海賊ブラッド

十四 ルバスールの英雄気取り

 翌朝の10時頃、出航予定の一時間ほど前に、ラ・フードル号の舷側に漕ぎ寄せた一艘のカヌーから降りた混血のインディアンが梯子ラダーを登っていった。その男はなめしていない毛皮の股引ドロワースをはき、赤い毛布を外套代わりに引っ掛けていた。彼が運搬人を務めた折りたたまれた紙片は、キャプテン・ルバスールに宛てたものであった。

 ルバスールは、その混血児が運んでくる過程で惨めなまでに汚れ、しわくちゃになった手紙を広げた。その内容は、大まかに翻訳すれば以下のようなものだった。

『いとしい人――私はネーデルラントのヨンブロウ号というブリッグ船に乗せられています。私達を永遠に引き裂く為に、残酷なお父さまは私を兄に預けてヨーロッパに送るつもりなの。お願い、私を助けにきて。私をさらってちょうだい、いとしい英雄さん!――あなたを愛する、孤独なマドレーヌより』

 そのいとしい英雄さんは情熱的な訴えに心を動かされた。皮革とタバコを積んでアムステルダムに向け出帆するはずのネーデルラントのブリッグ船を探して、彼の険悪な視線は湾を見渡した。

 狭い岩に囲まれた港の船舶の中に、その船は見当たらなかった。彼は心に浮かんだ問いを声にして叫んだ。

 それに答えて混血児が指差したのは、この港の主たる守りを構成する要素の一つである岩礁の存在を示している泡立つ波の向こうだった。1マイルかそこら離れた沖に帆が見えた。「船はあそこです」彼が言った。

「あれか!」蒼白になりながら、フランス人は懸命に目を凝らした。この男の邪悪な気性が目を覚まし、使者を相手にそれを発散するべく振り返った。「さっきまでお前はあそこにいたってのに、こいつを持ってきただけなのか?どうなんだ!」

 混血児はルバスールの剣幕に恐れをなして縮こまった。何か言い分があったとしても、恐怖にすくんだ彼にはまともな釈明はできなかった。ルバスールは男の胸倉を掴み、怒鳴りつけながら二度揺さ振ると、甲板排水孔スカッパーに投げつけた。落下の際に頭を舷縁ガンネルにぶつけ、その男は口から血を垂らしながら倒れ伏して、そのまま動かなくなった。

 ルバスールは埃を払うように両手をはたいた。

「そのゴミを船外に放り出せ」彼は中部甲板ウエストで怠けていた者達に命じた。「それから錨を上げて、あのネーデルラント船の後をつけるんだ」

「落ち着いてくださいよ、キャプテン。何だっていうんです?」彼の肩に引き止めようとする手が置かれ、筋骨たくましく酷薄なブルトン人の無頼漢、副長カユザックの大きな顔がのっそりと突き出された。

 ルバスールは無闇な悪態を吐きながら目的を明かした。

 カユザックは首を振った。「ネーデルラントのブリッグ船!」彼は言った。「そりゃ無茶だ!厄介な事になりますぜ」

「何が無茶なんだ?」驚きと激怒の半ばでルバスールは応じた。

「第一に、ウチの連中は絶対に進んでやる気にゃならんでしょう。もう一つは、キャプテン・ブラッドの事です」

「キャプテン・ブラッドが何だっていうんだ……」

「奴は無視できませんよ。奴には力と武器と兵隊があるし、俺の思い違いでなきゃ、俺達がネーデルラント船にちょっかいかけるより前に、奴はこっちを沈めるでしょう。海賊稼業についちゃ、自分の流儀を譲らないんですよ、あのキャプテン・ブラッドって男は。前にも言ったでしょうが」

「はん!」ルバスールは歯をむいて言った。しかし彼の視線は遠い帆に吸い寄せられ、陰鬱な思いにとらわれていた。だがそれも長い間ではなかった。キャプテン・ブラッドが、その臨機応変の才知によって己のパートナーが意図した航路を易々と察してきたのである。

 彼は内心で罵り、錨を上げる段になっても、自分が加わっている提携関係の義務から何とか逃れられぬものかと思案をめぐらせていた。カユザックのほのめかしは事実だった。ブラッドは自分の立ち会う場所では、決してネーデルラント船に対する襲撃を許さないだろう。ならば、奴の目が届かない処でやればいい。やってしまった後となれば、文句を言おうにも後の祭りなのだから、ブラッドも認めざるを得ないはずだ。

 その時刻のうちに、アラベラ号とラ・フードル号は共に沖を進んでいた。経緯を知らないにもかかわらず、キャプテン・ブラッドは予定変更を容認し、指定された時刻より前にパートナーが錨を上げようとする動きを見せると、それに合わせて自船の錨を上げたのであった。

 日のあるうちはずっと、ネーデルラントのブリッグ船は常に視界に入っていたが、夜を迎える頃には、その船は北の水平線上の小さな点と化すまで遠のいていた。ブラッドとルバスールが予定する航路は、東に向かいイスパニョーラ島の北岸に沿うものだった。アラベラ号は夜を通してそのコースを着実に守り続けた。再び夜が明けた時、アラベラ号は単独航海をしていた。暗闇に紛れたラ・フードル号は、既に全速で北東に向かい離脱していたのである。

 カユザックは再び抗議を試みた。

「悪魔に喰われちまえ!」それがルバスールの返答だった。「船は船、ネーデルラント船だろうとスペイン船だろうと、船には違いないんだ。今の俺達には船が要る。あいつで充分だろうが」

 副長はそれ以上は言わなかった。しかし例の手紙にちらりと視線を送り、船ではなく小娘がキャプテンの本当の目的であると察した彼は、やれやれと首を振りつつ必要な指示を伝える為にがに股で歩み去った。

 夜明けの光で自船の背後1マイルもない距離にラ・フードル号がぴたりと張りついているのを目視したヨンブロウ号側は、その船影によって混乱に陥れられた。それがルバスールのラ・フードル号であると識別したマドモアゼルの兄は、あの船がこのネーデルラント船にとって災いの元となる事を確信した。速度を上げて引き離そうという無駄なあがきからヨンブロウ号が帆を揚げようとしているのを見て、ラ・フードル号は右舷方向に舵をとり、目標の鼻先に威嚇砲撃が可能な距離まで近づいた。ヨンブロウ号は舵を切り方向転換すると 船尾迎撃砲スターンチェイサーを発射した。砲弾は鋭い音を上げながらラ・フードル号の横静索シュラウドを抜け、帆に軽微な損傷を与えた。追撃戦がしばし続き、その過程でネーデルラント船は片舷斉射を放った。

 五分後、両者の間に板が渡されて、ラ・フードル号の四爪錨グラプネルががっちりとかまされたヨンブロウ号の中部甲板ウエストに、海賊達が騒々しくなだれ込んだ。
 
 海賊バッカニアに立ち向かうべく、ネーデルラント船の船長が顔を紫色にしながら進み出てきたが、そのすぐ後ろにいる蒼白な顔をした優雅な装いの若い紳士が未来の我が義弟である事にルバスールは気がついた。

「キャプテン・ルバスール、この暴挙はどういう事だ。貴様、私の船で何を探している?」

「俺は自分のものを探しにきただけだ、俺から奪われたものをな。だが、あんたが発砲してウチの船を傷つけた挙句、手下を五人ばかりあの世に送ってくれた以上、こいつは戦争だし、あんたの船は戦利品って訳だ」

 船尾側手摺クォーターレールから、マドモアゼル・ドジェロンは驚きで呼吸を乱し、瞳を輝かせながら最愛の英雄を見下ろしていた。ふてぶてしく、大胆に、美しく、その場にそびえ立つ彼は、輝かしい英雄のように見えた。令嬢の姿に気づくと、彼は歓喜の叫びを上げて彼女に向かって行った。ネーデルラント船の船長は、行く手を妨げようと両手を上げて割り込んだ。ルバスールが彼と争う為に歩みを止める事はなかった。恋人の許にたどり着こうと彼は気が急いていた。彼は手にした戦斧ポールアックスを振り回し、ネーデルラント人は頭骨を割られて血を噴出しながら倒れた。情熱的な恋人は喜びに顔を輝かせ、その死体を踏み越えて彼女の許に急いだ。

 しかしマドモアゼルは今や身をすくめ、怯えていた。彼女は女性として最も美しい盛りに差し掛かったばかりの娘であり、洗練された長身に均整の取れた体つきをして、豊かで艶やかな黒い巻き毛が時代のついた象牙の色をした顔を取り巻いていた。顔立ちは驕慢そうで、眠たげな瞼が黒い瞳を際立たせていた。

 彼女の最愛の男は飛ぶように恋人の傍らにやってくると、血まみれの戦斧を投げ捨てて、彼女を抱き締めようと腕を一杯に広げた。彼女は抱擁を拒まなかったが、その腕の中にあってさえ未だ縮こまっていた。怯えた表情が、完璧に近い彼女の顔に常にあった驕慢を薄れさせていた。

「我がものに、遂に我がものに、あらゆる障害を越えていざ!」彼は勝ち誇り、芝居がかった調子で、完全に英雄気取りで叫んだ。

 だがマドモアゼルはルバスールを突き放そうと試みて彼の胸を押し、よろめいただけだった。「何故、どうして、あの人を殺したの?」

 彼は笑った。丁度英雄がそうするように。そして死すべき運命さだめの人の子に対する神の寛容をもって、英雄らしい態度で彼女の問いに答えた。「奴は俺達の間に立ち塞がった。奴の死をシンボルに、警告にするんだ。我等の間を阻もうとする者は注意せよ、用心するがよい、ってな」

 その言葉はまことに華麗にして不敵であり、その身振りはまことに大胆にして堂々としており、彼の魅力にはまことに抗し難い力があり、彼女が思わず愚かな興奮に身震いして我から身を任せ、甘い抱擁に陶酔せずにおられぬほどであった。それから彼は少女を肩に軽々と担ぎ上げて勝ち誇ったかのように行進し、手下達からやんやの喝采を浴びながら、自船の甲板デッキに彼女を運び入れた。抜け目ないカユザックに音もなく足をすくわれて鶏のように縛り上げられていなければ、彼女の無粋な兄はこのロマンティックな場面を台無しにしていたかもしれない。

 その後、船室キャビンでルバスールがマドレーヌ嬢の微笑に骨抜きになっていた頃、カユザックは戦利品の処理を行っていた。ネーデルラントの船員達はロングボートに押し込められて、悪魔にその運命をゆだねられた。幸いにも彼等は三十名以下しかおらず、そのロングボートは混みあい過ぎとはいえ、どうにか全員を収容する事ができたのであった。次にカユザックは積荷を点検し、操舵手と部下二十名をヨンブロウ号に配備すると、ラ・フードル号の後に続いて、リーウォード諸島に向け南へ針路をとるように手はずを整えさせた。

 カユザックは不機嫌だった。ネーデルラントのブリッグ船を奪取し、トルトゥーガ総督の家族に狼藉を働くという危険を冒したにしては、戦利品の価値が釣り合っていなかった。彼は浮かぬ顔でルバスールにそれを告げた。

「そいつは胸にしまっとけ」キャプテンはそう答えた。「俺が抜け出す方法も知らんのに輪縄に首を突っ込むような男だなんて思うなよ。トルトゥーガ総督には、奴が受け入れるしかないような交渉条件を突き付けてやる。針路をヴァージン・マグラに向けろ。オカに上がって、そこで事を片付ける。それと、船室キャビンにあの腰抜けドジェロンを連れてこさせろ」

 ルバスールは熱愛するレディの許に戻った。

 同様に、そのレディの兄も案内されてやってきた。ルバスールは船室の天井に頭をぶつけぬようにたくましい長身を屈めながら、彼を迎える為に立ち上がった。マドモアゼルも同じく立ち上がった。

