った人だな ... 」

女    「そういうセリフってさ、お客に言うようなことじゃないよね、普通」

バーテン 「あ ... 聞こえましたか?」

女    「あなたは本当に、パーテンね ... 」

バーテン 「お客さんがそういうこと言いますか、普通」

女    「フーン、口だけは、一人前なんだ ... 」

バーテン 「どういう意味なんでしょうか? それは」

マスター 「そろそろそれぐらいにして ... 」

バーテン 「でもマスター ... 」

マスター 「マリさんのカクテルは私が作りますから、あなたはあちらでグラスを磨いてくださる
      かしら ... 」

バーテン 「 ... はい、承知しました ... 」   

女    「がんばってね ... パーテンさん」

バーテン 「ごゆっくりどうぞ、オキャクサマ」

女    「それはどうも、アリガトウ ... 」

マスター 「バカルディでよろしかったでしょうか? マリさん」

女    「エエ、お願いします ... 」

マスター 「かしこまりました ... 」


          :シェーカーにバカルディ・ホワイト・ラム(3/4)と
           ライム・ジュース(1/4)、グレナディン・シロップ(1tsp)が
           入れられ、シェークされる -----


女    「やっぱりマスターのシェーキングは、いい音がするわ ... 」

マスター 「お褒め頂いても、これが最後のオーダーですよ、マリさん」

女    「え ...? どうしてなの? マスター」

マスター 「この店では ... お客様にお出しするカクテル・カウントは、お一人様ナイン・
      ハーフまでと、決まっておりますので ... 」

女    「? ... どうしてそうなるわけ?」

マスター 「ナイン・ハーフ以上、口にされるカクテルは ... それはもうカクテルでは
      ありませんから ... 」

女    「それじゃ一体何なの ... ?」

マスター 「ただのアルコールです ... 」

女    「ただの、アルコール ... 」

マスター 「カクテルはその名前どおり、様々なスピリッツのハーモニーが奏でる、微妙な味わいを
      楽しんで頂く飲み物です ...
      ただ単に、酔うためだけに作られるものではありませんから ... 」

女    「マスター ... 」

マスター 「どうぞ ... 」


          :マスター、女の前にグラスを置く -----


女    「そうね ... そうなんだ ... 」

マスター 「今夜のカナリアは ... 少しお行儀が悪いようですね ... 」

女    「マスター ... 」

マスター 「あまり無理はいけませんよ ... マリさん ... 」

女    「マスター ... 実は私 ... 」


          :店のドアが開く -----


バーテン 「いらっしゃいませ」

マスター 「いらっしゃいませ、ようこそ ... 」

男    「 ... 捜したよ、マリさん ... 」

女    「ミタさん ...?!」



canari ~ カナリア ~( 3 / 5 )

【 Scene - Ⅲ 】

Bar Cendrillon # opening .mp3



         :サンドリオンの店内 -----



女    「どうしてここに ...?」

男    「店に行ったら、ここにいるって教えてくれたんだ」

女    「そうでしたか ... 」

マスター 「ようこそ、いらっしゃいませ ... ご注文の方は、いかがいたしましょうか?」

男    「そうだな ... じゃ、ダイキリを」

マスター 「かしこまりました ... 」


          :ホワイト・ラム(3/4)とライム・ジュース(1/4)
            砂糖(1tsp)が入れられ、シェークされる -----


男    「相変わらず、歌ってないんだ ... 」

女    「 ... エエ ... 」

男    「かれこれ1年だろう? ステージに立たなくなって」

女    「そうですね ... 」

男    「オーナーが嘆いてたよ ... 店の格が落ちたってね」

女    「そんなことは ... 」

男    「中々見つからないみたいだよ、君ほどの歌い手が... 」

女    「私ぐらいのシンガーなら、ざらにいますよ ... 」

男    「そうかな ... 僕にはそう思えないけどな ... 」

マスター 「お待たせいたしました ... どうぞ(グラスを置く)」

男    「ありがとう ...(一口飲む)」

女    「今日はまたどうしてここへ?」

男    「来ちゃいけなかったかな ...? それとも約束してなかったから?」

女    「別にそういう意味じゃなくて ... 」

男    「それならいちいち理由を言わなくてもいいだろう ...?」

女    「それはそうですけど ... でも、どうしてかなと思って ... 」

男    「気になるなら言おうか ... ズバリ、君を誘惑に来たんだ ... 」

女    「誘惑 ...? 私を?」

男    「そう、誘惑 ... 」

女    「それって、どういう意味ですか ...?」

男    「男が女を目の前にして、誘惑というセリフを口にしたら ... 答えはひとつだろう?」

女    「ミタさん ... 」

男    「(笑って)冗談だよ ... ホントのところは、君にステージで歌ってもらおうと思って
      交渉に来たんだ ... 」

女    「私に歌を ... ?」

男    「実はこの秋に、神戸で大掛かりなジャム・セッションがあるんだ ...
      もちろん海外からもそうそうたる顔ぶれのミュージシャンが参加してね。
      それで僕の方にも声がかかってきた訳なんだけど ... 
      僕としてはそのステージで、どうしても君に歌ってもらいたいんだ ... 僕のピアノを
      バックにして ... 」

