シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

止まり木 - 第二夜 -  ( 1 / 5 )

【 Scene - Ⅰ 】


Bar Cendrillon # opening .mp3


         :夜の街 -----

         :ジッポウの音 -----

         :男、タバコをゆっくりと一口 -----

         :やがて携帯電話が鳴る -----


男    「はい ..... ああ、私だ... ----- やっぱりそうか ... ----- なるほど、今夜か..... 
      で、今どこに? ----- 北野のどの辺りだ? ----- わかった ..... 
      それじゃ今からそっちに向かう ..... ----- ああ、そうだ。---- それじゃ ..... 」


         :男、電話を切る -----


男    「..... サンドリオンか ..... 」


        *          *          *          *


         :一人の女が、サンドリオンへ訪れる / ドアの開く音 -----        


バーテン 「いらっしゃいませ ..... 」

マスター 「ようこそ ... いらっしゃいませ ... 」 

女    「(店内を見回し) ... ここ、サンドリオンっていうお店ですよね?」 

バーテン 「はい、そうですが ... 」

女    「(呟き)ということは ... まだね ... 」

バーテン 「何方か、お探しでしょうか ...?」

女    「いえ、そうじゃなくて ... 」

バーテン 「ああ ... それでしたらお待ち合わせですね ... 」

女    「ええ、まあ ... 」

マスター 「よろしければ、どうぞ ... 」

女    「ええ ... それじゃ、ここかまいません ...?」  

マスター 「どうぞ ... 」


         :女、カウンターの隅の席へ掛ける -----


バーテン 「... ご注文の方はいかがいたしましょう? ... 何かございましたら、お申し付け下さい」

女    「 ... そう ... じゃコルコバードを」

バーテン 「コルコバード ...?」

女    「もしかしてメニューには ...?」

バーテン 「いいえ ... そんなことはございません ... ただ、珍しいカクテルをご注文されたもの
      ですから、つい ... 失礼いたしました 」

女    「いえ、気にしないで下さい ... こっちこそ変わった注文してしまって ... 」

バーテン 「それでは早速 ... しばらくお待ち下さい ... 」


         :シェーカーにテキーラ、ブルー・キュラソー、ドランブイ(各30ml)が
          入れられシェークされる -----
         :やがてクラッシュド・アイスを入れたタンブラーに注がれ
          レモネードで満たし、ライムのスライスが飾られる -----


マスター 「失礼ですが ... よくお口になさるんでしょうか? このコルコバードを」

女    「ええ ... 好きなカクテルなんです ... でも、よくメニューにないからって飲ませて
      もらえない方が多いんですけどね ... 」

マスター 「このカクテルでしたら、それもありがちな事かもしれませんね ... 
      何しろ日本では、あまり馴染みのないカクテルですから ... 」

女    「そう云ってたな ... 確かに」

マスター 「エ ...?」

女    「いえ、何でも ... 」

バーテン 「お待たせいたしました ... どうぞ」

女    「どうも ... 」

バーテン 「それにしても、よくご存知ですね ... このカクテルを」

女    「ええ ... 私もちょっとしたきっかけから知ったんですけどね ... 」

バーテン 「コルコバード ... ブラジルのリオデジャネイロにある丘の名前でしたよね」

女    「そう ... そしてそのコルコバードの丘には、高さ30mにも及ぶ巨大なキリスト像が
      建てられ、特に日没後は、ライトに照らされたその像が闇の中に白く浮かび上がり
      独自の雰囲気を醸し出している ... 」

マスター 「そこまでご存知とは ... かなりお詳しいんですね ... 」

女    「いえ ... 単なる好奇心からですよ ... だってこのカクテルのネーミング、他には
      ちょっとない感じだったから ... それに ... 」

バーテン 「 ... それに ...?」

女    「リオは私たちにとって ... 」


         :ドアの開く音 -----



止まり木 - 第二夜 -  ( 2 / 5 )

【 Scene - Ⅱ 】



         :サンドリオンの店内 -----

         :男、カウンターへ掛ける -----


マスター 「いらっしゃいませ ... ようこそ」

男    「どうも ... そうだな ... スコッチをニートで、それにチャイサーをお願いするよ ... 
      あ、銘柄は任せるから ... 」

マスター 「はい ... かしこまりました ... 」


          :ロック・グラスにスコッチが注がれ
          :続いてチェイサーが用意され添えられる -----


女    「バーテンさん ... 」

バーテン 「はい、何か?」

女    「あの時計って ... 」

バーテン 「時計 ...?」

女    「時間が違うんじゃ ... 」

バーテン 「ああ、あれですか ... 申し訳ありません ... 実はあの時計、この店の云わば
      サインボードのようなものでして、あえてあの時間に針を合わせたまま止めて
      あるんです ... 」

