シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

止まり木 - 第三夜 -( 3 / 5 )

【 Scene - Ⅲ 】




          :静かに語ることが弱いわけではなく ...
             むしろ力強いのかもしれません ---

           綺麗ごとを云ってる訳でもない...
           ただ素直に感じたことを伝えてるだけ---

           心のアクシデントで出逢った男と女には
           そこに偽るものは何もありませんでした ---

           強いて言えば、ただそこにあるのは...
           互いの声と匂いと、その存在だけ...

           そんな情景に、今宵交わされる会話は-----


          :サンドリオンの店内 -----


   女 「私、思うんですよね... 季節にも色々あって、輝いてる時期やどうしようもなく
      淋しい時期があるんだなって... 」

   男 「どうしてそう?」

   女 「今朝、何気なく窓から空を見てたら、風が光ってて雲が眩しく感じて、ああこの
      時期はみんな輝く季節なんだなって... 何となくそんなふうに感じて... 」

マスター 「素敵ですね... そういう心持ち... 」

   男 「ここしばらく... そんな感覚、忘れてるな... 」

   女 「人にもきっと... それぞれに輝く季節がありますよね... 」

   男 「人にも、か...」

   女 「多分それって... 初めて人を好きになった時にも似て、その人の言葉や瞳は眩しくて
      その瞬間輝いてる... 」

   男 「たとえばそれは、ファーストキスの時や、愛する人と一緒になった時のように...?」

   女 「そうですね... そんな感じでしょうね... 」

   男 「なるほどな... でもどうしてそんな時、人は輝くんだろ... 」

   女 「きっとそれは... そこには希望があるから... 」

   男 「希望...?」

   女 「どんな時にも、どんなも事にも... 人は希望を持てるから... だから輝けるんじゃ
      ないかなって... 」

   男 「希望ね... 俺の場合は今... 逆に色褪せてるな... 」

マスター 「そうでしょうか... どんな些細なものにでも、人は希望を持てると思うのですが... 」

   男 「些細なものにでも... 」

   女 「その人にしかない些細なもの... その人にしか判らない些細なもの... それだけで
      輝ける瞬間が生まれる... そう思いませんか? マスター」

マスター 「そうですね... 少なくとも人々が皆平等に、明日という時間を迎える事ができる限り
      ... 希望が絶えるこということはないと思います... 」

   男 「明日への希望か... 」

   女 「そう... こんな私でも、そのささやかなものを信じて頑張ってるんですから... 」

   男 「ささやかなものって... ?」

   女 「それはルール違反... 」

   男 「エ?」

   女 「野暮なことは聞いたりしない... それがマナーです... 」

   男 「そっか... そうなんだ... (少し笑う)」

   女 「素敵ですよ... その方が... 」

   男 「エッ...?」

   女 「やっぱりそれなりに、楽しく飲む方がいいですよお酒は... ねえ、マスター」

マスター 「そうですね... 」


   男  彼女の笑顔は素敵だった...
      彼女の声は爽やかだった...
      そして彼女のその瞳は... 確かにあの時輝いていた---

      その夜をきっかけに、彼女とのバー・フレンドとしての関係が始まった-----


マスター  これがちょうど... 半年程前の、この店での出来事でした-----



止まり木 - 第三夜 -( 4 / 5 )

【 Scene - Ⅳ 】




          :つかの間...

           同じ時間を同じ場所で、同じように過ごす男と女...
           そこにお互いのプライベートはなく...
           その瞬間だけがすべて...

           込み入った話をすることもなく、含蓄を語る訳でもない...
           ただグラスを傾け、少しばかりの酔いに任せて共に過ごす時間...
           そんな酒場の仲間を、バー・フレンドと呼ぶ...

