遺伝子分布論 22K

「星」( 8 / 35 )

ゴシの話8

  お昼にジェフ・タナカがホテルまで来て、
 ホテル近くのレストラン、フェンユエまで
 歩いていく。
 
 小麦粉に水を混ぜて捏ねたものに自分の好きな
 ものを入れ、焼いて食べるタイプの料理だ。
 テーブルについている鉄板で自分で焼いても
 よいし、店員に頼んでもよい。
 
 今回はジェフ・タナカ自らが全員分焼いてくれた。
 
「これ、旨いっすね」
「ゴシさん、これ、帰ってやりましょうよ」
 
 ゴシも食べてみたがたしかに旨い。
「ジェフさん、これ、何入れてるんですか?」
 
「あ、これ?僕いつもヌードル入れるんですよ。
 あと、スパイスでちょっと辛くしても旨いですよ」
 次来た時はもっと長期滞在してもっといろんな
 ものを食べていってもらえたら、とジェフは
 奨める。
 
 食べ終えると、いったんホテルへ戻り、
 ジェフの運転するホバーに機材等を積んで
 ライブ会場へ向かう。
 
 今回はクラブ・ブハラというところだ。
 
「いやー何からなにまですみません」
「ぜんぜん大丈夫ですよ。やっぱり遠方から来たら
 いろいろ大変でしょうから」
 すでにメジャーで活躍しているアーティストで
 ある。なかなかここまでは普通やってくれない。
 
 会場はホバーで行って20分もかからない。
 開演までは4時間ほど。準備を始める。
 
 今回は、普段ビジュアルジョッキーを務める
 ヘンリク・ビヨルクが参加していないが、
 事前にクリルタイ国側に映像ネタを送付して、
 入念に打ち合わせしてある。
 
 クラブ・ブハラは規模でいうと中型のクラブ兼
 ライブハウスだ。入場人員は1万人。
 それでもぎゅうぎゅう詰めにはならないように
 計算されている。
 
 これ以上となると、5万人や10万人、100
 万人といった規模になるわけだが、音響や
 アーティストとの一体感などを重視すると
 やはり1万人という規模が限度になる。特に
 ダンスミュージック寄りのアーティストは。
 
 そして、このクラブ・ブハラは、第3エリアの
 構造都市マヌカの同等規模の一番良いクラブと
 比較しても、遜色ない設備だった。
 
 いや、もうそこに入るまでの街並みがすでに
 なかなかの都会なのだ。
「ジェフさん、ここ、なんか凄いですね」
 エマドが思わず口にしてしまう。
 
「そうでしょ?でも実際に演奏してみると
 もっと気に入ると思うよ」
 とジェフが返す。
 

「星」( 9 / 35 )

ゴシの話9

  木星第4エリアの都市オイラトは、シリンダ
 タイプの構造都市だ。宇宙世紀開始のころ
 から存在するタイプであるが、オイラトの
 築年数自体はそれほど古くない。
 
 クリルタイ国ではシリンダタイプが多く使用
 されているそうだが、第3エリアにも存在
 するような、バームクーヘン型都市も少しづつ
 増えているらしい。
 
 クラブ・ブハラはオイラトのダウンタウンの
 中心部に近いあたりにあり、建物の最上階も
 含むフロアにある。実際は上から3階分を
 占有している。
 
 最上階にあたる部分の天井は偏光可能と
 なっており、夜間は透過して外の景色が
 見える。それほど広くないがバルコニーも
 設置されて外の空気を吸うこともできる。
 
 天気が良ければ対面の都市の夜景や日光を
 取り入れるガラスエリアから星空も見える。
 
 今日のライブは19時開演でクリルタイ国の
 音楽ユニット・サクハリンの演奏でスタート
 する。1時間ほどでアラハントの演奏が
 開始し、1時間ののちにまたサクハリンに戻る。
 
 開始2時間前でサクハリンのリョーコ・ミルズ
 が到着した。早速メンバーを紹介してもらう。
 
「うち、第3エリアの人と共演するの初めて
 やねん!」
 若干訛りが気になるが、気さくな感じのひとだ。
 ジェフのほうはDJとして火星以内でもプレイ
 することがあるらしい。
 
「でもアラハントの配信見てるよ」
「え? マジですか」
 
「僕らと方向性似てるからねえ、そういうのは
 メジャーかどうかに関わらずチェックしちゃう
 かもなあ」
 答えるのはジェフ・タナカだ。
 
「じゃあ僕ら出演先なんで調整させてもらいます」
 
 3階分あるフロアの構造としては、一番下の
 フロア中心部に少し高くなったステージ、
 2階と3階は吹き抜けの見下ろし型でステージ
 が見えるようになっているが、
 
 メインの空間以外にも、別の曲も演奏可能な
 セカンドブース、そして多くの休憩スペースを
 備えていた。ダーツやビリヤード台もあって
 長時間でも飽きさせないつくりだ。
 
 ステージと接続された複数の控室もあって、
 そこでアラハントは調整を続けていた。
 
 そしてサクハリンの開演間近という時間になって、
「あー! やっばーい、あれ、忘れたー!」
 アミの声だ。
 
「ゴシさん、あたし、空港まで取りに行く」
 空母に忘れ物をしたというのだ。
 

「星」( 10 / 35 )

