遺伝子分布論 22K

「星」( 35 / 35 )

ゴシの話35

  今回使用している客船は、航行期間という意味
 ではかなり小さいと言える。空母が同行していた
 ということもあるが、通常は10日間程度と
 なると、もう少し大きな船を用いる。
 
 今回はアラハントの5人とテルオに、あえて
 小さめの船で旅をしてもらった。その理由は、
 物語のもう少しあとで明確になっていく
 かもしれない。
 
 そして彼らは木星第5エリアへと到着する。
 
 この第5エリアは、第1と異なり、基本的に
 シリンダタイプの都市しかない。そして、同じ
 シリンダタイプであってもデザインが少し古く
 第4エリアよりも、すこしカントリーな雰囲気だ。
 
 彼らが向かうシリンダ都市は、カルルク。
 そしてライブ会場はクラブ・ニーシャープール。
 ここでもサクハリン、アラハント、テルオの
 ライブはうまくいった。
 
 少し驚いたのは、ちらほらとレイバーらしき
 人たちもいたこと。負けてはならじと、
 ゴシ・ゴッシーのダンスが炸裂する。
 シリンダ都市なので重力も問題無かった。
 
 そしてその翌日、交流戦だ。
 
 これは、両国の友好を兼ねて、アラハントの5人
 とクリルタイ国で選ばれたメンバーとでスペース
 カーマリアリティの対戦をするというもの。
 
 3回対戦して先に2勝したほうが勝ちとなる。
 
 ホテル近くのエンターテイメントセンターでこの
 交流戦が行われたが、その対戦相手とまず挨拶。
 
「ああー!」
「このひとたち、知っとうとよ」
 
 なんと、第1エリアのエンターテイメント
 センターで対戦してそのあと昼食を一緒に
 食べた男女5人のグループだった。
 
 まさかの再会に驚きつつも、3戦して辛勝と
 はいえ全勝しているアラハント側が少し余裕
 モードに入る。しかし結果は相手側の2勝1敗
 でアラハントの敗北。しかもチーム構成は
 相手側不利の火力構成だった。
 
 あとで知った話では、彼らはプロを目指して
 練習中で、2部昇格戦を行っている最中だという。
 その名も、ヘブンズゴッドゲーミング。オースの
 時は、サブアカウントで苦手な構成を練習して
 いたとか。
 
 そして、ケイト・レイ、アラハントの5人、
 ゴシ・ゴッシー、そしてテルオは、帰路につく。
 皆、ツアーのわりには充分楽しんだが、この長い
 航行期間をかけて再び太陽系外縁を訪れることは
 あるのだろうか。
 

「転」( 1 / 11 )

ディエゴの話

  アラハントのメンバーが太陽系外縁ツアーから
 帰ってきて数か月が経ったころである。
 剛腕プロデューサー、ゴシ・ゴッシーに、
 新たな話が入ってきた。
 
 国務長官、ケイト・レイから直々にだ。
 
 マッハパンチ、ボッビボッビ、そしてアラハント
 の3バンドでバレンシア共和国でのライブに
 参加してもらいたい、という。
 
 それも、バレンシア共和国で今最も売れている
 かもしれないバンド、ネハンのゲストとしてだ。
 ネハンのプロデューサーにはすでに話が
 通っているという。
 
 ただし、と言う。
 今回は、ゴシ本人とヘンリクは参加できない。
 というのも、わけ合って危険をともなう
 ツアーになるかもしれないからだ。
 
 バレンシア共和国では、極右勢力が台頭し
 はじめてきている。ネハンはデビュー当初から
 業界でも一匹狼な態度で、政権にも批判的だった。
 そういったイベントで、極右勢力の標的となる
 おそれがある。
 
「優秀なプロデューサーが失われれば、そのあとに
 ダイヤモンドの原石となるバンドが出てこなく
 なる」
 
 ちなみに、ボッビボッビには直接掛け合って、
 だいぶ前からハントジムで護身術を習って
 もらっているらしい。残りの2バンドは皆武術の
 心得があるので問題ないとか。
 
 今回のツアーには、私も民間人として参加し、
 ライブ開催の裏で、バレンシア共和国の政府高官
 と、非公式会合を行う、とケイト・レイは最後に
 付け加えた。
 
 すぐに承知して、3バンドのメンバーに連絡する。
 早速その日の夜、対策会議を行う。私が一声
 掛ければ、すぐみんな集まる、ゴシは気合を
 入れた。
 
 そして夜、たまたまゲルググで3バンドのライブ
 があったので、打ち上げでその話になる。
 まず、ネハンの話になった。
 
 太陽系外縁では、思ったより音楽が盛んだった。
 内縁は、おそらく活動の規模では我々がいる第3
 エリアが最も活発だ。いいメジャーバンドも
 たくさんいる。
 
 しかし、総合的な実力という意味では、第2
 エリア、バレンシア共和国のネハンが一番だ
 ろう、ということで3バンドのメンバー皆
 一致した。
 
 音楽シーンという意味では、第2エリアは見る
 人によってあまり面白くない。ありきたりなのだ。
 それほどでもないアーティストが、メディアの
 売り込みによって、売上を上げてしまう。
 

「転」( 2 / 11 )

