シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

止まり木 - 第三夜 -( 5 / 5 )

【 Scene - final 】




          :いつもの時間にいつのも場所で...
           いつもと同じカクテルを口にする男...

           いつもならその右隣りの席には彼女がいた...

           取り留めのない話をし、気取ることのないスタンスで
           同じ時間を所有していた...

           しかし今宵は...
           バー・フレンドの姿は、そこにはなかった----



マスター 「いかがなさいますか? もうラスト・カウントですが... 」

   男 「そっか... もうそんなに飲んだんだ... 」

バーテン 「お作りいたしましょうか... 同じものを」

   男 「... それじゃ、アレを頼もうかな... 」

バーテン 「アレと申されますと...?」

   男 「そう... 以前、彼女が飲んでいた、レスポアールを... 」

マスター 「そうですね... 今夜はそれがよろしいですね... 」

バーテン 「かしこまりました... 」


          :グラスに氷が入れられ、注がれる音-----

           男の耳元で、女の声が聞こえた-----


   女  ラスト・オーダーはレスポワールにしてください...
      私の最後のお願いです...


   男 「私の最後のお願いか... 」

バーテン 「お待たせいたしました... レスポワールです... 」


          :男はしばらくグラスを見つめていた-----
           そしておもむろに-----


   男 「マスター... 」

マスター 「はい...?」

   男 「どうだろう... 一緒に乾杯、してもらえないかな... 」

マスター 「乾杯、ですか... 」

   男 「そう... このレスポワールで、あの彼女に... 」

マスター 「レスポワールで... 彼女に... 」

   男 「そう... 多分もう二度と会えない... バー・フレンドの彼女にね... 」

マスター 「...かしこまりました... 」


          :やがてグラスが重ねられ-----
           男はグラスのものを軽く一口、含んだ----


   男 「これは...?!」 


マスター  バー・フレンド...
      それは、行きつけの酒場で幾度となく顔を合わせていながらも、お互いの
      名も知らいまま、プライベートを語ることもなく.....
      ただその場の出会いにグラスを傾け合い、同じ時間を過ごす仲間-----

      そこには何の気負いもなく、何の煩わしさもない会話が交わされております...

      しかしひとたび... そのバー・フレンドという暗黙の関係がリズムを失うと...
      その酒場からグラスが一つ、消えていくと云われております-----

      バー・フレンド...
      それは一期一会にも似た、酒場という止まり木での出会いと別れ...
      今宵も飛ぶ鳥たちは... その運命(さだめ)にグラスを傾け、語り合う----



Images Music -  love and solitude  「愛と孤独 Toots Thielemans

千夜一夜 - ア・ラ・カルト -( 1 / 5 )

【 Scene - Ⅰ 】

Bar Cendrillon_kuni.mp3



          :今夜は... 私の話をご紹介しよう -----

           それは... この街を旅立つ前夜のこと ...
           生憎とマスターは不在だったが、ある女性のお陰で
           それなりに楽しく過ごせた一夜となった -----

           いつものように、静かに時が流れる店内 ----



男     「やっぱりここが、一番性に合ってるんだな... 」

バーテン 「たまにいらっしゃると、いいことをおっしゃるんですね... 」

男     「ということは何かな、バーテン君... いつも来てるとロクなことしか
       言わないってことかな?」

バーテン 「いいえ... 決してそんなことだとは... 」

男     「男、三十過ぎたら... もう少し気の利いたこと言わなきゃ、単なる中年の
       オジさんで終わるぞ... もう少し勉強した方がいいな」

バーテン 「勉強? 勉強って、何の勉強でしょうか?」

男     「嗜みだよ」

バーテン 「嗜み... ですか?」

男     「そう嗜み... たとえば、少なからずとも君の場合は、そうしてカウンター越しに
       シェーカーを振るバーテンダーだ... 」

バーテン 「はい... 確かに... 」

男     「なら、そのバーテンとして、王道を極めるための色んな嗜みを踏まえることが
       君を単なる中年で終わらせない秘訣になるんじゃないかな... 」

