遺伝子分布論 22K

ナミカの話

  ナミカはもともと舞台の出身だ。 
 
 一般の人々を対象に比較的安価な入場料を
 とるタイプの演劇を一家で行っていた。
 
 それは、伝統的な舞踊をベースにしながらも、
 題材や舞台装置、衣装などは比較的新しい
 ものを取りいれていくというジャンルだった。
 
 ナミカは、そういった役者の家に生まれた
 者がみなそうやるように、幼少のころから
 舞台で演技していた。
 
 男役をやれば力強く、女役をやれば柔らかく、
 重心移動の美しい、人気もある役者だった。
 
 一家は、元をたどれば島国の出身だったらしいが、
 大陸を転々としながら芝居を続けた。一家の芸の
 特色として、世界各地の格闘技の動きを演技に
 取り入れている。
 
 それも、各武術の高段者のレベルに近い。
 特に殺陣に関して迫真の演技で定評が高かった。
 しかし、若いころのナミカは、武術については
 あくまで演技を補助するもの、という意識だった。
 
 舞台に立つうえで舞踊はもちろんだったが、
 武術についてもさんざん稽古した。しかし、
 ナミカは水泳が好きで、時間の合間を見ては
 よく泳ぎにいった。
 
 父の代まで地球上で活動したが、ナミカが二十歳
 のとき、宇宙に出る。ナミカが宇宙に出る前に、
 二人の妹が月の裏側、第三エリアの格闘技の世界
 で、プロデビューし、すでに成功していた。
 
 ナミカは妹たちに助けられながら、演劇の仕事を
 探したり、空いた時間に警備員の仕事などを
 行った。
 
 ある程度予想していた通りだが、演劇の世界は
 地球上と宇宙でだいぶ異なった。
 
 それは、主に居住空間の重力の強さによる。
 第三エリアは、弱重力と無重力が主流で、
 地球重力の構造都市はほとんどなかった。
 
 役者に限らずであるが、スポーツ選手にしても
 並みのひとであればこの重力の違いには、
 慣れるのに相当時間がかかる。
 
 ナミカは、地球上での基本ができていたのも
 あって、素早い適応を見せそうだった。
 とくに水泳が得意だったのがとくに無重力
 での適応を早めた。
 
 大きな転機が訪れたのは25歳の時だった。
 

ナミカの話2

  ナミカの恋愛対象は、初恋のころから男性
 だった。もとの名前をタカオといった。
 
 世間の、いや、とくに父親が求める男としての
 あるべき姿と、自分の心の中との差異に、
 大きな戸惑いを感じながらも忙しい毎日を
 過ごしていた。
 
 芝居の中で女形を演じたことがタカオの迷いを
 確信に変えた。そして、自分の人生を変えるべく
 家を飛び出す。名前も変えた。
 
 妹たちは格闘家という人生をすでに歩みだして
 おり、母もタカオが出ていくまえに夫からの
 ドメスティックバイオレンスにより妹たちを
 追って宇宙にすでに出ていた。
 
 25歳のとき、父の死を知った。けして好きな
 肉親ではなかったが、大きな衝撃を受けた。
 そして、それをきっかけに性転換手術を
 決意する。
 
 それは、単に男性機能を捨て去ることだけでは
 なく、子どもを産めるようになること。人類は
 まだその時点でそういった性転換手術に
 成功していなかった。
 
 第三エリアに住む、シャックという無免許医師だ。
 
 宇宙進出の初期段階で建造された、シリンダー
 タイプの都市に、たくさんの幼女らしき
 アンドロイドの助手と住む。
 
 その構造都市は、古いコロニーの愛好家とともに、
 さまざまなタイプの人型の模型を好む人たちが
 多く住むことで有名だった。
 
 彼は、成功する手術しか行わない。そして、普段
 なら高額の報酬を患者に要求するが、今回は
 タダで良いという。
 
 そのかわり、臓器が安定するまでのあいだ、
 データを取ることを条件として出してきた。
 この手法を一般化させればそれで莫大な
 儲けとなる。
 
 もうふたつ条件を出してきた。
 
「子が生まれても、親と名乗らないこと」
 
 最後の条件には少しだけ納得がいった。
「手術に耐えるだけの体力をつけること、
 そうだなあ、例えば、スポーツや格闘技
 の世界でトップとなるぐらいの。
 5年は必要だろう」
 

ナミカの話3

  一日9時間の芝居の稽古が、そのまま
 格闘技のトレーニングに置き換わった。
 
 トレーニングは妹たちが所属するジムを
 メインに、様々な場所へ出稽古した。
 地球にも行った。
 
 そして、仕上がり具合を第三エリアに住む
 師であるリー氏に確認してもらう。
 170センチ80キロという、格闘界では
 比較的小柄な体格ながら、圧倒的な強さを
 身に付けようとしていた。
 
 各種オープンの大会に出て、しかし実力
 すべては見せない。出げいこでは、
 対戦相手になりそうな者をみつけて、
 技をくらう。
 
 30歳になり、
 地下格闘技の宇宙大会に出るのだ。
 
 この大会は一般には公開されない。
 プロのメジャー選手も出場するが、観客や
 選手には守秘義務がある。
 
 格闘技界の世界一を決めるのが趣旨である。
 莫大な報奨金が動いたし、少数の観客のみで
 あるが賭けの対象にもなった。
 
 参加選手12名、うち実績のあるシード選手が
 4名、残り8名のうち、オープン枠が4名
 あった。ナミカは、リチャード・タカオの
 名でオープン枠4位で出場資格を得る。
 
