東京模様

高い空( 1 / 2 )

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高い空


 暑い暑い夏がようやく過ぎると空がにわかに高くなる。爽やかな秋風がたち、命もえる盛夏が去ったさみしさを感じさせる。

 長い、わかりにくい、とっつきにくいと嫌われがちなブルックナー音楽であるが、私は十六歳で初めて聞いたときいっぺんに好きになった。難しいとはすこしも感じなかった。相性があうのだろう。それから長い年月聞いてきた。しかるにいい演奏にめぐりあえない。コンサートでの実演はことにそうで、聞くに耐えないひどい演奏にばかりあたった。レコードでなら状況はずっと良かったが、一曲を通してすべてに満足する演奏に接したことはない。ブルックナーとはよほど演奏が困難な音楽作品らしい。批評家が褒めた演奏についても、私の琴線にひびくものと、ぜんぜんそうでないものとがあった。例えばカール・シューリヒト指揮ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団の第八第九交響曲などどこがいいのかわからなかった。以下、一曲ずつ良かった演奏を挙げてみる。

 交響曲第二番ハ短調。私はこの曲がブルックナー作品中でも特に好きだ。リカルド・シャイー指揮の録音がよかった。オーケストラはどこだか忘れた。

 交響曲第三番ニ短調。版がいっぱいある曲。カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニーのものがよかった。指揮は平凡である。けれども失格点をつけるほど悪くもない。ウィーン・フィルのほの暗い響きが好きなのである。

  交響曲第四番変ホ長調「ロマンティック」。ブルックナー作品として例外的に作品の質が低いので誰の演奏を聞いてもいいのでないか。

  交響曲第五番変ロ長調。ブルックナーの最高傑作である。はじめはなじめないが二回三回と辛抱して聞くと作品のほうからその素晴らしい世界へ招き入れてくれる。オイゲン・ヨッフム指揮のものが比較的よかった。オーケストラはたしかアムステルダムのコンセルトヘボウだった。この録音は腰が軽い。重厚な音のならギュンター・ヴァント指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のライヴ録音が良い。

  交響曲第六番イ長調。前作でブルックナーはすべてを達成したと感じたのだろう。この第六番で作風と作曲法をがらりと変更した。この曲は神秘的な「原始の霧」で始まらないし、前期ブルックナーの特徴である全休止が二箇所しか無い。リズムが躍動する曲調もそれまでになかった。第六交響曲については、すばらしく感動したと思える録音を聞いたことがない。私はこの曲が大好きなのに。

 交響曲第七番ホ長調。カール・シューリヒト指揮ハーグ・フィルハーモニーのものと、朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の聖フローリアンでのライヴ録音がよい。

  交響曲第八番ハ短調。死に際にこの曲の第三楽章アダージョを聞かせてもらいたいと願っているくらい好きなのに、この曲ほどいい演奏がない作品も珍しかろう。世に出ているレコードの多くが箸にも棒にもかからない駄演奏である。いいなと思える録音であっても、開始から終了まで全曲をとおして感動する演奏はない。ゆえに推薦録音はない。けれども第四楽章だけに限るならば、ハンス・クナパープブッシュ指揮ミュンヘン・フィルハーモニーのものがいいだろう。三楽章までは詰まらないが、終楽章の演奏はいい。スケールが大きいしわかりやすい。

  交響曲第九番ニ短調。最後の作品で作曲家の死によって未完成に終わった。この曲もまた演奏困難らしく、魂をふるわせるほどの録音演奏にで遇えていない。

 ブラームスの音楽は晩秋の重苦しい厚い雲に覆われた暗い空である。

 ブルックナー音楽は澄んだ初秋の高い空をおもわせる。ちょうどブルックナーの命日のころの空だ。第六交響曲の緩徐楽章をきくたび私はそれを感じる。かれはまさにかれにぴったりの日を選んで死んだ。

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著者   金井隆久

本書は(株)ボイジャーのRomancerで作成されました。

金井隆久
作家:金井隆久
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