バーテン 「少し酔われてませんか? 藤堂様... 」

男     「ン... そうかも知れない、かも知れない... 」

バーテン 「マスターが留守の時は、三の線ですね、藤堂様... 」

男     「やっぱり駄目だな... 今日は調子が良くない... 悪酔いかな... 」

バーテン 「私のせいだなんておっしゃらないでくださいよ... 」

男     「いやいや... これはマスターがいないせいだな... 」

バーテン 「同じゃないですか... 」

男     「言葉の解釈は個人の自由だ... 気を悪くしないでほしいな... 」

バーテン 「...参りました... 」


          :そこで私は何気にタバコをくわえ、火を点けた...
           愛用のジッポーで....
           そしてゆっくりと一口-----


男     「ところでバーテン君... さっきの嗜みの話だが... 」

バーテン 「今度は真面目なお話のご様子ですね... 」

男     「名誉挽回だよ」

バーテン 「なるほど... 」

男     「その嗜みになるような、こんな話は知ってるかな...?」

バーテン 「それはどのような...?」

男     「今、君の後ろに置いてある... そのボトルの話だよ」

バーテン 「後ろのボトル... ですか?」

男     「そう... しゃがれたそのボトルだよ... 」

バーテン 「これは... オールド・パー」

男     「それだ... そのウイスキーに纏わる話だよ... 」

バーテン 「オールド・パーに纏わる話... 」

男     「君はそのウイスキーの由来... 知っているかな?」

バーテン 「いいえ... 生憎とこのお酒については何も... 」

男     「実はその名前は... 」

女     「...トーマス・パー... 確か人の名前ですよね... 」

男     「よく知ってますね... お嬢さん... 」

女     「あ、すみません... つい口を挟んだりして... 」

男     「いいや、一向に構いませんよ。それより、その続きを聞かせてもらいたい
       ものですね... お嬢さん... 」

バーテン 「私からもお願いします... お客様... 」

女     「あ... はい... 」




千夜一夜 - ア・ラ・カルト -( 2 / 5 )

【 Scene - Ⅱ 】

Bar Cendrillon_kuni.mp3



          :その夜は... 彼女との出逢いの一夜となった-----

           涼しげな瞳をした...
           それでいてどこか親しみを覚える、その女性との出逢い...

           それはオールド・パーに纏わる話しから始まった-----

           ゆっくりと時が流れる店内----



女     「トーマス・パー... 彼は1483年、スコットランド生まれの農夫で、八十歳で
       結婚をし、百五歳に村の美女と不倫、百二十二歳でその女性と再婚...
       そして百五十二歳でその生涯を終えたという、すごい人物だった...
       そこで、その彼の長寿にあやかってオールド・パーのラベルには「オールド・
       パー152years」と記され、名付けられたと云われています... 」

男     「たいしたもんだね... 」

バーテン 「よくご存知ですね... お手上げです」

女     「いいえ... 私もこの手の話しが結構好きなものですから... 」

男     「ついでに補足させてもらうと... ラベルに描かれているのが人物が、その
       トーマス・パー本人で、これはバロック美術の代表的画家であるルーベンスが
       描いた絵がもとになってるそうだ... 」

バーテン 「さすがですね... 藤堂様も」

女     「お詳しいんですね... 」

男     「私もお酒が好きだからね... 」

バーテン 「それにしても... このボトルのラベルに、それだけの謂れがあるなんて...
       思いもよらなかったな... 」

男     「スコッチ・ウイスキーの中でも、ユーモアがある謂れを持つのが、このオールド・
       パーと云えるだろうな... 」

女     「そういえば... 同じスコッチでも、ラベルの裏に謂れがあるものもありますよね... 」

バーテン 「ラベルの裏?」

男     「というと...?」

女     「そもそもラベルには、表側に貼ってあるメインラベルと、裏側のバックラベルの
       2種類の趣があって、そのバックラベルにちょっとした趣向を凝らしたお酒が
       あるんです... 」

バーテン 「そのスコッチとは... 何なんでしょうか...?」

女     「ホワイト・ホースです」

男     「ホワイト・ホース...?」

バーテン 「で、そのバックラベルには、一体どんな趣向が...?」

女     「それは、バックラベルを見れば一目瞭然です」

男     「見てみようじゃないか... そのバックラベルを」

バーテン 「そうですね... 百聞は一見に如かずですね... 」


          :バーテンはホワイト・ホースを取り出し、私のもとへ-----


バーテン 「... どうぞ」

女     「いかかです... 細かい英語の文字が並んでませんか... 」

男     「... 確かに... 」

バーテン 「何と書いてあるんでしょうか... 」

男     「直訳すると... 
       エジンバラからロンドンへ行こうとする人、あるいはその道のりのどこかまで
       行こうとする人は、エジンバラのホワイト・ホース・セラーに集まること...
       ここから毎週月曜日と金曜日の朝5時に、乗り合い馬車が出発する。行程は
       八日間... 云々... 
       乗客の荷物は14ポンドまでは無料。それを超える時は1ポンドにつき6ペンス
       ... 1754年2月... 」
 
