遺伝子分布論 22K

「星」( 5 / 35 )

ゴシの話5

  デザートも格調高いものが出される。
 メキシコ料理のソパピアと呼ばれる揚げパンだ。
 
「何か壮大な夢をお持ちのようですが」
 続けて聞いていみる。
 
「わたくしはあくまで国民が選んだ代表を
 補佐するまでです。まあ強いて言えば
 この太陽系の平和でしょうか」
 
 そういうものであろうか。
 
「本日はご参考ということで、わが国の軍で
 一般兵士に出される夕食をお召し上がりいただき
 ました。お口に合いましたでしょうか」
 リアン次官が会食を閉める。
 
 ロビーの窓際でまた星を眺める。
 アラハントの5人が向こうで何か話している。
 今はリラックスして他愛のない話をして
 いるのが一番良い。
 
 アラハントの5人が小声で話している。
「だからさあ、いい加減誰か注意して
 止めさせようぜ」
 とエマド・ジャマル。
 
「うん、あれは完全に自分を敏腕
 プロデューサーだと勘違いしてるね」
 とフェイク・サンヒョク。
 
「今日のリアンさんに聞いてたやつ、あれは
 やばかったよね、小国とか言うふつう?
 ウイン、なんとかならないの?」
 とマルーシャ・マノフ。
 
「だいたいなんで呼んだんだよ、ヘンリクで
 良かったんじゃないの?」とまたエマド。
 
 ウインが答える。
「まあ最初トムさんに言われたのは、身の回り
 とか、雑用ができるマネージャだったんだよね。
 となるとゴシさんでしょ、まあ建前上
 プロデューサーってことにしてるけど」
 
「まあこのまま放っといてどこまでいくか
 見たい、ってのもあるんじゃない?」
 と適当なことを言っているのはアミ・リーだ。
 
「ていうかさ、昨日から言ってるあれ、
 やってみようよ、もしかしたらそれで治るかも
 しんないよ」
 
「じゃあトムさんに言って夜練でやるか」
 そのまま5人は、空母経由で人型機械母艦へ
 向かう。
 
 アラハントの5人にも、なんというか、
 もっとこうドライで緻密な大人の人間関係
 というものをいつか教えてやらなければな、
 とゴシは思う。
 
 遠くでトム・マーレイ少尉がケイト長官に何か
 相談している。声が大きいのですべて聴こえて
 くる。
 
「本日夜の訓練は客船側宙域も使用して行いたく、
 よろしいでしょうか!」
 
 ケイト長官が何か答えてトム少尉は下がっていく。
 
 久しぶりに葉巻が吸いたい気分だ。
 葉巻を吸う仕草をしながら、窓の外に
 太陽系全体をイメージする。
 

「星」( 6 / 35 )

ゴシの話6

  このシステムの平和が、
 自分の肩に乗っかっているのだ。
 
 と、遠くに光のきらめきが見える。否、
 それほど遠くでない。いや、きらめきが
 近づいているのか。
 
 複数の光線が行きかっている、これは、
 素人目に見ても、戦闘だ。周りを見渡す
 が、特に戦闘状況に突入したような
 雰囲気はない。
 
 民間船として接舷しているとはいえ、
 何かあれば船内放送を流して、ふつうに
 考えれば空母側へ避難させるはずだ。
 
 訓練の可能性が極めて高い。あの距離なら
 確実にレーダーで捉えているはずだ。
 しかし、私は軍事に関して素人だ。
 
 何らかの理由で目視で確認しており、また
 何らかの理由で私しか気づいていない、
 としたらどうだろうか。
 
 すぐにトム少尉、またはブラウン少佐に
 伝えないといけない状況に陥っている
 可能性もある。
 
 誰かいないか周りをキョロキョロと
 覗いながら、もう一度窓の外を
 確認する。
 
「おわっ!」
 
 突然白い人型機体が窓のすぐ外に現れて、
 ゴシはのけぞった。のけぞった先がさっき
 から座っていたソファだったので、床に
 倒れ込むようなことはなかった。
 
 機体が接触通話で何か言ってくる。
「ゴシさん、元気?」
 女性の、アミの声?
 
 すぐその白い機体は飛び去った。
 自分の狼狽ぶりが誰かに見られていな
 かったか、もう一度あたりを見返す。
 
 軍に頼んで乗せてもらったのか?
 だが訓練であんなに客船に接近
 するだろうか。
 
 しばらくしてからアラハントが帰ってきた。
 
「やあ君たち、お疲れさん」
「お疲れ様です」
 
「あの、もしかして人型機械に
 乗せてもらったりしてた?」
 
「いえ、僕たちそこでずっとダーツ
 やってましたけど」
 
「ん、あ、そうか、いやそれならいい、
 夜更かししないようにな」
 
 そうだよな。いくら軍と仲良くなっても
 人型に乗せてくれるまではならないよ。
 
 アラハントの5人が各個室がある
 廊下までやってくる。
 アミが笑いをこらえられないようだ。
「ゴシさん、めっちゃのけぞってた」
「来る前に窓の偏光解いてたから
 よーく見えた」
 
 ゴシさんもたいがいだけど、この5人も
 けっこうタチ悪いよね、とマルーシャ。
 
 というわけで、ゴシに仕事を与えるべく、
 ウインとマルーシャは献案する。
 

「星」( 7 / 35 )

