シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

止まり木 - 第三夜 -( 1 / 5 )

【 Scene - Ⅰ 】

Bar Cendrillon # opening .mp3

          
          :およそ言葉も交わさないであろう日常の距離...
           決して顔を合わすことのはずのないそれぞれのテリトリー...

           女は東を向いて時間を過ごし...
           男は西を見ながら時間に流される...

           そんなテリトリーの違う二人が出逢った場所...
           それがここ... バール サンドリオン....


           今宵の物語が、静かに始まった----



   男 「それじゃ、彼女はもう... 」

バーテン 「はい... そう伺いました... 」

   男 「彼女が... そんな... 」

バーテン 「けれど... 確かにそうおっしゃられてましたが... 」

   男 「まさか... 」


マスター -----それはちょうどこの店での... とある夜の出来事でした-----



   男 「(少し酔っている)バーテンさん... お代わりもらえるかなァ... 」

バーテン 「もう8杯目になりますが... よろしいんですか? お客様... 」

   男 「何云ってるんだい... まだ8杯目だろ? 大丈夫だよ」

バーテン 「ですが... 」

   男 「何だよ... お客のオーダーを無視するのかな? この店は」

バーテン 「いえ、決してそんなことは... 」

   男 「それとも客を選ぶのかな...?」

バーテン 「いいえ、とんでもありません... ただ... 」

   男 「ただ何?」

バーテン 「速いペースで... しかもかなり飲まれていらっしゃるので、お体に良くないのではと
      思いまして... 」

   男 「ほう... 俺のこと心配してくれてるんだ、バーテンさん... (少し笑い)こんな男の
      こと、心配してくれてるんだ... アハハハ... 」

バーテン 「あのう、お客様... 」

   男 「(笑いながら)俺みたいな男でも、気にかけてくれるんだ、バーテンさんは... 」

バーテン 「お客様... 」

   男 「いいからいいから... 心配してくれるなら、黙ってもう一杯作ってよ、バーテンさん。
      その方が俺は嬉しいよ」

バーテン 「(困惑)あ、ハア... 」

マスター 「同じもので、よろしいでしょうか...?」

バーテン 「マスター... 」

   男 「オッ、流石だね... そうだな... そうしてもられるかな... 」

マスター 「かしこまりました... 」

   男 「やっぱり話がわかるね... マスターとなると」

マスター 「ですが、お客様... 誠に申し訳ございませんが、これがラストオーダーということで
      お願い出来ますでしょうか... 」

   男 「...エッ...?」

マスター 「生憎とこの店では... お客様お一人のカクテル・カウントは、ナインハーフまでと
      なっておりますので... 」

   男 「ナインハーフ...?」

マスター 「はい」

   男 「それってどういう意味なのかな? マスター」

マスター 「ナインハーフ... つまり9杯目以上口にされるカクテルは、それはもうカクテルでは
      ございませんので... 」

   男 「それじゃ一体、何なのかな?」

マスター 「体裁のいい、ただのアルコールです... 」

   男 「ただのアルコール...」

   女 「つまりこのお店には... ただの酔っ払いに飲ませるカクテルはないってことですよね... 」

マスター 「エッ...?」



止まり木 - 第三夜 -( 2 / 5 )

【 Scene - Ⅱ 】




          :ついさっきまで知らない者同士が...
           時の流れのエピソードで言葉を交わす...

           その女の右手にはカクテル・グラスがあり...
           その男の左手にもカクテル・グラスがあった...
           同じ場所での時間の所有-----

           似た者同士の出逢いの幕が、今静かに上がった----


          :サンドリオンの店内 -----


   女 「もともとカクテルは名前どおり... 色んなスピリッツやリキュールが奏でる
      微妙な味わいを楽しんで飲むもの... ただ単に酔うためだけに作られて飲まれる
      ものではないと... 差し詰め、そういうことですよね、マスター」

