:今夜は... 私の話をご紹介しよう -----
それは... この街を旅立つ前夜のこと ...
生憎とマスターは不在だったが、ある女性のお陰で
それなりに楽しく過ごせた一夜となった -----
いつものように、静かに時が流れる店内 ----
男 「やっぱりここが、一番性に合ってるんだな... 」
バーテン 「たまにいらっしゃると、いいことをおっしゃるんですね... 」
男 「ということは何かな、バーテン君... いつも来てるとロクなことしか
言わないってことかな?」
バーテン 「いいえ... 決してそんなことだとは... 」
男 「男、三十過ぎたら... もう少し気の利いたこと言わなきゃ、単なる中年の
オジさんで終わるぞ... もう少し勉強した方がいいな」
バーテン 「勉強? 勉強って、何の勉強でしょうか?」
男 「嗜みだよ」
バーテン 「嗜み... ですか?」
男 「そう嗜み... たとえば、少なからずとも君の場合は、そうしてカウンター越しに
シェーカーを振るバーテンダーだ... 」
バーテン 「はい... 確かに... 」
男 「なら、そのバーテンとして、王道を極めるための色んな嗜みを踏まえることが
君を単なる中年で終わらせない秘訣になるんじゃないかな... 」
バーテン 「少し酔われてませんか? 藤堂様... 」
男 「ン... そうかも知れない、かも知れない... 」
バーテン 「マスターが留守の時は、三の線ですね、藤堂様... 」
男 「やっぱり駄目だな... 今日は調子が良くない... 悪酔いかな... 」
バーテン 「私のせいだなんておっしゃらないでくださいよ... 」
男 「いやいや... これはマスターがいないせいだな... 」
バーテン 「同じゃないですか... 」
男 「言葉の解釈は個人の自由だ... 気を悪くしないでほしいな... 」
バーテン 「...参りました... 」
:そこで私は何気にタバコをくわえ、火を点けた...
愛用のジッポーで....
そしてゆっくりと一口-----
男 「ところでバーテン君... さっきの嗜みの話だが... 」
バーテン 「今度は真面目なお話のご様子ですね... 」
男 「名誉挽回だよ」
バーテン 「なるほど... 」
男 「その嗜みになるような、こんな話は知ってるかな...?」
バーテン 「それはどのような...?」
男 「今、君の後ろに置いてある... そのボトルの話だよ」
バーテン 「後ろのボトル... ですか?」
男 「そう... しゃがれたそのボトルだよ... 」
バーテン 「これは... オールド・パー」
男 「それだ... そのウイスキーに纏わる話だよ... 」
バーテン 「オールド・パーに纏わる話... 」
男 「君はそのウイスキーの由来... 知っているかな?」
バーテン 「いいえ... 生憎とこのお酒については何も... 」
男 「実はその名前は... 」
女 「...トーマス・パー... 確か人の名前ですよね... 」
男 「よく知ってますね... お嬢さん... 」
女 「あ、すみません... つい口を挟んだりして... 」
男 「いいや、一向に構いませんよ。それより、その続きを聞かせてもらいたい
ものですね... お嬢さん... 」
バーテン 「私からもお願いします... お客様... 」
女 「あ... はい... 」