女    「ミタさんのピアノをバックに ... 」

マスター 「素敵なお話じゃないでしょうか ... マリさん ... 」

女    「マスター ... 」

男    「どうだろう ...? 歌ってくれないか?」

マスター 「マリさん ... 」

女    「でも私は ... 」

男    「これはある意味、君にとってもチャンスだと思うんだ ... 
      そう思いませんか? マスター」

マスター 「そうですね ... 二度とないチャンスかもしれませんね ... 」

男    「どうだい? この機会に、君の実力を試してみたら ... 」

女    「でも ... 私は ... 」

男    「この際、つまらない感傷は捨てた方がいいと思うよ、マリさん」

女    「 ... つまらない、感傷 ...?」

男    「彼のことなら、以前にオーナーから聞いたよ... それが原因で君が歌わなくなったって
      ことも ... でもそれとこれとは話が別だよ。
      これは君自身が一人のシンガーとして考えるべきことなんだよ」

女    「(ポツリと)つまらない感傷 ... 」

マスター 「マリさん ... 」

女    「ミタさん ... 私 ... 」



canari ~ カナリア ~( 4 / 5 )

【 Scene - Ⅳ 】

Bar Cendrillon # opening .mp3



          :サンドリオンの店内 -----



女    「何となくだけど ... マスターの云ってたナイン・ハーフの意味がわかるような気が
      する ... 」

マスター 「マリさん ... 」

女    「カウント・テンまでいっちゃうと、ノック・アウトだもんね ... そこで全部終わり
      だもの ... 」

マスター 「本当にこれでいいんですか ...?」

女    「あ、そうだ、マスター。さっき言いかけて途中になっちゃったことだけど ... 」

マスター 「 ... エッ?」

女    「ほら、ミタさんが入ってくる前に ... 私、マスターに何か言おうとしてたじゃない」

マスター 「そういえば、確か ... 」

女    「それが私 ... 忘れちゃったのよ ... ごめんなさい」

マスター 「マリさん ... 」

女    「何言おうとしてたのか、思い出せないのよ ... 私、もう駄目ね ... 今夜は」

バーテン 「マスター、終わりました ... 」

マスター 「ありがとう ... 」

女    「ご苦労様、バーテンさん ... さっきはごめんなさいね ... 」

バーテン 「いいえ、とんでもありません ... 私こそ、失礼しました ... 」

女    「今度きた時は、可愛いカナリアでいるから ... 今夜のことは許してね」

バーテン 「かしこまりました ... その時をお待ちしております」

女    「それじゃ私、今夜はこれで帰ります、マスター ... おやすみなさい ... 」

バーテン 「ありがとうございました ... 」


          :女、店を出ようとする -----


マスター 「マリさん ... 」

女    「エッ?」

マスター 「さっきのお話の返事は ... 本当にあれでよかったんですか ...?」

女    「 ... エエ ... あれでいいのよ、あれで ... 」

マスター 「そうなんですか ... 」

女    「マスター ... 」

マスター 「 ... はい」

女    「他の人から見ればつまらない感傷でも ... その人にとっては大事なことかも
      知れないじゃない ... そう思わない? マスター ... 」

マスター 「 ... そうですね ... 確かにそうです」

女    「 ... そういうことよ ... それじゃ、おやすみなさい ... 」

マスター 「ありがとうございました ... おやすみなさい ... 」


          :女、店を出て行く -----

          :ドアの閉まる音 -----


バーテン 「少し変わったシンガーですね ... マリさんって人は ... 」

マスター 「どうしてそう?」

バーテン 「せっかくのチャンスだったのに ... 」

マスター 「それは ... 彼女がシンガーである前に、一人の女性だからでしょう ... 」

バーテン 「一人の、女性 ... 」

マスター 「ちょうど ... バカルディがバカルディ・ラムに拘ることで、ダイキリではない
       ことを主張したように ... 」

バーテン 「バカルディがバカルディであるための主張 ... 」

マスター 「彼女もまた ... 自分が女であることを主張したのよ ... 」


          :辺りに響く、ヒールの音にまぎれて -----


           :回想 -----


マリ   「今度あなたが私の目の前に現れるまで ... 私、歌を忘れるわ ...
      (少し笑って)そう ... 私は、歌を忘れたカナリアになるのよ ... 」

男    「お前 ... 」


女(Na)  あの日から ... 愛しい人のために歌うカナリアは、歌を忘れた -----
       あれからちょうど1年 ... 彼はまだ、帰って来ない -----



ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
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