マスター 「そうご理解頂ければ、幸いです... 」

   男 「それじゃなにか... 今の俺は単なる酔っ払いってことか... 」

   女 「少なくとも... 今の私にはそう見えますね... 」

   男 「フフフ... 随分とはっきりモノを云う人なんだな... 」

   女 「そうじゃなくて... やっかみなんですよね、私って」

   男 「やっかみ...? やっかみって、一体何をやっかむのかな?」

   女 「そうやってヤケ酒飲んで憂さ晴らし出来る、男って銘柄に... 」

   男 「それはつまり... 男に憧れてるってことかな...?」

   女 「女のヤケ酒って、あまり絵にならないでしょ... そう思いません?」

   男 「どうかな、その辺りは... 飲み方にもよるんじゃないかな...
      大体、男だってそうだから... 飲み方次第で善くも悪くもなる...」

   女 「それでも、男の人みたいな訳にはいかない... やっぱり、どうしても... 」

   男 「そっか... 君も今夜はヤケ酒だったんだ... 」

   女 「君もということは... やっぱりそうだったんだ... 」

   男 「ン?... 」

   女 「場所が少し違うと思うな... ここではあんな飲み方、似合いませんよ」

   男 「... あんな飲み方、か...」

   女 「... 良くないと思う... 」

   男 「所詮、わからないよ... 女性にはこの気持ちが... 」

   女 「女には、ですか... 」

   男 「男には飲まなきゃいられない時があるんだよ... 」

   女 「それは女だって同じ... だから私だってこうしてる訳で... あ...」

   男 「フッ... 似た者同士って訳か... 」

   女 「... でも、私とあなたは違う... そもそも私は女だから... 」

   男 「確かにそうだな... 」

   女 「それに.. ただ酔うためだけに飲むお酒ほど、味気ないものない... それなら
      こんなお店で飲まずに、その辺の居酒屋で管を巻いてるほうがお似合いかと... 」

   男 「居酒屋か... 」

   女 「...どうでしょう... どうせ飲むなら楽しくやりませんか? 特に残された...
      あと1杯のカクテルは... 」

   男 「.....」

   女 「そうでないと... 折角の素敵なカクテルが台無し... ね、マスター」

マスター 「デプス・ボム... 確かに素敵なカクテルですね... 」

   女 「私もちょうど一人だし... つかの間、楽しく過ごしましょう」

   男 「...そうだな... それも悪くはないかな... 」

   女 「...決まった。 それじゃマスター、私にお代わりを... 」

マスター 「かしこまりました... 同じものでよろしいでしょうか?」

   女 「いいえ... 別のものを... 」

マスター 「といいますと...?」

   女 「そう... レスポワールを... 」

   男 「レスポワール... ?」



止まり木 - 第三夜 -( 3 / 5 )

【 Scene - Ⅲ 】




          :静かに語ることが弱いわけではなく ...
             むしろ力強いのかもしれません ---

           綺麗ごとを云ってる訳でもない...
           ただ素直に感じたことを伝えてるだけ---

           心のアクシデントで出逢った男と女には
           そこに偽るものは何もありませんでした ---

           強いて言えば、ただそこにあるのは...
           互いの声と匂いと、その存在だけ...

           そんな情景に、今宵交わされる会話は-----


          :サンドリオンの店内 -----


   女 「私、思うんですよね... 季節にも色々あって、輝いてる時期やどうしようもなく
      淋しい時期があるんだなって... 」

   男 「どうしてそう?」

   女 「今朝、何気なく窓から空を見てたら、風が光ってて雲が眩しく感じて、ああこの
      時期はみんな輝く季節なんだなって... 何となくそんなふうに感じて... 」

マスター 「素敵ですね... そういう心持ち... 」

   男 「ここしばらく... そんな感覚、忘れてるな... 」

   女 「人にもきっと... それぞれに輝く季節がありますよね... 」

   男 「人にも、か...」

   女 「多分それって... 初めて人を好きになった時にも似て、その人の言葉や瞳は眩しくて
      その瞬間輝いてる... 」

   男 「たとえばそれは、ファーストキスの時や、愛する人と一緒になった時のように...?」

   女 「そうですね... そんな感じでしょうね... 」

   男 「なるほどな... でもどうしてそんな時、人は輝くんだろ... 」

   女 「きっとそれは... そこには希望があるから... 」

   男 「希望...?」

   女 「どんな時にも、どんなも事にも... 人は希望を持てるから... だから輝けるんじゃ
      ないかなって... 」

   男 「希望ね... 俺の場合は今... 逆に色褪せてるな... 」

マスター 「そうでしょうか... どんな些細なものにでも、人は希望を持てると思うのですが... 」

   男 「些細なものにでも... 」

   女 「その人にしかない些細なもの... その人にしか判らない些細なもの... それだけで
      輝ける瞬間が生まれる... そう思いませんか? マスター」

マスター 「そうですね... 少なくとも人々が皆平等に、明日という時間を迎える事ができる限り
      ... 希望が絶えるこということはないと思います... 」

