遺伝子分布論 22K

「承」( 2 / 20 )

ヘンリクの話2

  構造都市マヌカの人口は2億人と少しだ。
 この都市の適正人口は3億から5億人だが、
 都市のスペック上は10億人住んでも
 問題ない。
 
 上から50層目にあたる最下層では、
 約100万人が暮らしている。下層にしては
 多いほうだ。
 
 おそらく、大学が設置されていることが
 原因で、人口が多い。マヌカでは大学
 設置が全体的に遅れており、特に中間層に
 まだあまり設置されていない。
 
 最下層の中央北壁から広がる都市がノース
 フィフティで人口40万人、南壁側に
 あるのがシンジュクで20万人、残りの
 人口は各鉄道駅周辺に散在する。
 
 ノースフィフティとシンジュクをまっすぐ
 結ぶ鉄道が中央線、途中で分岐して西側エリアを
 迂回して中央線に再合流するのが西線、東側
 エリアを迂回して同じく戻ってくるのが東線だ。
 
 シンジュク駅を出ると次がキタシンジュク駅、
 そこから西線が分岐して、マゼラン駅、
 ミノー駅と続く。
 
 そのミノー駅近くの安いアパートにヘンリク・
 ビヨルクは家族とともに住む。
 
「ただいまー」
 午後一の大学の授業を終えて自宅に帰ってくるが、
 家には誰もいない。親はヘアーサロンをやって
 いて、二人とも閉店まで帰ってこない。
 
 弟が二人いるが、ふたりとも家を出ており、
 上層でそれぞれ一人暮らしをしながら
 美容や理容の勉強をしている。
 
 ヘンリクはスポーツウェアに着替えると、
 また外に出た。アパートは駅前商店街の上に
 あるが、裏口から路地に出る。
 
 そこから、南東方向へ、軽く走ったり歩いたり
 しながら、家がまばらになっていく、水田と
 小さな水路が敷かれた田園風景だ。
 
 気温は春から夏の設定に変わるころだが、
 すでに暑い。薄い羽をもったトンボと呼ばれる
 昆虫が水路わきに止まっている。
 
 駅から線路沿いに北東方向に走れば堤防幅
 200メートルほどの川もあるが、今日は
 そっちへは行かない。南壁の山のほうへ向かう。
 
「午後から雨とか言ってたな」
 
 今日は負荷をあげるための重りもつけていない
 ため、やろうと思えば山道を走って登れるが、
 いつもの丘の神社のところで折り返した。
 
 往復1時間ほど運動して、シャワーを浴びたら
 端末を前にして情報をチェックする。
 

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ヘンリクの話3

  夕食の準備をしなければならない。
 
 最近はヘンリクが親の分も含めて料理をした。
 といっても、平日が忙しいので、週末に
 作りためる方式だ。
 
 今日は金曜日で、作りためたものも昨日に
 尽きている。何か適当に食材を買ってきて、
 あるものと組み合わせてすぐ食べれるように
 料理しておく。
 
 週末は土曜に買い出し、日曜に料理した。
 だいたいは冷凍保存などできる鍋もの中心だ。
 香辛料をふんだんに使った料理が得意だ。
 
 第3エリアでは、ほかの宙域エリアと比べ
 一般家庭での料理が盛んだ。第2エリアでは、
 出来上がりのもの、あるいはすぐレンジなど
 で調理できるものを買ってくる、あるいは
 宅配を頼む、外食する、など、自分で作る
 文化がほとんどないと聞く。
 
 てきとうに作ったものをつまんでから、
 このあと親と入れ替わりでヘアーサロンの
 店舗にいく。
 
 店舗の控室の一室がヘンリクの部屋に
 なっていた。そこで、休憩したり、製作活動
 をやったり、大学の課題をやったりする。
 
 店舗はミノー駅そばの小さな地下街にある。
 ここに、だいたい週末仲間と集まる店が
 ふたつある。
 
「魚介のスープ、ジャガイモ蒸し、あと、
 野菜のサラダ」
「わかったありがとうヘンリク」
 親に告げて、店舗をクローズドに変える。
 
 ヘアーサロンの向かいにある、サクティ
 というレストランと、ゲルググというバーだ。
 
 ゲルググは、バー兼、ライブハウス兼、
 クラブで、店舗の規模自体は小さいが、
 お客が入るスペースに加えてバンドが演奏
 する低い段差をつけただけの小さなステージ、
 
