:サンドリオンの店内 -----
:男、カウンターへ掛ける -----
マスター 「いらっしゃいませ ... ようこそ」
男 「どうも ... そうだな ... スコッチをニートで、それにチャイサーをお願いするよ ...
あ、銘柄は任せるから ... 」
マスター 「はい ... かしこまりました ... 」
:ロック・グラスにスコッチが注がれ
:続いてチェイサーが用意され添えられる -----
女 「バーテンさん ... 」
バーテン 「はい、何か?」
女 「あの時計って ... 」
バーテン 「時計 ...?」
女 「時間が違うんじゃ ... 」
バーテン 「ああ、あれですか ... 申し訳ありません ... 実はあの時計、この店の云わば
サインボードのようなものでして、あえてあの時間に針を合わせたまま止めて
あるんです ... 」
女 「それが12時 ...?」
バーテン 「この店の名にちなんだ時間なんです」
女 「お店の名前って ... サンドリオン ...?」
バーテン 「そうです ... フランス語でいうシンデレラなんです」
女 「シンデレラ ... なるほど ... それであの時間か ... 」
バーテン 「初めていらっしゃるお客様には、時折同じようにご指摘を受けたりするんですが
こうしてその意味をお話ししますと、皆様、概ねご理解してくださるようで ... 」
女 「そうでしょうね ... でも、少し罪な時計ですね、あれって」
バーテン 「はい ...?」
女 「私のように、人を待つものにとっては ... 少し酷な時計かな ... 」
バーテン 「恐れ入ります ... この店のオブジェとして、ご容赦頂ければ幸いです ... 」
女 「(少し笑って)気にしないで下さい ... そんな深い意味で云ったんじゃないですから」
バーテン 「恐縮です ... 」
女 「(ポツリと)... 止まった時計か ... 」
:ジッポウの音 -----
:男、ゆっくりとタバコを一口喫う -----
男 「(ポツリと)... いい店だな、ここは ... 」
マスター 「それはどうも ... ありがとうございます ... 」
男 「 ... 初めてなのに居心地が良くて、雰囲気もいい ...
それにうまい酒を出してくれるし ... 」
マスター 「お褒めに与り、光栄です ... 」
男 「いや ... これは素直な感想ですよ ... 」
マスター 「私共にとりましては、励みになるお言葉です ... 」
男 「そうまで云われると、こっちが恐縮するな ... 」
マスター 「これはどうも ... 」
男 「それにしても ... こんないい店がこの辺りにあったなんて、気がつかなかったなァ ... 」
マスター 「失礼ですが ... お近くにお住まいなんでしょうか ...?」
男 「そうだな ... 近いといえば近いし、遠いといえば遠い ... そんなところかな」
マスター 「そうなんですか ...
実はこの店、昨年の春にこちらでオープンさせて頂きましたもので... 」
男 「そうか ... 去年の春か... でも、それにしてはマスターの雰囲気が様になってるね ...
かなりキャリアがあるように見えるけど ... 」
マスター 「こちらへ参ります以前は、海岸通りの方で長くやっておりましたものですから ... 」
男 「なるほど ... それでか ... 」
マスター 「そう云われるお客様の方こそ、かなりお酒のことをご存知のご様子で ... 」
男 「どうしてそう ...?」
マスター 「先程のオーダーのされ方が、それを物語っておりました ... 」
男 「オーダーの仕方 ...?」
マスター 「スコッチをニートで、チェイサーを ... これはお酒を熟知される方のオーダーのされ方
ですので ... 」
男 「まいったな ... マスターの観察力には、本職の私も脱帽だな ... 」
マスター 「本職、と申されますと ...?」
男 「いやいや、気にしないでほしい ... それよりマスター」
マスター 「はい ... 」
男 「折り入って聞きたいことがあるんだが ... 」