シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

千夜一夜 - ハートカラー -( 1 / 5 )

【 Scene - Ⅰ 】

Bar Cendrillon_kuni.mp3



         :埠頭の風景 .....
          静かな波の音 .....
          遠くに聞こえる海猫の声 ...

          そこに一人の女性が佇んでいた -----



涼子(Na) そのお店は以前、メリケン波止場にあったそうです .....

      いいえ... 生憎と私はその頃、行ったことはないんですが ...

      ただ... お店の小窓から時々潮風がやってきては、お酒の香りと戯れたり ...
      埠頭に響く波音が、静かにカウンターを漂ったりする、お洒落なバーだった
      そうです -----

      ... ええ、そうですね... 海猫たちはきっと思ってたでしょね ...
      自分たちにも、そんな止まり木が欲しいって ...

      そうなんです... 酒場はもそもそも、彷徨い飛ぶ鳥たちの止まり木 ...
      だからそのお店はちょうど、人の心が翼を休める、港の止まり木のような
      そんな場所だったんですよね .....

      その頃の私はまだ見習いのバーテンだーで、いろんなお店のことは耳にしてた
      んでが... このお店の話を聞いた時に、ふと思ったんです ...
      その店のマスターに逢ってみたいって... 何だか無性にそう思ったんですよ。

      同じ女性として、港の止まり木といわれるバーでシェイカーを振り、その店に
      訪れる人たちに、どんなエスコートをしながら迎えていたのかが知りたくて ... 
      この目で確かめてみたかったんですよ ...

      でも .....
      私がメリケン波止場へ行った時には、そのお店はもうなかったんです ...
      そう... それは仕方のないことでした ...
      どうしようもない現実が、そこにはあったんですから -----

      それは確かにショックでした... その頃、すべての出来事に愕然としていた
      私には、もう何もかも失ってしまったような気がしました、あの時は ...


         :辺りに響くヒールの音 -----


      けれど、それから二年後 .....
      私はやっと巡り合えました ... 生まれ変わったそのお店と ...

      ... いいえ。残念ながらマスターとはまだお会いしてないんですが ...
      そのうちにお目にかかれるものと思って、時折こうして足を運んでます ...

      ...え? 私ですか? 私は「ヴランシュ・ネージュ」というバーで
      シェイカーを振っている... 涼子と申します -----

      さあ... 今夜はマスターに逢えるかな .....


         :店のドアが開く-----


     「いらっしゃいませ、ようこそ ... 」 



千夜一夜 - ハートカラー -( 2 / 5 )

【 Scene - Ⅱ 】

Bar Cendrillon_kuni.mp3



         :サンドリオンの店内 -----

         :静かに流れるジャズ -----



涼 子  「(ポツリと)私って ... ホント、相性が悪いのかもしれませんね、マスターと ... 」

バーテン 「その辺りのことは、何と表現すれば適切なのか ... まったくもって、その ... 」

涼 子  「いえいえ ... いつもながらのことですから、気にしないで下さい」

バーテン 「しかし ... お久しぶりにお見えになられたというのに、よりによってまた ... 」

涼 子  「そう ... まさか、またマスターがいらっしゃらないなんて、私も思いませんでしたよ」

バーテン 「本当に、申し訳ありません ... 」

涼 子  「いいえ、とんでもないです ... 
       それより今となっては、マスターにお会いする事だけで、寄せてもらってる訳じゃない
       ですから ... 」

バーテン 「と、申されますと ...?」

涼 子  「このお店に訪れるいろんな方の話を聞くのもためになるし、勉強にもなりますから ... 
       それだけでも、結構楽しみになってるんですよ、今の私には」

バーテン 「そう云って頂くと ... 少しばかり救われます... 」

涼 子  「それに ... 」

バーテン 「それに ...?」

涼 子  「こうしてバーテンさんとお話しするだけでも、それはそれで楽しいし ... 」

バーテン 「(少し照れて?)ああ、それはどうも ... ありがとうございます ... 」

涼 子  「それにしても ... このお店に来ると、ホント落ち着くんですよね ... 」

男    「確かにそれは言えるね ... お嬢さん」

涼 子  「エ ...?」

男    「私のことはもう忘れたかな ... 」

涼 子  「あ、はい ... あのう ... 」

男    「それじゃ、バーテンは失格だな ... 一度でも酒の話を交わしたことのある人の顔を
      忘れるなんてのは ... 」

涼 子  「お酒の話 ... 」

男    「とは言っても ... 少しばかり前のことだからな ... 無理もないか ... 」

涼 子  「 ... 」

男    「なら ... このレシピを言えば思い出してくれるもしれんな ... 」

涼 子  「レシピ ...?」

男    「ライ・ウイスキー(1/2)とドライ・べルモット(1/4)... 
      それにカンパリ(1/4)をステアすれば出来上がる ... これでどうかな?」

