遺伝子分布論 22K

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ヘンリクの話

  ヘンリク・ビヨルクという19歳の青年の
 話をしていく前に、彼が住む都市について
 の説明をしていきたい。
 
 ヘンリクが住む都市は、月の裏側の
 ラグランジュポイント、重力が安定している
 ため宇宙空間での都市建設が比較的
 行いやすい空域にある。ここは、第3エリア
 と呼ばれている。
 
 その構造都市は、
 バームクーヘン型都市、マヌカと呼ばれている。
 バームクーヘンといっても、円形をしている
 わけではなく、食べやすいサイズに切り出した
 ときの形状だ。
 
 ざっくりとした言い方をすると、だいたい
 一辺100キロメートルの立方体に近い大きさ。
 
 これが弱重力を生み出すため、ゆっくりと
 回転しており、中心軸に長大なケーブルで
 接続されて、その先に同型のバームクーヘン型
 都市であるメイプルが存在する。両構造都市が
 引っ張りあいながら回るかたちになる。
 
 都市マヌカは、メイプルも同様であるが、
 階層構造をなしており、高さ100キロの
 構造の中に50層が存在する。
 
 各層は、1キロの厚さの地面と、1キロの
 高さの空間と、そのうえにまた1キロの
 あつさの天井、次の層にとって地面、を
 もつことになる。
 
 この型の構造都市は、比較的新しく、過去の宇宙
 空間の構造都市の歴史を受け継いで、様々な工夫
 がなされている。
 
 地面にあたる部分に充填する素材も、強度が
 ありかつ軽量のものが使用されている。金属
 なども資源利用の関係で極力使用しない。
 
 気密をたもつために、生きている樹木、粘性の
 樹液をもつものが多用されている。木の繊維を
 ハニカム構造に成型しなおした部材も
 使用されている。
 
 建築物の種類を、使われている素材の一番割合
 が多いもので決めるとしたら、木造建築物、
 といってもおかしくないレベルだ。
 
 この階層都市を上から見ると、正方形の面の
 中央北側と南側に層間をつなぐ主要交通
 機関がある。
 
 構造都市が回転する方向に東西、
 直行するかたちで南北だ。
 
 ヘンリクが住むのは、その最下層だった。
 

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ヘンリクの話2

  構造都市マヌカの人口は2億人と少しだ。
 この都市の適正人口は3億から5億人だが、
 都市のスペック上は10億人住んでも
 問題ない。
 
 上から50層目にあたる最下層では、
 約100万人が暮らしている。下層にしては
 多いほうだ。
 
 おそらく、大学が設置されていることが
 原因で、人口が多い。マヌカでは大学
 設置が全体的に遅れており、特に中間層に
 まだあまり設置されていない。
 
 最下層の中央北壁から広がる都市がノース
 フィフティで人口40万人、南壁側に
 あるのがシンジュクで20万人、残りの
 人口は各鉄道駅周辺に散在する。
 
 ノースフィフティとシンジュクをまっすぐ
 結ぶ鉄道が中央線、途中で分岐して西側エリアを
 迂回して中央線に再合流するのが西線、東側
 エリアを迂回して同じく戻ってくるのが東線だ。
 
 シンジュク駅を出ると次がキタシンジュク駅、
 そこから西線が分岐して、マゼラン駅、
 ミノー駅と続く。
 
 そのミノー駅近くの安いアパートにヘンリク・
 ビヨルクは家族とともに住む。
 
「ただいまー」
 午後一の大学の授業を終えて自宅に帰ってくるが、
 家には誰もいない。親はヘアーサロンをやって
 いて、二人とも閉店まで帰ってこない。
 
 弟が二人いるが、ふたりとも家を出ており、
 上層でそれぞれ一人暮らしをしながら
 美容や理容の勉強をしている。
 
 ヘンリクはスポーツウェアに着替えると、
 また外に出た。アパートは駅前商店街の上に
 あるが、裏口から路地に出る。
 
 そこから、南東方向へ、軽く走ったり歩いたり
 しながら、家がまばらになっていく、水田と
 小さな水路が敷かれた田園風景だ。
 
 気温は春から夏の設定に変わるころだが、
 すでに暑い。薄い羽をもったトンボと呼ばれる
 昆虫が水路わきに止まっている。
 
 駅から線路沿いに北東方向に走れば堤防幅
 200メートルほどの川もあるが、今日は
 そっちへは行かない。南壁の山のほうへ向かう。
 
「午後から雨とか言ってたな」
 
 今日は負荷をあげるための重りもつけていない
 ため、やろうと思えば山道を走って登れるが、
 いつもの丘の神社のところで折り返した。
 
 往復1時間ほど運動して、シャワーを浴びたら
 端末を前にして情報をチェックする。
 

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ヘンリクの話3

  夕食の準備をしなければならない。
 
 最近はヘンリクが親の分も含めて料理をした。
 といっても、平日が忙しいので、週末に
 作りためる方式だ。
 
 今日は金曜日で、作りためたものも昨日に
 尽きている。何か適当に食材を買ってきて、
 あるものと組み合わせてすぐ食べれるように
 料理しておく。
 
 週末は土曜に買い出し、日曜に料理した。
 だいたいは冷凍保存などできる鍋もの中心だ。
 香辛料をふんだんに使った料理が得意だ。
 
 第3エリアでは、ほかの宙域エリアと比べ
 一般家庭での料理が盛んだ。第2エリアでは、
 出来上がりのもの、あるいはすぐレンジなど
 で調理できるものを買ってくる、あるいは
 宅配を頼む、外食する、など、自分で作る
 文化がほとんどないと聞く。
 
