遺伝子分布論 22K

「承」( 3 / 20 )

ヘンリクの話3

  夕食の準備をしなければならない。
 
 最近はヘンリクが親の分も含めて料理をした。
 といっても、平日が忙しいので、週末に
 作りためる方式だ。
 
 今日は金曜日で、作りためたものも昨日に
 尽きている。何か適当に食材を買ってきて、
 あるものと組み合わせてすぐ食べれるように
 料理しておく。
 
 週末は土曜に買い出し、日曜に料理した。
 だいたいは冷凍保存などできる鍋もの中心だ。
 香辛料をふんだんに使った料理が得意だ。
 
 第3エリアでは、ほかの宙域エリアと比べ
 一般家庭での料理が盛んだ。第2エリアでは、
 出来上がりのもの、あるいはすぐレンジなど
 で調理できるものを買ってくる、あるいは
 宅配を頼む、外食する、など、自分で作る
 文化がほとんどないと聞く。
 
 てきとうに作ったものをつまんでから、
 このあと親と入れ替わりでヘアーサロンの
 店舗にいく。
 
 店舗の控室の一室がヘンリクの部屋に
 なっていた。そこで、休憩したり、製作活動
 をやったり、大学の課題をやったりする。
 
 店舗はミノー駅そばの小さな地下街にある。
 ここに、だいたい週末仲間と集まる店が
 ふたつある。
 
「魚介のスープ、ジャガイモ蒸し、あと、
 野菜のサラダ」
「わかったありがとうヘンリク」
 親に告げて、店舗をクローズドに変える。
 
 ヘアーサロンの向かいにある、サクティ
 というレストランと、ゲルググというバーだ。
 
 ゲルググは、バー兼、ライブハウス兼、
 クラブで、店舗の規模自体は小さいが、
 お客が入るスペースに加えてバンドが演奏
 する低い段差をつけただけの小さなステージ、
 
 ディスクジョッキーが演奏するブース、
 その横に照明操作やビジュアルジョッキーが
 プレイする小さなスペースもある。
 
 今日はバンドのライブイベントが予定されて
 おり、出演するのはアラハント、マッハパンチ、
 ボッビボッビの地元3バンドだ。
 
「何時からだったっけ?」
 イベントフライヤーをみつけて確認する。
 バンドやDJの出演数でよく開始が変動する。
「9時オープンか」
 
 このイベントに、ヘンリクもビジュアル
 ジョッキーとして出演する。今日のイメージ
 を、あらためて自分の中で確認する。
 
 自分の端末を持ち込んで、ゲルググ備え付け
 のビジュアルミキサーでプレイする予定だ。
 時間までまだ2時間あった。
 

「承」( 4 / 20 )

ヘンリクの話4

  ライブイベントまでに時間があるので、
 大学の話について書いてみよう。
 
 ヘンリクが通う大学は、サウスマゼラン
 ユニバーシティといい、メインのキャンパス
 はヘンリクがいるミノー駅の隣、マゼラン駅
 にある。
 
 ミノー駅にもキャンパスがあり、ヘンリクは
 そこの映像関係の授業に通う。
 
 この時代、大学に入るのは簡単である。
 ネットワークから登録すればよい。それも
 登録自体は第3エリアすべて共通なので、
 すべての大学に入学した、ともいえる。
 
 授業は直接キャンパス内の教室に行っても
 よいし、ネットワークから受講してもよい。
 ネットワークから受講しても講師に
 質問等は、口頭でもテキストでもできる。
 
 受講できなかったときは、録画を利用できる。
 
 学費は基本的に講義ごとで払う。ある一回の
 講義だけ受講する、というのも可能だ。
 大学の宣伝のために、無料の講義も存在する。
 
 利用者が多いのもあって、授業料は安い。
 
 ヘンリクは一般映像理論の授業を受けたあと、
 ビジュアルジョッキーにより関連した授業を
 受け、その後研究室に属してエンター
 テイメントのリアルタイム映像論について
 研究している。
 
 そのほかには、静止画や動画の撮影技術、
 著作権関連、音と映像の編集などについても
 学んだりしているが、
 最新物理学にからんだ勉強もしている。
 
 自分が作る映像のヒントが得られるのでは
 との発想からだ。
 
 物理学については、量子力学の応用分野が
 かなり発展したほか、重力子理論が確立
 されて、反重力などの研究が進んでいる。
 
 そのほかには、素粒子論も研究がかなり
 進み、それによって宇宙の成り立ち、
 始まり方などがかなり解明された。
 
 過去には、現在住んでいる宇宙とは別の
 宇宙が存在し、物理法則も異なるのではと
 考えられていた。
 
 しかし、最近の研究では、宇宙誕生の瞬間の
 素粒子の種類の比率により、その後の
 宇宙の姿がまったく異なってくる。
 
 素粒子の種類はかなり存在することが
 わかっており、場合によっては原子組成も
 まったく異なる宇宙ができ、力場の
 相互作用がなければまったく干渉しない
 ふたつの宇宙が同じ空間に存在する
 ことも可能となるとか。
 
 ヘンリクはこの素粒子宇宙論に計算機
 科学を用いる研究室にも所属している。
 コンピュータシミュレーション時に
 映像を用いるのである。
 

「承」( 5 / 20 )