「どうしてこんな事を?」レディは兄のいましめられた手首――カユザックの用心の名残――を示してルバスールに尋ねた。

「遺憾だ」彼が言った。「こんな事はやめにしたい。ムッシュー・ドジェロン、君に仮釈放を与える許可をくれたまえ……」

「お前ごときにやるものなど何もない」青年の蒼白な顔からは、未だ気迫が失われてはいなかった。

「御覧の通りだ」ルバスールは深い遺憾の意に肩をすくめ、そしてマドモアゼルは兄に向かって抗議した。

「アンリ、こんなの馬鹿げてるわ!兄さんは私の味方をしてくれないのね。兄さんは……」

「小さなお馬鹿さん」彼女の兄は答えて言った――とはいえ『小さな』という形容は不適当だった。彼女は一族の中でも大柄な方なのだ。「小さなお馬鹿さん、この下種な海賊野郎との仲を取り持つ為に、僕がお前の味方をするとでも思っているのかい?」

「落ち着きたまえ、若鶏くん!」ルバスールは笑った。しかし彼の笑いは愉快そうには見えなかった。

「お前の愚行の結果、どれだけの者が傷ついたか、まだわからないのか?この怪物がお前をかどわかす為に、人命が失われた――何人もの死者が出ているんだぞ。それなのにお前は、自分がどんな立場にいるのか理解できないのか?犬小屋で生まれて盗みと殺人で育った、この性悪な獣の手中に捕らえられてしまったんだぞ」

 ルバスールが殴って口をふさがなければ、彼は更に言葉を続けていただろう。第三者から見た己の実像になどルバスールは興味がなかった。

 青年が殴打の衝撃で後方によろめくのを目の当たりにして、マドモアゼルは悲鳴を押し殺した。隔壁に倒れ掛かった彼は、唇から血を流しながらそこで身を支えていた。しかし彼の精神は屈しておらず、妹の姿を求めて視線を彷徨わせながらも、その蒼白な顔には凄まじい微笑が浮かんでいた。

「見たか」彼は短く告げた。「その男は抵抗できない人間を殴ったんだ」

 単純な言葉、そして言葉よりも雄弁な言外の蔑みが、ルバスールの奥底で決して眠らずにいた激情を煽り立てた。

「なら、両手が自由になったらどうするんだ、わんこちゃん?」ルバスールは上着ダブレットの胸倉を掴んで青年を揺さ振った。「答えろ!何をするんだ?あぁ!このおしゃべり野郎!てめぇは……」それからマドモアゼルにとっては未知の言葉ではあるが、その醜悪さは直観的に伝わってくる罵詈雑言が雨あられと降り注がれた。

 キャビンテーブルの側に立ち、頬を青ざめさせていた令嬢は、ルバスールに向かってやめてと叫んだ。ルバスールは彼女の言に従ってドアを開けると、そこから彼女の兄を放り出した。

「俺がまた呼ぶまで、その屑を船倉口ハッチの下にぶち込んでおけ」彼はそう怒鳴ってドアを閉めた。

 気を静めると、彼は取り繕うような微笑を浮かべて再び少女の方を向いた。しかし彼女は微笑を返さなかった。巻かれていた紙が広げられたがごとくに、彼女は最愛の英雄の本性をはっきりと目撃し、眼前にした光景の汚らわしさ、恐ろしさを理解した。それによりネーデルラント人船長の残忍な殺害を思い起こし、彼女は突然、兄が先程この男について語った事は、全てが真実以外の何ものでもないのだと理解した。身を支える為に傍らのテーブルに寄りかかった彼女の顔を見れば、不安からパニックを起こしているのは明白であった。

「おや、可愛い子ちゃん、どうしたんだい?」ルバスールは彼女に近寄った。彼女は後ずさりした。彼の浮かべた微笑、彼の目の輝きによって、彼女の心臓は喉から飛び出しそうになった。

 ルバスールは船室の端まで追い詰められた彼女を捕えると、長い腕で彼女を取り押さえ、それから引き寄せた。

「いや、いやよ!」彼女はあえいだ。

「わかった、わかった」ルバスールは彼女をからかったが、その嘲笑は何よりも恐ろしいものだった。ルバスールは抵抗する彼女を故意に痛めつけるようにして粗暴に引き寄せると、彼の抱擁に苦悶する少女に接吻した。そして熱情がつのり、激した彼は、未だその表情を取り繕っていた英雄の仮面を完全に脱ぎ捨てた。「小さなお馬鹿さん、君が俺の手中にあるっていう兄貴の言葉を聞いただろ?そいつを思い出せよ、それと自分から進んでここにきたってのも思い出すんだ。俺は女が適当にあしらえるような男じゃない。だから観念しな、俺のお嬢ちゃん、自分から誘ったんだろうが」彼は半ば嘲るように再び接吻し、それから彼女を放り出した。「辛気臭い面はやめろ」彼が言った。「さもないと後悔する事になるぞ」

 誰かがノックした。邪魔者に向かって罵ると、ルバスールは扉を開く為に大股で離れた。彼の前に立っていたのはカユザックであった。ブルトン人の表情は深刻だった。彼はネーデルラント船の砲弾によって受けた損傷の結果、脆弱な箇所に浸水が発生していると報告した。慌てたルバスールは彼と共に船室を出た。快晴が続く限り、浸水は深刻なものではなかった。しかし嵐に襲われて、あっという間に深刻な事態に陥る可能性はあった。船員が一名、帆布を使った応急修理の為に船外で吊られながら作業し、揚水機ポンプが稼動していた。

 進行方向の水平線上に低く見えるのは、ヴァージン諸島最北の島の一つであるとカユザックが告げた。

「あそこに避難して船を修理せにゃならん」ルバスールは言った。「この、うだるような暑さは油断できん。俺達が陸に上がる前に、嵐に追いつかれるかもしれんぞ」

「嵐か、他の何かにね」カユザックが思わせぶりに言った。「気がついてますか?」彼は右舷を指し示した。

 ルバスールはそちらを見て息を呑んだ。互いに少し離れた位置を保ちながら、かなりの積載量と思われる船が二隻、約5マイルの距離から彼等に向かって進んでいた。

「あいつ等が俺達の後を追ってるとしたら、次はどうなると思います?」カユザックが詰問した。

「嫌も応もない、戦ってやるさ」ルバスールは毒づいた。

「最後の手段にね」カユザックは蔑んでいるようだった。それを表現する為に、彼は甲板に唾を吐いた。「色ボケと一緒に海に出るからこんな事になるんだ。今は頭をしっかりさせといてくださいよ、キャプテン。ネーデルラント船相手のヤマのせいでウチの船がまともに動けないようなら、あの二隻に追いつかれたら、向こうの連中と直でやりあわなきゃならんのですから」

 その日の残る時間、ルバスールの頭は色恋以外のもので占められていた。彼は甲板に留まり、その両目は陸地と、ゆっくりと接近しつつある二隻の船とに向けられていた。海原を進むのは何の益もなく、浸水によって更に危険な事態に追い込まれるだけだろう。彼は追い詰められており、戦わねばならなかった。そして夕刻、海岸まで3マイルの地点で戦闘準備の命令を下そうとしていた時、彼は檣頭見張台クローネストから二隻のうち大型の船はアラベラ号であると告げる声を聞いて、安堵のあまり気が遠のきかけた。もう一隻は恐らく彼等の戦利品だろう。

 しかしカユザックの悲観は変わりなかった。

「最悪より多少はマシってだけでしょうが」彼は怒って言った。「ネーデルラント船の件でブラッドがなんて言うと思います?」

「何とでも言わせておけ」ルバスールは安堵の深さのあまり笑った。

「それにトルトゥーガ総督の子供達はどうします?」

「奴に知らせる必要はない」

「遅かれ早かれ知られますよ」

「はッ、だがその時までには、畜生モーブル、問題は片付いているだろうよ。俺は総督と手打ちをしているはずだ。俺にはドジェロンが折り合うしかないように強制する手があるんだよ」

 四隻の船は現在、鳥と亀以外の生き物は住んでおらず、塩以外は何も産せず、南に大きな池があるだけで乾燥して樹木も生えない、差し渡し12マイルほどの細長く小さな島、ラ・ビルゼン・マグラの北の海岸沖に停船していた。

 ルバスールはカユザックと二人の士官を伴ってボートに乗り、アラベラ号に搭乗しているキャプテン・ブラッドを訪問する為に向かった。

「我々の短い別行動は、実に有意義だった」それがキャプテン・ブラッドの挨拶だった。「お互いに忙しい朝だったようだな」分け前を提供する為に船長室グレートキャビンに案内する際、彼は上機嫌だった。

 アラベラ号が伴っていた大型帆船は、プエルトリコからやってきた砲二十六門装備のスペイン船サンティアゴ号であり、十二万ウェイトのカカオ、銀貨ピーセズ・オブ・エイト四万枚、そして銀貨一万枚以上の値打ちがある宝石を積んでいた。豊富な戦利品の五分の二が、協定に従いルバスールと彼の部下達のものとなった。金と宝石はその場で分配された。カカオはトルトゥーガ島に運んでから換金するという事で話がまとまった。

 そしてルバスールの番になり、彼の事情が明かされるにつれて、キャプテン・ブラッドの額が曇っていった。話を聞き終えたブラッドは手厳しく非難した。ネーデルラント人とは友好関係にあり、敵に回すのは避けるべき愚行であった。ましてや、せいぜい銀貨二万枚程度にしかならない皮革とタバコのようなわずかな獲物の為になど。

 だがルバスールは、先刻カユザック相手に主張した理屈を繰り返した。船は船であり、それは彼等の遠征計画に必要とされる船であると。恐らくは、その日が彼にとって上首尾に運んでいた為にか、ブラッドは肩をすくめるだけでこの問題を片付けた。そこでルバスールは、カカオを降ろして更なる乗組員を募る為に、アラベラ号とブラッド達が拿捕した船はトルトゥーガ島に戻るべきであろうと提案した。その間にルバスールは船を修理した上で南に進み、マラカイボ襲撃に好都合な位置――北緯11度11分――にある島、サルタテュドスでブラッドを待つと。

 ルバスールが安堵した事に、キャプテン・ブラッドは同意したのみならず、すぐにでも出航する準備が整っていると告げた。

 アラベラ号が行ってしまうと、ルバスールは即座に礁湖ラグーンの中に自分の船を運び入れ、彼と部下達、そして彼の客人となるように強いられた者達がラ・フードル号の修繕と手入れが済むまで使用する宿舎の設営作業に取り掛からせた。

 日没の頃、夜風は勢いを増した。それは強風になり、やがてルバスールが既に自分が陸上におり、彼の船も安全な場所に避難済みであるのを感謝するようなハリケーンにまで成長した。この暴風雨の中、キャプテン・ブラッドはどうしているだろうかと、彼はしばし考えた。しかしそれは彼を煩わせるほどの問題ではなかった。

十五 身代金

 嵐が過ぎ去った後の朝は輝き澄み渡り、大気には南の塩池から立ちのぼる爽快で塩辛い香りが入りまじっていた。興味深い一場が繰り広げられる背景となるのは、ラ・ビルゼン・マグラの白い砂丘のふもと、ルバスールが即席のテントにする為に広げた帆の傍らであった。

