遺伝子分布論 22K

「星」( 3 / 35 )

ゴシの話3

  今回の旅は、とても特殊なものだ。
 
 コウエンジ連邦軍のトム・マーレイ少尉から
 打診があったのは、約一か月前のことだ。
 
 太陽系外縁と呼ばれる、木星以遠にある国、
 クリルタイ国との将来的な軍事同盟を
 見越しての友好使節として、木星の
 ラグランジュポイントへ向かう。
 
 その際に、合同軍事演習とともに、文化的
 交流を行う。そこでプロデューサーと
 して私が選ばれたのだ。
 
 軍のほうはアラハントも指名してきた。
 私が今のところ推薦できるバンドで一番
 若い、報酬が安くて済む若手を選択
 したのだろう。
 
 私が今乗船しているのが、政府御用達の
 民間船で、最新の宇宙高速艇であるが、
 今は自艇の推進力では航行していない。
 
 軍の最新空母に接舷して運ばれている
 かたちだ。
 
「民間人でこの船を実際に目にするのは
 あなたが初めてですよ」
 艦長のブラウン・ノキア少佐が言う。
 私とアラハントが初めてだろう。
 
 この空母は、ちょうど客船と反対側に
 人型機械用の母艦も今回接舷している
 という。
 
「時間があればぜひ見学していただければ」
 私はこの政府高官も使用する豪華な客船
 で充分であるが、アラハントの若い
 メンバーは何度も見学に行っているようだ。
 
 これから向かうクリルタイ国は、人口
 1000億人でほぼコウエンジ連邦と同等。
 月ラグランジュポイントの第3エリアという
 意味では人口5000億人との比較になるが。
 
 最初に訪れる木星の第4エリアには約
 100億人、その次に第1エリア200億人
 台、最後に第5エリアで約100億人。
 エリア単位でいうとまだまだこれから
 という感じだが、国力の伸びがすごいと
 ケイト長官などは話す。
 
 軍事同盟は、技術交流の意味も含んでいる。
 わずか1000億の国であるが、木星以遠
 はすべてクリルタイ国だ。火星以内にも
 存在しない技術も持っている可能性がある。
 
 我々はすでにクリルタイ国の関係者とも
 会っている。このコウエンジ連邦の
 最新鋭空母を先導するかたちで、かれらの
 中型空母が進む。その中型空母は、
 クリルタイ国の人型機械の母艦付きだ。
 
 クリルタイ国で今回の件を担当するのは、
 外務省次官のリアン・フューミナリ。
 非常に柔らかい物腰と話し方で、
 身の回りに常に涼し気な風をまとう青年だ。
 
 そして外見から推察するに、おそらく
 私よりも若い。
 

「星」( 4 / 35 )

ゴシの話4

  夕食はいつも、私とアラハントの5人、
 ケイト・レイ国務長官、トム・マーレイ少尉、
 ブラウン・ノキア艦長、そしてクリルタイ国
 外務省次官のリアン・フューミナリの
 10名で会食となる。
 
 格調高い部屋の、厚い木製テーブルは20名ほど
 が座れる、ふだん非公式な外交の会合も行われる
 場所だ。
 
 今日流れている曲はラフマニノフのピアノソロ
 第2番だ。今日のメインのハンバーグにも
 ナツメグがしっかり使われていて、プロの仕事だ。
 
 2国の政府高官や軍の佐官クラスが参加している
 こともあり、ふだん一般人では聞くことのでき
 ないトピックが飛び交う。
 
「第5エリアではやはり指導者不足の状況が
 続いていると」
「先月自由主義寄り政党の党首がスキャンダルに
 より失脚しています」
 
「第2エリアのバレンシア共和国では極右政党
 が勢力を伸ばしています。このままでは数年
 以内に政権をとることが確実かと」
 
「先日第4エリアの民間工場であった一般市民
 による暴動ですが、被害にあったのは要人警護
 および要人暗殺と誘拐に使用できるレベルの
 アンドロイドだったそうで」
「けっきょく発注元がまだ明らかになって
 いないようですね」
 
「ケイト様のお二人のお姉様のお話もよく
 存じ上げております。とくに上のお姉さまの
 伝説は今も語り草で」
 と話すのはリアン次官だ。
 
「ほほほ、姉はともかく、姪っ子たちも今は
 もう手に負えないことですわよ」
「ところでご子息は舞踊の道に進まれているとか」
 
 こういった会話に参加していると、自分がこう、
 太陽系のすべてをコントロールしているような、
 何かそういった錯覚に陥りそうになる。そして、
 それを止めないことを否定しない自分もいる。
 
 自分も何か話題を出してみよう。
「リアン次官はお若くて聡明であられるが、
 それほどの才能がおありであれば、クリルタイ国
 のような小国ではなく、もっと大きい、そう
 例えばバレンシア共和国でも立派に勤められる
 と愚考しますがいかがか」
 
 アラハントのメンバーがゴシを一瞬睨みつけたが、
 本人は気づかない。
 
 リアンが答える。
「いえいえ、私のような者などクリルタイ国には
 掃いて捨てるほどおります」
「それに、小国であれば自らの思いも為しやすい
 というところがありまして」
 

「星」( 5 / 35 )

