遺伝子分布論 22K

「転」( 1 / 11 )

ディエゴの話

  アラハントのメンバーが太陽系外縁ツアーから
 帰ってきて数か月が経ったころである。
 剛腕プロデューサー、ゴシ・ゴッシーに、
 新たな話が入ってきた。
 
 国務長官、ケイト・レイから直々にだ。
 
 マッハパンチ、ボッビボッビ、そしてアラハント
 の3バンドでバレンシア共和国でのライブに
 参加してもらいたい、という。
 
 それも、バレンシア共和国で今最も売れている
 かもしれないバンド、ネハンのゲストとしてだ。
 ネハンのプロデューサーにはすでに話が
 通っているという。
 
 ただし、と言う。
 今回は、ゴシ本人とヘンリクは参加できない。
 というのも、わけ合って危険をともなう
 ツアーになるかもしれないからだ。
 
 バレンシア共和国では、極右勢力が台頭し
 はじめてきている。ネハンはデビュー当初から
 業界でも一匹狼な態度で、政権にも批判的だった。
 そういったイベントで、極右勢力の標的となる
 おそれがある。
 
「優秀なプロデューサーが失われれば、そのあとに
 ダイヤモンドの原石となるバンドが出てこなく
 なる」
 
 ちなみに、ボッビボッビには直接掛け合って、
 だいぶ前からハントジムで護身術を習って
 もらっているらしい。残りの2バンドは皆武術の
 心得があるので問題ないとか。
 
 今回のツアーには、私も民間人として参加し、
 ライブ開催の裏で、バレンシア共和国の政府高官
 と、非公式会合を行う、とケイト・レイは最後に
 付け加えた。
 
 すぐに承知して、3バンドのメンバーに連絡する。
 早速その日の夜、対策会議を行う。私が一声
 掛ければ、すぐみんな集まる、ゴシは気合を
 入れた。
 
 そして夜、たまたまゲルググで3バンドのライブ
 があったので、打ち上げでその話になる。
 まず、ネハンの話になった。
 
 太陽系外縁では、思ったより音楽が盛んだった。
 内縁は、おそらく活動の規模では我々がいる第3
 エリアが最も活発だ。いいメジャーバンドも
 たくさんいる。
 
 しかし、総合的な実力という意味では、第2
 エリア、バレンシア共和国のネハンが一番だ
 ろう、ということで3バンドのメンバー皆
 一致した。
 
 音楽シーンという意味では、第2エリアは見る
 人によってあまり面白くない。ありきたりなのだ。
 それほどでもないアーティストが、メディアの
 売り込みによって、売上を上げてしまう。
 

「転」( 2 / 11 )

ディエゴの話2

  そんな音楽シーンにあって、それでもやはり
 ネハンが実力的には飛びぬけていた。
 
「だがな」
 マッハパンチのキングは言う、
「おれが思うに、いや、他にもそう思う人が
 必ずいるはずだ、ネハンはもっとやれる」
 
 商用的に成功してしまって、挑戦する気持ち、
 開拓する気持ちを忘れてしまっているのでは
 ないか、とそう言うのだ。
 
「おれは、彼らに会って、ひとこと言ってやりたい
 んだ」
 さすがにライブの中で呼んでもらった相手を批判
 しはじめても困るので、ライブ終わりにそういう
 話を直接する時間を作ってもらうことにした。
 
「しかしなあ、おまえら本当に大丈夫か?
 ケイト国務長官も危険を伴うって言ってたぞ」
 みんなの中心で、ゴシが国務長官の部分を強調
 する。
 
「その点は一応大丈夫と言っておこうかしら」
 さっきから打ち上げに参加していた女性、
 ケイト・レイに似た雰囲気をもつ。
 
「あ、知らないひともいるかしら、サキ・キムラ
 です」
 ケイト・レイの姪だ。たまにライブにも顔を
 出していたが、こんなに逞しかったっけ?
 
 3バンドのメンバーは、ここ最近ハントジムで
 いっしょにトレーニングやスパーリングを
 こなすのでよく知っている。
 
「コウエンジ連邦の諜報部によると、当日ライブ
 終わりの時間帯で偽装アンドロイドによる襲撃が
 予想されているわ」
 
「でも、数と質で前回よりだいぶ劣ることが
 分かっています」
 サキがコウエンジ連邦のことを我が国と言わない
 のは、複数の国籍をもっているからだ。もともと
 持っていた個人国家の国籍もまだアクティブだ。
 
 何体? という問いに、たったの100体、と
 答える。前回というのが何のことかわからな
 かったが、次元の違う話に、ゴシはドリンクを
 とりにいくふりをして、戻ってきて末席に座る。
 
「じゃあ、一か月後、みんな、しっかり準備しよう
 ぜ!」
 マッハパンチのキングが気合を入れる。
 
 すっかり主役が交替して、旧主役のヘンリクと
 盃をかわすゴシ・ゴッシー。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水に
 あらず、か」
 ヘンリクがその言葉にゆっくりうなずく。
 
 そうは言ってもな、とヘンリクに語り出す。
 あの、ケイト・レイのスパーリングを見たあと
 で、ハントジムで僕も護身術習わせて下さいと
 は、とても言えないよ君。
 

「転」( 3 / 11 )

