遺伝子分布論 22K

「星」( 9 / 35 )

ゴシの話9

  木星第4エリアの都市オイラトは、シリンダ
 タイプの構造都市だ。宇宙世紀開始のころ
 から存在するタイプであるが、オイラトの
 築年数自体はそれほど古くない。
 
 クリルタイ国ではシリンダタイプが多く使用
 されているそうだが、第3エリアにも存在
 するような、バームクーヘン型都市も少しづつ
 増えているらしい。
 
 クラブ・ブハラはオイラトのダウンタウンの
 中心部に近いあたりにあり、建物の最上階も
 含むフロアにある。実際は上から3階分を
 占有している。
 
 最上階にあたる部分の天井は偏光可能と
 なっており、夜間は透過して外の景色が
 見える。それほど広くないがバルコニーも
 設置されて外の空気を吸うこともできる。
 
 天気が良ければ対面の都市の夜景や日光を
 取り入れるガラスエリアから星空も見える。
 
 今日のライブは19時開演でクリルタイ国の
 音楽ユニット・サクハリンの演奏でスタート
 する。1時間ほどでアラハントの演奏が
 開始し、1時間ののちにまたサクハリンに戻る。
 
 開始2時間前でサクハリンのリョーコ・ミルズ
 が到着した。早速メンバーを紹介してもらう。
 
「うち、第3エリアの人と共演するの初めて
 やねん!」
 若干訛りが気になるが、気さくな感じのひとだ。
 ジェフのほうはDJとして火星以内でもプレイ
 することがあるらしい。
 
「でもアラハントの配信見てるよ」
「え? マジですか」
 
「僕らと方向性似てるからねえ、そういうのは
 メジャーかどうかに関わらずチェックしちゃう
 かもなあ」
 答えるのはジェフ・タナカだ。
 
「じゃあ僕ら出演先なんで調整させてもらいます」
 
 3階分あるフロアの構造としては、一番下の
 フロア中心部に少し高くなったステージ、
 2階と3階は吹き抜けの見下ろし型でステージ
 が見えるようになっているが、
 
 メインの空間以外にも、別の曲も演奏可能な
 セカンドブース、そして多くの休憩スペースを
 備えていた。ダーツやビリヤード台もあって
 長時間でも飽きさせないつくりだ。
 
 ステージと接続された複数の控室もあって、
 そこでアラハントは調整を続けていた。
 
 そしてサクハリンの開演間近という時間になって、
「あー! やっばーい、あれ、忘れたー!」
 アミの声だ。
 
「ゴシさん、あたし、空港まで取りに行く」
 空母に忘れ物をしたというのだ。
 

「星」( 10 / 35 )

ゴシの話10

 「とにかく店からタクシーを呼ぼう」
 ゴシがすぐさま対応する。
 
 今回はクリルタイ国でのライブだが、アラハント
 名物のメンバーが少し遅れてくるというネタは
 行う予定だ。
 
 だが、他国ということもあり、ふだんより
 早めにメンバーが揃う予定だった。
 
「空港まで30分でうまくいけば間に合うな」
「タクシー、すぐ来ます!」
 店のスタッフが教えてくれる。
 
「よし、残ったメンバーは動揺せずにいつも
 どおりな!」
 激しく動揺しながらもゴシが叫ぶ。
 
「大丈夫だって、おれたちアミなしでも
 いけるぜ」エマドが強気だ。
 とにかくアミを出発させて、控室に戻る。
 
 モニターでは、サクハリンのライブが
 スタートしていた。
「どう?サクハリンかっこいいだろ?」
 フェイクが言う。前から詳しいのだ。
 
 サクハリンの特徴は、まずジェフ・タナカが
 民族調やディスコ調のダンスミュージックを
 DJセットやキーボード、ミュージック
 シーケンサーなどを使ってつなげていく。
 
 そこにリョーコ・ミルズがボーカルを乗せて
 いくわけだが、決まった曲、というのも
 もちろんある、周知された曲というのか、
 でも、半分以上が即興で歌詞を乗せるのだ。
 
 即興なのはリョーコのボーカルだけでない。
 ジェフのキーボードから出てくるメロディ、
 リズムマシンによる変則ビート、つまり、
 その場で作曲しているようなプレイなのだ。
 
 実際、ジェフが演奏中に使用する端末に
 入っているインターフェースは、作曲にも
 使用できるものだ。
 
 で、その横にある立体印刷機により、
 すぐさまレコード化してターンテーブルと
 ミキサーでミックスできる。
 
 観客は、あとでそれをレコードでも、
 音源ごとに分けられた曲のデータとしても
 入手できる。ジェフは、そういった作業を
 ライブ中に淡々とやってのける。
 
「すげえよな」
 エマドが感心する。自分でもけっこうな
 ステージ度胸があると思っていたが。
 
「僕ら、逆にふだん作曲作業することほとんど
 無いんですわ」ジェフがライブ前に言っていた。
「イメージだけ頭ん中に作りはするんですけど」
 さすがのアラハント5人もそれには驚いていた。
 
「あ、もちろん最初のころはやってましたよ作曲」
 
「ライブの中で生まれる、インスピレーション、
 それを大事にしたいみたいなんがありますねん」
 

「星」( 11 / 35 )