 空の酒樽の上にどっかと座り、このフランス人不法戦士フィリバスター1は重要な取引を処理していた。トルトゥーガ総督を相手にした、我が身の安全確保に関する取引である。

 半ダースの士官が彼の護衛についていた。彼等のうち五人は袖なしの汚れた短い上着ジャーキンと革の膝下丈ズボンブリーチズを身に着けた粗野なブカン・ハンターであり、六人目がカユザックだった。彼の前にはフリル付きのシャツとサテンの膝丈ズボンを身に着け、コードバン革の美しい靴をはいたドジェロン青年が、半裸の黒人船員二名に見張られて立っていた。彼は上着ダブレットを奪われて、後ろ手にいましめを受けていた。若い紳士の端正な顔はやつれていた。その近くでは、縛られてはいないものの、やはり監視下にある妹のマドモアゼルが、砂の小山の上でうなだれていた。彼女はひどく青ざめており、己を襲った恐怖を高慢の仮面で隠そうという試みはむなしい努力に終わっていた。

 ルバスールはムッシュー・ドジェロンに向かって演説した。彼の話は長々と続いた。その結びに――

「確信しておりますよ、ムッシュー」上辺だけの丁重な言葉で彼は言った。「私の立場について充分に御理解いただけるよう言葉を尽くしたと。誤解なきように要約いたしましょう。貴方の身代金は銀貨二万枚と決定しており、そして貴方はその工面をしにトルトゥーガ島に向かう為、仮釈放の自由を与えられます。そちらに貴方を送る為の足は、当方で御提供いたしましょう、そして貴方には一ヶ月の猶予が許されます。一方、貴方の妹御は人質として我が許に留まっていただく。貴方の御尊父は、この金額が我が息子の自由の対価として法外とはお考えにはなりますまい、我が娘の持参金と思えば尚更。正直に申せば、私はあまりにも謙虚過ぎると言えるのではありませんかな。まったくもってパルディ!ムッシュー・ドジェロンは富豪という噂なのですからな」

 年若いムッシュー・ドジェロンは顔を上げると、ルバスールを真っ向からにらみ返した。

「拒否する――完全に、そして絶対的にだ、わかったか?僕を殺したければ殺すがいい、品位も名誉もない汚い海賊め。そして地獄に落ちるがいい」

「おいおい、冗談はよせよ!」ルバスールは笑いながら言った。「熱でもあるのか、それとも馬鹿なのか!こいつは二者択一だってのをちゃんと考えろよ。そうすりゃ、そんな風に頑固な事は言っちゃいられないはずだぜ。お前さんは、こっちの条件を飲まざるを得ないんだ。物わかりの悪い奴の為に、ちょっと拍車をくれてやろうか。それと、あんたが仮釈放された後でこっちを裏切るような気を起こさんように言っておく。そんな真似をしやがったら、俺は草の根分けてもあんたを探し出して後悔させてやる。それに、あんたの妹の評判は俺が質草にとってるのも忘れるなよ。あんたが持参金を持って戻ってくるのを忘れたら、俺があんたの妹と結婚するのを忘れちまっても仕方ないよなぁ」

 ムッシュー・ドジェロンの顔に定められたルバスールの笑いを含んだ目は、若者のまなざしの中に徐々に戦慄が広がるのを見た。マドモアゼル・ドジェロンに怒りの一瞥をくれた青年は、彼女の顔からその美しさを踏み消してしまうほどの陰鬱な絶望を見て取った。嫌悪と激怒が彼の表情を歪めた。

 それから彼は身を引き締めると、断固として答えた。

「否、この犬めが!千回でも言ってやる、否だ!」

「意地を張ると馬鹿をみるぜ」ルバスールは怒りを見せず、残念そうな風を装って冷淡に話した。彼の指はせわしなく鞭縄ホイップコードに結び目をこしらえていた。彼はそれを持ち上げて見せ付けた。「これが何だかわかるか?こいつは大勢の頑固な異端者を悔い改めさせた、痛みの数珠ロザリオだ。こいつで聞き分けのない奴の目をえぐり取るのさ。どうするね」

 彼が黒人船員の一人に結び目のできた鞭縄ホイップコードを投げつけると、受け取った者は即座にそれを囚人の額にきつく巻いた。そしてその船員は縄と頭蓋の間にパイプ軸のような円筒形の細く短い金属棒を差し込んだ。それが完了すると、彼はルバスールを見上げて目くばせし、キャプテンの合図を待った。

 ルバスールは己の犠牲者に目を向け、そして若者が緊張し身を硬くする様を、そのやつれた鉛色の顔、鞭縄ホイップコードの下にある青白い額の上で光る玉なす汗を見た。

 マドモアゼルは絶叫し、立ち上がろうとした。しかし見張りに抑止されて、うめきながら再びしゃがみ込んだ。

「俺としても、あんたが自分や妹が無駄に苦しまんように――」ルバスールは言った。「分別をきかせてくれると助かるんだがな。実際、俺の言った金額が何だっていうんだ?あんたの金持ちの親父さんにとっちゃ、大した額じゃあるまいに。もう一度言うぞ、俺は実に謙虚だ。なにせ俺の要求は銀貨二万、たったの二万枚なんだから」

「すまないが、今の銀貨二万というのは何の話かな?」

 訛りの入ったフランス語ではあるが、しかし闊達で愉快げな声と、わずかにルバスールへの嘲りがうかがえる調子で、その質問は一同の頭上から投げかけられた。

 驚いたルバスールと彼の士官達は天を見上げ首をめぐらせた。彼等の背後にある砂丘の頂上、深いコバルト色の空を背景にして、くっきりと浮かびあがった長身の人影を彼等は見た。銀のレースをあしらった黒衣で入念に装った痩身は、帽子の広いつばに弧を描いている駝鳥の羽の深紅だけが唯一の色彩だった。その帽子の下にあるのは、キャプテン・ブラッドの黄褐色の顔であった。

 ルバスールは驚きで一言悪態を吐きながら身構えた。彼はてっきり、キャプテン・ブラッドは昨夜の嵐を切り抜けてトルトゥーガ島に向かう途上にあり、今頃は水平線の彼方にいるとばかり思っていたのだ。

 崩れやすい砂山から前に踏み出すと、キャプテン・ブラッドはスペイン産仔牛カーフ革の上等な長靴ブーツの底で砂浜を滑り、姿勢を崩さぬまま降りてきた。彼はウォルヴァーストンと十二名の部下達を従えていた。降り立ったブラッドは、仰々しい身振りで淑女レディへの礼をとって帽子を脱いだ。それから彼はルバスールの方を向いた。

「おはよう、親愛なるキャプテン」そう言うと、次に彼がここに現れた理由を説明した。「昨夜のハリケーンのお陰で引き返さざるを得なくてね。マストを裸にするしかないような天候で、進んだ航路を押し返されてしまった。その上――強欲な悪魔め!――サンティアゴ号の大檣メインマストまで折れてしまった。この島の西2マイルの入り江にたどり着けてほっとしたよ、それで我々は君達に挨拶する為に、ここまで徒歩で横断してきたという訳だ。ところで、こちらはどなたかな?」そして彼は一組の男女を示した。

 カユザックは肩をすくめると、長い両腕を天に突き上げた。

「ボワラ!(それ見たことか!)」天に向けて、彼は意味深長にそう言った。

 ルバスールは唇を噛み、顔色を変えた。しかし彼は礼儀正しく応答する為に自制した。

「見ての通り、二人の捕虜だ」

「ああ!昨夜の強風で岸に打ち上げられたという訳だ、だろ?」

「そうじゃない」ルバスールはその皮肉に対し賢明に冷静を保とうとした。「ネーデルラントのブリッグ船にいたんだ」

「それは初耳だな」

「言わなかったからな。この二人は俺個人の捕虜――私事だ。彼等はフランス人だ」

「フランス人!」キャプテン・ブラッドの鋭い視線はルバスールに、そして捕虜達に突き刺さった。

 ムッシュー・ドジェロンは張り詰めた状態にあり、依然、身を硬くしていたが、しかし陰鬱な恐怖は既に彼の顔から消えていた。この苦境に彼ひとりで立ち向かった処で成す術もないのは明らかだったが、この横槍によって彼の中には希望が膨らみつつあった。彼の妹も同様の直観から、唇を開き目を見張って身を乗り出していた。

 キャプテン・ブラッドは唇を撫でると、ルバスールに難色を示した。

「昨日の君は、友好的なネーデルラント人を襲撃して私を驚かせた。今度は君の同国人すら餌食にしようというのか」

「言っただろう、こいつは……これは俺の個人的な問題だと?」

「ああ!で、彼等の名は?」

 キャプテン・ブラッドの明快で有無を言わさぬ軽蔑を含んだ態度は、ルバスールの癇癪を刺激した。彼の顔からはゆっくりと血の気が引き、彼のまなざしは傲慢さが増し、半ば威嚇するような目になった。その隙に、当の捕虜が自ら問いに答えた。

「私はアンリ・ドジェロン、そしてこちらは私の妹だ」

「ドジェロン?」キャプテン・ブラッドはまじまじと見つめた。「貴方は奇遇にも、我が良き友人であるトルトゥーガ総督の縁者でいらっしゃるのか?」

「総督は私の父だ」

 ルバスールは悪態を吐きながら身じろぎした。キャプテン・ブラッドの内部では、当面の驚きが他の感情を押さえ込んだ。

「馬鹿な!ルバスール、気でも違ったのか?最初に君は、我々と友好関係にあるネーデルラント人を襲った。次に君は二人のフランス人、君自身の同国人を虜にした。そして今度はなんと、彼等はトルトゥーガ総督の御子息達だというではないか。トルトゥーガ島は周辺の島々の中でも安全な寄港地のひとつで…」

 ルバスールは激昂して口を挟んだ。

「こいつは俺の個人的な問題だと何回言わせれば気が済むんだ?トルトゥーガ総督の件は、あんたには関係ない」

「そして銀貨二万もか?これも君の個人的な問題か?」

「そうだ」

「話にならんな」キャプテン・ブラッドはルバスールが先程まで占領していた酒樽に腰を下ろし、穏やかに見上げた。「時間を節約する為に知らせておくが、私は君がこの淑女と紳士に対して行った提案を全て聞いていたんだよ。そして思い出して欲しいのだが、我々は厳格な契約に基づいて航海している。君は銀貨二万枚を彼等の身代金に定めた。その金額は君の部下と私の部下とを合わせた全員で、契約に定められた通りに分配されるべきものだ。その点については君も異議を差し挟むまい。しかし、それよりはるかに問題なのは、君が直近の航海で獲得した獲物の一部を隠匿したという事実であり、そしてそのような違反に対して我々の契約は特定の罰則ペナルティを定めている。それは非常に厳しい性質のものだ」

「ホー、ホー!」ルバスールは不快気に笑いながら言った。そして付け加えた。「俺のやり方が気に食わないなら、提携はおじゃんだな」

「望む処だ。しかしこの提携を破棄するのは、我々が航海に出た時点から拘束されている契約条項を満たして後、すぐの事になるだろうな」

「どういう意味だ?」

「手短に説明しよう」キャプテン・ブラッドは言った。「差し当たり、フランス人の捕虜をとった事について、ネーデルラント船に戦いを仕掛けた事について、そしてトルトゥーガ総督の怒りを買う無法については置こう。やってしまった事は仕方ない。君はこの二人の身代金として二万をつけたが、私の推測では、あのレディは君の役得にするつもりだろうな。しかし何故、君に彼女を占有する権利があるのだろう。契約に沿って考えれば、彼女は我々全員の戦利品ではないか?」

 怒りの暗雲がルバスールの額に広がった。

「しかしながら」とキャプテン・ブラッドは付け加えた。「もし君に彼女を買う用意があるというなら、私も君が彼女を我がものにする事に異議は唱えないだろう」

「彼女を、買う?」

「君が彼女につけた値段でね」

 ルバスールは怒りをこらえ、このアイルランド人を説得しようとした。「そいつは男の方の身代金だ。トルトゥーガ総督が息子の為に支払う事になっている」

「いや、いや。君は彼等を一組として扱っているだろう――正直言って、すこぶる奇妙に思うがね。君は彼等に二万の値をつけたのだから、君が望むならば二人を君のものにしてもいいだろう。だが君は、彼等の対価として二万枚の銀貨を支払わねばならない。これは片方の身代金と、もう片方の持参金として、君が最終的に手に入れるはずの金額だ。そしてその合計は、我々の仲間全員で分配される。君がそうすれば、我々の部下達も皆、我々が署名した契約に対する君の違反行為を大目に見る気になるのではないかな」