 てきとうに作ったものをつまんでから、
 このあと親と入れ替わりでヘアーサロンの
 店舗にいく。
 
 店舗の控室の一室がヘンリクの部屋に
 なっていた。そこで、休憩したり、製作活動
 をやったり、大学の課題をやったりする。
 
 店舗はミノー駅そばの小さな地下街にある。
 ここに、だいたい週末仲間と集まる店が
 ふたつある。
 
「魚介のスープ、ジャガイモ蒸し、あと、
 野菜のサラダ」
「わかったありがとうヘンリク」
 親に告げて、店舗をクローズドに変える。
 
 ヘアーサロンの向かいにある、サクティ
 というレストランと、ゲルググというバーだ。
 
 ゲルググは、バー兼、ライブハウス兼、
 クラブで、店舗の規模自体は小さいが、
 お客が入るスペースに加えてバンドが演奏
 する低い段差をつけただけの小さなステージ、
 
 ディスクジョッキーが演奏するブース、
 その横に照明操作やビジュアルジョッキーが
 プレイする小さなスペースもある。
 
 今日はバンドのライブイベントが予定されて
 おり、出演するのはアラハント、マッハパンチ、
 ボッビボッビの地元3バンドだ。
 
「何時からだったっけ?」
 イベントフライヤーをみつけて確認する。
 バンドやDJの出演数でよく開始が変動する。
「9時オープンか」
 
 このイベントに、ヘンリクもビジュアル
 ジョッキーとして出演する。今日のイメージ
 を、あらためて自分の中で確認する。
 
 自分の端末を持ち込んで、ゲルググ備え付け
 のビジュアルミキサーでプレイする予定だ。
 時間までまだ2時間あった。
 

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ヘンリクの話4

  ライブイベントまでに時間があるので、
 大学の話について書いてみよう。
 
 ヘンリクが通う大学は、サウスマゼラン
 ユニバーシティといい、メインのキャンパス
 はヘンリクがいるミノー駅の隣、マゼラン駅
 にある。
 
 ミノー駅にもキャンパスがあり、ヘンリクは
 そこの映像関係の授業に通う。
 
 この時代、大学に入るのは簡単である。
 ネットワークから登録すればよい。それも
 登録自体は第3エリアすべて共通なので、
 すべての大学に入学した、ともいえる。
 
 授業は直接キャンパス内の教室に行っても
 よいし、ネットワークから受講してもよい。
 ネットワークから受講しても講師に
 質問等は、口頭でもテキストでもできる。
 
 受講できなかったときは、録画を利用できる。
 
 学費は基本的に講義ごとで払う。ある一回の
 講義だけ受講する、というのも可能だ。
 大学の宣伝のために、無料の講義も存在する。
 
 利用者が多いのもあって、授業料は安い。
 
 ヘンリクは一般映像理論の授業を受けたあと、
 ビジュアルジョッキーにより関連した授業を
 受け、その後研究室に属してエンター
 テイメントのリアルタイム映像論について
 研究している。
 
 そのほかには、静止画や動画の撮影技術、
 著作権関連、音と映像の編集などについても
 学んだりしているが、
 最新物理学にからんだ勉強もしている。
 
 自分が作る映像のヒントが得られるのでは
 との発想からだ。
 
 物理学については、量子力学の応用分野が
 かなり発展したほか、重力子理論が確立
 されて、反重力などの研究が進んでいる。
 
 そのほかには、素粒子論も研究がかなり
 進み、それによって宇宙の成り立ち、
 始まり方などがかなり解明された。
 
 過去には、現在住んでいる宇宙とは別の
 宇宙が存在し、物理法則も異なるのではと
 考えられていた。
 
 しかし、最近の研究では、宇宙誕生の瞬間の
 素粒子の種類の比率により、その後の
 宇宙の姿がまったく異なってくる。
 
 素粒子の種類はかなり存在することが
 わかっており、場合によっては原子組成も
 まったく異なる宇宙ができ、力場の
 相互作用がなければまったく干渉しない
 ふたつの宇宙が同じ空間に存在する
 ことも可能となるとか。
 
 ヘンリクはこの素粒子宇宙論に計算機
 科学を用いる研究室にも所属している。
 コンピュータシミュレーション時に
 映像を用いるのである。
 
Josui
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