バーテン 「これは... 」

女     「そう... 当時の駅馬車の乗車規定ですね... 」

男     「確かにそうだな... でもどうしてそんなものをこのバックラベルに...?」

女     「残念ながら、それは不明だそうです... 
       ただ、製造者の思い入れやホワイト・ホースの歴史が、そのバックラベルによって
       静かに語られていることだけは、うかがい知れますよね... 」

バーテン 「バックラベルか... 」

男     「... それにしても、ただの物知りじゃないね、君のその博学ぶりは... 」

バーテン 「確かにそうですね... 」

男     「ひょっとして、君... 」

女     「そうですね... 多分、お察しのとおりです」

バーテン 「どういうことなんでしょう? それは... 」

男     「それはつまり... 君と同じってことだよ、バーテン君」

バーテン 「私と、同じ... ?」



千夜一夜 - ア・ラ・カルト -( 3 / 5 )

【 Scene - Ⅲ 】

Bar Cendrillon_kuni.mp3



          :その夜は... 彼女との思い出の一夜となった-----

           どこかしら翳りがあり...
           それでいてその微笑に屈託のない、その女性との出逢い...

           それは彼女に纏わる話しから始まった-----


           微かにジャズが流れる店内----



男     「それで...  店はどこに?」

女     「宝塚です... 」

男     「花のみち、宝塚か... 」

バーテン 「それで色々とご存知だったんですね... 」

女     「すみません... 別にそんな気はなかったんですが... 」

バーテン 「いいえ、とんでもないです...  こちらこそ勉強になりましたから... 」

男     「それにしても凄いね...  ひょっとすると、ここのマスターにも引けを
       とらないんじゃないかな... 」

女     「それはないと思います... 」

バーテン 「ご存知なんですか... ? マスターを」

女     「いえ... お会いしたことはないんですが...  お噂はかねがね... 」

男     「そうか... ここのマスターは同業にも知られてるのか... 流石だな... 」

女     「実は私...  そのマスターにお会いしたくて、今夜はここへ来たんです」

バーテン 「そうでしたか... 」

男     「だが生憎とマスターは留守だった...  残念だったね」

バーテン 「誠に申し訳ございません... 」

女     「いいえ... とんでもない... 」

男     「どうだろう...  彼女も同業でありながら、わざわざ宝塚から来たことだし
       もう少しさっきの話に花を咲かせてみては... 」

バーテン 「賛成ですね... いかがですか? お客様は」

女     「喜んで... 」

バーテン 「ありがとうございます... 」

男     「それじゃ早速だが...  共にバーテンダーであるお二人に伺おう... 」

女     「はい... 」

バーテン 「何でしょうか...?」

男     「3ボトル・バーとは、一体何のことかな... ?」

女     「3ボトル・バー...?」

男     「どうかな? 我らがバーテン君は」

バーテン 「それなら、知っております... 」

男     「オッ、流石だな...  聞かせてくれたまえ」

バーテン 「3ボトル・バー...  それは、確か今から50年以上前に、ロンドンで発刊された
       カクテルブックのタイトルで、ウイスキーとジン、それに白ワインの3種類が
       揃えば、カクテルパーティーが出来るというコンセプトで書かれたものだと聞いて
       おります... 」

女     「なるほど...  そういうことか... 」

男     「案外やるな...  バーテン君も」

バーテン 「恐縮です...  そもそも3種類のお酒の選択が、少々イギリス人の好みに偏って
       ますが...  要は3という数字がカクテルにとってポイント・ナンバーであると
       いうことですね」

女     「事実、そうですものね...  カクテルには3つの材料、それどころか1、2種類の
       お酒でその味が決まるものが多い... 」

男     「だからこそ、混ぜ合わせる種類を出来るだけ少なくし味わいを出すことが、優れた
       カクテルの条件と云えるかもしれないな... 」

バーテン 「そうですね...  それに尽きますね... 」

男     「さて、今度は君の番だ...  それなりの話を聞かせてくるかなか」

バーテン 「でも私は... 」

男     「今の調子でいいんだよ」

女     「何か聞かせてください...  お願いします」

男     「マスターの留守を預かってるんだろ...  何とかしろよ」

バーテン 「... はい... わかりました...  それでは、カクテルのカルキュレイションを... 」

女     「カルキュレイション...?」

男     「なるほど、計算ってわけか... 」

女     「カクテルの、計算...?」


     
ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
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