 ルバスールは野蛮な調子で笑った。「ア・サ!クレデュ!(嗚呼!御立派な信条なこった!)まったく、お笑いぐさだ!」

「同感だ」キャプテン・ブラッドは言った。

 ルバスールにとって、一声かければ百人の手下が駆けつけてくる自分に対し、たった1ダースの部下を従えて空威張りするキャプテン・ブラッドはお笑いぐさとしか思えなかった。しかし彼は、ブラッドが既に計算に入れていた何かを見落としていた。その証拠に、笑いながら部下達の方を向いたルバスールは、喉に笑いを詰まらせる光景を見た。キャプテン・ブラッドは狡猾にも、彼等のような冒険家達を最も突き動かす金銭欲を利用したのである。そしてルバスールは今、手下達の顔に、彼等の首領が独り占めしようと企んでいた身代金を全員で分配するというキャプテン・ブラッドの提案に対する完全なる支持をはっきりと読みとった。

 それは、このけばけばしい悪漢を躊躇させ、部下達を内心で呪いながらも、彼等の貪欲さに逆らわず――この件を片付ける間だけは――慎重に事を運ぶのが一番という判断をうながした。

「誤解だよ」彼は激怒を飲み込んで言った。「身代金は分配するつもりだったのさ、支払われた時にな。あの娘の方は、それとは別に俺のものって条件で」

「よし!」カユザックがうなるような声で言った。「その条件で万事解決だ」

「君はそう思うかい?」キャプテン・ブラッドが言った。「だがムッシュー・ドジェロンが身代金の支払いを拒否したら?その時はどうなる?」そう言って彼は笑い、大儀そうに立ち上がった。「いや、いや。もしキャプテン・ルバスールが提案した通りに、あの娘を我がものにするというのなら、彼がまずこの身代金を支払って、その後の総督からの取立ては彼が負担するリスクとするべきだな」

「そりゃそうだ!」ルバスールの手下の一人が叫んだ。そしてカユザックも言い添えた。「筋が通ってるな、こりゃ!キャプテン・ブラッドの言い分はもっともだ。契約にもある通りだ」

「何が契約だ、馬鹿かお前は?」ルバスールは平静を失いかけていた。「サクレ・デュ!(聖なる神よ!)俺がどこに二万枚も銀貨を持ってるってんだ?この航海の戦利品を全部合わせたって半分にもならん。その金額を手に入れるまで貸しにしといてくれよ。それでいいだろ?」

 諸事を考え合わせると、キャプテン・ブラッドに別の意図さえなければ、この申し出が受け入れられていたであろう事に疑いの余地はない。

「だが、もし君がその金額を稼ぐ前に死んだら?我々は常に死と隣り合わせに生きているんだよ、親愛なるキャプテン」

「くそったれが!」ルバスールは怒りに身を任せた。「どうすりゃ気が済むんだ?」

「おお、そうだな、では。分配用に銀貨二万枚の即時支払い」

「そんな金はない」

「では捕虜の一人を売ればいい」

「一体、どこの誰が俺にも払えなかった金額を出せるっていうんだ?」

「私が買おう」キャプテン・ブラッドは言った。

「あんたがか!」ルバスールはぽかんと口を開けた。「あ……あんたは、あの娘が欲しいのか?」

「おかしいかな?私は彼女を得る為の犠牲を払うという勇敢な行為によって、そして己が欲するものに快く対価を支払うという誠実さによって、君を上回っている」

 ルバスールはぽかんと口を開き、間抜け面で彼を凝視した。彼の背後に押し寄せた部下達もまた、同じく呆然として見とれていた。

 キャプテン・ブラッドは酒樽の上に座り直し、上着ダブレットの内ポケットから小さな革袋を取り出した。「一瞬で難題を解決できてうれしいよ」そしてルバスールと部下達が目玉を飛び出させている前で袋の口を開くと、左の掌にそれぞれが雀の卵ほどの大きさがある、四、五粒の真珠を転がした。その袋の中には二十粒ほどの、真珠輸送船団パールフリート襲撃で奪い取ったものの中でも最上の珠が入っていた。「君は真珠については目利きだったな、カユザック。君ならこれにいくらの値をつける?」

 ブルトン人は無骨な指の間に光沢のある繊細な虹色の球体をつまむと、鋭い視線で品定めをした。

「銀貨千枚」彼は簡潔に答えた。

「それはトルトゥーガ島やジャマイカの相場だな」キャプテン・ブラッドは言った。「ヨーロッパに持っていけば二倍になるはずだ。だが君の評価を受け入れよう。見ての通り、ここにあるのは概ね同じ大きさの珠だ。十二粒で銀貨一万二千に相当し、契約に定められた通り、戦利品の五分の三がラ・フードル号の取り分になる。アラベラ号の取り分である銀貨八千枚は私の懐から部下達に分配する。さて、ではウォルヴァーストン、すまないがアラベラ号に私の財産を運んでくれないか?」彼は再び立ち上がると、虜囚達の方を示した。

「おい、待て!」ルバスールは憤怒をあらわにした。「ああ、それは駄目だ、そいつは特別なんだ!その娘は渡せない……」超然と、油断なく、唇を引き結んで警戒しながら立つキャプテン・ブラッドに向かって、彼は飛びかかろうとした。

 しかしルバスールを妨げたのは、彼の部下の一人だった。

主の御名の下にノン・ド・デュ、キャプテン!何をやらかすつもりなんです?皆が満足して、万事丸く収まったっていうのに」

「万事?」ルバスールは激怒した。「ア・サ!(ああそうだろうとも!)お前等全員、お前等みたいな獣どもにとっちゃな!だが俺はどうなるんだ?」

 カユザックは大きな手にしっかりと真珠を握り締め、彼に歩み寄った。「馬鹿な真似はやめましょうや、キャプテン。仲間同士で揉め事を起こしたいんですか?奴の手下はこっちより一人か二人多いんだ。小娘一人がなんだっていうんです?まったく!行かせておやんなさい。奴は立派にあの娘の代金を支払って、公平に俺達に配ったんですよ」

「公平に配った?」怒り狂ったルバスールは怒鳴り立てた。「てめぇは……」彼の下劣な語彙を総動員しても、自分の副長を的確に表すべき形容には足りなかった。彼はカユザックがあおのけに倒れかけるほどの強打をお見舞いした。真珠は砂に落ち、四方に散らばった。

 カユザックは真珠を拾い集めようと砂を探り、同僚達も彼に続いた。報復は後回しだった。彼等が四つんばいになって手探りで捜す間、他の事は全て意識の外だった。だがしかし、その時、決定的な事が起こったのである。

 手を剣の上に置き、その顔を激怒の白い仮面と化したルバスールは、立ち去ろうとするキャプテン・ブラッドを阻止する為に立ち塞がった。

「俺に命のある限り、あの娘は渡さん!」彼は叫んだ。

「ならば貴様を死体にしてから連れて行くまでだ」キャプテン・ブラッドは応じ、彼もまた白刃を太陽に輝かせた。「契約には、それが誰であろうと、1ペソ以上の価値ある戦利品の如何なる部分であれ、隠匿を図った者は桁端ヤードアームから吊るされるとある。私としては、君にはその処遇を希望していたのだが。しかしこちらの方が君の好みに合うというのなら、掃き溜め漁り君、いいだろう、御要望に応えようじゃないか」

 彼は仲裁しようとする部下達を手振りで下がらせ、そして二つの刃が音高くぶつかり合った。

 この成り行きが己の身に如何なる影響を及ぼすのか予測のつけようもなく、ムッシュー・ドジェロンは困惑したまま傍観する他なかった。その間に、既にフランス船の黒人船員と見張り役を交代していたブラッドの部下二名が、彼の額から鞭縄ホイップコードの冠を取り除いた。マドモアゼルはといえば、既に立ち上がり、死人のように青白い顔をして荒れ狂う恐怖を瞳に宿し、波打つ胸に手を強く押し当てて身を乗り出していた。

 それは程なく終わった。ルバスールが誇っていた獣じみた力は、アイルランド人の熟練した技能の前には無力だった。肺を刺し貫かれ、白い砂の上に倒れ伏したルバスールが咳き込みながら卑しい命を吐き出してしまうと、キャプテン・ブラッドはその身体を挟んだ向かい側にいるカユザックを穏やかに見た。

「これで我々の間の契約は無効になったと思うが」と彼は言った。無情で冷笑的な目をして、カユザックは自分の首領だった男の痙攣する体を見た。もしもルバスールが異なった気性の男であれば、この件は全く別の様相を見せていたかもしれない。しかしその場合、キャプテン・ブラッドは彼との交渉に別の戦術を採っていたはずだ。ルバスールには愛と忠誠のいずれも自由に操る事はかなわなかった。彼に従っていた男達は、その下劣な稼業を営む同輩達の中でも、まさに屑の中の屑であり、彼等を動かすものはただ一つ、金銭欲だけであった。その金銭欲を土台にして、キャプテン・ブラッドは彼等が許し難いと見なす一つの罪、すなわち換金可能かつ彼等全員への分配可能な獲物の独占という罪について、ルバスールが有罪であるという認識まで巧みに誘導したのであった。

 かくして今、あっけない悲喜劇の場に駆けつけてきた海賊の険悪な一団は、カユザックの雄弁な言葉によってなだめすかされる事となった。

 彼等が尚もためらっていると、ブラッドは彼等の決断を後押しするものを付け加えた。

「我々の停泊地に来れば、サンティアゴ号からの戦利品の分け前をすぐにでも渡そう。君達で好きなように処分するといい」

 彼等は二人の虜囚を伴い島を横断して、その日のうちに戦利品の分配を終えて袂を分かつはずであったが、ルバスールの元部下達から後釜に選出されたカユザックについては、改めてキャプテン・ブラッドのフランス人支隊を務めたいという申し出がなされた。

「君達が再び私と共に航海をするというなら」ブラッドは彼等の申し出に答えて言った。「あのブリッグ船と貨物を返却して、ネーデルラント人との友好関係を保つという条件を呑んでもらう」

 条件は受け入れられ、キャプテン・ブラッドは彼の客人であるトルトゥーガ総督の子息達と面会する為に立ち去った。

 マドモアゼル・ドジェロンと彼女の兄――後者は既に縛めから解放されていた――はアラベラ号の船長室グレートキャビンに案内され、そこに座していた。

 キャプテン・ブラッドの黒人司厨員スチュワード兼コックであるベンジャミンによりワインと食物がテーブルに運ばれ、それが彼等をもてなす為のものであるとさり気なく示された。しかしそれらは手をつけられぬままでいた。兄と妹は、自分達は窮地を逃れたように見えて、実は単にフライパンから火の中に落ちただけではないのかという、苦悶まじりの当惑を抱えつつ席に着いていた。遂に不安による過度のたかぶりから、マドモアゼルは己の邪悪な愚行がもたらした全ての惨事について許しを請う為に、兄の前に跪いた。

 ムッシュー・ドジェロンは寛容な気分とは程遠かった。

「少なくとも、お前が自分の仕出かした事を理解してくれたのは喜ばしいな。そしてあの、もう一人の不法戦士フィリバスターがお前を買った以上、今やお前はあの男のものだ。お前がその事も理解していればいいのだが」

