私は改めて百合子に研究室の場所を尋ねました。
すると百合子は、コチラデスと私を促し歩き出します。
歯車の回る音が百合子が絡繰りだと言う事を私に実感させます。
それにしても、百合子の体は大分ガタが来ているのではないでしょうか。
体から漏れている奇妙な音は油を注していないのが原因で鳴っているものなのでしょう。
メンテナンスを怠っている事は素人目にも分かります。
とするならば、百合子は仕事を与えられているのかという疑問が湧きます。
百合子は廊下を彷徨っているだけで給仕をしているようには見えません。
掃除用具も持っていない辺り、清掃業務も与えられていないと推測出来ます。
少し気がかりです。私は百合子に君はここで何をしているのかと質問を投げかけました。
百合子は答えます。
「私ハ彷徨ッテイマス」
本当に彷徨っているだけとは。椿は何のつもりなのでしょう。
質問に答えた百合子の顔に哀愁が漂って見えたのは私の感受性の高さ故でしょうか。
ほどなくして百合子は一つの扉の前で止まります。
扉の中央には『椿博士の研究室』とご丁寧にもプレートが挟まれています。
私は扉を叩き、名乗りました。
すると中から嬉々とした声で、ちょっと待ってくれ給えと聞こえました。
私は言われた通り少し待ちます。
その間百合子は虚ろな目で床を見つめていました。
ドアが開け放たれると、椿が目をキラキラと光らせて私に飛びついてきます。
「いやあ。会いたかったよ。暫くじゃないか。ずいぶん長いことコチラの町には来ていなかったようだね」
椿は私と百合子を研究室にあげ、真っ白な歯を見せて笑うと、どうしたのかね突然と言いました。
私は塔子が居なくなったこと、遂に我慢がならなくなり捜しに来たこと、この町に来たはいいものの橋がなくなっていて困っていることを伝えました。
椿はくるくると髪を弄んで聴いています。
そして、なるほど君は橋を渡らなくてはいけないんだねと言いました。
何故か一瞬寂しそうな顔をしましたが、すぐに穏やかな笑顔を取り戻し、私が直面している問題に着いて話を進めます。
「君が困っているのは分かったよ。しかし私はずっとここに詰めている身だ。外の事情には明るく無くてね……橋がなくなっているというのも今初めて知ったよ。とはいえ、人見知りをする君が勇気を出して来てくれたんだ、このまま帰してしまうのは忍びない。消えた橋に着いて、今から調べてやろうじゃないか」
流石は式色椿です。
彼女は調べ物も絡繰りでこなすのですが、その精度はどんな情報屋よりも正確なのです。これは来た甲斐がありました。
椿はブラウン管に表示されたよくわからない文字列を眺めながら手元の操作板を操り、橋のことに着いて調べています。
椿の操っている絡繰りにも多少の興味はありますが、私が先ほどから気になっているのは百合子のことでした。
椿は一体この絡繰り女中に何をさせているのでしょうか。
私が百合子をジッと眺めていると椿はソレが気になるのかいと私に質問しました。
私は先ほどから頭の中を巡っている疑問を口にします。
椿は調べ物が一段落着いたのか操作をやめ、こちらを向いて話し始めました。
「ソレはね、失敗作だよ。第一号と第二号で成功を収めたから味を占めてちょっと無理をさせてみたのだけれど、いやあ見事に失敗してしまった。しかし、第三号での失敗は第四号に活かされている。無駄ではなかったと言えるだろう。まあでもソレは四機の中でも一等頭が悪い。そろそろお払い箱だ。近場のリサイクルショップにでも売り払う事にするよ」
椿はケロりと言ってのけましたが私は釈然としません。
やはりこんなのは悪趣味極まる研究です。
私がそれを口にすると椿は困ったように眉を下げました。
「私の研究を悪趣味だと言うのは君の口癖のようなものだからあまり気に留めていないのだけれど、なんだか今回は軽口とは違うね。何をそんなに怒っているんだい?」
私は怒っているように見えるのでしょうか。
そんなつもりは無かったのですが、言われてみれば確かに胸に閊えるものがあるような気もします。
「うーん……まあ何となく想像はできるよ。君はこの第三号に思う所があるのだろう。だってこの第三号は誰が見てもオンボロだし、境遇を聴けばそれは不憫なものだからね。感受性の強い君が彼女に感情移入した所で不思議はあるまい」
椿は知った風なこと言います。
しかし否定出来ないのも事実です。確かに百合子に対して同情の気持ちが無い訳ではありません。彼女の存在価値とは他の絡繰りの踏み台となることでしか見いだされない、この世で一番悲惨なものなのですから。