遺伝子分布論 22K

「星」( 1 / 35 )

ゴシの話

  人は、どれぐらいの長時間、星を眺めて
 いられるのだろうか。
 
 今回は、それを試すのにちょうどよい旅
 なのかもしれない。最初の目的地まで八日間
 の旅、その後の旅程も含めると、合計
 39日間、星を眺めていられる。
 
 少なくとも、無心で星を眺めるのは無理だ。
 そう思いつつ過去の旅に思いを馳せる。
 
 あれはもう10年以上前のことだ。
 
 海上都市ムーから地球へ降りて、旧チャイナ領
 へ高速艇で移動、そこから大陸間鉄道に乗る。
 
 上海から、南京、徐州と経由して西安に入る。
 古きものと新しきものが混在する風景、という
 ものを期待したが、そこまではほぼほぼ新しい
 都市の風景だった。
 
 ただ、洛陽を通過する際は復元された都の
 姿が車窓の遠くに確認できた。そこから
 続く農地や自然の風景が車窓から眺め
 られた。
 
 間違いなく、そういったのんびりした
 風景と時間が自分は好きなのだ。
 
 心残りなのは、かつてシルクロードと呼ばれた
 国々を、夜の時間帯で車窓から眺めることが
 できなかったことだ。
 
 自分で稼ぐようになってから、また戻ってきて、
 今度は列車から降りて都市を訪ねたい、と
 思いながらもまだ達成できていない。
 
 朝には中東と呼ばれた地域で、アフリカ大陸
 側へ分岐する。中東もアフリカも、かつては
 もっと乾燥した地域だったらしい。
 今では比較的新しい街の風景が広がっている。
 
 アフリカの西端から、再び海路で海上都市
 アトランティスへ、そこを経由して、
 海路でアフリカ大陸を南周りで迂回し
 海上都市レムリアへ。そこから宇宙へ戻る。
 
 結局レムリアの街や料理が気に入って、
 その数年後に戻ってくることになる。
 
 レムリアの街は、旧インド領の文化を多く
 受け継ぎつつ、宇宙エレベーターの駅も
 存在するため世界中の文化が集まる。
 逆に、旧インド領のほうが近代化された
 ビル群でかつての文化が失われて
 しまった。
 
 レムリアの町はずれの小さな料理店で
 3年料理の修行をした。そこはインド料理
 専門店であったが、
 
 近所には観光客目当ての、各地域の料理店
 が並んでいた。どれもその地域の
 本格的なもので、食べ比べをするのに
 ちょうどいいと思ったものだ。
 
 けっきょくのところ、インド料理が一番
 旨いという自分の中で結論に達したが、
 他の地域の料理も食べる前に自分が
 想像していたよりもはるかに美味だった。
 

「星」( 2 / 35 )

ゴシの話2

  この旅には同行者がいる。
 
「ミスターゴッシー、そこから見える
 星々の景色が気に入ったようね」
 そのうちの一人がこのケイト・レイ、
 国務長官だ。
 
「いや、なあに、星々のほうはそれほど
 私のことを気に入っていないようですがね」
 むしろケイトさん、あなたに気が行っている
 ようで、と返すと、まあ御上手で、
 私はビデオ会議に行ってきますわ、と言って
 去っていく。
 
 政府高官は忙しいのだろう。この船は
 キッチンも使ってよい。気が向いたら私も
 腕をふるおうか。その前にどのような
 食材があるのか確認がしたい。
 
 レムリアでの話をもうひとつ思い出した。
 
 私が修行した小料理店は、老夫婦が経営して
 いたが、そこに、私よりも先に同じように
 料理修行のために来ていた女性がいた。
 
 確か、イレリア・スーンという名前だった。
 
 修行を始めた当初はまず仕事を覚えるのが
 大変で、まったくそういうことに気が
 まわらなかったが、褐色の肌に目の
 ぱっちりして、小柄だが豊満な雰囲気の
 美人であった。
 
 けっきょく修行していた期間は非常に忙しく、
 何の浮いた話も起きなかったが、宇宙への
 帰り際、ありきたりな別れの挨拶を言ったあと、
 何か言いたそうな、寂しそうな顔で私を
 見つめていたのを思い出す。
 
 今でこそ、色々な人生経験を積んで、分かって
 きた部分があるのだが、あの場面は何か
 アクションを起こしても良かったと
 後になって思う。
 
 そのあと月の裏側の第3エリア、宇宙都市
 マヌカへ帰ってきた私は、都市上層で
 一人暮らしをしながら、バーで修行をしたり
 していたが、けっきょく今は実家に戻っている。
 
 もともと両親がアジアンヌードル店をやって
 いたのを、現在のかたちに改装しなおしたのだ。
 
 そのころだったか、イレリア・スーンから
 ネットワークメールが来て、旧インド領で
 作製された映画集のディスクを返して
 ほしいと言ってきたのは。
 
 そう、私は借りたのを全く忘れていた。
 
 プロデューサーの仕事を始めたのもそのころ
 だった。上層のバーで働いていたころの
 知り合いから、店によく来ていたある音楽
 バンドの出演に協力してもらえないか、
 という話だった。
 
 そこで協力してあげたのが、その音楽バンド
 のメンバーと活動をともに続けていく
 きっかけとなった。そして今回も、彼らを
 マネジメントしていく重要な立場だ。
 

「星」( 3 / 35 )