 ドアが開いた事に気づかなければ、彼は更に続けていたかもしれない。ルバスールの元部下達の件を片付けてからやってきたキャプテン・ブラッドが、入り口に立っていたのである。ムッシュー・ドジェロンは声を低める気遣いを忘れており、既にブラッドの耳はこのフランス人の発した最後の二言を聞きつけていた。それ故に、彼の視線を受けたマドモアゼルが跳び上がるようにして驚き、恐怖に身をすくめた理由を完全に理解していた。

「マドモアゼル」上流の言葉遣いではないが流暢なフランス語で彼は言った。「御心配は無用です。この船上において貴方がたは最上の礼をもって遇されるでしょう。再び船を出せる状態になり次第、我々は直ちにお二人を総督の許にお送りする為に、針路をトルトゥーガに向けます。そしてどうか、兄上が先程申されたように、私が貴女を買ったなどとはお考えにならぬよう。私の行動は全て、悪党一味をなびかせるのに必要な身代金を提供して彼等の頭目である大悪党に離反させ、お二人を危難から救い出すのが目的でした。よろしければ、これは有る時払いで一向にかまわぬ、友人同士の気軽な貸し借りとお考えいただきたい」

 マドモアゼルは疑わしげなまなざしで彼を凝視した。ムッシュー・ドジェロンは立ち上がった。

「ムッシュー、貴方は本気でおっしゃっているのか?」

「もちろん。こういった事は当節では珍しいかもしれません。確かに私は海賊です。しかし私の流儀は、ヨーロッパで巾着切りでもしているのがふさわしかったルバスールの流儀とは違います。私はかつての良き日々の名残として、一種の誇り――名誉の残骸のようなもの、と言うべきでしょうか?――を保っているのです」そして快活な調子で付け加えた。「我々は一時間後に食事をとりますが、お二人にはぜひ、御同席の栄をいただきたい。それまでには、ムッシュー、ふさわしい御衣装を整えられるよう、ベンジャミンがお支度を手伝います」

 ブラッドは二人に一礼してから、立ち去ろうとして再び背を向けたが、しかしマドモアゼルが彼を引き止めた。

「ムッシュー!」彼女は鋭く叫んだ。

 彼が足を止め振り返ると、怖れと驚きをない混ぜにした目で彼を見つめながら、ゆっくりと彼女が歩み寄ってきた。

「なんて高潔な方!」

「そこまで御立派な人間ではありませんよ」彼は言った。

「あ、貴方という人は!そうだわ、貴方には全てを知っていただかなければ」

「マデロン!」ドジェロン青年が妹を止めようと叫んだ。

 しかし彼女は止めなかった。重荷に堪えかねた彼女の胸は、それを打ち明けずにはおられなかった。

「ムッシュー、全ては私の恐ろしい過ちが招いた事なのです。あの男――あのルバスール……」

 今度は彼が信じられぬというように目を見張る番だった。「ああ!まさかそんな事が?あのけだものめ!」

 彼女は突然、跪いてブラッドの手をとると、彼がそれを引っ込める前に接吻した。

「一体何を?」彼は叫んだ。

罪の清算アモンドですわ。貴方を彼の同類とみなす事によって、ルバスールと貴方との闘いをジャッカル同士の争いと考える事によって、私は心の中で貴方の名誉を汚しました。ムッシュー、私は貴方に、跪いて許しを請います」

 キャプテン・ブラッドは彼女を見下ろした。その唇には微笑が浮かび、その青い両目は黄褐色の顔の中で奇妙な光を放っていた。

「さあ、娘さん」彼は言った。「その程度の事が許し難い罪のはずがないでしょう、そんな風に考えるのは愚かですよ」

 再び彼女を立ち上がらせた時、彼は今回の事件をどうにか上手く切り抜けたと確信した。それから彼は溜息をついた。あまりにも急速にカリブ海全域に広まった彼のいかがわしい名声は、既にアラベラ・ ビショップの耳にも届いているだろう。彼女はブラッドを軽蔑するであろうし、この悪辣な海賊バッカニア稼業を営む他の悪党達と何ら変わらぬ者と見なすに違いない。それ故に、彼はこの功名の反響も少しは彼女に届き、それにより彼女の軽蔑がいくらかでも減じてくれればと願った。マドモアゼル・ドジェロンに対しては真実の全てを明かすのは控えたが、彼女を救う為に己の命を危うくしたのは、もしもビショップ嬢がこの行いを見ていたならば、きっと満足してくれるはずだという思いに突き動かされたからなのだ。


  1. 非正規の軍事探検を行う者、私掠許可を得ずに海賊行為を行う者等を指す。 

十六 罠

 マドモアゼル・ドジェロンの事件は、至極当然な成り行きとして、既に良好であったキャプテン・ブラッドとトルトゥーガ総督との関係を更に深める役割を果たした。カヨナ港の東に位置する雄大で華麗な庭園の中にムッシュー・ドジェロンが築いた、緑の板簾ジャロジー付きの窓がある美しい石造りの大邸宅において、ブラッドは賓客として迎えられるようになった。ムッシュー・ドジェロンはブラッドに対して、マドモアゼルの身代金として負担した銀貨二万枚よりも多くの借りを感じていた。このフランス人は、抜け目なく手強い商売人ではあるが、しかし気前良く振舞う事もできれば感謝を知る男でもあった。今や彼は可能な限りのあらゆる手段でそれを証明し、そして総督の強力な保護を得たキャプテン・ブラッドの名声は、海賊バッカニア達の間で一気にその頂点へと達したのであった。

 そのような次第で、元来はルバスールの計画であったマラカイボ襲撃の為に船団を組むに際しても、彼は参加を希望する船にも乗組員にも不自由しなかった。彼は総勢五百名の冒険家を募ったが、より大きな収容力を有していれば数千の人員を参加させていたかもしれない。同様に、自分の船団規模を二倍に増強する事も難なく可能であったはずだが、しかしブラッドは現状維持を選択した。彼が厳選した三隻の船は、まずアラベラ号、そして今は百二十名ほどのフランス人支隊が乗るラ・フードル号、最後はサンティアゴ号改めエリザベス号、これは再装備された上で、かつてその配下の船乗り達がスペインの高慢な鼻をへし折ったイングランドの女王にあやかって、キャプテン・ブラッドにより名づけられた。英国海軍での経験を買われたハグソープはブラッドからエリザベス号の指揮を任され、その人事は乗組員達に承認された。

 マドモアゼル・ドジェロン救出の数ヶ月後――同年1687年8月――ここでは割愛するいくつかの小規模な冒険の後に、この小船団はマラカイボの広大な湖まで侵入し、スペインの支配圏内にある富裕な都市に襲撃を行った。

 必ずしも事は希望していたように進まず、ブラッド一味は気づけば危険な状況にあった。これはカユザックの発言――ピットが綿密に記録している――によって最も的確に言い表されているが、その発言がなされた諍いは、キャプテン・ブラッドが罰当たりにも兵達の詰所に割り当てていたヌエストラ・セニョーラ・デル・カルメン教会の階段上で勃発したものであった。既に記したように、ブラッドは己に適する時だけの旧教徒パピストなのである。

 その言い争いはハグソープ、ウォルヴァーストン、ピットの三名に対して、不安に駆られたカユザックが仕掛けたものだった。彼等の背後は太陽が照り付ける埃まみれの広場であり、その外周をまばらに縁どっている椰子の葉は酷暑で力なくうなだれ、そこに集まってきた両陣営に所属する二百人の荒くれ者は、一時だけ己の興奮を鎮めて自分達の代表が交わす会話に耳をそばだてた。

 どうやらカユザックは我を押し通すつもりらしく、彼の大っぴらで痛烈な批判が場の全員に聞こえるように、耳障りで不平がましい声を殊更に張り上げた。ピットが後に伝える処によると、彼はかなり卑俗な類の英語で話したらしいのだが、それを記述によって再現する労はとられていない。カユザックの衣装は彼の話す言葉と同じく調子外れなものだった。それは彼の稼業を一目瞭然に示すものであり、ハグソープの落ち着いた服装やジェレミー・ピットのほとんど気障に近い洒落た身なりとは、滑稽なまでに対照的だった。血痕が染みついて汚れた青い木綿のシャツは、毛深い胸に風を当てる為に前をはだけ、膝下丈ズボンブリーチズに巻いた帯にはピストルとナイフを挿し、肩からひっかけた革の剣帯バルドリックには舶刀カットラスが吊るされていた。東洋人のように幅広くのっぺりした顔の上では、ターバン代りの赤いスカーフが頭を包んでいた。

「俺ぁ、ハナっから妙に調子良くいき過ぎじゃねえかって言ったよな?」悲嘆と激怒の相半ばする調子で彼は迫った。「俺は馬鹿じゃねぇぞ、ダチ公よ。俺にはちゃんと目ン玉がついてるんだ。そいつで見たんだよ。湖の入口に放棄された要塞があった。俺達がそこに入った時、こっちを撃ってくる奴は一人もいなかった。そン時から罠じゃねえかって疑ってたんだよ。目ン玉と脳ミソのある奴なら、誰だってそう思うんじゃねぇのか?けっ!俺達は、はるばるここにやってきた。で、見つけたものは何だ?街だ、要塞と同じに放棄された街だよ。金目の物を根こそぎ引き上げて、住人が消えた街。俺はもういっぺん、キャプテン・ブラッドに言ったんだぜ。こいつは罠だってな。俺達はここに侵入した。毎度のようにやってきて、何の抵抗もなしにスイスイ深入りした挙句、もう一ぺん海に出ようとしても遅過ぎる、後戻りできないって気づくんだ。でも誰も聞きやしねぇ。お前ら皆、わかってるんだろ。やれやれだぜ!キャプテン・ブラッドはどんどん先に行くし、俺達も進み続ける。俺達はジブラルタルまで行く。それで散々時間をかけた挙句に副総督を捕まえる、だな。俺達は副総督からジブラルタルの身代金をたんまりいただく、だな。俺達は銀貨二千の身代金と略奪品を持ってここに帰ってくる、だな。けど、そいつは一体何だ、教えてくれよ?それとも俺がズバリ言ってやろうか?ひとかけらのチーズ――ネズミ捕りの中のひとかけらのチーズ――さ、そして俺達はちっこいネズ公って訳だ。こん畜生!そして猫――俺達を待ってる猫どもだ!その猫はスペインの戦艦四隻だ。奴等はこの礁湖ラグーン狭路ボトルネックの向こうで俺達を待ち受けてる。モー・ド・デュ!こいつはお前らのいかした大将、キャプテン・ブラッドの忌々しい頑固のせいさ」

 ウォルヴァーストンは笑った。カユザックは怒りで激発した。

「アー、サンデュ!テュ・リ、アニマル?(ああ、こんちくしょう!笑いやがるか?このケダモノめ)お前らは笑うのか!だったら俺に説明してみろ。ムッシュー・スペイン海軍提督に降参せずに、どうやったらもう一ぺん外海に出られるってんだ?」

 階段の下に集っていた海賊バッカニア達から賛意を示す険悪などよめきが上がった。巨漢のウォルヴァーストンは単眼をせわしなくぎょろつかせ、反抗をそそのかしたこのフランス人を殴りつけようとする素振りで大きな拳を堅く握り締めた。しかしカユザックはひるまなかった。場の雰囲気が彼を調子づかせていた。

「お前等は多分、あのキャプテン・ブラッドを神様みたいに崇めてるんだろうがな。奇跡だって起こせるって、な?ありゃ、阿呆だよ、いいか、あのキャプテン・ブラッドはよ、奴の威信がありそうな雰囲気も、奴の…」

