遺伝子分布論 22K

「結」( 1 / 1 )

旅立ち

  ある日の午後、テルオは、久しぶりに
 やることがなかった。
 
 外は夏の日の、水田が広がる風景だった。
 
 一昨日には、最寄りのホタルガポンド駅の、
 地下街のバー・ザクレロと、レストラン・
 ヒマラヤンで久々のイベントをやってたな。
 
 テルオがいるのは、太陽系を発した移動都市、
 マンダラ型の外周部、バームクーヘン部のひとつ、
 その最下層だ。
 
 上層と最下層はかなり整備が完了したが、全体の
 人口はまだ少なく、中間層はほとんどスカスカの
 状態だ。これから何千年とかけて人が増えていく。
 
 目的地までは、約4光年の距離、移動都市は、
 平均で約光速の10000分の1の速度。
 つまり、今のところ4万年かかる計算だ。
 
 この先、技術発展などで速度はもっと上がる
 かもしれない。途中の経路で、資源が見つかる
 見込みは、かなり高いとの予測もある。
 
 約2光年の位置、中間地点にも、都市を残して
 いくのかどうか、はまだ議論の途中だ。
 2万年かけて議論すればいい、テルオは
 そう思った。
 
 それまで、昼寝でもするか、4万年のうちの、
 数時間をそれで潰せる。畳に竹を編み込んだ
 枕で横になる。縁側からの風が涼しい。
 
 後続の移動都市と合流するのもあって、最初の
 マンダラ型と、キューブ型は、非常にゆっくりと
 加速していく。都市が巨大というのもあり、
 加速は人間の感覚では検知できない。
 
 それでも、最新技術をふんだんに盛り込んで、
 都市自体の総質量は、過去のものと比較して
 かなり軽いのだ。
 
 マンダラ型とキューブ型で、今のところ人口の
 総計は12億人。それぞれ20基となる予定
 なので、移動都市への参加は240億人
 となる予定だ。
 
 5兆人にせまる人口をもつ太陽系の240億。
 移動都市の建設は大変だが、ささやかな挑戦だ。
 
 目を覚ますと、空が夕焼けに染まりかけていた。
 寝起きの白湯を飲んで、近所の市場まで
 歩こうかと思う。
 
 家を出て、水路と水田の中を歩いていくテルオ。
 赤とんぼが数匹飛んで、虫の音も聞こえる。
 近くの支所のスピーカーから、童謡が流れ出した。
 
「もう5時か」
 一人呟く。
 
 再びゆっくり歩み出すテルオ。マンダラ型都市の
 外周部も、ゆっくり回転を続ける。回転しながら、
 悠久の時の中を、目的地に向け、進み続ける。
 
 完
 
Josui
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