シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

止まり木 - 第二夜 -  ( 4 / 5 )

【 Scene - Ⅳ 】



         :サンドリオンの店内 -----


女    「もう、こんな時間か ... 」

バーテン 「まだ、お見えにならないご様子ですね ... 」

女    「そうね ... でもひょとしたらもう ... 来ないかもしれない... 」

バーテン 「お約束の時間、そんなに過ぎてらっしゃるんですか ...?」

女    「そうですね ... かなり ... 」

バーテン 「それでしたら、そのうちご連絡でもあるのでは ... 」

女    「それならもう、とっくにあってもいい頃なのに ... 」

バーテン 「そうなんですか ... 」

女    「もう、来れないのかもしれない ... 」

バーテン 「お見えになれない? それは... 」

女    「そうね ... きっとそうなんだ ... 」

バーテン 「お客様 ... 」


         :男の携帯電話が鳴る -----


男    「失礼 ..... (電話を取り)はい ..... ああ、私だ ..... 」


女    「バーテンさん ... もう一杯、頂けるかしら ... 」

バーテン 「はい、かしこまりました」


         :シェーカーにテキーラ、ブルー・キュラソー、ドランブイ(各30ml)が
          入れられ、シェークされる -----


男    「そうか ... わかった ... ご苦労 ... それじゃ、私もここを引き上げるから
      その間、頼む ... (電話を切る)」

マスター 「何か ... 」

男    「 ... すべて終わりました ... 」

マスター 「エッ ...? それでは ... 」

男    「そう ... お察しのとおり ... たった今、この店の前で ... 」

マスター 「そうですか ... 」

男    「ご協力、ありがとうございました」

マスター 「いいえ、とんでもございません ... それより、彼女は ... 」

男    「そうですね ... 」

バーテン 「お待たせいたしました ... どうぞ」   
    

女    「どうもありがとう ... 」

男    「コルコバード ... リオにある丘の名前でしたね、それは」

女    「エッ?」

男    「確か5年前に、奴と出逢った想い出の場所 ... 」

女    「どうしてそんなことを ...?」

男    「そしてこれからの二人の逃亡先でもあった ... 」

女    「!... 」

バーテン 「逃亡先 ...?」

男    「奴はもう来ない ... 」

女    「 ... それじゃ、あの人は ... 」

男    「たった今、逮捕した ... この店の前でね」

女    「 ... そんな ...」

男    「犯した罪を道連れに、コルコバードのキリストには会えないだろう ... 」

女    「!... そうですね ... 確かにそうですよね ... 」

男    「詳しい話を聴きたいんで、一緒に来てもらえるかな ... 」

女    「わかりました ... 」

バーテン 「お客様 ... 」

女    「バーテンさん ... さっきあの時計のことでとやかく云ってたけど ...
      よく考えてみたら、時間が止まった時計って素敵なのかもしれない ... 」

バーテン 「それは、どういう意味なんでしょうか ...?」

女    「だって ... もし好きな時に時間を止められたなら、私たち幸せになれたかも
      しれないもの ... 」

バーテン 「 ... それは ... 」

マスター 「失礼ながら、お客様 ... お二人の時計は今ここで、止めるわけにはいかないのでは
      ないでしょうか ... 」

女    「エ ...?」

マスター 「戻らない時間を惜しむより ... やがて訪れる時間を見つめることの方が ...
      大切なことではないでしょうか ... 」

女    「やがて訪れる時間 ... 」

男    「さあ、いいかな ... 」

女    「素敵な言葉をありがとう ... マスター」

マスター 「いいえ ... 恐れ入ります ... 」

バーテン 「ありがとうございました ... 」

マスター 「どうぞ、お気をつけて ... 」


         :ドアの閉まる音 -----


止まり木 - 第二夜 -  ( 5 / 5 )

【 Scene - final 】




マスター  今宵も「バール サンドリオン」へお越しいただき、誠にありがとうございました...

      ではここで... 今回登場致しましたカクテルを、改めてご紹介させて頂きます...