   男 「明日への希望か... 」

   女 「そう... こんな私でも、そのささやかなものを信じて頑張ってるんですから... 」

   男 「ささやかなものって... ?」

   女 「それはルール違反... 」

   男 「エ?」

   女 「野暮なことは聞いたりしない... それがマナーです... 」

   男 「そっか... そうなんだ... (少し笑う)」

   女 「素敵ですよ... その方が... 」

   男 「エッ...?」

   女 「やっぱりそれなりに、楽しく飲む方がいいですよお酒は... ねえ、マスター」

マスター 「そうですね... 」


   男  彼女の笑顔は素敵だった...
      彼女の声は爽やかだった...
      そして彼女のその瞳は... 確かにあの時輝いていた---

      その夜をきっかけに、彼女とのバー・フレンドとしての関係が始まった-----


マスター  これがちょうど... 半年程前の、この店での出来事でした-----



止まり木 - 第三夜 -( 4 / 5 )

【 Scene - Ⅳ 】




          :つかの間...

           同じ時間を同じ場所で、同じように過ごす男と女...
           そこにお互いのプライベートはなく...
           その瞬間だけがすべて...

           込み入った話をすることもなく、含蓄を語る訳でもない...
           ただグラスを傾け、少しばかりの酔いに任せて共に過ごす時間...
           そんな酒場の仲間を、バー・フレンドと呼ぶ...

           今宵その物語は、一通の手紙からはじまった----


          :サンドリオンの店内 -----


バーテン 「これをお客様宛にと、お預かりしておりました... 」


          :差し出された一通の手紙-----


   男 「これを...?」

マスター 「先程お伝えしたご伝言と一緒に、渡してほしいとお預かりしたものです... 」

   男 「手紙を俺に...?」


          男は手紙の封を切り、読み出した-----



   男  前略... 今夜の気分はどうですか?
      近頃、顔を合わさないので、皆目検討つきませんが、多分楽しく飲んでることだと
      思っています。

      やっぱり今夜も、いつものアレですか? だとしたら、ホントにそのカクテルが好き
      なんですね。
      何しろ初めて会った時からずっと、そのカクテル以外のものを口にしてるのを見た
      ことがないですからね。
      それにいつだって勢いに任せて、ラスト・カウントまでオーダーするんですから...
      ホント、無類のお酒好きなんですね。
      あまり身体には良くないと思います... 少しセーブした方がいいですよ。

      さて... ここから本題ですが...


          彼女の声とオーバーラップしはじめた-----


    女 この間の件... 色々と考えてみました... 長い時間、考えました...
      どうすれば一番いいのかを... じっと一人で考えてみました...

      私もあなたのこと... 好きです...
      正直に言えば、出会ったあの時からです... 年甲斐もなく一目惚れでした...

      それでその気持ちは、夜毎あなたと会うたびに、募っていきました...
      今でもその気持ちに変わりはありません... これは本当のことです...
      私はあなたが、今でも好きです.....

      でも...
      私はこれ以上、あなたと一緒にいることが出来ません...
      何故なら... 私にはもう、時間がないんです...
      あの時のように、眩しい空を見ることや輝く風を感じることが...
      私にはもう出来なくなるから...
      だから、あなたの気持ちに応えることが出来ないんです.....

      ごめんなさい... 本当にごめんなさい.....

      このことは、本来会って直接お話しなければならないことなんですが
      それも今となっては叶わぬことで...

      あなたとは、今はこのまま、バー・フレンドのままがいいと思います。
      その方が、きっといいと思うんです.....

      私はそんなに強くない人間です...
      でも人を悲しませるぐらいなら、一人でいる方がいいと思うんです...
      その方が、きっといいんです...

      少し淋しくて、怖いけど... 頑張るつもりです... 最後まで希望を持って...
      私は逃げません.....

      こんな私にプロポーズしてくださって、ありがとうございました...

      もし今度... 一緒にグラスを傾けられる時があるのなら... 
      その時は... 私から改めてプロポーズしますね... 
      

      最後に、お願いです...

      今度ラスト・カウントまでお酒を飲んだ時には...
      最後のオーダーはレスポワールにしてください...
      私からのお願いです...

      それではお身体、ご自愛ください...
      さようなら....

      私の最愛のバー・フレンドへ.....

      レスポアールより-----



ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
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