ゴシの話7

  提案はすぐに通った。次の航行期間に入った
 のちに実施される。
 
 いよいよ、木星ラグランジュポイント第4エリア、
 都市オイラトに到着する。ケイト長官や軍関係者
 とはここで別行動となる。
 
 いったん今日は街の宿泊施設に泊まり、そして
 明日の夕方ライブだ。外縁で一緒に回ってくれる
 音楽ユニットのメンバーの一人とホテルの
 入口で会う。
 
「まいど、お疲れさまです、タナカです」
 長身の、クリルタイ国で活躍する音楽ユニット、
 サクハリンのDJ兼キーボード担当、ジェフ・
 タナカだ。
 
「旅はどうでした?けっこう遠かったんと
 ちゃいますか?」
 若干訛りを感じる話し方だ。
 
「月第3エリアから8日間ですね」ゴシが答える。
「船内けっこう暇やったんとちゃいます?」
 
 エマドが答える。
「僕ら実は空母で来たんです。航行中はクリルタイ
 国の空母とずっと合同軍事演習で戦闘機乗って
 ましたよ」
「へえ!君らバンドやりながら戦闘機乗るんかあ、
 そりゃすごいな」
 
 ゴシも同時に、え? という顔をしている。
 
「じゃあとりあえず今日は泊まってもらうだけ
 なんですけど、明日のお昼とか一緒に食べません?
 案内しますよ近所ですけど」
 ジェフさんが言う。
 
「おいしいとこ知ってますねん」
「ぜひ」
 
 サクハリンのジェフ・タナカさんが帰って、
 フロントでチェックインする。
 
 しかし、このホテルの造りもかなり豪華だ。
 政府高官の同行者とはいえ、ここまでもてなして
 くれるとは、と皆感心している。
 
「別に最近建てられたわけでもないみたいだし」
「よーし、フェイク、風呂行こうぜフロ!」
 
 温泉も付いている。
 
「もちろんゴシさんも行きますよね?」
「エマド、さっきの話だけど」
 戦闘機に乗っていたという件だ。
 
「ゴシさん、冗談に決まってるじゃないですか、
 こういう世界は最初のインパクトが大事だって、
 前に言ってたのゴシさんですよ!」
 
「お、おう、そうだな、うん、そうだよな」
 
 夕食もとても豪華だった。羊肉を焼いたものを
 中心に、なんかあまり見たことのない料理が
 次々と出てくる。
 
「君たちな、本来ツアーというものは、もっと
 たいへんなもので、料理の修行と同じで」
 ゴシのお説教もあまり気にならないぐらいに
 皆満足していたのであった。
 

「星」( 8 / 35 )

ゴシの話8

  お昼にジェフ・タナカがホテルまで来て、
 ホテル近くのレストラン、フェンユエまで
 歩いていく。
 
 小麦粉に水を混ぜて捏ねたものに自分の好きな
 ものを入れ、焼いて食べるタイプの料理だ。
 テーブルについている鉄板で自分で焼いても
 よいし、店員に頼んでもよい。
 
 今回はジェフ・タナカ自らが全員分焼いてくれた。
 
「これ、旨いっすね」
「ゴシさん、これ、帰ってやりましょうよ」
 
 ゴシも食べてみたがたしかに旨い。
「ジェフさん、これ、何入れてるんですか?」
 
「あ、これ?僕いつもヌードル入れるんですよ。
 あと、スパイスでちょっと辛くしても旨いですよ」
 次来た時はもっと長期滞在してもっといろんな
 ものを食べていってもらえたら、とジェフは
 奨める。
 
 食べ終えると、いったんホテルへ戻り、
 ジェフの運転するホバーに機材等を積んで
 ライブ会場へ向かう。
 
 今回はクラブ・ブハラというところだ。
 
「いやー何からなにまですみません」
「ぜんぜん大丈夫ですよ。やっぱり遠方から来たら
 いろいろ大変でしょうから」
 すでにメジャーで活躍しているアーティストで
 ある。なかなかここまでは普通やってくれない。
 
 会場はホバーで行って20分もかからない。
 開演までは4時間ほど。準備を始める。
 
 今回は、普段ビジュアルジョッキーを務める
 ヘンリク・ビヨルクが参加していないが、
 事前にクリルタイ国側に映像ネタを送付して、
 入念に打ち合わせしてある。
 
 クラブ・ブハラは規模でいうと中型のクラブ兼
 ライブハウスだ。入場人員は1万人。
 それでもぎゅうぎゅう詰めにはならないように
 計算されている。
 
 これ以上となると、5万人や10万人、100
 万人といった規模になるわけだが、音響や
 アーティストとの一体感などを重視すると
 やはり1万人という規模が限度になる。特に
 ダンスミュージック寄りのアーティストは。
 
 そして、このクラブ・ブハラは、第3エリアの
 構造都市マヌカの同等規模の一番良いクラブと
 比較しても、遜色ない設備だった。
 
 いや、もうそこに入るまでの街並みがすでに
 なかなかの都会なのだ。
「ジェフさん、ここ、なんか凄いですね」
 エマドが思わず口にしてしまう。
 
「そうでしょ?でも実際に演奏してみると
 もっと気に入ると思うよ」
 とジェフが返す。
 
Josui
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