遺伝子分布論 22K

ナミカの話2

  ナミカの恋愛対象は、初恋のころから男性
 だった。もとの名前をタカオといった。
 
 世間の、いや、とくに父親が求める男としての
 あるべき姿と、自分の心の中との差異に、
 大きな戸惑いを感じながらも忙しい毎日を
 過ごしていた。
 
 芝居の中で女形を演じたことがタカオの迷いを
 確信に変えた。そして、自分の人生を変えるべく
 家を飛び出す。名前も変えた。
 
 妹たちは格闘家という人生をすでに歩みだして
 おり、母もタカオが出ていくまえに夫からの
 ドメスティックバイオレンスにより妹たちを
 追って宇宙にすでに出ていた。
 
 25歳のとき、父の死を知った。けして好きな
 肉親ではなかったが、大きな衝撃を受けた。
 そして、それをきっかけに性転換手術を
 決意する。
 
 それは、単に男性機能を捨て去ることだけでは
 なく、子どもを産めるようになること。人類は
 まだその時点でそういった性転換手術に
 成功していなかった。
 
 第三エリアに住む、シャックという無免許医師だ。
 
 宇宙進出の初期段階で建造された、シリンダー
 タイプの都市に、たくさんの幼女らしき
 アンドロイドの助手と住む。
 
 その構造都市は、古いコロニーの愛好家とともに、
 さまざまなタイプの人型の模型を好む人たちが
 多く住むことで有名だった。
 
 彼は、成功する手術しか行わない。そして、普段
 なら高額の報酬を患者に要求するが、今回は
 タダで良いという。
 
 そのかわり、臓器が安定するまでのあいだ、
 データを取ることを条件として出してきた。
 この手法を一般化させればそれで莫大な
 儲けとなる。
 
 もうふたつ条件を出してきた。
 
「子が生まれても、親と名乗らないこと」
 
 最後の条件には少しだけ納得がいった。
「手術に耐えるだけの体力をつけること、
 そうだなあ、例えば、スポーツや格闘技
 の世界でトップとなるぐらいの。
 5年は必要だろう」
 

ナミカの話3

  一日9時間の芝居の稽古が、そのまま
 格闘技のトレーニングに置き換わった。
 
 トレーニングは妹たちが所属するジムを
 メインに、様々な場所へ出稽古した。
 地球にも行った。
 
 そして、仕上がり具合を第三エリアに住む
 師であるリー氏に確認してもらう。
 170センチ80キロという、格闘界では
 比較的小柄な体格ながら、圧倒的な強さを
 身に付けようとしていた。
 
 各種オープンの大会に出て、しかし実力
 すべては見せない。出げいこでは、
 対戦相手になりそうな者をみつけて、
 技をくらう。
 
 30歳になり、
 地下格闘技の宇宙大会に出るのだ。
 
 この大会は一般には公開されない。
 プロのメジャー選手も出場するが、観客や
 選手には守秘義務がある。
 
 格闘技界の世界一を決めるのが趣旨である。
 莫大な報奨金が動いたし、少数の観客のみで
 あるが賭けの対象にもなった。
 
 参加選手12名、うち実績のあるシード選手が
 4名、残り8名のうち、オープン枠が4名
 あった。ナミカは、リチャード・タカオの
 名でオープン枠4位で出場資格を得る。
 
 ここでナミカは、一回戦こそ苦戦したものの
 2回戦優勝候補のシード選手などを破り、
 圧倒的強さで優勝する。
 
 その模様は動画などには残っていないが、
 解説者ラジープ・カーンの言葉を
 ここに引用しよう。
 
「一回戦のリチャードは徹底的に寝技を
 嫌がりますが、それでもタックルにいかれて
 何度か危ない場面を迎えます」
「最後はタックル際にラッキーパンチが
 入る形でリチャードがKOを奪いましたねえ
 20分という試合でした」
 
「2回戦、優勝候補のマウンテン・リキとの
 試合は緊迫した試合で圧巻でした」
「リチャードが女装して入場したところから
 緊迫感が増しましたねえ、なんせリキは日頃から
 性的マイノリティを批判していますから」
「序盤から、リチャードはリキの強烈な張り手を
 何度か受けています。畳みかける攻撃に、これで
 終わりかと思われましたが、いったん持ち直し
 ます」
 
「この時点でおそらくセコンドも含め寝技主体に
 切り替えたんだと思います。そしてそれが裏目に
 でました。」
「リチャードの、意図した攻撃ではなかった
 可能性もありますが、ヒザがリキの顔に入ります」
 
「そこからのリチャードのラッシュが素晴らし
 かったですね。独特のフェイントからのボディ
 への攻撃、最後は掌打が入って悶絶しTKO」
 
「準決勝、オープンから上がって来た選手ですが
 けして弱い選手でないのはその前の試合を見て
 いればわかります」
「長身ですがスピードのあるオールラウンダー相手
 に、リチャードは2分かかりませんでした」
「これも開始序盤にリチャードはいいパンチを
 数発もらっているんですよね、これで沈まない
 のは、打撃のダメージを非常に柔らかく受け
 流しているのかもしれません」
 
「ええ、あまりこういったディフェンスをする選手
 私もあまり見たことないんですが、これ、相手は
 心折れるんですよねー、自分の回心の一撃で
 相手が倒れないなんて」
 
「決勝ですが皆さんおなじみのサンシロウ・
 エメリエンコとリチャードとの対戦となります、
 二人とも示し合わせたかのようにジャケット
 マッチとなりましたね」
「私の調べですが、リチャードはサンシロウの
 兄弟子だそうですよ。同門対決のようですね」
 