 彼は言葉を切った。丁度その時、教会から威信とその他諸々をまといつつ、ピーター・ブラッドが悠々とした足取りで歩み出てきたのである。彼と共にいる屈強で長い脚をしたイブレビルという名のフランス人海賊シー・ウルフは、まだ若いが自分の船を失ってブラッドの下につく事になる以前から、既に私掠船の指揮官として勇名を馳せていた男だった。論争中の一団に向かって歩いてくるブラッドは長い黒檀の杖を軽くつき、つばの広い羽飾り付きの帽子によって、その顔は陰になっていた。一見した限り、彼には海賊バッカニアらしい処は全く見当たらなかった。彼はザ・マル(ロンドンの遊歩道)かアラメダ(スペインのポプラ並木)――後者については、金糸で刺繍されたボタンホールのある、菫色をしたタフタの優雅な上下がスペイン風の仕立てであった為なのだが――でもぶらついているような風情であった。しかし柄頭に軽く添えた左手に押されて背後に突き出ている長く質実剛健なレイピアが、その印象を改めさせた。それに彼の鋭い両眼を加えれば、この男が危険な道を厭わず進む人間である事は語らずとも見て取れた。

「君は私が阿呆だと悟ったらしいな、カユザック?」既に怒りが霧散した様子のブルトン人の前で足を止め、彼は言った。「では、私が君について悟った事も話すべきだろうな?」うんざりしたという風に彼は静かに告げた。「君は彼等に我々がぐずぐずしていたと、そしてそれは我々に危険をもたらした遅れだと話していたのだろう。だが、その遅れは誰のせいだ?我々はこの一ヶ月、するべき事をしていた。だが君はこの一週間、無為にうろつき回る以外の何をしていたのだ」

「ア・サ!ノン・ド・デュ!俺のヘマだとでも…」

「ラ・フードル号を湖中央の砂州に乗り上げて座礁させたのは、君のミスでなければ何だというのだ?君は水先人に従わなかった。君は自分のやり方を過信した。君は測深すらしなかった。その結果、君の部下と装備を運ぶカヌーを手に入れる為に、我々は貴重な三日間を失ったのだ。その三日がジブラルタルの住民に、我々がやってくるのに気づく時間だけでなく、逃げる為の時間まで与えてしまった。その後に、そしてその為に、我々は忌々しい要塞まで総督を追うはめになり、その要塞を鎮圧する為に二週間の時間と百人の手勢が失われた。これが海岸警備船グアルダ・コスタからの連絡を受けたスペイン艦隊がラグアイラからはるばるやってくるまで、我々が如何にしてぐずぐずしていたかの顛末だ。そしてもし君がラ・フードル号を失っていなければ、そして我々の船団が三隻から二隻に縮小していなければ、この段階にあっても、我々は確実に勝算のある戦法をとる事が可能であったはずだ。それでも君は、ただ自分自身の失態の結果に過ぎない状況について、我々を居丈高に非難しするつもりかね」

 彼が自制を失わずに語ったのは賞賛に値する、という筆者の評価は、以下に説明する状況を知る者ならば必ずや同意するであろう。その圧倒的な戦力に基づく泰然とした自信をもって、マラカイボ大湖の狭い水路ボトルネックの出口を監視し、キャプテン・ブラッドの出現を待ち受けているスペイン艦隊、それは彼の宿敵であるスペイン海軍提督、ドン・ミゲル・デ・エスピノーサ・イ・バルデスに率いられていた。この海軍提督は、祖国に対する義務だけにとどまらず、読者諸賢も御承知のように、一年前のエンカルナシオン号内の顛末と実弟ドン・ディエゴの死によって、個人的な遺恨も抱いていた。そして彼と行を共にする甥のエステバンは、その執念においては提督以上の熱量を持っていたのである。

 だが、この全てを承知しても尚、危難という言葉でも生ぬるいほどの状況を呼び込んだ張本人の怯懦による逆上を非難するに際して、キャプテン・ブラッドは冷静を保つ事ができた。ブラッドはカユザック個人との会話から、海賊バッカニア達に向けた演説へと切り替えた。男達は話を聞こうと近くに寄ってきていた為に、声を高める必要もなかった。「これで、諸君を悩ませていた誤解のいくらかが正された事を願う」彼は言った。

「やっちまった事をあれこれ話したって、何の足しにもならねぇだろうが」辛辣を通り越して、今や陰鬱な調子でカユザックは叫んだ。するとウォルヴァーストンは大笑した。「頭を悩ますべきなのはこれだな。これから俺達がやるべき事は何か?」

「当然だ、今、考えるべきはそれ以外にない」キャプテン・ブラッドは応じた。

「けどよ」カユザックは言い張った。「スペイン海軍のドン・ミゲル提督は言って寄こしてるんだぜ、もし俺達が街に損害を与えずに、捕虜を解放して、ジブラルタルで奪った獲物も全部置いて直ちに出発するなら、外海への安全な通行を保障するって」

 ドン・ミゲルの言葉に如何ほどの値打ちがあるのかを熟知しているキャプテン・ブラッドは、静かに微笑した。カユザックに対して軽蔑もあらわに言葉を返したのは、同じフランス人のイブレビルだった。

「そいつは、この不利な状況に追い込んでもまだ、あのスペインの提督が俺達を恐れている証拠さ」

「そいつは俺達の本当の弱みが気づかれてないってだけだろう」彼は荒々しく反駁した。「とにかく、俺達は向こうさんの条件を受け入れなきゃならねぇ。俺達に選択の余地はない。これが俺の意見さ」

「なるほど、だが私の意見とは違うな」キャプテン・ブラッドは言った。「だからこそ、私は彼の申し出を拒絶したのだ」

「拒絶しただって!」カユザックの大きな顔は紫色になった。背後で男達が口々に不平を鳴らす声が彼を煽った。「断ったって?もう断っちまったのか――俺に一言の相談もなく?」

「君との意見の相違は決定に影響を与えない。君は多数決で負けていただろう、このハグソープも私と同意見だからね。とはいえ――」彼は話を進めた。「もし君と子飼のフランス人の部下達がスペイン軍の申し出に乗りたいというのなら、我々が君達を妨げる事はない。それを告げる為に、君の捕虜から一名を選んで提督の許に送るといい。ドン・ミゲルは君の選択を歓迎するだろう、君達は命拾いするかもしれんな」

 カユザックは一瞬、無言で彼をにらみつけた。それから自制すると落ち着いた声で尋ねた。

「正確には、キャプテンはあの提督になんて答えたんです?」

 微笑がキャプテン・ブラッドの顔と目を輝かせた。「私は彼にこう答えた。二十四時間以内に、我が船団の通過の阻止もしくは出発の妨害を中止して我々が沖に出る為に水路を譲り、マラカイボの身代金として銀貨五万を差し出すべし。さもなければ、我々はこの美しい都市を灰燼と化した後に出港し、貴艦隊を壊滅させると」

 その倣岸はカユザックを唖然とさせたが、しかし広場にいた英国人海賊の多くは、罠の中から罠猟師に厚かましい条件を突きつけるような不敵なユーモアを認めていた。彼等から笑いが漏れた。それは喝采の渦となって広がった。何故ならば、はったりブラフとは全ての冒険家が尊ぶ武器なのだから。皆がそれを理解した今、カユザックのフランス人部下達さえもが陽気な熱狂のうねりに巻き込まれ、遂には、尚も攻撃的な強情を保っているカユザックは唯一の反対者となっていた。彼は屈辱を感じつつ引き下がった。この翌日に報復がなされるまで、彼の心は癒される事はなかった。その報復はドン・ミゲルからの使者が携えた手紙という形でやってきた。その中でかのスペイン海軍提督は、名誉ある寛大な降伏条件の申し出を拒絶した海賊どもを大湖の入り口で待ち構え、彼等がそこから顔を出した瞬間、即座に殲滅攻撃を加えるであろうと厳粛なる神への誓いを記していた。そして彼が出撃を遅らせているのは、五隻目の船、ラグアイラから増援として派遣されてくるサン・ニノ号を待つまでの間であり、戦力の増強が完了次第、ドン・ミゲル自らブラッドを捜索する為にマラカイボに侵入するであろう、とも書き添えてあった。

 今度はキャプテン・ブラッドが短気を起こす番だった。

「これ以上、私を煩わせるな」再び噛みついてきたカユザックに彼は厳しく告げた。「ドン・ミゲルには、君が私と袂を分かったという報せを送りたまえ。奴は君に安全通行権を与えるだろうよ、奴の言葉は悪魔の約束に引けを取らぬくらい信頼に足るからな。それからスループ帆船の一隻に乗り、君の部下達に命じて海に向かうがいい、悪魔と共に行ってしまえ」

 この問題について部下達の意見が統一されていたならば、カユザックは確実にその道を採っただろう。しかし彼の部下達は、貪欲と懸念の間で引き裂かれていた。ここを去るとすれば、彼等は既に確保していた少なからぬ略奪の分け前を諦めなければならない。奴隷や捕虜達も同様である。彼等がその選択をしたとして、その後にキャプテン・ブラッドが策を用いて無傷で脱出したならば――彼の知略を考えれば、どれほど有りそうにない事態でも不可能とは言い切れなかった――ブラッドは彼等が放棄したお宝を我が物とするだろう。これは想像するだに、あまりにも忌々しい可能性だった。そのような次第で最終的には、カユザックが言葉を尽くしたにもかかわらず、彼等はドン・ミゲルにではなくピーター・ブラッドに降伏する結果となった。彼等は断言した。自分達はブラッドと共にこの作戦に参加した以上は、彼と共にでなければ去る事は有り得ないと。それがこの日の夜、カユザック自身の不機嫌な口を通してブラッドが受け取った、彼等からのメッセージであった。

 ブラッドはそれを歓迎し、それから丁度今、開かれている会議にカユザックも参加するようにうながした。それは、これから採るべき手段を検討する為に開かれていたものだった。この会議は総督邸――キャプテン・ブラッドはここを我が物として使用していた――の広い中庭パティオで開かれており、そこは外界と隔絶した石造りの庭で、中央にある葡萄棚の下では噴水が涼やかにきらめいていた。両側にはオレンジの樹々が茂り、夕暮れの大気中にはその香りが濃厚に漂っていた。これはムーア人の建築家がスペインに紹介し、スペイン人が新世界に持ち込んだ、快適な建築様式の一つだった。

 総勢六名の出席者による会議は、夜遅くになるまでキャプテン・ブラッドの提唱する作戦について検討した。

 両岸を囲む雪を頂いた山脈から二十の川が注ぎ込んでいるマラカイボの広大な淡水湖は、長さ約120マイル、幅も最も広い場所は概ね同じ距離があった。それは――既に述べたように――海に向かって口を空けた、細首ボトルネックのある巨大なビンの形をしていた。

 この細首ボトルネックを越えた先は再び広がるのだが、次には海峡と交差するように伸びたビジリアスとパロマス1という二つの細長い陸地が行く手を塞いでいた。如何なる喫水の船であれ、沖に出ようとすれば、この島々の間の狭い海峡にある唯一の水路を通らざるを得ない。全長約10マイルのパロマス島は、両側半マイル以内に近づくのは至難の業であり、辛うじて最も浅底の船が最東端に近接する事ができるのみであった。そのパロマス島最東端とは、狭い水路を通って沖に出ようとする船を漏れなく見張る事の可能な大要塞が立つ場所であり、ブラッド達は彼等の到着後すぐに、その要塞が放棄されている事に気づいていた。この水路と砂洲の間のやや広い水面には、四隻のスペイン艦が可航水路のど真ん中で錨を下ろしていた。既に登場済みのドン・ミゲル提督が乗るエンカルナシオン号は四十八の大砲門と八つの小砲門を備えた強力なガレオン船。その次に重要なのが三十六砲門のサルバドール号。残る二隻、インファンタ号とサン・フェリペ号は、やや小型の艦船とはいえ二十砲門搭載、一隻につき百五十人の兵が搭乗している充分に手強い相手だった。

