空乃彼方詩集

た行( 11 / 18 )

遠い日

遠い日
都会のビル群の隙間
見上げた空のかなた

遠い日
寝ころんだ4畳半の天井
目を凝らした夢のかけら

遠い日
机に置かれた白い肘
淡く燃えた恋心

じゃあね
かなたとかけらと淡さ
散らばっていくのを見た夕暮れ

た行( 12 / 18 )

散り急ぐ花よ

天国に憧れた花びらが散ってゆく
春の陽が強まればなおさら
並木道に転がる美しい抜け殻

その生き方に人々は喝采し
急ぐなと声をかけ
俯き、静かに抜け殻を思いやる

瞬きするたび花は散り
瞬きするたび季節は巡り
瞬きするたび時代は過ぎてゆく

天国の花よ、安らかに
いずれ皆そこへ行く
瞬きを何度か繰り返したのちに

た行( 13 / 18 )

鉄人

あなたの詩を書くのはこれが最初で最後だろう
ラジオで聴く声が高くかすれていて異変には気づいていた
衣笠さんも生身の人間だったと今更ながら思い知らされた
戦友の江夏さんが俺もすぐ行くからと語っていた

僕が野球を見始めてからあなたの引退の日まで
衣笠祥雄の名は常にスコアボードにあった
彼がベンチを温めることはなかった
皮肉にも引退後もベンチを温めることはなかった

当時のセリーグには華やかな三塁手が多かった
巨人の原、阪神の掛布
そして広島のサードには常に衣笠がいた
今や死語になりつつあるホットコーナーそのものだった

あなたはミスター赤ヘル、山本浩二とともに広島黄金期を築き上げた
トラ少年の僕にとって、巨人とともに目の上のたんこぶだった
阪神が優勝した年ですら、広島には負け越したのだから

カープ女子受けは芳しくないであろういかつい外見とは違い
選手を見る眼差しは温かく、穏やかだった
ジャズにも精通したお洒落な衣笠さん
長く野球ファンを楽しませてくれてありがとうございました
最後まで出場し続けた71年の人生、お疲れさまでした
そしてさようなら、心優しき鉄製の人

た行( 14 / 18 )

旅立つ君へ

どこへ行くにしても
僕は止めろとは言わない
君自身が下した決断なのだから

もしその海を渡るなら、言葉に魔法をかければいい
もしその山に登るなら、気高さを心肺で感じればいい
もしその宇宙へ行くのなら、僕は遠視になって君を見守る
kumabe
作家:空乃彼方
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