 ディスクジョッキーが演奏するブース、
 その横に照明操作やビジュアルジョッキーが
 プレイする小さなスペースもある。
 
 今日はバンドのライブイベントが予定されて
 おり、出演するのはアラハント、マッハパンチ、
 ボッビボッビの地元3バンドだ。
 
「何時からだったっけ?」
 イベントフライヤーをみつけて確認する。
 バンドやDJの出演数でよく開始が変動する。
「9時オープンか」
 
 このイベントに、ヘンリクもビジュアル
 ジョッキーとして出演する。今日のイメージ
 を、あらためて自分の中で確認する。
 
 自分の端末を持ち込んで、ゲルググ備え付け
 のビジュアルミキサーでプレイする予定だ。
 時間までまだ2時間あった。
 

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ヘンリクの話4

  ライブイベントまでに時間があるので、
 大学の話について書いてみよう。
 
 ヘンリクが通う大学は、サウスマゼラン
 ユニバーシティといい、メインのキャンパス
 はヘンリクがいるミノー駅の隣、マゼラン駅
 にある。
 
 ミノー駅にもキャンパスがあり、ヘンリクは
 そこの映像関係の授業に通う。
 
 この時代、大学に入るのは簡単である。
 ネットワークから登録すればよい。それも
 登録自体は第3エリアすべて共通なので、
 すべての大学に入学した、ともいえる。
 
 授業は直接キャンパス内の教室に行っても
 よいし、ネットワークから受講してもよい。
 ネットワークから受講しても講師に
 質問等は、口頭でもテキストでもできる。
 
 受講できなかったときは、録画を利用できる。
 
 学費は基本的に講義ごとで払う。ある一回の
 講義だけ受講する、というのも可能だ。
 大学の宣伝のために、無料の講義も存在する。
 
 利用者が多いのもあって、授業料は安い。
 
 ヘンリクは一般映像理論の授業を受けたあと、
 ビジュアルジョッキーにより関連した授業を
 受け、その後研究室に属してエンター
 テイメントのリアルタイム映像論について
 研究している。
 
 そのほかには、静止画や動画の撮影技術、
 著作権関連、音と映像の編集などについても
 学んだりしているが、
 最新物理学にからんだ勉強もしている。
 
 自分が作る映像のヒントが得られるのでは
 との発想からだ。
 
 物理学については、量子力学の応用分野が
 かなり発展したほか、重力子理論が確立
 されて、反重力などの研究が進んでいる。
 
 そのほかには、素粒子論も研究がかなり
 進み、それによって宇宙の成り立ち、
 始まり方などがかなり解明された。
 
 過去には、現在住んでいる宇宙とは別の
 宇宙が存在し、物理法則も異なるのではと
 考えられていた。
 
 しかし、最近の研究では、宇宙誕生の瞬間の
 素粒子の種類の比率により、その後の
 宇宙の姿がまったく異なってくる。
 
 素粒子の種類はかなり存在することが
 わかっており、場合によっては原子組成も
 まったく異なる宇宙ができ、力場の
 相互作用がなければまったく干渉しない
 ふたつの宇宙が同じ空間に存在する
 ことも可能となるとか。
 
 ヘンリクはこの素粒子宇宙論に計算機
 科学を用いる研究室にも所属している。
 コンピュータシミュレーション時に
 映像を用いるのである。
 

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ヘンリクの話5

  そろそろサクティへ行こう。
 
 控え室を片づけて端末をもって店を出ると、
 もうすぐ前だ。外のテーブルですでに
 ボッビボッビの3人がデザートを前に
 談笑している。
 
 軽く挨拶して、店の中のカウンター席へ。
 
「ゴシさん、ミソカリーヌードルをハーフで」
「あいよ」
 
 店長のゴシ・ゴッシーだ。
 
「今日は米の麺だからミソカリーフォウだな」
 
 レストラン・サクティはふだん17時から20
 時ぐらいまで、学生で混雑する。
 
 サクティはもともと香辛料をふんだんに使った
 カリーと呼ばれるスープをメインに提供する
 レストランだったが、最近はもう色々な
 料理を学生のリクエストに応えて低価格で出す。
 
 今はもうすでに20時なので、学生の姿は
 まばらになってきたが、イベントのお客さん
 らしき人たちが増えてくる。
 
 サクティはそれほど大きなレストランでは
 ないが、特徴がある。店舗の奥側にある
 スペースの机は、流し台もついた調理
 スペースになる。
 
 週末などに主に学生を相手にした料理教室を
 やっているのだ。
 
 ミノー駅から歩いていける距離にサウス
 マゼランユニバーシティのどちらかと
 いうと少しマイナーな学問をやるための
 キャンパスがあり、
 
 ミノー駅周辺にも一人暮らし、あるいは
 ルームシェアの学生がけっこう住んでいる。
 
 サクティの料理教室にしっかり通えば
 卒業するころにはかなりの数のレシピを
 実際に作れるようになる。
 
 ヘンリクの得意料理も、親から習ったもの
 が半分、サクティで習ったものが半分だ。
 
「ヘンリク!今日も演るの?」
「やりますよ、今日はビジュアルですけど、
 サネルマさん!」
 カウンターの向こうから声をかけてきたのは
 ゴシ・ゴッシーの妹のサネルマ・ゴッシーだ。
 
 夜は基本的にこの二人が店を切り盛りして
 いて、昼のランチ時は彼らの両親が店に
 出ている。
 
 もう少しサネルマさんと話していたいところ
 だったが、軽い打ち合わせがある。
 
 さっき頼んだカフィーエスプレッソの小さな
 カップを持って、ボッビボッビのところへ行く。
 今日の映像のイメージをざっくり伝える。
 
 ゲルググでイベントをやるときは、事前に
 細かい打ち合わせなどはしない。そして、
 各バンドは毎回何か新しいことをやる。
 
 そして、高い確率でそれが失敗に終わる。
 ゲルググはそれが許される雰囲気だった。
 
Josui
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