ゴシの話3

  今回の旅は、とても特殊なものだ。
 
 コウエンジ連邦軍のトム・マーレイ少尉から
 打診があったのは、約一か月前のことだ。
 
 太陽系外縁と呼ばれる、木星以遠にある国、
 クリルタイ国との将来的な軍事同盟を
 見越しての友好使節として、木星の
 ラグランジュポイントへ向かう。
 
 その際に、合同軍事演習とともに、文化的
 交流を行う。そこでプロデューサーと
 して私が選ばれたのだ。
 
 軍のほうはアラハントも指名してきた。
 私が今のところ推薦できるバンドで一番
 若い、報酬が安くて済む若手を選択
 したのだろう。
 
 私が今乗船しているのが、政府御用達の
 民間船で、最新の宇宙高速艇であるが、
 今は自艇の推進力では航行していない。
 
 軍の最新空母に接舷して運ばれている
 かたちだ。
 
「民間人でこの船を実際に目にするのは
 あなたが初めてですよ」
 艦長のブラウン・ノキア少佐が言う。
 私とアラハントが初めてだろう。
 
 この空母は、ちょうど客船と反対側に
 人型機械用の母艦も今回接舷している
 という。
 
「時間があればぜひ見学していただければ」
 私はこの政府高官も使用する豪華な客船
 で充分であるが、アラハントの若い
 メンバーは何度も見学に行っているようだ。
 
 これから向かうクリルタイ国は、人口
 1000億人でほぼコウエンジ連邦と同等。
 月ラグランジュポイントの第3エリアという
 意味では人口5000億人との比較になるが。
 
 最初に訪れる木星の第4エリアには約
 100億人、その次に第1エリア200億人
 台、最後に第5エリアで約100億人。
 エリア単位でいうとまだまだこれから
 という感じだが、国力の伸びがすごいと
 ケイト長官などは話す。
 
 軍事同盟は、技術交流の意味も含んでいる。
 わずか1000億の国であるが、木星以遠
 はすべてクリルタイ国だ。火星以内にも
 存在しない技術も持っている可能性がある。
 
 我々はすでにクリルタイ国の関係者とも
 会っている。このコウエンジ連邦の
 最新鋭空母を先導するかたちで、かれらの
 中型空母が進む。その中型空母は、
 クリルタイ国の人型機械の母艦付きだ。
 
 クリルタイ国で今回の件を担当するのは、
 外務省次官のリアン・フューミナリ。
 非常に柔らかい物腰と話し方で、
 身の回りに常に涼し気な風をまとう青年だ。
 
 そして外見から推察するに、おそらく
 私よりも若い。
 

「星」( 4 / 35 )

ゴシの話4

  夕食はいつも、私とアラハントの5人、
 ケイト・レイ国務長官、トム・マーレイ少尉、
 ブラウン・ノキア艦長、そしてクリルタイ国
 外務省次官のリアン・フューミナリの
 10名で会食となる。
 
 格調高い部屋の、厚い木製テーブルは20名ほど
 が座れる、ふだん非公式な外交の会合も行われる
 場所だ。
 
 今日流れている曲はラフマニノフのピアノソロ
 第2番だ。今日のメインのハンバーグにも
 ナツメグがしっかり使われていて、プロの仕事だ。
 
 2国の政府高官や軍の佐官クラスが参加している
 こともあり、ふだん一般人では聞くことのでき
 ないトピックが飛び交う。
 
「第5エリアではやはり指導者不足の状況が
 続いていると」
「先月自由主義寄り政党の党首がスキャンダルに
 より失脚しています」
 
「第2エリアのバレンシア共和国では極右政党
 が勢力を伸ばしています。このままでは数年
 以内に政権をとることが確実かと」
 
「先日第4エリアの民間工場であった一般市民
 による暴動ですが、被害にあったのは要人警護
 および要人暗殺と誘拐に使用できるレベルの
 アンドロイドだったそうで」
「けっきょく発注元がまだ明らかになって
 いないようですね」
 
「ケイト様のお二人のお姉様のお話もよく
 存じ上げております。とくに上のお姉さまの
 伝説は今も語り草で」
 と話すのはリアン次官だ。
 
「ほほほ、姉はともかく、姪っ子たちも今は
 もう手に負えないことですわよ」
「ところでご子息は舞踊の道に進まれているとか」
 
 こういった会話に参加していると、自分がこう、
 太陽系のすべてをコントロールしているような、
 何かそういった錯覚に陥りそうになる。そして、
 それを止めないことを否定しない自分もいる。
 
 自分も何か話題を出してみよう。
「リアン次官はお若くて聡明であられるが、
 それほどの才能がおありであれば、クリルタイ国
 のような小国ではなく、もっと大きい、そう
 例えばバレンシア共和国でも立派に勤められる
 と愚考しますがいかがか」
 
 アラハントのメンバーがゴシを一瞬睨みつけたが、
 本人は気づかない。
 
 リアンが答える。
「いえいえ、私のような者などクリルタイ国には
 掃いて捨てるほどおります」
「それに、小国であれば自らの思いも為しやすい
 というところがありまして」
 
Josui
遺伝子分布論 22K
0
  • 0円
  • ダウンロード

60 / 134