 ここでナミカは、一回戦こそ苦戦したものの
 2回戦優勝候補のシード選手などを破り、
 圧倒的強さで優勝する。
 
 その模様は動画などには残っていないが、
 解説者ラジープ・カーンの言葉を
 ここに引用しよう。
 
「一回戦のリチャードは徹底的に寝技を
 嫌がりますが、それでもタックルにいかれて
 何度か危ない場面を迎えます」
「最後はタックル際にラッキーパンチが
 入る形でリチャードがKOを奪いましたねえ
 20分という試合でした」
 
「2回戦、優勝候補のマウンテン・リキとの
 試合は緊迫した試合で圧巻でした」
「リチャードが女装して入場したところから
 緊迫感が増しましたねえ、なんせリキは日頃から
 性的マイノリティを批判していますから」
「序盤から、リチャードはリキの強烈な張り手を
 何度か受けています。畳みかける攻撃に、これで
 終わりかと思われましたが、いったん持ち直し
 ます」
 
「この時点でおそらくセコンドも含め寝技主体に
 切り替えたんだと思います。そしてそれが裏目に
 でました。」
「リチャードの、意図した攻撃ではなかった
 可能性もありますが、ヒザがリキの顔に入ります」
 
「そこからのリチャードのラッシュが素晴らし
 かったですね。独特のフェイントからのボディ
 への攻撃、最後は掌打が入って悶絶しTKO」
 
「準決勝、オープンから上がって来た選手ですが
 けして弱い選手でないのはその前の試合を見て
 いればわかります」
「長身ですがスピードのあるオールラウンダー相手
 に、リチャードは2分かかりませんでした」
「これも開始序盤にリチャードはいいパンチを
 数発もらっているんですよね、これで沈まない
 のは、打撃のダメージを非常に柔らかく受け
 流しているのかもしれません」
 
「ええ、あまりこういったディフェンスをする選手
 私もあまり見たことないんですが、これ、相手は
 心折れるんですよねー、自分の回心の一撃で
 相手が倒れないなんて」
 
「決勝ですが皆さんおなじみのサンシロウ・
 エメリエンコとリチャードとの対戦となります、
 二人とも示し合わせたかのようにジャケット
 マッチとなりましたね」
「私の調べですが、リチャードはサンシロウの
 兄弟子だそうですよ。同門対決のようですね」
 
「開始2分でリチャードの綺麗な投げからの
 流れるような寝技、間接技で決着となりました」
「ジャケットマッチ世界一のサンシロウ相手に
 これですよねえ、つまり、リチャードは相当
 寝技もできるということがわかります」
 
「会員の皆様のみにお送りしておりますこの放送、
 お楽しみいただけましたでしょうか、それでは
 次回までごきげんよう、さようなら」
 

ナミカの話4

  そのあとのシャックとの別の意味での格闘は
 もう思い出したくもない。しかし、結論から
 言おう、数年ののち、産めるようになった。
 
  仕事の話に移る。
 
 もともと、武術を学ぶうえでの理論的裏付けと
 して、兵法を学んでいた。個人の戦いで身を
 持って理解できることで、集団や組織の
 戦いに応用できることは多い。
 
 技にかかるかどうか、それは、その技を知って
 いるか、実際に受けたことがあるかがとても
 重要になってくる。同じ技、あるいは似た技を
 何度も受けていればさすがに人間の体は
 適応してくる。
 
 つまり、知ること、は個人の戦いにおいても
 非常に重要なことであった。相手のことを
 よく知り、そして自分に何ができるかも知る。
 
 そのうえで、フェイントなどを用いて、
 相手が完全に不利な状態を作る。体のバランス
 を失った状態や、防御しづらい状態など。
 
 そこに自分がもっとも力の出る形を作る。
 相手が弱い状態、自分が強い状態を作り出して
 そこでやっと技がかかる。
 それが知らない技であればなおさらとなる。
 
 通っているトレーニングジムには、会社の
 経営者もいる。
 
「ナミカさん、そういう話できるならコンサル
 なんか向いてるじゃないですか」
 
 その言葉がきっかけとなった。
 
 格闘技術を身に付けていくうえで、兵法以外に
 物理学なども学んだ。古典的なものから
 最新のものまで。物理的に何が可能なのか、
 おおまかに把握しておくためである。
 
 術後は回復のために安静にしていなければ時間
 がかなりあった。データをとるための時間も
 それなりにかかった。そういった、体力がある
 のに暇な時間を政治や経済、軍事外交といった
 ことの勉強に費やした。
 
 勉強というほどでもない、暇なので陰謀論などの
 眉唾なオンライン書籍などを読み漁ったり、
 そういった人たちが集まるサイトで投稿を
 読んだりしていただけだ。
 
 情報の虚実を見分ける力が付いたのかもしれない。
 
 ジムには小国の軍事関係者もトレーニングに来る。
 軍事をメインに政治経済など国にかかわること
 全般のコンサルタント事務所をジムのスタッフ
 にも手伝ってもらいながら設立することにした。
 
Josui
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