女    「それが12時 ...?」

バーテン 「この店の名にちなんだ時間なんです」

女    「お店の名前って ... サンドリオン ...?」

バーテン 「そうです ... フランス語でいうシンデレラなんです」

女    「シンデレラ ... なるほど ... それであの時間か ... 」

バーテン 「初めていらっしゃるお客様には、時折同じようにご指摘を受けたりするんですが
      こうしてその意味をお話ししますと、皆様、概ねご理解してくださるようで ... 」

女    「そうでしょうね ... でも、少し罪な時計ですね、あれって」

バーテン 「はい ...?」

女    「私のように、人を待つものにとっては ... 少し酷な時計かな ... 」

バーテン 「恐れ入ります ... この店のオブジェとして、ご容赦頂ければ幸いです ... 」

女    「(少し笑って)気にしないで下さい ... そんな深い意味で云ったんじゃないですから」

バーテン 「恐縮です ... 」

女    「(ポツリと)... 止まった時計か ... 」


           :ジッポウの音 -----
           :男、ゆっくりとタバコを一口喫う -----


男    「(ポツリと)... いい店だな、ここは ... 」

マスター 「それはどうも ... ありがとうございます ... 」

男    「 ... 初めてなのに居心地が良くて、雰囲気もいい ... 
      それにうまい酒を出してくれるし ... 」

マスター 「お褒めに与り、光栄です ... 」

男    「いや ... これは素直な感想ですよ ... 」

マスター 「私共にとりましては、励みになるお言葉です ... 」

男    「そうまで云われると、こっちが恐縮するな ... 」

マスター 「これはどうも ... 」

男    「それにしても ... こんないい店がこの辺りにあったなんて、気がつかなかったなァ ... 」

マスター 「失礼ですが ... お近くにお住まいなんでしょうか ...?」

男    「そうだな ... 近いといえば近いし、遠いといえば遠い ... そんなところかな」

マスター 「そうなんですか ... 
       実はこの店、昨年の春にこちらでオープンさせて頂きましたもので... 」

男    「そうか ... 去年の春か... でも、それにしてはマスターの雰囲気が様になってるね ...
      かなりキャリアがあるように見えるけど ... 」

マスター 「こちらへ参ります以前は、海岸通りの方で長くやっておりましたものですから ... 」

男    「なるほど ... それでか ... 」

マスター 「そう云われるお客様の方こそ、かなりお酒のことをご存知のご様子で ... 」

男    「どうしてそう ...?」

マスター 「先程のオーダーのされ方が、それを物語っておりました ... 」

男    「オーダーの仕方 ...?」

マスター 「スコッチをニートで、チェイサーを ... これはお酒を熟知される方のオーダーのされ方
      ですので ... 」

男    「まいったな ... マスターの観察力には、本職の私も脱帽だな ... 」

マスター 「本職、と申されますと ...?」

男    「いやいや、気にしないでほしい ... それよりマスター」

マスター 「はい ... 」

男    「折り入って聞きたいことがあるんだが ... 」




止まり木 - 第二夜 -  ( 3 / 5 )

【 Scene - Ⅲ 】



         :サンドリオンの店内 -----


女(Na)     あの人が来ない ....
      約束の時間はもうとっくに過ぎてるのに  -----

      今更もう後戻りなんか出来ない .....
      犯してしまった罪を消すことは出来ないのだから ...
      それならいっそのこと、二人でいたい .....
      いつでもいつまでも一緒にいたい .....
      彼と離れることなんか、今の私には考えられない .....

      だから -----
      罰を受ける苦しみよりも、罪を背負って逃げる苦しみをあの人は選んだ .....
      どこまでも地の果てまでも、逃げることしか術がない ....
      それしか二人が一緒にいられる術がないから .....
      私たちはそう考えた -----

      そう .....
      明日の朝一番の便で、あの思い出の地リオへ旅立つ .....
      逃亡という名の旅路に、二人で旅立つ -----

      ..... それなのに、あの人が来ない .....
      もうこんな時間なのに .....

      無情にも、時間が不安だけを私に預けて過ぎて行く -----

      !..... まさか、あの人 .....


          :グラスの中で転がる氷の音 -----


バーテン 「お作りいたしましょうか ...?」

女    「エッ? ..... ああ、お願いします ..... 」

バーテン 「かしこまりました ... 」


          :シェーカーにテキーラ、ブルー・キュラソー、ドランブイ(30ml)が
           入れられシェークされる -----
          :やがてクラッシュド・アイスを入れたタンブラーに注がれ
           レモネードで満たし、ライムのスライスが飾られる -----


マスター 「そうでしたか ... ですが、そのような方からのご連絡は、まだ一度も ... 」

男    「そうですか ... それなら、待つしかないな ... 」

マスター 「でも ... 何かの間違いでは ... あのお客様に限ってそんな ... 」

男    「私、仕事中にこうして酒を飲んでますが ... 決して冗談や作り話をしたくて
      ここに来た訳じゃないんですよ ... 」

マスター 「はい、それは ... 」

男    「実際、因果な仕事ですよ、これは。だから私の場合、こうして自分なりのスタンスで
      やってるんですよ ... もっとも、あまり上への受けは良くないですがね ... 」