           今宵その物語は、一通の手紙からはじまった----


          :サンドリオンの店内 -----


バーテン 「これをお客様宛にと、お預かりしておりました... 」


          :差し出された一通の手紙-----


   男 「これを...?」

マスター 「先程お伝えしたご伝言と一緒に、渡してほしいとお預かりしたものです... 」

   男 「手紙を俺に...?」


          男は手紙の封を切り、読み出した-----



   男  前略... 今夜の気分はどうですか?
      近頃、顔を合わさないので、皆目検討つきませんが、多分楽しく飲んでることだと
      思っています。

      やっぱり今夜も、いつものアレですか? だとしたら、ホントにそのカクテルが好き
      なんですね。
      何しろ初めて会った時からずっと、そのカクテル以外のものを口にしてるのを見た
      ことがないですからね。
      それにいつだって勢いに任せて、ラスト・カウントまでオーダーするんですから...
      ホント、無類のお酒好きなんですね。
      あまり身体には良くないと思います... 少しセーブした方がいいですよ。

      さて... ここから本題ですが...


          彼女の声とオーバーラップしはじめた-----


    女 この間の件... 色々と考えてみました... 長い時間、考えました...
      どうすれば一番いいのかを... じっと一人で考えてみました...

      私もあなたのこと... 好きです...
      正直に言えば、出会ったあの時からです... 年甲斐もなく一目惚れでした...

      それでその気持ちは、夜毎あなたと会うたびに、募っていきました...
      今でもその気持ちに変わりはありません... これは本当のことです...
      私はあなたが、今でも好きです.....

      でも...
      私はこれ以上、あなたと一緒にいることが出来ません...
      何故なら... 私にはもう、時間がないんです...
      あの時のように、眩しい空を見ることや輝く風を感じることが...
      私にはもう出来なくなるから...
      だから、あなたの気持ちに応えることが出来ないんです.....

      ごめんなさい... 本当にごめんなさい.....

      このことは、本来会って直接お話しなければならないことなんですが
      それも今となっては叶わぬことで...

      あなたとは、今はこのまま、バー・フレンドのままがいいと思います。
      その方が、きっといいと思うんです.....

      私はそんなに強くない人間です...
      でも人を悲しませるぐらいなら、一人でいる方がいいと思うんです...
      その方が、きっといいんです...

      少し淋しくて、怖いけど... 頑張るつもりです... 最後まで希望を持って...
      私は逃げません.....

      こんな私にプロポーズしてくださって、ありがとうございました...

      もし今度... 一緒にグラスを傾けられる時があるのなら... 
      その時は... 私から改めてプロポーズしますね... 
      

      最後に、お願いです...

      今度ラスト・カウントまでお酒を飲んだ時には...
      最後のオーダーはレスポワールにしてください...
      私からのお願いです...

      それではお身体、ご自愛ください...
      さようなら....

      私の最愛のバー・フレンドへ.....

      レスポアールより-----



止まり木 - 第三夜 -( 5 / 5 )

【 Scene - final 】




          :いつもの時間にいつのも場所で...
           いつもと同じカクテルを口にする男...

           いつもならその右隣りの席には彼女がいた...

           取り留めのない話をし、気取ることのないスタンスで
           同じ時間を所有していた...

           しかし今宵は...
           バー・フレンドの姿は、そこにはなかった----



マスター 「いかがなさいますか? もうラスト・カウントですが... 」

   男 「そっか... もうそんなに飲んだんだ... 」

バーテン 「お作りいたしましょうか... 同じものを」

   男 「... それじゃ、アレを頼もうかな... 」

バーテン 「アレと申されますと...?」

   男 「そう... 以前、彼女が飲んでいた、レスポアールを... 」

マスター 「そうですね... 今夜はそれがよろしいですね... 」

バーテン 「かしこまりました... 」


          :グラスに氷が入れられ、注がれる音-----

           男の耳元で、女の声が聞こえた-----


   女  ラスト・オーダーはレスポワールにしてください...
      私の最後のお願いです...


   男 「私の最後のお願いか... 」

バーテン 「お待たせいたしました... レスポワールです... 」


          :男はしばらくグラスを見つめていた-----
           そしておもむろに-----


   男 「マスター... 」

マスター 「はい...?」

   男 「どうだろう... 一緒に乾杯、してもらえないかな... 」

マスター 「乾杯、ですか... 」

   男 「そう... このレスポワールで、あの彼女に... 」

マスター 「レスポワールで... 彼女に... 」

   男 「そう... 多分もう二度と会えない... バー・フレンドの彼女にね... 」

マスター 「...かしこまりました... 」


          :やがてグラスが重ねられ-----
           男はグラスのものを軽く一口、含んだ----


   男 「これは...?!」 


マスター  バー・フレンド...
      それは、行きつけの酒場で幾度となく顔を合わせていながらも、お互いの
      名も知らいまま、プライベートを語ることもなく.....
      ただその場の出会いにグラスを傾け合い、同じ時間を過ごす仲間-----

      そこには何の気負いもなく、何の煩わしさもない会話が交わされております...