      カクテルの名前は、「コルコバード/Corcovado」.....
      お話の中にもありましたように、そもそも「コルトバード」とは、ブラジルの
      リオデジャネイロにある丘の名前で、その丘には高さ30メートルものキリスト像が
      建てられており、特に日没後のライトアップ時にはその姿が闇の中に白く浮かび上がり
      幻影的なその姿を醸し出しているそうです ...

      また一方では ...
      ボサ・ノバの生みの親と言われ「イパネマの娘」や「ディサフィナード」で有名な
      アントニオ・カルロス・ジョンの作曲した同名の曲もあり、こちらもその「コルコバード」
      の丘の夜の静けさと美しさを見事に表現した、隠れた名曲として知られています ...

      さてそのレシピですが ...
      シェイカーにテキーラ、ブルー・キュラソー、ドランブイ(各30ml)をそれぞれシェイクし
      クラッシュド・アイスを入れたタンブラーに注ぎます ...
      そして仕上げはレモネード(適量)で満たし、最後にライムのスライスをデコレートすれば
      出来上がりです -----

      「コルコバード」.....
      まさにそれは名曲のタイトルにちなんだその名前通り、リオデジャネイロの海の碧さを
      表現したテキーラベースのカクテルとして、その透明さと味わいに「コルコバード」の
      丘から吹く風にも似た爽やかさを感じさせてくれる一品です -----

      それでは ...
      またのお越しを心よりお待ちしております .....

      ありがとうございました -----



Images Music - Corcovado コルコバード Astrud Gilberto

止まり木 - 第三夜 -( 1 / 5 )

【 Scene - Ⅰ 】

Bar Cendrillon # opening .mp3

          
          :およそ言葉も交わさないであろう日常の距離...
           決して顔を合わすことのはずのないそれぞれのテリトリー...

           女は東を向いて時間を過ごし...
           男は西を見ながら時間に流される...

           そんなテリトリーの違う二人が出逢った場所...
           それがここ... バール サンドリオン....