マスター 「失礼ながら ... そのような方がいらっしゃってもいいのではなかと思いますが ... 」

男    「ありがたいですね、そう云ってもらえると ... それなりに励みになりますよ」

マスター 「恐縮です ... それにしましても、本当に来られるんでしょうか ... 」

男    「多分、来るでしょうね ... いや、きっと来るはずです ... 」

マスター 「どうしてそう ... ?」

男    「奴にはもう、彼女しかありませんからね ... 」

マスター 「彼女しか ... 」

男    「時に人は ... 愛する者のためなら、罪も犯す ... これ、悲しい現実です ... 」

マスター 「愛し合ってるんですね、二人は ... 」

男    「だから来るんですよ、彼女に逢いに ... 必ずね」

マスター 「でももう、かなり時間が過ぎているのでは ... 」

男    「それはこの際、関係ないでしょう ... 」

マスター 「と、申されますと ...?」

男    「あの二人は今、目の前を過ぎて行く時間より、これから過ごす時間の方が大事なんです
      から ... それに」

マスター 「それに ... 何でしょうか ...?」

男    「時間ってやつは ... 所詮、誰にも止められないものですからね ... 」


止まり木 - 第二夜 -  ( 4 / 5 )

【 Scene - Ⅳ 】



         :サンドリオンの店内 -----


女    「もう、こんな時間か ... 」

バーテン 「まだ、お見えにならないご様子ですね ... 」

女    「そうね ... でもひょとしたらもう ... 来ないかもしれない... 」

バーテン 「お約束の時間、そんなに過ぎてらっしゃるんですか ...?」

女    「そうですね ... かなり ... 」

バーテン 「それでしたら、そのうちご連絡でもあるのでは ... 」

女    「それならもう、とっくにあってもいい頃なのに ... 」

バーテン 「そうなんですか ... 」

女    「もう、来れないのかもしれない ... 」

バーテン 「お見えになれない? それは... 」

女    「そうね ... きっとそうなんだ ... 」

バーテン 「お客様 ... 」


         :男の携帯電話が鳴る -----


男    「失礼 ..... (電話を取り)はい ..... ああ、私だ ..... 」


女    「バーテンさん ... もう一杯、頂けるかしら ... 」

バーテン 「はい、かしこまりました」


         :シェーカーにテキーラ、ブルー・キュラソー、ドランブイ(各30ml)が
          入れられ、シェークされる -----


男    「そうか ... わかった ... ご苦労 ... それじゃ、私もここを引き上げるから
      その間、頼む ... (電話を切る)」

マスター 「何か ... 」

男    「 ... すべて終わりました ... 」

マスター 「エッ ...? それでは ... 」

男    「そう ... お察しのとおり ... たった今、この店の前で ... 」

マスター 「そうですか ... 」

男    「ご協力、ありがとうございました」

マスター 「いいえ、とんでもございません ... それより、彼女は ... 」

男    「そうですね ... 」

バーテン 「お待たせいたしました ... どうぞ」   
    

女    「どうもありがとう ... 」

男    「コルコバード ... リオにある丘の名前でしたね、それは」

女    「エッ?」

男    「確か5年前に、奴と出逢った想い出の場所 ... 」

女    「どうしてそんなことを ...?」

男    「そしてこれからの二人の逃亡先でもあった ... 」

女    「!... 」

バーテン 「逃亡先 ...?」

男    「奴はもう来ない ... 」

女    「 ... それじゃ、あの人は ... 」

男    「たった今、逮捕した ... この店の前でね」

女    「 ... そんな ...」

男    「犯した罪を道連れに、コルコバードのキリストには会えないだろう ... 」

女    「!... そうですね ... 確かにそうですよね ... 」

男    「詳しい話を聴きたいんで、一緒に来てもらえるかな ... 」

女    「わかりました ... 」

バーテン 「お客様 ... 」

女    「バーテンさん ... さっきあの時計のことでとやかく云ってたけど ...
      よく考えてみたら、時間が止まった時計って素敵なのかもしれない ... 」

バーテン 「それは、どういう意味なんでしょうか ...?」

女    「だって ... もし好きな時に時間を止められたなら、私たち幸せになれたかも
      しれないもの ... 」

バーテン 「 ... それは ... 」

マスター 「失礼ながら、お客様 ... お二人の時計は今ここで、止めるわけにはいかないのでは
      ないでしょうか ... 」

女    「エ ...?」

マスター 「戻らない時間を惜しむより ... やがて訪れる時間を見つめることの方が ...
      大切なことではないでしょうか ... 」

女    「やがて訪れる時間 ... 」

男    「さあ、いいかな ... 」

女    「素敵な言葉をありがとう ... マスター」

マスター 「いいえ ... 恐れ入ります ... 」

バーテン 「ありがとうございました ... 」

マスター 「どうぞ、お気をつけて ... 」


         :ドアの閉まる音 -----


ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
5
  • 0円
  • ダウンロード