:サンドリオンの店内 -----
女 「どうしてここに ...?」
男 「店に行ったら、ここにいるって教えてくれたんだ」
女 「そうでしたか ... 」
マスター 「ようこそ、いらっしゃいませ ... ご注文の方は、いかがいたしましょうか?」
男 「そうだな ... じゃ、ダイキリを」
マスター 「かしこまりました ... 」
:ホワイト・ラム(3/4)とライム・ジュース(1/4)
砂糖(1tsp)が入れられ、シェークされる -----
男 「相変わらず、歌ってないんだ ... 」
女 「 ... エエ ... 」
男 「かれこれ1年だろう? ステージに立たなくなって」
女 「そうですね ... 」
男 「オーナーが嘆いてたよ ... 店の格が落ちたってね」
女 「そんなことは ... 」
男 「中々見つからないみたいだよ、君ほどの歌い手が... 」
女 「私ぐらいのシンガーなら、ざらにいますよ ... 」
男 「そうかな ... 僕にはそう思えないけどな ... 」
マスター 「お待たせいたしました ... どうぞ(グラスを置く)」
男 「ありがとう ...(一口飲む)」
女 「今日はまたどうしてここへ?」
男 「来ちゃいけなかったかな ...? それとも約束してなかったから?」
女 「別にそういう意味じゃなくて ... 」
男 「それならいちいち理由を言わなくてもいいだろう ...?」
女 「それはそうですけど ... でも、どうしてかなと思って ... 」
男 「気になるなら言おうか ... ズバリ、君を誘惑に来たんだ ... 」
女 「誘惑 ...? 私を?」
男 「そう、誘惑 ... 」
女 「それって、どういう意味ですか ...?」
男 「男が女を目の前にして、誘惑というセリフを口にしたら ... 答えはひとつだろう?」
女 「ミタさん ... 」
男 「(笑って)冗談だよ ... ホントのところは、君にステージで歌ってもらおうと思って
交渉に来たんだ ... 」
女 「私に歌を ... ?」
男 「実はこの秋に、神戸で大掛かりなジャム・セッションがあるんだ ...
もちろん海外からもそうそうたる顔ぶれのミュージシャンが参加してね。
それで僕の方にも声がかかってきた訳なんだけど ...
僕としてはそのステージで、どうしても君に歌ってもらいたいんだ ... 僕のピアノを
バックにして ... 」
女 「ミタさんのピアノをバックに ... 」
マスター 「素敵なお話じゃないでしょうか ... マリさん ... 」
女 「マスター ... 」
男 「どうだろう ...? 歌ってくれないか?」
マスター 「マリさん ... 」
女 「でも私は ... 」
男 「これはある意味、君にとってもチャンスだと思うんだ ...
そう思いませんか? マスター」
マスター 「そうですね ... 二度とないチャンスかもしれませんね ... 」
男 「どうだい? この機会に、君の実力を試してみたら ... 」
女 「でも ... 私は ... 」
男 「この際、つまらない感傷は捨てた方がいいと思うよ、マリさん」
女 「 ... つまらない、感傷 ...?」
男 「彼のことなら、以前にオーナーから聞いたよ... それが原因で君が歌わなくなったって
ことも ... でもそれとこれとは話が別だよ。
これは君自身が一人のシンガーとして考えるべきことなんだよ」
女 「(ポツリと)つまらない感傷 ... 」
マスター 「マリさん ... 」
女 「ミタさん ... 私 ... 」