シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -

止まり木 - 第一夜 -  ( 3 / 5 )

【 Scene - Ⅲ 】



         :サンドリオンの店内 -----


マスター 「先程も少しご説明いたしましたように、ウイスキーは大きく5つの種類に
      分けられておりまして、このバーボンはその中でも、アメリカン・ウイスキーに
      属するお酒なんです... 」

   女 「そうなんですか... 」

バーテン 「そのアメリカのウイスキーには、元々色々なタイプがあるんですが、
      その昔、連邦のアルコール法でそれぞれのタイプによって、原料や
      製造法などについて規定を設けたのです。
      その中でバーボンウイスキーについては、原料となる穀物の51%以上が
      トウモロコシであることや、熟成には内側を焦がした新しいホワイトオークの
      樽を使用しなければならないといったような、他にもいろんな規定があるんです」

マスター 「それらの条件をすべてクリアしたものだけが、バーボンウイスキーと呼ばれて
      いるのです」

   女 「知らなかった... そんなこと... 今まで単なる琥珀色したお酒だと思ってた... 」

マスター 「バーボンのその琥珀色は... 
      ホワイトオークの樽に培われた、熟成の色合いと云えますね... 」

   女 「この香りと味... そしてこの色合いは、歴史が醸し出したものなのね... 」

バーテン 「中でもこのメーカーズマーク・ゴールドトップは、生産量が極めて少ない
      ものですから希少価値の高いバーボンとして名高い逸品なんです... 」

   女 「そうでしたか... 」

マスター 「実は、この店にそんなバーボンを置いていることをご存知の方は、たったお一人
      だけでして...
      その方以外、オーダーをされる方はいらっしゃらないんです」

   女 「それじゃ... 私が二人目ということ... 」

マスター 「そうなりますね... 」

   女 「珍しいんですね... このお酒を注文することって... 」

マスター 「そうなりますね... 」

バーテン 「そういえば... そのお客様もよく言っておられました... 
      このバーボンがこの店にあることを知ってるのは、俺ぐらいなもんだろうと... 」

   女 「そうですか... これって、そんなお酒だったんですか... 」

マスター 「メーカーズマークは、限りなく手造りに近い手法に徹し、品質を重視した少量生産を
      貫いた希少なバーボンで、そのポリシーは創業当初から今に至るまで、変わらなく
      受け継がれている...
      そのこだわりが、このバーボンの命なんだと... そうもおっしゃられていました... 」

   女 「... あのう... 」

マスター 「はい... なにか...?」

   女 「もし良ければ... その人の話を聞かせて頂けませんでしょうか...?」

マスター 「...エ?」



止まり木 - 第一夜 -  ( 4 / 5 )

【 Scene - Ⅳ 】




   --- その方は時折ふらりとこの店に、お一人でお見えになる方でした.....
     いいえ... お名前は生憎と存じ上げませんが...
     ただ... 多分、奥様のことでしょうね... いつも話されてました-----


         : 回想-----


   男 「男の夢ってやつは... どうもいけないなァ... 」

マスター 「... どうしてでしょうか... ?」

   男 「どうも身近にいる人を傷つけてるようで... 」

マスター 「そうでしょうか... ?」

   男 「少なくとも、俺の場合はそうなんだよ、マスター... 自分の夢のために
      一番身近にいる、一番大事な人間を傷つけてるようなんだ... 」

マスター 「身近にいらっしゃる方が、そう云っておられるのでしょうか...?」

   男 「いや、それはない... それはないんだが、俺はそう感じてるんだ... 」

マスター 「それは... お客様の思い過ごしではないでしょうか... 」

   男 「思い過ごし?」

マスター 「人を傷つける人間のそばには、孤独しか存在しません... 
      お客様は今、孤独なのでしょうか...?」

   男 「いいや... 俺のそばにはいつもあいつがいてくれる... どんな時でも... 」

マスター 「それでしたら、決して傷つけているとは云えないのでしょうか... 」

   男 「でもなァ... 」

マスター 「ご事情はわかりかねますが... どんなに辛くとも、どんなに苦しくとも
      お客様のそばにいるだけで、その方は満足されておられるのではないで
      しょうか... 」

   男 「俺のそばにいるだけでか... 」

マスター 「不幸だと感じるのは他人ではなく、自分自身です... 他人が感じることでは
      ないように思います... 」

   男 「でも... 今の俺には何もない... 金も地位も名誉も... そんな男に... 」

マスター 「たとえ何もなくとも... お客様ご自身がそばにいらっしゃるだけで、その方は
      満足されているのでは... 」

   男 「こんな売れない役者の... こんな駄目な男のそばにいるだけで、満足してるってのか
      あいつは... 」

マスター 「そのメーカーズマークのボトルにある封ロウのように... 
      お客様自身、この世の中に二人といらっしゃるわけではございません... 
      かけがえのない存在なのですから... 」

   男 「かけがいのない存在... 」



止まり木 - 第一夜 -  ( 5 / 5 )