「開始2分でリチャードの綺麗な投げからの
 流れるような寝技、間接技で決着となりました」
「ジャケットマッチ世界一のサンシロウ相手に
 これですよねえ、つまり、リチャードは相当
 寝技もできるということがわかります」
 
「会員の皆様のみにお送りしておりますこの放送、
 お楽しみいただけましたでしょうか、それでは
 次回までごきげんよう、さようなら」
 

ナミカの話4

  そのあとのシャックとの別の意味での格闘は
 もう思い出したくもない。しかし、結論から
 言おう、数年ののち、産めるようになった。
 
  仕事の話に移る。
 
 もともと、武術を学ぶうえでの理論的裏付けと
 して、兵法を学んでいた。個人の戦いで身を
 持って理解できることで、集団や組織の
 戦いに応用できることは多い。
 
 技にかかるかどうか、それは、その技を知って
 いるか、実際に受けたことがあるかがとても
 重要になってくる。同じ技、あるいは似た技を
 何度も受けていればさすがに人間の体は
 適応してくる。
 
 つまり、知ること、は個人の戦いにおいても
 非常に重要なことであった。相手のことを
 よく知り、そして自分に何ができるかも知る。
 
 そのうえで、フェイントなどを用いて、
 相手が完全に不利な状態を作る。体のバランス
 を失った状態や、防御しづらい状態など。
 
 そこに自分がもっとも力の出る形を作る。
 相手が弱い状態、自分が強い状態を作り出して
 そこでやっと技がかかる。
 それが知らない技であればなおさらとなる。
 
 通っているトレーニングジムには、会社の
 経営者もいる。
 
「ナミカさん、そういう話できるならコンサル
 なんか向いてるじゃないですか」
 
 その言葉がきっかけとなった。
 
 格闘技術を身に付けていくうえで、兵法以外に
 物理学なども学んだ。古典的なものから
 最新のものまで。物理的に何が可能なのか、
 おおまかに把握しておくためである。
 
 術後は回復のために安静にしていなければ時間
 がかなりあった。データをとるための時間も
 それなりにかかった。そういった、体力がある
 のに暇な時間を政治や経済、軍事外交といった
 ことの勉強に費やした。
 
 勉強というほどでもない、暇なので陰謀論などの
 眉唾なオンライン書籍などを読み漁ったり、
 そういった人たちが集まるサイトで投稿を
 読んだりしていただけだ。
 
 情報の虚実を見分ける力が付いたのかもしれない。
 
 ジムには小国の軍事関係者もトレーニングに来る。
 軍事をメインに政治経済など国にかかわること
 全般のコンサルタント事務所をジムのスタッフ
 にも手伝ってもらいながら設立することにした。
 

アミの話

  彼らが巨大な人型機械を操って戦うことに
 なったいきさつからまず書いていかなければ
 ならない。
 
 5人でまず音楽活動を始めたきっかけが、
 ウイン・チカが弦楽器奏者を募集しようと
 提案したからだ。アミがそれに申し込んだ
 のは、年齢が同じだった、ということも
 あるが、その募集メッセージに込められた
 キーワードに反応したからだ。
 
 彼らは音楽以外も趣味が合った。
 
 はじめは、端末からネットワークにつないで
 5対5の対人戦を行う古典的なゲームをやって
 いた。一番うまかったのは、親の影響で小さい
 ころからプレイしていたフェイク・サンヒョクだ。
 
 彼らはゲーム中の意思疎通もうまく、ランキング
 でもかなりの上位に食い込む腕前を見せた。
 もちろん音楽活動の合間の少ないプレイ時間で。
 
 そして、
 同じゲーム会社から3年前にシリーズものとして
 リリースされたのがスペースカーマ・リアリティ
 だ。
 
 これは、自宅から端末でネットワークに繋いで
 遊ぶものではなく、エンターテイメントセンター
 の一画にそれなりのスペースを占有している
 5人分の座席が付いた空間で行う。
 
 一人ひとりは壁で区切られていて、巨大人型機械
 の操縦席、という設定だった。こんなものが
 都市下層のセンターにリリース当初から置いて
 あるのは、裏で軍が関与している、ともっぱらの
 噂だった。
 
 これを5人でよく遊んだ。
 
 6人姉妹で家が経済的に苦しいウイン・チカの
 プレイ代を出してくれたのはメインの弦楽器を
 演奏して歌も歌うマルーシャ・マフノだ。
 これに管楽器を使うエマド・ジャマルの計5名。
 
 ゲームのルールはこうだ。
 
 5人はそれぞれ巨大人型機械に搭乗する。しかし、
 最初から搭乗機で戦うのではなく、搭乗機と
 類似の機能、性能を持った遠隔機を搭乗機の
 操縦席から操って、相手国の機械と戦う。
 
 戦場空間には宇宙母艦で向かうが、搭乗機は
 それぞれ一機の計5機、遠隔機は搭乗機あたり
 3機の計15機。
 
 これにサポートを行うミニオン機100機が、
 開始時と4分ごとに20機づつ出撃する。
 
 遠隔機がすべて破壊され、敵が宇宙母艦に接近
 したときのみ搭乗機で迎撃する。時間制限も
 あり、20分で決着がつかない場合はポイント
 制で勝負が決まる。
 
 相手の搭乗機を破壊せずに捕獲するとポイント
 も高い。
 
 センターにある操縦席はかなりリアルに作り
 込まれており、搭乗機を操縦しているときは
 回避行動や衝撃に合わせて席も振動する。
 
 人型機械は、それぞれに役割分担があり、
 火力があってチームの主力となるもの、防御
 主体のもの、シールドを多用して味方を守ったり
 バッテリーを渡してシールドを回復させるもの、
 ステルスして突然襲うものなど様々な機種がある。
 
Josui
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