ヘンリクの話5

  そろそろサクティへ行こう。
 
 控え室を片づけて端末をもって店を出ると、
 もうすぐ前だ。外のテーブルですでに
 ボッビボッビの3人がデザートを前に
 談笑している。
 
 軽く挨拶して、店の中のカウンター席へ。
 
「ゴシさん、ミソカリーヌードルをハーフで」
「あいよ」
 
 店長のゴシ・ゴッシーだ。
 
「今日は米の麺だからミソカリーフォウだな」
 
 レストラン・サクティはふだん17時から20
 時ぐらいまで、学生で混雑する。
 
 サクティはもともと香辛料をふんだんに使った
 カリーと呼ばれるスープをメインに提供する
 レストランだったが、最近はもう色々な
 料理を学生のリクエストに応えて低価格で出す。
 
 今はもうすでに20時なので、学生の姿は
 まばらになってきたが、イベントのお客さん
 らしき人たちが増えてくる。
 
 サクティはそれほど大きなレストランでは
 ないが、特徴がある。店舗の奥側にある
 スペースの机は、流し台もついた調理
 スペースになる。
 
 週末などに主に学生を相手にした料理教室を
 やっているのだ。
 
 ミノー駅から歩いていける距離にサウス
 マゼランユニバーシティのどちらかと
 いうと少しマイナーな学問をやるための
 キャンパスがあり、
 
 ミノー駅周辺にも一人暮らし、あるいは
 ルームシェアの学生がけっこう住んでいる。
 
 サクティの料理教室にしっかり通えば
 卒業するころにはかなりの数のレシピを
 実際に作れるようになる。
 
 ヘンリクの得意料理も、親から習ったもの
 が半分、サクティで習ったものが半分だ。
 
「ヘンリク!今日も演るの?」
「やりますよ、今日はビジュアルですけど、
 サネルマさん!」
 カウンターの向こうから声をかけてきたのは
 ゴシ・ゴッシーの妹のサネルマ・ゴッシーだ。
 
 夜は基本的にこの二人が店を切り盛りして
 いて、昼のランチ時は彼らの両親が店に
 出ている。
 
 もう少しサネルマさんと話していたいところ
 だったが、軽い打ち合わせがある。
 
 さっき頼んだカフィーエスプレッソの小さな
 カップを持って、ボッビボッビのところへ行く。
 今日の映像のイメージをざっくり伝える。
 
 ゲルググでイベントをやるときは、事前に
 細かい打ち合わせなどはしない。そして、
 各バンドは毎回何か新しいことをやる。
 
 そして、高い確率でそれが失敗に終わる。
 ゲルググはそれが許される雰囲気だった。
 

「承」( 6 / 20 )

ヘンリクの話6

  ボッビボッビの3人といると不思議と
 落ち着く。
 
 弦楽器を演奏するビンディ・マクナマラ、
 キーボードのメリンダ・リトカ、ボーカルの
 タリア・アキワンデの3人だ。
 
 3人とも、うすい褐色の肌をもつ美人だ。
 とくにタリアはかなりの美人で、駅近くで
 雑貨店を営むタリアの母も美人で有名だ。
 本人は背が低いことを気にしてるらしいが。
 
 ビンディは音楽家の親をもつ。その世界では
 けっこう有名なリュート奏者らしい。
 
 メリンダは少しふくよかな印象で、いつ
 話しかけても少し照れたような話し方
 をする。実家は農家。
 
 3人のほかの共通点は、かなりの歴史好き。
 旧世紀の歴史にも詳しく、最近僕がハマって
 いる島国のセンゴクブショウの名前が
 彼女らの口からバンバン出てくる。
 
 カンビーを教えてくれたのも彼女らだ。
 
 なので、普通に接していると、とても
 ステージにあがってパフォーマンスをやる
 ようには見えない。学校の図書スペースで
 静かに読書しているのがとても似合うのだ。
 
 3人のなかで比較的活発な印象のタリアで
 さえ、ほかのバンドのメンバとくらべると
 ぜんぜん大人しい。
 
 いや、たぶん大人なのだ。とても優しい。
 
 彼らは民族楽器を使って、メリンダは
 民族楽器の音をキーボードに取り込んで、
 過去の歴史の、先住民族の弾圧や民族差別
 について歌う。
 
 その曲調はときに激しく、また、ときに
 切なく、悠久の昔から響いてくる哀詩の
 ようだ。
 
 彼女ら自身が、そういった弾圧を受けてきた
 民族の末裔だとも聞く。
 
 彼女たちから感じる優しさが、そういった
 弾圧の歴史の結果だとすると、それは
 それで悲しい物語なのかもしれない。
 
 そんなことを心に感じながらも、彼女らと
 する話は男の子が好きな大陸のスリーキング
 ダムスや島国のセンゴクの話だった。
 
 なんでも、スリーキングダムズとセンゴクは
 時代的にかなり開きがあるが、ウェイの
 カオカオの書いたサンツが、カンビーや
 ハルノブに大きな影響を与えた。
 
 ハルノブに影響を受けたモトヤスが島国を
 統一したのは歴史書が示すとおりである。
 サンツの背景にはタオ教があり、
 ラオジーの哲学が伝説の人物たちを
 つなげ、泰平をなさしめたというのだ。
 
 といいつつも、彼女らは大学で歴史学を
 専攻していない。ビンディは数学、メリンダ
 は化学、タリアは経済学だった。
 
Josui
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