:サンドリオンの店内 -----
バーテン 「それにしても ... そんな謂れがあるカクテルのレシピを、よくご存知でしたね ... 」
男 「その答えにも、謂れがあるということにしておこう ... 」
涼 子 「その答えは、ひとつしかないと思うんですが ... 」
男 「というと?」
涼 子 「それは、ご自身が飲まれたということではないんでしょうか ... 」
男 「なるほど ... それが一番手っ取り早くて、理に適った答えだろうな ... 」
涼 子 「違うんでしょうか .... ? それ以外には ... 」
男 「この際、そんなことはどうでもいいことなんだ、お嬢さん」
涼 子 「エッ ... ?」
男 「肝心なのは、昔、港の場末の酒場で、たった一度しか作られなかったカクテルが
存在してたってことなんだよ」
バーテン 「存在の証し ... 」
男 「そういうことだな ... 」
涼 子 「でもどうしてそのカクテルを、わざわざここでオーダーされたんでしょうか?」
男 「私はこのカクテルが好きだ ... 好きなんだ ...
だからこのカクテルを飲める場所をずっと探してた ...
伊達や酔狂の半端な酒場では、決して口にしたくなかったからな ... 」
涼 子 「それでこのお店を選ばれた ... 」
男 「もっとも ... マスターに会って話しをすれば、きっと理解してくれたと思うんだが ...
生憎と私も巡り合わせが悪いようで、今夜も会えなかったが ... 」
バーテン 「恐れ入ります ... 」
男 「ともかくバーテンさん ... さっきの話、マスターに伝えておいてくれるかな」
バーテン 「かしこまりました ... 確かに」
涼 子 「エ? もうお帰りなんですか?」
男 「例のごとく ... そろそろ眠気が勝ってきたんでね ... 年寄りは退散するよ」
涼 子 「そうですか ... 残念です。その女性バーテンダーの話を、もっとお伺いしたかった
です ... 」
男 「多分、そうだろうな ... お嬢さんにすれば興味津々の話だろうからな」
涼 子 「でもまたお会い出来ますよね、ここで」
男 「ああ、そうだな ... 約束は出来ないが、またいつか会いたいね、お嬢さん」
涼 子 「私、楽しみにしてますから ... 」
男 「ああ、私も楽しみにしてるよ ... それじゃ、その時まで」
バーテン 「ありがとうございました、藤堂様 ... お気をつけて ... 」
涼 子 「おやすみなさい ... 」
男 「おやすみ .... 」
SE:ドアの閉まる音 -----
バーテン(Na) その店の名は「バード・バー」-----
どこにあったのか詳しい場所は聞いておりませんが ...
時折、店の小窓から潮風がやって来て、カクテル・グラスと遊んでいたそうですから
きっと、港のある街の一角にでもあった酒場なんでしょうね .....
店の雰囲気はこの店とよく似てたらしいですが .....
マスター曰く、この店が似ていると云うべきなんだそうです .....
その店に訪れる人は、それぞれの思いをグラスにブレンドしながら漂うように流れる
ジャズと、静かに通り過ぎて行く時間の中で、束の間の夢と戯れてたそうです .....
「バード・バー」..... それはまさにその名のとおり .....
飛ぶ鳥たちの翼を休める、心の止まり木のような場所であったようです -----
そしてこの酒場はその昔 .....
私共のマスターが、シェイカーを振っていた店だと聞かされました -----