ディエゴの話3

  月のラグランジュポイント第2エリアは、
 地球を挟んで月と対称な位置にある重力安定点。
 
 そこは、バレンシア共和国の領空で人口は1兆人。
 太陽系内で最大の人口を抱える国である。
 居住空間は、すべて同型の密閉シリンダ型
 構造都市、直径33キロ、長さ60キロ。
 
 そのシリンダが、だいたい縦、横、高さ方向に
 40基弱ならび、総数は40000基弱。 
 それらの構造都市は、番号で呼ばれており、
 今回彼らが向かうのは、2001番。
 
 シリンダ都市は、月の体積とほぼ同じ程度の
 空域に広がり、遠くからみると非常に密集して
 いるが、重力安定点からかなり外れているもの
 もある。
 
 都市が、多すぎるのである。定期的に、推力で
 位置調整が必要であり、バレンシア共和国が
 慢性的な経済不況から抜け出せない要因の
 ひとつになっていた。
 
 3バンドの一行は、大型の民間船で移動する。
 船内から窓を通して第2エリアを見ると、
 4万基ちかくのシリンダが密集し、壮観で
 あるが、少し息苦しさも感じなくもない。
 
 バレンシア共和国の国民がかかえる閉塞感も、
 そういったところが影響しているのだろうか。
 
 航行自体は約2時間程度、第3エリアでの
 空港までの移動や搭乗手続きに約2時間、
 第2エリアに到着して入国手続きその他で
 約3時間、朝家を出て夕方には目的地
 ホテルに到着する。
 
 大型の民間船を使わず、高速艇を使えば、
 例えば木星へいくのと同じ速度で
 エリア間を移動すると、航行時間は
 10分前後だ。
 
 バレンシア共和国は、ある意味で快適である。
 だいたいこうだろう、というのを裏切らない。
 たまに来る分にはまったく問題ないのだ。
 
 ありがちなホテルにチェックインし、
 ありがちなレストランで夕食を食べる。そして、
 翌日の、ライブとその後も含めた動きを
 打ち合わせで確認する。
 
 ネハンのメンバーについても今のうちに確認して
 おこう。長髪のボーカル、マット・コバーン、
 ミディアムヘアのギター、サージ・オダジアン、
 スキンヘッドのベース、エディ・ローランズ、
 そして短髪のドラムス、カール・スミスの4人。
 
 熱狂的なファン、とうわけではないが、マッハ
 パンチなどは、この時代の多くの若いバンドが
 そうであるように、このネハンを手本としている。
 

「転」( 4 / 11 )

ディエゴの話4

  サキからすると、まったく不安がない訳では
 ない。今回は守るべき対象が少し多い。
 
 まずはボッビボッビだ。打ち合わせでは、入念に
 立ち回りを打ち合わせる。もちろんトレーニング
 でもやってきたことだが、とにかく危険から
 うまく距離をとり、けして無理をしない。
 
 護身術といっても、実際に組み付いたり投げたり
 打ったり、というのは最後の手段だ。基本は周り
 の状況を見て、距離をとって、周りの状況を見て、
 の繰り返し。相手の二の手、三の手まで警戒する。
 
 ボッビボッビの3人はそれがよくできた。
 緊急事態でも落ち着いて行動できそうだ。
 
 マッハパンチも期待できそうだ。見た目以上に
 彼らの中身はクレバーだ。一見熱いように
 見えるのだが。今回は、そこをうまく使う。
 
 アラハントのアミ以外の4人は、素人と比較すれ
 ばかなりマシなのだが、戦力として期待するのは
 ちょっと厳しい。例えば軍用特殊型とはとても
 太刀打ちできない。それはマッハパンチも同じ
 だが。
 
 こちらから攻勢をかけるとすると、やはりアミが
 起点となる。今回はそこに一工夫入れる。
 
 今回、諜報部から入っている情報では、おそらく
 相手側はライブ中には仕掛けてこない。最も
 期待できる襲撃ポイントはライブ会場を出るとき。
 そこで、3バンドが使用する門をあらかじめ
 わかるように情報を入れておく。
 
 襲撃してくる側は、非合法の活動なので、警察
 当局等は一応こちらの味方だ。そこの目測が
 ずれると、お手上げになる可能性が高い。
 
 リスキーであるが、重要な一手がここにかかって
 いる。太陽系外縁、クリルタイ国のリアン・
 フューミナリの一計があった。
 
 そして、出演するメンバーからすると、もう
 ひとつ気になる点がある。観客数である。今回は、
 巨大な会場、といってもバレンシア共和国では
 もっと大人数を集めるライブがあるらしいが、
 20万人が入るというのだ。
 
 もちろん演ったことがないし、3バンドの方向性
 からこれ以降も特別な理由がない限りやることが
 ないだろう。
 
 そしていよいよライブが始まる。今回は、
 アラハントから始まり、ボッビボッビ、マッハ
 パンチ、そして最後にネハンが登場する。
 
 アラハントは比較的早い時間の17時から
 スタートだ。
 
Josui
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