ゴシの話11

  アミからテキストが入る。空港で忘れ物を
 確保して時間どおり戻れるそうだ。
 
 サクハリンの最初の1時間ももうすぐ終わる。
 フェイクとエマドがスタンバイしている。
 
 アラハントは、この規模でのライブ経験はある。
 しかし、第3エリアの都市マヌカ以外での
 ライブ経験がない。ツアー自体初めてだ。
 
 さすがに二人とも緊張しているのが伝わってくる。
 
「エマド、フェイク、いつもどおりぎこちなく
 いくのよ」
 ウインが声をかける。
 
「まかしとけって」
 エマドが親指を立てる。フェイクは苦笑いを返す。
 
 サクハリンのMCが始まったようだ。
「じゃあ今日は、第3エリアから若手を呼んで
 います」
「みなさん暖かく迎えてあげてくださいね」
「アラハント!」
 リョーコのコールが響きわたる。
 
「よしいくぞ!」
 エマドを先頭にフェイクと二人でステージへ
 上がる。
 
「エマド・ジャマル!」リョーコのコールに歓声が
 あがる。まだサクハリンのステージの延長だ。
 
「フェイク・サンヒョク!」歓声があがる。
 が、ステージの何もないところでフェイクが
 つまずきそうになる。ちょっとヒヤッとしたが、
 フェイクはその勢いのまま、ステージで前転する。
 また少し歓声があがる。
 
「アラハントの二人です!」
「じゃあわれわれ二人はこのへんで、あとで
 来まーす!」
 あっさりとサクハリンの二人はステージを去る。
 
 残されたアラハントの二人。
「あ、どうも、アラハントのエマド・ジャマルです」
 若干声がかすれている。
 
「あ、あの、メンバーあと3人いるんですけど、
 実は遅れていまして」
 その時だ、
「エマド帰れー」という声が響いた。
 
 次々とエマド帰れの声が響いてくる。いや、
 もうこれは帰れコールだ。ひるむアラハントの
 二人。しかし、観客が不満げにしているわけ
 でもなさそうだぞ。
 
 もしかして、わかってる客かも?
 
 フェイクのドラムの演奏がはじまる。そして
 歓声があがる。エマドがラップで客を煽る。
 相変わらず罵声が飛ぶが、これは都市マヌカで
 もらういつものやつと同じだ。ここの客は
 もしかしてアラハントを知っている?
 
 控室ではゴシが焦っていた。このあとウインが
 出て、それからアミが出る順だ。もう控室に
 ついていてほしい時間だ。
 
「曲順変えようか」
 ウインに提案するが彼女は首を横に振る。
 

「星」( 12 / 35 )

ゴシの話12

  ステージ横のモニターでは、遅れているはず
 のメンバーの一人、ウイン・チカの寝起きの
 場面が始まっている。
 
 ホテルで起きて、衣装に着替えて、楽器をもって、
 会場へ歩いていく映像が流れる。建物に
 入る場面が終わったところで、実物のウイン・
 チカが、3Dウニーとともにステージに登場して、
 歓声があがる。
 
 キーボードの演奏が加わり、エマドが管楽器に
 変える。
 
 アミからテキストが再び入る。
「直接会場に行きます」
 
「直接?どういうこと?」
 ゴシが困惑している合間に、ステージ横モニター
 にはアミが映し出される。
 
 ウインと同じように、朝起きて、準備して、
 歩いて移動して、どうやら格納庫のように見える。
 そして、白い人型機械に搭乗を始める。
 
 コクピット扉が閉まり、少し歓声があがる。途中
 からリアルタイムの映像だと気づいている者は
 少ない。
 
 空港では、
 人型機械母艦からアミのハヌマーン改の射出準備
 が進んでいる。トム・マーレイ少佐とリアン次官
 がデッキから指示を出す。
 
「アミ、出たら最大戦速で目的地まで、
 方向確認よろしく!」
 
「はい!トム艦長!」
 
「試算では20秒で着きますから!防衛システムは
 調整済みですが発砲はしないでください!」
 
「もちろんよ!リアンさん!」
 
「アミ・リー、ハヌマーン改、出ます、秒読み
 3、2、1、射出」
 
 ステージ横モニターでは、空港の撮影ドローンが
 ハヌマーン改の速さについていけず、映像が
 切り替わる。クラブ・ブハラ上空だ。
 
 そこに、素晴らしい速さでハヌマーン改搭乗機が
 到着し、空中で静止する。コクピットハッチが
 開き、楽器を持ったアミが跳ぶ。
 
 客が出来事に気づき出し、上空とモニターを
 交互に指さす。
 
 アミの背中から、6つの光る羽が生える。
 フィルムに通電して硬化させるタイプの
 降下翼だ。羽が青く光るとともに、
 ステージでは曲が始まる。
 
 アミの曲、舞い降りた堕天使、だ。
 
 バルコニーに無事着地し、フィルムの羽が縮れて
 落ちる。そこから会場に入り、もう一度
 ステージへ跳ぶ。6枚の羽が再び光る。
 
「いくよー!」アミが叫ぶ。
 
 会場が一気に暗いトーンとなり、アラハントの
 メンバーの頭上に3Dの魔物が出現する。
 いや、客一人ひとりの頭上にも魑魅魍魎が
 あらわれる。ウニーが妖怪に囲まれる。
 
 歓声と悲鳴。
 
Josui
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