【 Scene - final 】



         :サンドリオンの店内 -----


   女 「そうですか... そんなことを... 」

マスター 「そのような話をされながら... よくこのバーボンを口にされておられ
      ました... 」

   女 「かけがいのない存在... そうでしたね、確かに... 」

バーテン 「え... ?」

   女 「いえ... それよりその人は、いつもどの辺りに座ってたんでしょうか... 」

バーテン 「はい... いつもこのカウンターの端辺りで、じっくり味わっておられました
      が... 」

   女 「そうですか... 」

バーテン 「何か...?」

   女 「すみませんが... あちらへ移ってもいいでしょうか...?」

マスター 「はい... どうぞご自由に... 」


        :そう云って、その女性は席を移った...
        :カウンターの端辺りへ-----


バーテン 「そう云えばマスター... あの方、ここしばらくお見えになりませんね... 」

マスター 「確かにそうね... 」

バーテン 「もし今夜辺りお見えになれば、さぞかし驚かれるでしょうね...
      何しろ、溺愛のメーカーズマークをオーダーされる方が、もう一人現れたん
      ですからね... 」

マスター 「そうでしょうね...
      でも、もう... お見えになることはないでしょうね、きっと... 」

バーテン 「エ?」

   女 「このバーボン... とても美味しいわよ、あなた...
      これならもっと早く、一緒に飲めばよかったわね..... 」



Images Music - EL HOMBRE QUE YO AMO! 私が愛する男」 Myriam Hernandez

止まり木 - 第二夜 -  ( 1 / 5 )

【 Scene - Ⅰ 】


Bar Cendrillon # opening .mp3


         :夜の街 -----

         :ジッポウの音 -----

         :男、タバコをゆっくりと一口 -----

         :やがて携帯電話が鳴る -----


男    「はい ..... ああ、私だ... ----- やっぱりそうか ... ----- なるほど、今夜か..... 
      で、今どこに? ----- 北野のどの辺りだ? ----- わかった ..... 
      それじゃ今からそっちに向かう ..... ----- ああ、そうだ。---- それじゃ ..... 」


         :男、電話を切る -----


男    「..... サンドリオンか ..... 」


        *          *          *          *


         :一人の女が、サンドリオンへ訪れる / ドアの開く音 -----        


バーテン 「いらっしゃいませ ..... 」

マスター 「ようこそ ... いらっしゃいませ ... 」 

女    「(店内を見回し) ... ここ、サンドリオンっていうお店ですよね?」 

バーテン 「はい、そうですが ... 」

女    「(呟き)ということは ... まだね ... 」

バーテン 「何方か、お探しでしょうか ...?」

女    「いえ、そうじゃなくて ... 」

バーテン 「ああ ... それでしたらお待ち合わせですね ... 」

女    「ええ、まあ ... 」

マスター 「よろしければ、どうぞ ... 」

女    「ええ ... それじゃ、ここかまいません ...?」  

マスター 「どうぞ ... 」


         :女、カウンターの隅の席へ掛ける -----


バーテン 「... ご注文の方はいかがいたしましょう? ... 何かございましたら、お申し付け下さい」

女    「 ... そう ... じゃコルコバードを」

バーテン 「コルコバード ...?」

女    「もしかしてメニューには ...?」

バーテン 「いいえ ... そんなことはございません ... ただ、珍しいカクテルをご注文されたもの
      ですから、つい ... 失礼いたしました 」

女    「いえ、気にしないで下さい ... こっちこそ変わった注文してしまって ... 」

バーテン 「それでは早速 ... しばらくお待ち下さい ... 」


         :シェーカーにテキーラ、ブルー・キュラソー、ドランブイ(各30ml)が
          入れられシェークされる -----
         :やがてクラッシュド・アイスを入れたタンブラーに注がれ
          レモネードで満たし、ライムのスライスが飾られる -----


マスター 「失礼ですが ... よくお口になさるんでしょうか? このコルコバードを」

女    「ええ ... 好きなカクテルなんです ... でも、よくメニューにないからって飲ませて
      もらえない方が多いんですけどね ... 」

マスター 「このカクテルでしたら、それもありがちな事かもしれませんね ... 
      何しろ日本では、あまり馴染みのないカクテルですから ... 」

女    「そう云ってたな ... 確かに」

マスター 「エ ...?」

女    「いえ、何でも ... 」

バーテン 「お待たせいたしました ... どうぞ」

女    「どうも ... 」

バーテン 「それにしても、よくご存知ですね ... このカクテルを」

女    「ええ ... 私もちょっとしたきっかけから知ったんですけどね ... 」

バーテン 「コルコバード ... ブラジルのリオデジャネイロにある丘の名前でしたよね」

女    「そう ... そしてそのコルコバードの丘には、高さ30mにも及ぶ巨大なキリスト像が
      建てられ、特に日没後は、ライトに照らされたその像が闇の中に白く浮かび上がり
      独自の雰囲気を醸し出している ... 」

マスター 「そこまでご存知とは ... かなりお詳しいんですね ... 」

女    「いえ ... 単なる好奇心からですよ ... だってこのカクテルのネーミング、他には
      ちょっとない感じだったから ... それに ... 」

バーテン 「 ... それに ...?」

女    「リオは私たちにとって ... 」


         :ドアの開く音 -----



ヒモト ハジメ
作家:マスターの知人
シンデレラの止まり木 - bar cendrillon again -
5
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