      しかしひとたび... そのバー・フレンドという暗黙の関係がリズムを失うと...
      その酒場からグラスが一つ、消えていくと云われております-----

      バー・フレンド...
      それは一期一会にも似た、酒場という止まり木での出会いと別れ...
      今宵も飛ぶ鳥たちは... その運命(さだめ)にグラスを傾け、語り合う----



Images Music -  love and solitude  「愛と孤独 Toots Thielemans

千夜一夜 - ア・ラ・カルト -( 1 / 5 )

【 Scene - Ⅰ 】

Bar Cendrillon_kuni.mp3



          :今夜は... 私の話をご紹介しよう -----

           それは... この街を旅立つ前夜のこと ...
           生憎とマスターは不在だったが、ある女性のお陰で
           それなりに楽しく過ごせた一夜となった -----

           いつものように、静かに時が流れる店内 ----



男     「やっぱりここが、一番性に合ってるんだな... 」

バーテン 「たまにいらっしゃると、いいことをおっしゃるんですね... 」

男     「ということは何かな、バーテン君... いつも来てるとロクなことしか
       言わないってことかな?」

バーテン 「いいえ... 決してそんなことだとは... 」

男     「男、三十過ぎたら... もう少し気の利いたこと言わなきゃ、単なる中年の
       オジさんで終わるぞ... もう少し勉強した方がいいな」

バーテン 「勉強? 勉強って、何の勉強でしょうか?」

男     「嗜みだよ」

バーテン 「嗜み... ですか?」

男     「そう嗜み... たとえば、少なからずとも君の場合は、そうしてカウンター越しに
       シェーカーを振るバーテンダーだ... 」

バーテン 「はい... 確かに... 」

男     「なら、そのバーテンとして、王道を極めるための色んな嗜みを踏まえることが
       君を単なる中年で終わらせない秘訣になるんじゃないかな... 」

バーテン 「少し酔われてませんか? 藤堂様... 」

男     「ン... そうかも知れない、かも知れない... 」

バーテン 「マスターが留守の時は、三の線ですね、藤堂様... 」

男     「やっぱり駄目だな... 今日は調子が良くない... 悪酔いかな... 」

バーテン 「私のせいだなんておっしゃらないでくださいよ... 」

男     「いやいや... これはマスターがいないせいだな... 」

バーテン 「同じゃないですか... 」

男     「言葉の解釈は個人の自由だ... 気を悪くしないでほしいな... 」

バーテン 「...参りました... 」


          :そこで私は何気にタバコをくわえ、火を点けた...
           愛用のジッポーで....
           そしてゆっくりと一口-----


男     「ところでバーテン君... さっきの嗜みの話だが... 」

バーテン 「今度は真面目なお話のご様子ですね... 」

男     「名誉挽回だよ」

バーテン 「なるほど... 」

男     「その嗜みになるような、こんな話は知ってるかな...?」

バーテン 「それはどのような...?」

男     「今、君の後ろに置いてある... そのボトルの話だよ」

バーテン 「後ろのボトル... ですか?」

男     「そう... しゃがれたそのボトルだよ... 」

バーテン 「これは... オールド・パー」

男     「それだ... そのウイスキーに纏わる話だよ... 」

バーテン 「オールド・パーに纏わる話... 」

男     「君はそのウイスキーの由来... 知っているかな?」

バーテン 「いいえ... 生憎とこのお酒については何も... 」

男     「実はその名前は... 」

女     「...トーマス・パー... 確か人の名前ですよね... 」

男     「よく知ってますね... お嬢さん... 」

女     「あ、すみません... つい口を挟んだりして... 」

男     「いいや、一向に構いませんよ。それより、その続きを聞かせてもらいたい
       ものですね... お嬢さん... 」

バーテン 「私からもお願いします... お客様... 」

女     「あ... はい... 」




ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
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