涼 子  「ライ・ウイスキーにドライ・べルモット、それにカンパリだと ...
       あ ... これって、カルキュレーション ... もしかしてあの時の ...!」

男    「思い出してくれたようだな ... 」

涼 子  「オールド・パル ... 」

男    「流石だね、お嬢さん ... 」

涼 子  「すみませんでした ... 私うっかりしてて ... 」

男    「いや、一向に構わんよ ... 無理もないことだからな ... 
      何せここであの夜話をしてから、今夜で二度目のことなんだからなァ ...

バーテン 「そうですね ... あれから季節がひとつ変わりましたから ... 」

男    「早いもんだな ... 時間が経ということは ... 」

涼 子  「もしかして ... 今夜があの時以来なんですか? ここへいらっしゃるのは」

男    「そういうことになるかな ... 」

涼 子  「それで ... こうしてまたここでお会い出来るなんて ... 」

バーテン 「こう言ってはなんですが ... 
        マスターが引き合わせたと言えるのかも知れません ...」

涼 子  「マスターが ... 」

男    「確かにそうかも知れんな ... 」

涼 子  「それで今夜は、何をオーダーされたんですか?」

男    「 ... 」

涼 子  「やっぱりあの時と同じもので ...?」

男    「いいや ... それが残念ながら違うんだ ... 」

涼 子  「 ...?」

男    「今夜はこいつなんだ ... 」

涼 子  「そのカクテルは ... 」

男    「こいつは『ハート・カラー』ってやつなんだ ... 」

涼 子  「ハート・カラー ... 」



千夜一夜 - ハートカラー -( 3 / 5 )

【 Scene - Ⅲ 】

Bar Cendrillon_kuni.mp3



         :サンドリオンの店内 -----



涼 子  「初めて聞くカクテルの名前 ... 」

バーテン 「実は、私も知らないカクテルでしたので、レシピを教わりながら作らせて頂いた次第でして」

涼 子  「このカクテルって、以前からあったものなんでしょうか ...?」

男    「そうだね... ずっと前からあったと言えばあったし、なかったと言えばなかった ...
      そんなカクテルだな ... 」

涼 子  「それって ... どういう意味なんでしょうか ...?」

男    「今言ったままだよ、お嬢さん」

涼 子  「今言ったままって ... 」

バーテン 「つまりその ... 昔は存在していたが、今はもう忘れられたものと ... 
      そういう意味合いなんでしょうか ...?」

男    「ン ... 当たらずとも、遠からずってところかな ... 」

涼 子  「それじゃ ... それはこういうことじゃないでしょうか ... 
      昔 ... どこかのお店のオリジナルとして、そこだけで飲まれていたカクテルで
      そのお店がなくなってから、そのカクテルも消えてしまったとか ... 」

男    「(ゆっくりと一口飲み)そうだな ... とにかくうまい酒を飲ませる酒場だった ...
      店の雰囲気は、そう ... ちょうどこことよく似てたような気がするな ...
      ただその店は港の近くにあって、よくその店の小窓から潮風が遊びにやって来ては
      カクテルグラスと戯れてたよ ... 」

バーテン 「店の小窓から、潮風 ... 」

男    「漂うように流れるジャズは、静かにグラスに溶け込んで、そこでは時間までもが
      ゆっくりと、静かに流れてた ... 」

涼 子  「それって ... まるで同じですよね、この店と ... 」

男    「だからその店にやって来る連中は、みんなその雰囲気の中で、それぞれの思いを
      グラスの中にブレンドして、束の間の時間を過ごしてたんだ ... 」

バーテン 「そんな酒場で飲まれてたんですね、このカクテルが ... 」

男    「店には一人の女性バーテンダーがいて ... その彼女が考案したのがこのカクテル
      だった ... 」

涼 子  「そうだったんですか ... 」

男    「彼女は口数の少ない熱心なバーテンダーで、日毎夜毎マスターから客の扱いや
      いろんな酒の知識を吸収してたな ... 
      特にカクテルのレシピやテクニックに関しては、相当なレベルのものだった」

