空乃彼方詩集

た行( 17 / 18 )

散って、沈んで、咲いて

散る若葉
生温い風に吹かれて落ちてゆく
水たまりに身を浮かべて気持ちよさそうにしている
「君はまだ落ちてはいけなかった」
隣で眠る枯葉が嘆いた

沈む朝日
これからエネルギーを発しなければならない役割を
どうして君は放棄する
どうして空に背を向ける
声をからし叫んでいた逆サイドの地平線
力尽きる夕日が「こんなこともあるさ」と呟いた

昨今よく見かける平均的な紫陽花
季節が来れば咲き、過ぎれば枯れる
それは庭先の慎ましい安心感
眼差しの静かな幸福感
君たちはほんとに雨がよく似合うね

た行( 18 / 18 )

地球の労働

目覚まし時計が鳴る前に
「死にたい」という心の音で僕は起こされる
多分、本当はまだ生きたいのだろう
だからそれを実際に口にしたことはなく
誰にも知られていない

世間は老後30年の2000万円不足で右往左往し
南スーダンでは明日の食糧の保証もない

生きたい、死にたい、治りたい、産みたい
欲しい、勝ちたい、守りたい、食べたい
愛したい、愛されたい

人々の願いを積み上げれば宇宙に届く
100年かけて地球はそれらを星に運び
また新たな願いと向き合うことになる

な行( 1 / 11 )

鳴かないフミキリ

遠く取り残された夜更け
鳴かないフミキリが涙していた
フミキリが鳴けなくなったらおしまいさ

「もう少しで大事故だったじゃねぇか」
被害者になりかかった人々に詰め寄られ
弁解の余地がないフミキリ
これまでどれだけ鳴いてきたかなんて
誰も思い出しちゃくれない

昔はこんなんじゃなかった
微かなレールの響きも感じ取り
大きな声で鳴きまくっていたっけ

やがてフミキリは老いた
列車が近づいても鳴かなかったり
近づいてもいないのに鳴いてしまったり
昔からフミキリを知る老列車は
その場に差し掛かると
止まるような足取りで
そして心配そうに振り返るのだ

しかし、その日はやってきた
接近を感じ取れなかった
若い列車は怒り狂った声を上げ
フミキリの上に立ち止まった
怪我人がいなかったことに安堵しながらも、うつむくフミキリ

遠く取り残された夜更け
フミキリは静かに目を伏せた
脳裏に浮かぶのは若き日の老列車
フミキリからかすれた声が微かに漏れた

春の日差しが眩しくレールを包む朝
老列車がいつものように速度を落として通過する
勢いよく鳴いている生まれたてのフミキリ
老列車はスピードを上げ、もう振り返ろうとはしなかった

な行( 2 / 11 )

ナイフ

僕が慣れないナイフを使ったからか
アイツとは事切れてしまった

こいつは面白い
この切れ味で社会との関係も断ち切ってしまおうか?
無駄なものが多すぎて難解に絡まった糸たちを救済してやろうか?

僕は一瞬、空を見上げ
精一杯高い場所から、ナイフを地面に突き刺した
鈍い音と共に舞い上がる血しぶき
白いスニーカーが真っ赤に染まった

僕はなんだか寒気がして
その場でスニーカーを脱ぎ捨て
裸足のまま全力で走り去った
ナイフは力強く握り締めたままで
kumabe
作家:空乃彼方
空乃彼方詩集
0
  • 0円
  • ダウンロード

139 / 215