ゴシの話10

 「とにかく店からタクシーを呼ぼう」
 ゴシがすぐさま対応する。
 
 今回はクリルタイ国でのライブだが、アラハント
 名物のメンバーが少し遅れてくるというネタは
 行う予定だ。
 
 だが、他国ということもあり、ふだんより
 早めにメンバーが揃う予定だった。
 
「空港まで30分でうまくいけば間に合うな」
「タクシー、すぐ来ます!」
 店のスタッフが教えてくれる。
 
「よし、残ったメンバーは動揺せずにいつも
 どおりな!」
 激しく動揺しながらもゴシが叫ぶ。
 
「大丈夫だって、おれたちアミなしでも
 いけるぜ」エマドが強気だ。
 とにかくアミを出発させて、控室に戻る。
 
 モニターでは、サクハリンのライブが
 スタートしていた。
「どう?サクハリンかっこいいだろ?」
 フェイクが言う。前から詳しいのだ。
 
 サクハリンの特徴は、まずジェフ・タナカが
 民族調やディスコ調のダンスミュージックを
 DJセットやキーボード、ミュージック
 シーケンサーなどを使ってつなげていく。
 
 そこにリョーコ・ミルズがボーカルを乗せて
 いくわけだが、決まった曲、というのも
 もちろんある、周知された曲というのか、
 でも、半分以上が即興で歌詞を乗せるのだ。
 
 即興なのはリョーコのボーカルだけでない。
 ジェフのキーボードから出てくるメロディ、
 リズムマシンによる変則ビート、つまり、
 その場で作曲しているようなプレイなのだ。
 
 実際、ジェフが演奏中に使用する端末に
 入っているインターフェースは、作曲にも
 使用できるものだ。
 
 で、その横にある立体印刷機により、
 すぐさまレコード化してターンテーブルと
 ミキサーでミックスできる。
 
 観客は、あとでそれをレコードでも、
 音源ごとに分けられた曲のデータとしても
 入手できる。ジェフは、そういった作業を
 ライブ中に淡々とやってのける。
 
「すげえよな」
 エマドが感心する。自分でもけっこうな
 ステージ度胸があると思っていたが。
 
「僕ら、逆にふだん作曲作業することほとんど
 無いんですわ」ジェフがライブ前に言っていた。
「イメージだけ頭ん中に作りはするんですけど」
 さすがのアラハント5人もそれには驚いていた。
 
「あ、もちろん最初のころはやってましたよ作曲」
 
「ライブの中で生まれる、インスピレーション、
 それを大事にしたいみたいなんがありますねん」
 

「星」( 11 / 35 )

ゴシの話11

  アミからテキストが入る。空港で忘れ物を
 確保して時間どおり戻れるそうだ。
 
 サクハリンの最初の1時間ももうすぐ終わる。
 フェイクとエマドがスタンバイしている。
 
 アラハントは、この規模でのライブ経験はある。
 しかし、第3エリアの都市マヌカ以外での
 ライブ経験がない。ツアー自体初めてだ。
 
 さすがに二人とも緊張しているのが伝わってくる。
 
「エマド、フェイク、いつもどおりぎこちなく
 いくのよ」
 ウインが声をかける。
 
「まかしとけって」
 エマドが親指を立てる。フェイクは苦笑いを返す。
 
 サクハリンのMCが始まったようだ。
「じゃあ今日は、第3エリアから若手を呼んで
 います」
「みなさん暖かく迎えてあげてくださいね」
「アラハント!」
 リョーコのコールが響きわたる。
 
「よしいくぞ!」
 エマドを先頭にフェイクと二人でステージへ
 上がる。
 
「エマド・ジャマル!」リョーコのコールに歓声が
 あがる。まだサクハリンのステージの延長だ。
 
「フェイク・サンヒョク!」歓声があがる。
 が、ステージの何もないところでフェイクが
 つまずきそうになる。ちょっとヒヤッとしたが、
 フェイクはその勢いのまま、ステージで前転する。
 また少し歓声があがる。
 
「アラハントの二人です!」
「じゃあわれわれ二人はこのへんで、あとで
 来まーす!」
 あっさりとサクハリンの二人はステージを去る。
 
 残されたアラハントの二人。
「あ、どうも、アラハントのエマド・ジャマルです」
 若干声がかすれている。
 
「あ、あの、メンバーあと3人いるんですけど、
 実は遅れていまして」
 その時だ、
「エマド帰れー」という声が響いた。
 
 次々とエマド帰れの声が響いてくる。いや、
 もうこれは帰れコールだ。ひるむアラハントの
 二人。しかし、観客が不満げにしているわけ
 でもなさそうだぞ。
 
 もしかして、わかってる客かも?
 
 フェイクのドラムの演奏がはじまる。そして
 歓声があがる。エマドがラップで客を煽る。
 相変わらず罵声が飛ぶが、これは都市マヌカで
 もらういつものやつと同じだ。ここの客は
 もしかしてアラハントを知っている?
 
 控室ではゴシが焦っていた。このあとウインが
 出て、それからアミが出る順だ。もう控室に
 ついていてほしい時間だ。
 
「曲順変えようか」
 ウインに提案するが彼女は首を横に振る。
 
Josui
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