バーテン 「まるで ... うちのマスターのような女性だったんですね ... 」

男    「(少し笑って)そうかもしれんな ... 」

涼 子  「ハートカラーか ... 」

男    「このカクテルは ... そんな彼女が、後にも先にもたった一度しか作らなかった
      ものなんだ ... 」

涼 子  「たった一度っきり ... ?! 」

男    「そうだ ... たった一度だけ作ったカクテルなんだ ... それも、涙を添えてな ... 」

涼 子  「涙を ... 」

バーテン 「添えて ... 」



千夜一夜 - ハートカラー -( 4 / 5 )

【 Scene - Ⅳ 】

Bar Cendrillon_kuni.mp3



         :サンドリオンの店内 -----



バーテン 「それにしても ... そんな謂れがあるカクテルのレシピを、よくご存知でしたね ... 」

男    「その答えにも、謂れがあるということにしておこう ... 」

涼 子  「その答えは、ひとつしかないと思うんですが ... 」

男    「というと?」

涼 子  「それは、ご自身が飲まれたということではないんでしょうか ... 」

男    「なるほど ... それが一番手っ取り早くて、理に適った答えだろうな ... 」

涼 子  「違うんでしょうか .... ? それ以外には ... 」

男    「この際、そんなことはどうでもいいことなんだ、お嬢さん」

涼 子  「エッ ... ?」

男    「肝心なのは、昔、港の場末の酒場で、たった一度しか作られなかったカクテルが
      存在してたってことなんだよ」

バーテン 「存在の証し ... 」

男    「そういうことだな ... 」

涼 子  「でもどうしてそのカクテルを、わざわざここでオーダーされたんでしょうか?」

男    「私はこのカクテルが好きだ ... 好きなんだ ...
      だからこのカクテルを飲める場所をずっと探してた ...
      伊達や酔狂の半端な酒場では、決して口にしたくなかったからな ... 」

涼 子  「それでこのお店を選ばれた ... 」

男    「もっとも ... マスターに会って話しをすれば、きっと理解してくれたと思うんだが ...
      生憎と私も巡り合わせが悪いようで、今夜も会えなかったが ... 」

バーテン 「恐れ入ります ... 」

男    「ともかくバーテンさん ... さっきの話、マスターに伝えておいてくれるかな」

バーテン 「かしこまりました ... 確かに」

涼 子  「エ? もうお帰りなんですか?」

男    「例のごとく ... そろそろ眠気が勝ってきたんでね ... 年寄りは退散するよ」

涼 子  「そうですか ... 残念です。その女性バーテンダーの話を、もっとお伺いしたかった
      です ... 」

男    「多分、そうだろうな ... お嬢さんにすれば興味津々の話だろうからな」

涼 子  「でもまたお会い出来ますよね、ここで」

男    「ああ、そうだな ... 約束は出来ないが、またいつか会いたいね、お嬢さん」

涼 子  「私、楽しみにしてますから ... 」

男    「ああ、私も楽しみにしてるよ ... それじゃ、その時まで」

バーテン 「ありがとうございました、藤堂様 ... お気をつけて ... 」

涼 子  「おやすみなさい ... 」

男    「おやすみ .... 」


        SE:ドアの閉まる音 -----


バーテン(Na) その店の名は「バード・バー」-----

      どこにあったのか詳しい場所は聞いておりませんが ... 
      時折、店の小窓から潮風がやって来て、カクテル・グラスと遊んでいたそうですから
      きっと、港のある街の一角にでもあった酒場なんでしょうね .....

      店の雰囲気はこの店とよく似てたらしいですが .....
      マスター曰く、この店が似ていると云うべきなんだそうです .....

      その店に訪れる人は、それぞれの思いをグラスにブレンドしながら漂うように流れる
      ジャズと、静かに通り過ぎて行く時間の中で、束の間の夢と戯れてたそうです .....

      「バード・バー」..... それはまさにその名のとおり .....
      飛ぶ鳥たちの翼を休める、心の止まり木のような場所であったようです -----

      そしてこの酒場はその昔 .....
      私共のマスターが、シェイカーを振っていた店だと聞かされました -----


ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
5
  • 0円
  • ダウンロード