 このように待ち構えている危難を潜り抜けようとしているのがキャプテン・ブラッド率いる船団であり、彼自身の乗る四十砲門のアラベラ号を旗艦とし、二十六砲門のエリザベス号に加えて、ジブラルタルで捕えたスループ船二隻にそれぞれカルバリン砲(18ポンド砲)四門を搭載して一応の武装を整えたという編成であった。ブラッド船団に搭乗している戦力は、トルトゥーガ島で集めた五百人中の生き残りである丸腰のならず者四百人、対するドン・ミゲルのガレオン船には、完全武装した千人のスペイン兵が配備されていた。

 キャプテン・ブラッドが会議に提出した作戦計画は、カユザックが歯に衣着せぬ表現を用いて評した通り、破れかぶれの策だった。

「まぁ、確かにその通りだな」キャプテンは認めた。「だが私は、この程度の無鉄砲な策なら何度も実行してきた」悦に入った様子で、彼は幾樽かを確保しておいたジブラルタル名産の芳しいサクルドテス・タバコを詰めたパイプを咥えた。「そして、その度に作戦は成功したのだ。アウダセス・フォルトゥナ・ユウァト(天は勇敢なる者を助く)。主よビダッド、いにしえのローマびと達は世の真理をよくわかっていた」

 ブラッドの気鋭はカユザックをも含む部下達にも吹き込まれ、一同は意気盛んに忙しく働いた。それからの三日間、海賊バッカニア達は日出から日没まで、脱出作戦の準備を完了する為に精を出し、汗を流した。時間の猶予はなかった。ドン・ミゲル・デ・エスピノーサの艦隊がラグアイラから増援にやってくる五隻目のガレオン船サン・ニノ号と合流するより前に、攻撃にかからなければならないのだ。

 彼等の主な作業は、ジブラルタルで確保した二隻のスループ船のうち、キャプテン・ブラッドの作戦案で主要な役割を担う大型の船を対象としていた。手始めに、隔壁バルクヘッドを取り壊して外板をむき出しにし、両舷に夥しい数の穴をこじ開けて、舷縁ガンネルを格子状の外観に変えてしまった。次に彼等は甲板に小型昇降口スカットルを半ダース増やし、その間にも船体の中にタールとピッチ2、更に街で見つけてきた硫黄を一杯に詰め込み、左舷側に開けた穴には6バレル分の火薬を砲のように並べて設置した。四日目の夜、全ての準備が完了して総員が乗船すると、空っぽな楽しき街マラカイボは遂に放棄された。しかし彼等は午前0時になり、更に二時間が過ぎるまで錨を上げなかった。それから遂に、最初の干潮で、熱帯夜の紫闇の中に彼等を導くように吹く微風をはらんだ斜桁帆スプリットセイルだけを残し、全ての帆を巻き上げた状態で、彼等の船団は砂州に向かい静かに流れに乗った。

 作戦に基づいた彼等の船列は次の通りである。先頭を進む即席の火船ファイアシップはウォルヴァーストン率いる六名の志願者が乗り込み、彼等には略奪の分け前に加えて、それぞれが特別報酬として銀貨百枚を受け取る契約になっていた。次がアラベラ号である。その後に距離を置いて、ハグソープが指揮をとり、今は自船を失ったカユザックと彼のフランス人部下の大部分が同乗するエリザベス号が従った。しんがりは二隻目のスループ帆船と八艘のカヌーであり、どちらも中には捕虜と奴隷、獲得した略奪品の大部分が収容されていた。捕虜達は全員拘束され、マスケット銃を携えた四人の海賊によって警護されており、更にカヌーを操縦する為に二名が配置されていた。彼等の持ち場はしんがりであり、今回の戦闘には参加しないはずだった。

 オパール色をした夜明けの最初の微光が闇を溶かした時、海賊バッカニア達には前方わずか4分の1マイル以内に停泊しているスペイン艦の帆装を視認する事が可能になった。スペイン人の常として、そして圧倒的な戦力への過信によって、既に習慣化している無頓着な警備以上の厳しい警戒態勢を布いていないのは、疑うべくもなく明らかだった。ブラッドの船団が彼等を目視してからも、しばらくの間、彼等が薄暗がりの中でブラッドの船団を発見できなかったのは確かである。スペイン兵達が実際に己を奮い立たせて活動を始める頃までには、敵ガレオン船が視界にぼんやりと現われるや否や帆桁ヤードに押し込めていた帆を降ろして加速したウォルヴァーストンのスループ船は、彼等に肉迫していた。

 ウォルヴァーストンは提督の巨大な旗艦エンカルナシオン号に船首を向けた。それから彼は舵を固定すると、半固体状石油ビチューメンを染み込ませた藁で編んだ太い火口ほぐちに、既に傍らで彼を照らしていたマッチで火をつけた。赤々と輝く火口は彼が頭の周りで振り回すと炎を吹いて炸裂し、それと同時に小型船は激しく衝突してエンカルナシオン号の横腹を削り、索具と索具がもつれあって帆桁に力が加わった為に上部の円材スパーがへし折れた。左舷では、全裸に四爪錨グラプネルを持った六人の部下達のうち、四人が舷縁、二人が檣頭の持ち場で待機していた。この四爪錨グラプネルはスペイン艦を彼等の船に固定する為に投げつけられ、そして檣頭から投げられたものは索具の絡み合いを徹底させた上で固定するのが目的だった。

 叩き起こされたガレオン船の乗組員は全てが混乱しながら慌しく動き回り、トランペットを吹き、叫び声を上げた。まずは大慌てで錨を引き上げようとする必死の試みがなされた。だがこれは既に遅きに失したとして断念された。そして海賊達に乗り込まれる前に猛攻撃に備えねばと思い至り、スペイン兵達は武器を構えて待機した。切り込み隊がなかなかやってこないのは海賊バッカニアの通常戦術と著しく異なっており、彼等の疑念を誘った。その疑いは、裸のウォルヴァーストンの巨体が赤々と燃える巨大な火口トーチを高く掲げながら、自船の甲板に沿って全力で走る姿によって更に深まった。彼が己の任務を完了するに至って、ようやくスペイン兵達はその行動の真の意味――彼は導火線に火をつけて回っていたのである――を理解した。そして次に、恐慌をきたした士官の一人が、切り込み要員に敵船上に向かうよう命じた。

 その命令は、あまりにも遅過ぎた。四爪錨グラプネルが固定された後、ウォルヴァーストンは六人の部下が船外に逃れるのを確認すると、自身も右舷の舷縁ガンネル目指して急いだ。彼は船倉に最も近い、大きく開いた昇降口スカットルから輝く火口を投げ落とし、それから今度は自分が水面に飛び込むと、彼を拾い上げる為にアラベラ号からロングボートが急送した。しかし彼がボートに上がる前にスループ船は炎に包まれて、その爆発によってエンカルナシオン号の中には火のついた可燃物が飛散した。ガレオン船を燃やし尽くそうと炎の長い舌が舐めるように動き回り、それに対抗すべく、向こう見ずなスペイン人達は自艦を切り離そうと、今となっては手遅れの必死な努力をした。

 そしてスペイン艦隊の要となる船が真っ先に行動不能にされている間にも、ブラッドはサルバドール号に砲火を浴びせる為に自船を進めていた。まず彼は船首部に対して斜角に片舷斉射を放ってサルバドール号の甲板に甚大な被害を与えると、そのまま逆風を受けて帆走し、近距離から二撃目を浴びせた。一時的にサルバドール号を半ば無力化したアラベラ号は、そのまま針路を変えずに激突艦首ビークヘッド追撃砲チェイサーから二発を放ってインファンタ号の乗組員達を惑乱させ、次にハグソープがサン・フェリペ号に対して行っているのと同様に、切り込み隊を送り込む為に舷側に体当たりした。

 そしてこの間、完全に不意を打たれ、ブラッドの砲撃により一瞬にして麻痺状態に陥らされた為に、スペイン方は一発の弾も発射する事はかなわなかった。

 今や自艦に乗り込まれ、海賊バッカニア達の冷たい刃を向けられたサン・フェリペ号とインファンタ号の乗組員達は、いずれもさしたる抵抗は試みなかった。彼等の旗艦が炎に包まれ、航行不能にされたサルバドール号が流されてゆく光景は、自分達の優位を確信していたスペイン兵の戦意を完全に喪失させ、武器を捨てさせた。

 もしもサルバドール号があくまで毅然たる態度を示す事によって、無傷の二隻を鼓舞していたならば、スペイン側が再びこの日の武運に恵まれていた可能性は高かった。しかしサルバドール号がこの艦隊の宝物船であり、銀貨五万枚相当の貴重品を積んでいるという事実が、スペイン人の気性に対して不利に作用した。これらがむざむざと海賊の手に落ちるのを阻止せんと、ドン・ミゲルは残存兵達と共にサルバドール号に乗り換えてパロマスに、そして水路を護る要塞に向かった。この数日、要塞には提督が用心の為にひそかに駐屯させた守備隊が待機し、再武装もされていた。その目的の為に、より遠方の湾上にあるコヘロ要塞からは、通常の射程と威力を超えるキャノンロイヤル砲(66ポンド砲)数台を含む全兵器が運び込まれていたのである。

 このような状況に気づかぬまま、キャプテン・ブラッドはイブレビル指揮下で捕獲船回航員プライズクルーを配置されたインファンタ号を伴い敵艦を追った。サルバドール号は船尾追撃砲チェイサーで漫然と迎撃したが、しかし船体の損傷は甚大であり、要塞の大砲を前にした位置で沈み始めて、遂には水上に船体の一部をのぞかせたまま浅瀬で動きを止めた。そこから一部はボートで、一部は泳ぎで、提督は部下達を可能な限りパロマスに上陸させた。

 そしてキャプテン・ブラッドが勝利を手にし、外海へと続く水路に敷かれた罠から抜け出す道が眼前に開けていると確信した瞬間、要塞は突如、その恐るべき、そして全く思いも寄らぬ力をあらわにした。キャノンロイヤル砲は轟音によってその存在を高らかに告げ、その一撃を受けたアラベラ号は中部甲板ウエスト舷檣ブルワークを粉砕されて数名が死亡し、そこに集まっていた乗組員の間にはパニックが生じた。

 もしも航海士のピット自身が舵棒ホイップスタッフを掴んで一杯に舵を切り、船を急旋回させていなければ、アラベラ号は第一打に続いて間髪容れず放たれた二打目の砲弾によって、更に甚大な損害を被っていただろう。

 そうする間にも、益々まずい事に、よりもろいインファンタ号にも砲火が浴びせられた。命中したのは一打のみであったが、この攻撃がインファンタ号の左舷喫水線上の肋材を粉砕し、やがて船体を満たすであろう浸水が始まった。しかし経験豊富なイブレビルの迅速な指示を受けて、左舷砲が船外に捨てられた。その処置によって軽量化し右舷側に傾いた船体を上手回しに舵を切って逆風で帆走させ、背後から要塞の攻撃を受けながらも被害を最小限にとどめ、インファンタ号は後退しつつあるアラベラ号を追ってよろめき進んだ。

 彼等は射程外でようやく停船し、善後策を検討する為にエリザベス号とサン・フェリペ号に合流したのであった。


  1. Las Vigilias は現在のトアス島、La Palomaは現在のサン・カルロス東部(サン・カルロスは干潮時には西側が本土と繋がるが、古地図では明確に島として描かれている)。サン・カルロス(パロマス)東端には1623年に建造されたサン・カルロス・デ・ラ・バラ要塞がある。
    1818 Pinkerton Map of the West Indies
    図版 1818 Pinkerton Map of Northwestern South America (パブリックドメイン)
    図は本作の時代から130年後の1818年に出版されたもの。21世紀の現代では湖岸線はかなり変化しており、開口部周辺の島々も古地図と現在の地形とは差がある。 