ゴシの話5

  デザートも格調高いものが出される。
 メキシコ料理のソパピアと呼ばれる揚げパンだ。
 
「何か壮大な夢をお持ちのようですが」
 続けて聞いていみる。
 
「わたくしはあくまで国民が選んだ代表を
 補佐するまでです。まあ強いて言えば
 この太陽系の平和でしょうか」
 
 そういうものであろうか。
 
「本日はご参考ということで、わが国の軍で
 一般兵士に出される夕食をお召し上がりいただき
 ました。お口に合いましたでしょうか」
 リアン次官が会食を閉める。
 
 ロビーの窓際でまた星を眺める。
 アラハントの5人が向こうで何か話している。
 今はリラックスして他愛のない話をして
 いるのが一番良い。
 
 アラハントの5人が小声で話している。
「だからさあ、いい加減誰か注意して
 止めさせようぜ」
 とエマド・ジャマル。
 
「うん、あれは完全に自分を敏腕
 プロデューサーだと勘違いしてるね」
 とフェイク・サンヒョク。
 
「今日のリアンさんに聞いてたやつ、あれは
 やばかったよね、小国とか言うふつう?
 ウイン、なんとかならないの?」
 とマルーシャ・マノフ。
 
「だいたいなんで呼んだんだよ、ヘンリクで
 良かったんじゃないの?」とまたエマド。
 
 ウインが答える。
「まあ最初トムさんに言われたのは、身の回り
 とか、雑用ができるマネージャだったんだよね。
 となるとゴシさんでしょ、まあ建前上
 プロデューサーってことにしてるけど」
 
「まあこのまま放っといてどこまでいくか
 見たい、ってのもあるんじゃない?」
 と適当なことを言っているのはアミ・リーだ。
 
「ていうかさ、昨日から言ってるあれ、
 やってみようよ、もしかしたらそれで治るかも
 しんないよ」
 
「じゃあトムさんに言って夜練でやるか」
 そのまま5人は、空母経由で人型機械母艦へ
 向かう。
 
 アラハントの5人にも、なんというか、
 もっとこうドライで緻密な大人の人間関係
 というものをいつか教えてやらなければな、
 とゴシは思う。
 
 遠くでトム・マーレイ少尉がケイト長官に何か
 相談している。声が大きいのですべて聴こえて
 くる。
 
「本日夜の訓練は客船側宙域も使用して行いたく、
 よろしいでしょうか!」
 
 ケイト長官が何か答えてトム少尉は下がっていく。
 
 久しぶりに葉巻が吸いたい気分だ。
 葉巻を吸う仕草をしながら、窓の外に
 太陽系全体をイメージする。
 

「星」( 6 / 35 )

ゴシの話6

  このシステムの平和が、
 自分の肩に乗っかっているのだ。
 
 と、遠くに光のきらめきが見える。否、
 それほど遠くでない。いや、きらめきが
 近づいているのか。
 
 複数の光線が行きかっている、これは、
 素人目に見ても、戦闘だ。周りを見渡す
 が、特に戦闘状況に突入したような
 雰囲気はない。
 
 民間船として接舷しているとはいえ、
 何かあれば船内放送を流して、ふつうに
 考えれば空母側へ避難させるはずだ。
 
 訓練の可能性が極めて高い。あの距離なら
 確実にレーダーで捉えているはずだ。
 しかし、私は軍事に関して素人だ。
 
 何らかの理由で目視で確認しており、また
 何らかの理由で私しか気づいていない、
 としたらどうだろうか。
 
 すぐにトム少尉、またはブラウン少佐に
 伝えないといけない状況に陥っている
 可能性もある。
 
 誰かいないか周りをキョロキョロと
 覗いながら、もう一度窓の外を
 確認する。
 
「おわっ!」
 
 突然白い人型機体が窓のすぐ外に現れて、
 ゴシはのけぞった。のけぞった先がさっき
 から座っていたソファだったので、床に
 倒れ込むようなことはなかった。
 
 機体が接触通話で何か言ってくる。
「ゴシさん、元気?」
 女性の、アミの声?
 
 すぐその白い機体は飛び去った。
 自分の狼狽ぶりが誰かに見られていな
 かったか、もう一度あたりを見返す。
 
 軍に頼んで乗せてもらったのか?
 だが訓練であんなに客船に接近
 するだろうか。
 
 しばらくしてからアラハントが帰ってきた。
 
「やあ君たち、お疲れさん」
「お疲れ様です」
 
「あの、もしかして人型機械に
 乗せてもらったりしてた?」
 
「いえ、僕たちそこでずっとダーツ
 やってましたけど」
 
「ん、あ、そうか、いやそれならいい、
 夜更かししないようにな」
 
 そうだよな。いくら軍と仲良くなっても
 人型に乗せてくれるまではならないよ。
 
 アラハントの5人が各個室がある
 廊下までやってくる。
 アミが笑いをこらえられないようだ。
「ゴシさん、めっちゃのけぞってた」
「来る前に窓の偏光解いてたから
 よーく見えた」
 
 ゴシさんもたいがいだけど、この5人も
 けっこうタチ悪いよね、とマルーシャ。
 
 というわけで、ゴシに仕事を与えるべく、
 ウインとマルーシャは献案する。
 
Josui
遺伝子分布論 22K
0
  • 0円
  • ダウンロード

62 / 134