小園佑子がここに来てくれたのは二度だけである。はがきは時々もらった。薬の効果と気分の波に振り回された数年間だった。
見る影も無い、がりがりにやせ泥沼から上がってきたかのような小山を見て、さすがの小園佑子も言葉を失っていた。
年毎に、似たような案件が増加の一途をたどるにつれ、ひたすら追いまくられて自分が過労すれすれに陥っていた間に、この人にどんなことが起こったのか、と想像するだに恐怖に駆られた。
「ごめんねえ、ほんまに。ご無沙汰してて。
ともかく動きがとれへんで」
小園佑子は本当の気持ちを抱くことが出来た。それを自然に表現することが出来た。そんな稀な人となりであった。小山は時々この人のことを考えるともなく思っている。不思議だったからだ。世の中には時々、真心から他人に共感と同情心を抱くことの出来る人がいる。人助けという行為に自分を依存させている、などとも解釈される。家庭内暴力では共依存している存在が状況を温存させる、とも言われている。
そうではなくて、本心から困っている人のところに出かけて世話をする人間もいるのだ。
小山にしてもとりわけ悪事を働くわけではなく、同情心も持っている。ただ、走っていって助けることまではしない。どうしてそんなに決心できるのだろう。どんな育ち方をしたのだろう。どんな胎教を受けたのだろう。
「こちらこそ。おかげさまで」
と、小山が言った。笑って言った。
小園佑子の手土産の柏餅を鰐さながらの勢いで噛み千切りながら、小山は一時間ほど自分の失われた数年の間のことを教えてもらう。
「そしてねえ、二千八年にはこのソドムとゴモラの街に、いい加減にしろ、とばかり鉄槌がね、ゴーオオンとね」
「なあんかさもあらむ、って感じします。エ、ホンマニこんなことしてていいのって、思いつつ仕事してましたもん、その前から」
「富の極端な偏り、社会内の格差、世界の貧富の差が醜い強欲から生じたんですわねえ」
「それでさぞ自殺者がでたでしょうね」
「そうそう、政府が月ごとの人数を公表することになったりぃ」
「他人を殺すか、自分を殺すか、たいていは同じ根を持っているような気ぃが」
「みんな遺伝子で決められているわけじゃないんやってことらしい。遺伝子のスィッチを入れる小さな、分子か、多分もっと小さな核酸とかがネ、的確に働くには環境的な要因が関係しとるとかね。見ましたけどね、テレビで」
「テレビ、テレビねぇ」
と、小山がその言葉を久しぶりに聞いて眼をぱちぱちさせた。小園佑子は小山の部屋を再確認した。
「大分お元気にならはったようでほっとしました。どうですぅ、失礼やけどもう生活保護下りそうですよ。体力がまだ心配そうやし。そうそう、ほら、新聞の切り抜きもって来ましたよ。世の中ますます壊れてますけど、まあいいニュースもあります。人間が験されているんですわ」
小山の目は吸い付くように新聞の切抜きの字を読んだ。