ディエゴの話2

  そんな音楽シーンにあって、それでもやはり
 ネハンが実力的には飛びぬけていた。
 
「だがな」
 マッハパンチのキングは言う、
「おれが思うに、いや、他にもそう思う人が
 必ずいるはずだ、ネハンはもっとやれる」
 
 商用的に成功してしまって、挑戦する気持ち、
 開拓する気持ちを忘れてしまっているのでは
 ないか、とそう言うのだ。
 
「おれは、彼らに会って、ひとこと言ってやりたい
 んだ」
 さすがにライブの中で呼んでもらった相手を批判
 しはじめても困るので、ライブ終わりにそういう
 話を直接する時間を作ってもらうことにした。
 
「しかしなあ、おまえら本当に大丈夫か?
 ケイト国務長官も危険を伴うって言ってたぞ」
 みんなの中心で、ゴシが国務長官の部分を強調
 する。
 
「その点は一応大丈夫と言っておこうかしら」
 さっきから打ち上げに参加していた女性、
 ケイト・レイに似た雰囲気をもつ。
 
「あ、知らないひともいるかしら、サキ・キムラ
 です」
 ケイト・レイの姪だ。たまにライブにも顔を
 出していたが、こんなに逞しかったっけ?
 
 3バンドのメンバーは、ここ最近ハントジムで
 いっしょにトレーニングやスパーリングを
 こなすのでよく知っている。
 
「コウエンジ連邦の諜報部によると、当日ライブ
 終わりの時間帯で偽装アンドロイドによる襲撃が
 予想されているわ」
 
「でも、数と質で前回よりだいぶ劣ることが
 分かっています」
 サキがコウエンジ連邦のことを我が国と言わない
 のは、複数の国籍をもっているからだ。もともと
 持っていた個人国家の国籍もまだアクティブだ。
 
 何体? という問いに、たったの100体、と
 答える。前回というのが何のことかわからな
 かったが、次元の違う話に、ゴシはドリンクを
 とりにいくふりをして、戻ってきて末席に座る。
 
「じゃあ、一か月後、みんな、しっかり準備しよう
 ぜ!」
 マッハパンチのキングが気合を入れる。
 
 すっかり主役が交替して、旧主役のヘンリクと
 盃をかわすゴシ・ゴッシー。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水に
 あらず、か」
 ヘンリクがその言葉にゆっくりうなずく。
 
 そうは言ってもな、とヘンリクに語り出す。
 あの、ケイト・レイのスパーリングを見たあと
 で、ハントジムで僕も護身術習わせて下さいと
 は、とても言えないよ君。
 

「転」( 3 / 11 )

ディエゴの話3

  月のラグランジュポイント第2エリアは、
 地球を挟んで月と対称な位置にある重力安定点。
 
 そこは、バレンシア共和国の領空で人口は1兆人。
 太陽系内で最大の人口を抱える国である。
 居住空間は、すべて同型の密閉シリンダ型
 構造都市、直径33キロ、長さ60キロ。
 
 そのシリンダが、だいたい縦、横、高さ方向に
 40基弱ならび、総数は40000基弱。 
 それらの構造都市は、番号で呼ばれており、
 今回彼らが向かうのは、2001番。
 
 シリンダ都市は、月の体積とほぼ同じ程度の
 空域に広がり、遠くからみると非常に密集して
 いるが、重力安定点からかなり外れているもの
 もある。
 
 都市が、多すぎるのである。定期的に、推力で
 位置調整が必要であり、バレンシア共和国が
 慢性的な経済不況から抜け出せない要因の
 ひとつになっていた。
 
 3バンドの一行は、大型の民間船で移動する。
 船内から窓を通して第2エリアを見ると、
 4万基ちかくのシリンダが密集し、壮観で
 あるが、少し息苦しさも感じなくもない。
 
 バレンシア共和国の国民がかかえる閉塞感も、
 そういったところが影響しているのだろうか。
 
 航行自体は約2時間程度、第3エリアでの
 空港までの移動や搭乗手続きに約2時間、
 第2エリアに到着して入国手続きその他で
 約3時間、朝家を出て夕方には目的地
 ホテルに到着する。
 
 大型の民間船を使わず、高速艇を使えば、
 例えば木星へいくのと同じ速度で
 エリア間を移動すると、航行時間は
 10分前後だ。
 
 バレンシア共和国は、ある意味で快適である。
 だいたいこうだろう、というのを裏切らない。
 たまに来る分にはまったく問題ないのだ。
 
 ありがちなホテルにチェックインし、
 ありがちなレストランで夕食を食べる。そして、
 翌日の、ライブとその後も含めた動きを
 打ち合わせで確認する。
 
 ネハンのメンバーについても今のうちに確認して
 おこう。長髪のボーカル、マット・コバーン、
 ミディアムヘアのギター、サージ・オダジアン、
 スキンヘッドのベース、エディ・ローランズ、
 そして短髪のドラムス、カール・スミスの4人。
 
 熱狂的なファン、とうわけではないが、マッハ
 パンチなどは、この時代の多くの若いバンドが
 そうであるように、このネハンを手本としている。
 
Josui
遺伝子分布論 22K
0
  • 0円
  • ダウンロード

94 / 134