           今宵の物語が、静かに始まった----



   男 「それじゃ、彼女はもう... 」

バーテン 「はい... そう伺いました... 」

   男 「彼女が... そんな... 」

バーテン 「けれど... 確かにそうおっしゃられてましたが... 」

   男 「まさか... 」


マスター -----それはちょうどこの店での... とある夜の出来事でした-----



   男 「(少し酔っている)バーテンさん... お代わりもらえるかなァ... 」

バーテン 「もう8杯目になりますが... よろしいんですか? お客様... 」

   男 「何云ってるんだい... まだ8杯目だろ? 大丈夫だよ」

バーテン 「ですが... 」

   男 「何だよ... お客のオーダーを無視するのかな? この店は」

バーテン 「いえ、決してそんなことは... 」

   男 「それとも客を選ぶのかな...?」

バーテン 「いいえ、とんでもありません... ただ... 」

   男 「ただ何?」

バーテン 「速いペースで... しかもかなり飲まれていらっしゃるので、お体に良くないのではと
      思いまして... 」

   男 「ほう... 俺のこと心配してくれてるんだ、バーテンさん... (少し笑い)こんな男の
      こと、心配してくれてるんだ... アハハハ... 」

バーテン 「あのう、お客様... 」

   男 「(笑いながら)俺みたいな男でも、気にかけてくれるんだ、バーテンさんは... 」

バーテン 「お客様... 」

   男 「いいからいいから... 心配してくれるなら、黙ってもう一杯作ってよ、バーテンさん。
      その方が俺は嬉しいよ」

バーテン 「(困惑)あ、ハア... 」

マスター 「同じもので、よろしいでしょうか...?」

バーテン 「マスター... 」

   男 「オッ、流石だね... そうだな... そうしてもられるかな... 」

マスター 「かしこまりました... 」

   男 「やっぱり話がわかるね... マスターとなると」

マスター 「ですが、お客様... 誠に申し訳ございませんが、これがラストオーダーということで
      お願い出来ますでしょうか... 」

   男 「...エッ...?」

マスター 「生憎とこの店では... お客様お一人のカクテル・カウントは、ナインハーフまでと
      なっておりますので... 」

   男 「ナインハーフ...?」

マスター 「はい」

   男 「それってどういう意味なのかな? マスター」

マスター 「ナインハーフ... つまり9杯目以上口にされるカクテルは、それはもうカクテルでは
      ございませんので... 」

   男 「それじゃ一体、何なのかな?」

マスター 「体裁のいい、ただのアルコールです... 」

   男 「ただのアルコール...」

   女 「つまりこのお店には... ただの酔っ払いに飲ませるカクテルはないってことですよね... 」

マスター 「エッ...?」



止まり木 - 第三夜 -( 2 / 5 )

【 Scene - Ⅱ 】




          :ついさっきまで知らない者同士が...
           時の流れのエピソードで言葉を交わす...

           その女の右手にはカクテル・グラスがあり...
           その男の左手にもカクテル・グラスがあった...
           同じ場所での時間の所有-----

           似た者同士の出逢いの幕が、今静かに上がった----


          :サンドリオンの店内 -----


   女 「もともとカクテルは名前どおり... 色んなスピリッツやリキュールが奏でる
      微妙な味わいを楽しんで飲むもの... ただ単に酔うためだけに作られて飲まれる
      ものではないと... 差し詰め、そういうことですよね、マスター」

マスター 「そうご理解頂ければ、幸いです... 」

   男 「それじゃなにか... 今の俺は単なる酔っ払いってことか... 」

   女 「少なくとも... 今の私にはそう見えますね... 」

   男 「フフフ... 随分とはっきりモノを云う人なんだな... 」

   女 「そうじゃなくて... やっかみなんですよね、私って」

   男 「やっかみ...? やっかみって、一体何をやっかむのかな?」

   女 「そうやってヤケ酒飲んで憂さ晴らし出来る、男って銘柄に... 」

   男 「それはつまり... 男に憧れてるってことかな...?」

   女 「女のヤケ酒って、あまり絵にならないでしょ... そう思いません?」

   男 「どうかな、その辺りは... 飲み方にもよるんじゃないかな...
      大体、男だってそうだから... 飲み方次第で善くも悪くもなる...」

   女 「それでも、男の人みたいな訳にはいかない... やっぱり、どうしても... 」

   男 「そっか... 君も今夜はヤケ酒だったんだ... 」

   女 「君もということは... やっぱりそうだったんだ... 」

   男 「ン?... 」

   女 「場所が少し違うと思うな... ここではあんな飲み方、似合いませんよ」

   男 「... あんな飲み方、か...」

   女 「... 良くないと思う... 」

   男 「所詮、わからないよ... 女性にはこの気持ちが... 」

   女 「女には、ですか... 」

   男 「男には飲まなきゃいられない時があるんだよ... 」

   女 「それは女だって同じ... だから私だってこうしてる訳で... あ...」

   男 「フッ... 似た者同士って訳か... 」

   女 「... でも、私とあなたは違う... そもそも私は女だから... 」

   男 「確かにそうだな... 」

   女 「それに.. ただ酔うためだけに飲むお酒ほど、味気ないものない... それなら
      こんなお店で飲まずに、その辺の居酒屋で管を巻いてるほうがお似合いかと... 」

   男 「居酒屋か... 」

   女 「...どうでしょう... どうせ飲むなら楽しくやりませんか? 特に残された...
      あと1杯のカクテルは... 」

   男 「.....」

   女 「そうでないと... 折角の素敵なカクテルが台無し... ね、マスター」

マスター 「デプス・ボム... 確かに素敵なカクテルですね... 」

   女 「私もちょうど一人だし... つかの間、楽しく過ごしましょう」

   男 「...そうだな... それも悪くはないかな... 」

   女 「...決まった。 それじゃマスター、私にお代わりを... 」

マスター 「かしこまりました... 同じものでよろしいでしょうか?」

   女 「いいえ... 別のものを... 」

マスター 「といいますと...?」

   女 「そう... レスポワールを... 」

   男 「レスポワール... ?」



ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
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