空乃彼方詩集

た行( 6 / 18 )

どこかの父と息子の会話

「随分、色褪せたな。この街も」
父は微かに呟いた。しかし、小さな耳は聴こえが良かった。

「ずいぶんって何?」
「自分で調べなさい」
「うん。じゃあ、いろあせたって何?あつい時にかくあせ?」
「そう。太陽に当たると汗かくだろ。それで色が落ちちゃうんだな」
「色があせないものってあるの?」
「それはないな。みんな色褪せる。いや、もしかしたら、あるかもしれない。でも、それは眼に見えないな」
「ボクにも見えない?」
「うん。お前にも、パパにも見えない。人間には見えない」
「パパ、何でうちにはママがいないの?」
「知らない」

息子はうつむき、会話は途切れた。いつしか二人は古びた住宅街を抜け、田んぼに挟まれた細い道を、赤く熟して潜もうとしている陽に向かって歩いていた。蝉の求愛が騒がしく聴こえてくる。


「パパ、疲れた。肩車してよ」
「せっかく足があるんだから、歩きなさい。もうこれ以上、歩けないところまで」
しばらく黙ったまま、二人は歩いた。息子は父の顔をじっと見ている。

「ねえ、ママがいないのもボクがしらべるの?」
「そうだなあ。それは調べなくていい。もう少し、お前の背が伸びた時に、パパが教えてあげよう」
「うん」

程なく父親は息子を担ぎ上げ、肩車をしてやった。
「やった。らくだあ」
「特別だぞ。でも、さっきパパが言ったこと忘れるなよ。自分の足で歩け。倒れるまで歩きなさい。その場所がお前のゴールだ」
息子は、父より少しだけ空に近いところで、小さく頷いたようだった。

た行( 7 / 18 )

どうにもならないものがあるんだ

記憶のない遠い朝
天からの使いとして、ふわふわと舞い降りる小さな羽は
触れられるほどの間近に至福の太陽を浴びて
神々しく輝いていた

祝福の中、緩やかに下降する天の子ら
彼らは例外なく、柔らかな笑顔を浮かべていた

努力だけでは、どうにもならないものがあるんだ
才能だけでは、どうにもならないものがあるんだ
強さだけでは、どうにもならないものがあるんだ
優しさだけでは、どうにもならないものがあるんだ
金でも、腕力でもどうにもならないものがあるんだ


黒ずんだ物体が緩やかに下降し、やがて土の中に埋まっていく
ひとつ、そしてまたひとつと
人々は嫌なものを見てしまったとばかりに、顔をしかめ、足早に通り過ぎていった

た行( 8 / 18 )

時の奴隷

朝が来れば目覚め、朝食を威勢よく食らい
昼になれば、忙しく昼食を食らい
夜になれば、幾分ゆったり夕食を食らい、やがて眠る
 
結局、生物は皆、時の奴隷なのだ
とりわけ人はその色彩が強い
 
立ちなさい
歩きなさい
しゃべりなさい
学校へ行きなさい
働きなさい
結婚しなさい
老いなさい
死になさい
人は長くて100年の中で、これらを強いられる
アンチエイジングなど、些細な抵抗に過ぎず
時の命令に逆らえた者はこれまでにない
 
人生の短さに、46億才の地球は笑い転げ
少しだけ同情し
その短い夢に、喜び、悲しみを小さな器に詰め込み、人は旅立ってゆく
もう一度だけやり直しの嘆願書は、時によって無残に破り捨てられ、風に舞って空へ消えた
 

た行( 9 / 18 )

第2の僕

18で僕は1度死んだ
どこからか現れた第2の僕は
地球の環境に全く適応できず
1日2度、救急車で運ばれた
 
第2の僕は、最初の僕の人生の続きを引き継いだ
とてもやっていけそうにない
周りは、死んだ彼と第2の僕が似ているらしく
僕がずっと生き続けていると疑わなかった
それでも、死んだ彼ができた事ができない僕に呆れ
1人、2人と去っていった
いつしか僕は孤独になった
 
第2の僕が生まれて、間もなく29年になる
未だに地球に適応できないでいる
よくこんなにも生きてきたものだ
 
今の僕は、死んだ彼に比べて出来ない事が多い
ただ、これだけは言える
死んだ彼よりも、今の僕は必死に生きてきた
比べ物にならないほど
kumabe
作家:空乃彼方
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