私は今、何故か隣町に居ます。
ドブ川の横穴を進んでいたらいつの間にか隣町に着いていました。
下水管から吐き出される形で町に入るのだと予想していたのですから正直驚きが隠せません。
しかし驚いてばかりもいられません。
私は塔子を捜す為に、次は探偵事務所を訪ねなければならないのです。
探偵事務所の場所は心得ていますから迷う事は無いでしょう。
私は歩みを進めます。
散らばる瓦礫を踏みながら軽快に足を進めます。
この町は建物も崩れかけのものが多く、さながらゴーストタウンのようなのですが、意外にも世界最先端の都市なのです。
医療、商業、文化、何をとっても最先端なのです。
もちろん地形変更もありません。
並んでいる店を見てもやはりモダンなものが多く、私の住んでいる町とは大違いです。
私は瓦礫を足で弄びながら自分の住んでいる町との違いを楽しんでいたのですが、大通りに出た所である事に気がつきました。
私が今居る位置から大通りを真っ直ぐ進むと橋があり、それを渡ると探偵事務所に着くのですが、その橋がなくなっており、コンクリートで舗装された道路になっているのです。
これは参りました。橋を渡らなければ事務所には辿り着けません。
何故こうも問題にぶち当たるのでしょうか。
仕様がありません。この町に住んでいる友人を訪ねる事としましょう。
この町には私の友人が多く住んでおります。
この町に住んでいるものならば事情にも明るいはずです。
さて、では誰を訪ねたものでしょう。
出来れば気の置けない友人を訪ねたい所です。
私は少し考えると、特に仲のよい親友である式色椿(しきしきつばき)を訪ねることにしました。
友人にすら人見知りをする私にとって、彼女は唯一恐縮せずに話をできる人間なのです。
そうと決まれば彼女の勤める研究所を目指さなくてはなりません。
確か大通りからならば三秒で着く所にあります。
大通りを右に曲がるとデパートが見えます。
そのデパートの隣の雑居ビルが研究所だったはずです。
私は記憶の通り足を進めます。
雑居ビルが無かったらどうしようと言う心配もありましたがどうやら杞憂だったようです。
大都会にポツンと立っている小汚い雑居ビルは私の記憶通りそこにありました。
自動ドアを潜るとだだっ広い、小綺麗なロビーが姿を現します。
相変わらず外観にそぐわない造りだと私は呆れ半分感心半分でした。
受付には誰もいません。
それはそうです。椿は従業員を雇いません。
ならば、受付が居ないのにも納得がいきます。
私は階段を登ります。
確か椿の研究室があるのは三階だったはずです。
三階に到着するとそこには長い廊下が広がっていました。
廊下の壁は真っ白で、見る者に健康的なイメージを与えます。
所々にドアが埋め込まれていて如何にもオフィスといった感じなのですがドアは埋め込まれているだけで、開けても壁があるだけなのだそうです。
私は研究室を目指して廊下を進みますが一向に椿の研究室が見つかりません。
何度かこの研究所へは足を運んだ事があるのですが、どうやら私の記憶は変になっているようでした。
同じ所をぐるぐると回っていると前から人が歩いてくるのが見えます。
これは僥倖とばかりに声を掛けます。
それは人ではありませんでした。
女中の服を着た絡繰りです。
心臓が飛び出そうなほど驚いた私に女中の絡繰りはコンニチハ、と挨拶をしました。
大方椿の創作物なのでしょうが、これは流石に趣味が良いとは言えません。
椿の研究で趣味の良い研究など見た事は無いですし、椿自身、研究というものは例外なく悪趣味なものだよと言っていましたが、女中の絡繰りというのは悪趣味が過ぎている気がします。
私はこんにちはと冷や汗をかきながら返しました。
意思疎通は可能なのでしょうか。
恐らく可能でしょう。椿は研究に手を抜きません。
人型の絡繰りを作るとなれば、当然コミュニケーション能力も備え付けるでしょう。
ただ給仕をさせたいだけならば人型にする必要は無いのですから。
私は椿の研究室の場所を尋ねてみました。
すると女中の絡繰りは体から奇妙な音を出しながら、サービスノ利用ニハオ名前ノ登録ガヒツヨウデスと片言な口調で言いました。
なんて面倒くさい機能なのでしょうか。
しかし絡繰りに融通を求めるのも筋違いです。
私は自分の名前を告げました。
すると女中の絡繰りは再び体から奇妙な音を出し、自己紹介を始めます。
「オ名前ノ登録ヲ完了致シマシタ。私ハ式色式カラクリ給仕第三号。略称、百合子。ヨロシクオ願イ致シマス」
絡繰りの声は聞き取り辛いものがありますが、彼女のことは百合子と呼べば良いのだという事は分かりました。