  2. タールを蒸留した後に残るかす。 

十七 カモ

 悄然としたキャプテン・ブラッドは、眩しい朝の光の中、アラベラ号の船尾楼甲板プープデッキで緊急会議を召集した。後日になって彼が語った処によれば、それは彼の経歴の中でも最も厳しい局面の一つであったという。ブラッドは事実を受け入れざるを得なかった。彼は己が巧者と任じても異論の出ぬ技術を駆使して戦闘の指揮をとり、ドン・ミゲル・デ・エスピノーサが船も大砲も兵士も戦力において圧倒的に勝ると誇っても異論の出ぬ軍勢を打ち破ったが、しかしその存在を察知できなかった砲台から放たれた三発のまぐれ当りラッキーショットによって、勝利は水泡と化したのである。そして水路を守備する要塞を鎮圧せぬ限り、彼等の勝利は依然として水泡のままなのであった。

 当初、キャプテン・ブラッドは彼の船団を海に出して直ちに作戦を実行するつもりでいた。しかし他の者達が、常の彼らしくもない衝動的な行動を思いとどまらせた。往々にして、人は無念と屈辱という感情から合理的な判断力を狂わせるものである。冷静さを取り戻した彼は現状を再検討した。アラベラ号はもはや航行可能な状態ではなく、インファンタ号は辛うじて浮かんでいるのみ、そしてサン・フェリペ号もまた、降伏前にブラッド方から受けた攻撃によって、ほぼ同程度の損傷状態であった。

 遂には彼も認めざるを得なかった。航海の強行を試みるより先に、船を修理する為にマラカイボに戻る以外に採るべき道がないのは明白であると。

 かくしてマラカイボに、短くも熾烈な戦いにおける敗残の勝利者達が戻ってきた。この状況に加えて、更に彼等のリーダーを執拗に苛立たせ続けたものがあるとすれば、カユザックの遠慮会釈のない悲観論がそれだった。今朝の戦いで兵力に劣る自分達が快勝した事により目の眩むような高揚を感じた分だけ、今のカユザックはより深い絶望の溝に突き落とされていた。そして彼の気分は、少なくとも子飼いの部下の中でも主だった者達には伝染していた。

「一巻の終わりだ」彼はキャプテン・ブラッドに言った。「今回は俺達の負けだよ」

「言わせてもらうが、その台詞はもう聞いたよ」キャプテン・ブラッドは可能な限り忍耐強く答えた。「だが我々は明らかに戦力を増しているんだ。我々は船と大砲を手に入れて、出港した時よりも戦力が増強されて戻ってきた事は君も否定すまい。我々の船団を見るがいい」

「見てから言ってんだよ」カユザックは応じた。

「ふん!要するに、君は肝っ玉の小さい駄犬という訳だな」

「俺を臆病者呼ばわりしやがるのか?」

「言わせてもらうとね」

 ブルトン人は息を荒げて彼をにらんだ。しかし彼はその侮辱に対し実力行使によって名誉を回復しようとは思っていなかった。そのような挙に出ても、キャプテン・ブラッドに返り討ちにされる可能性が高い事はよく承知していた。彼はルバスールの末路を忘れてはいなかった。よって彼は口だけで済ませる事にした。

「そいつぁ、あんまりだ!いくらなんでも言い過ぎってもんだぜ!」彼は苦々しげに不平をならした。

「いいかカユザック。君の相手はもう、うんざりだ。事が尼僧院のテーブルのように滑らかにいかないと言っては、泣き言と不平を延々と並べ立てるのだからな。簡単で楽な仕事を望むなら、初めから海へなど乗り出すべきではないし、私と航海を共にするべきではなかったな。私と共に成す企てはどれも簡単でもなければ楽でもないものだ。今朝の君に言うべき事は、これが全てだ」

 カユザックは呪いの言葉を吐き捨てると、子分達の意見を聞く為に歩み去った。

 キャプテン・ブラッドは負傷者の治療で午後遅くまで忙殺された。それからようやく意を決した彼は、陸に上がると総督邸に戻った。そこでドン・ミゲルに宛てた、好戦的かつ造詣深い手紙をカスティリャ語でしたためる為にである。

『小生はこの朝、我が能力の一端を閣下の御覧に入れました。』と彼は書き出した。『小生は兵士、船、そして大砲の数において二対一以下の劣勢にありながらも、我々を撃破せんと遥々マラカイボまで閣下が率いて来られた艦隊の一部を撃沈し、あるいは拿捕致しました。かような次第により、ラグアイラから増援として派遣されて来るサン・ニノ号が到着したとて、閣下の威信を保つ事は最早不可能であるのは必定。これより先に生じる事態は、これまでに生じた事態を元に御判断下さいます様。かような書状により閣下を煩わせるのは本意ではございませんが、しかしながら小生は慈悲心に溢れ、流血を嫌悪する性分。従って、閣下が無敵と自負しておられた艦隊を既に攻略させて戴いたのと同じく、閣下が無敵と自負しておられるであろう要塞を攻略させて戴く前に、純粋なる人道的配慮により、この最後の申し出を通牒致します。8レアル銀貨五万枚相当及び牛百頭を身代金として支払い、その後、小生の船団が水路を通過するに際して邪魔立てなさらぬ事。この条件の下に、小生はこのマラカイボ市を容赦して直ちに撤退を命じ、四十名の捕虜を解放するでしょう。その多くが身分ある方々で占められている我が捕虜については、出発の後まで人質として留め置き、我々の安全が確認されて後にカヌーで御送り致す所存。万が一、閣下が無分別にもこれらの条件を拒絶し、それにより小生が若干の人命を犠牲にして閣下の要塞を制圧する必要に迫られた場合、我々に対して慈悲を期待なさらぬように、そしてまた、小生は手始めとして、この楽しきマラカイボ市を灰燼と化す所存である事も予め御忠告致します。』

 手紙を書き終えると、彼は囚人の中からジブラルタルで捕らえたマラカイボの副総督を連れてくるよう命じた。内容を明かした上で、ブラッドは副総督にその手紙を託してドン・ミゲルの許に急使として送った。

 使者の選択は的確だった。副総督は自分の都市が解放される事を切望する人々の筆頭格にあり、個人的な利益からの動機も上乗せされて、如何なる犠牲を払おうとキャプテン・ブラッドが恫喝した運命を回避するようにと、誰よりも熱烈に訴えかけるはずの人物なのだ。事はブラッドの計算通りに進んだ。副総督は手紙の提案に加えて、彼自身の熱のこもった嘆願を行ったのである。

 だが意志の固さではドン・ミゲルが上回った。確かに彼の艦隊は一部が破壊され、一部は捕らえられていた。だがしかし、と彼は論じた。あれは奇襲の結果だったのだ。再び同じ事が起こるはずはない。要塞を奇襲するのは不可能だ。キャプテン・ブラッドがマラカイボで奴の生涯最大の失策を犯したいと望むなら、好きにさせてやればいい。最終的に奴が行動に出る決断をした時――遅かれ早かれ、奴は決断に迫られるはずだ――その失策の手痛い清算がなされるだろう、と。副総督は恐慌をきたした。度を失った彼は提督に向けて、いささか剣呑な言葉を放った。だがそれは、提督が彼に告げた言葉に比べれば穏やかなものだった。

「あの呪われた海賊どもの侵入を阻止するという義務に関して、副総督閣下は国王陛下への忠節を全うされたのか。私がきゃつ等の脱出を阻止するという義務を果たさんとしているのと同じようにだ。閣下が己の職務を果たしてさえいれば、我々がこのような難局にいる事もなかったのだ。臆病風に吹かれた要らぬ忠告でこれ以上私を煩わせるな。キャプテン・ブラッドと馴れ合うつもりはない。私は陛下に対する己の義務を承知しているし、それを全うするつもりだ。同じく私は己自身に対する義務も承知している。あの大賊には個人的な借りがあるのでな、返さねばならんのだ。そのメッセージを持って戻られるがよい」

 かくして提督の返答を携えてマラカイボに引き返してきた副総督は、現在はキャプテン・ブラッドが滞在場所としている彼自身の美しい邸宅に戻った。そして逆境の最中さなかにある提督が見せた断固たる勇烈によって恥じ入らされていた為に、彼は提督自身がこの場にいればそのようにしていたであろう攻撃的な態度でそれを告げた。「それが答えですか?」静かに微笑みながらキャプテン・ブラッドはそう言ったが、しかし内心では恫喝の失敗に落胆していた。「うむ、まあ、提督の頑固が過ぎるのは残念な事です。そのせいで彼はあの艦隊を、彼自身の艦隊を失ったのですから。この陽気なマラカイボ市は彼のものではありません。自分の艦隊を失った事に比べれば、この市を失う事の方に憂いが薄いのは当然でしょうね。私も心苦しく思っているのですよ。私は流血と同じく、無益な破壊というのも大嫌いでしてね。だが、仕方ない!明朝、ここに焚き木を積み上げます。明日の夜になって提督が閃光を見た時には、きっと彼もピーター・ブラッドが有言実行の男であると理解するでしょう。ではお引取りを、ドン・フランシスコ」

 一時的な攻撃性が底をついた副総督は、見張り達に急き立てられ、足を引きずるようにして退出した。

 しかし彼が出て行くや否や、カユザックは跳ね上がった。提督の返事を受け取る為に召集されていた会議には彼も参加していたのである。カユザックの顔は蒼白であり、抗議の為に伸ばした両手は震えていた。

「チクショウ、今、なんて言った?」そう叫んだ彼の声はかすれていた。そして返答を待たずに更にわめき立てた。「わかってたんだよ、あの提督をビビらせるのは簡単じゃないのは。奴は俺達をキッチリ罠にハメたって承知してんのさ。それなのにアンタは、あの厚かましいメッセージで奴が降参するなんて寝言をいいやがるんだからな。あの馬鹿みてぇな手紙はな、俺達全員を破滅の運命に閉じ込めて封をしちまったんだよ」

「それでお終いかね?」ブルトン人が息継ぎの為に言葉を切った時、ブラッドは静かに尋ねた。

「いや、まだだ」

「では残りは省略しよう。どうせ繰り返しに過ぎないだろうし、我々の前にある問題を解決する助けにもならない」

「けどアンタはどうするつもりなんだ?説明してくれるんだろうな?」それは質問ではなく要求だった。

「私がどうするか、だと?私は君が、君自身の考えを多少なりとも持っている事を期待していたのだがな。とはいえ、そこまで必死に自分が生き延びる事だけを考えるなら、君や君と同じ考えの者達は離脱してもかまわない。あちらの提督閣下としては、遅まきながらも我々の頭数が減るというのは歓迎すべき話だろう。君達は餞別代りにスループ船を持っていくといい、それから後は要塞でドン・ミゲルと合流しても一向にかまわん、私の知った事ではない。いや、目下の状況からすると、そうしてくれた方が我々にとっては有り難いかもしれんな」

「子分達と相談してから決める」憤怒を飲み込んでカユザックはそう返答し、落ち着いた話し合いは残りの参加者に任せて、自分の部下達と相談する為に憤懣やるかたない様子で立ち去った。

 翌朝早く、彼は再びキャプテン・ブラッドを訪ねた。ブラッドは中庭パティオで独り、深くうなだれながら行ったり来たりを繰り返していた。カユザックは熟慮を落胆と見間違えた。人間というものは、常に自分自身を基準にして隣人を測るものなのである。

「俺達はアンタの言う通りにするよ、キャプテン」むっつりとしながらも反抗的に、彼はそう告げた。キャプテン・ブラッドは背を丸めて後ろで手を組んだまま足を止めると、何も言わず穏やかにカユザックを見つめた。カユザックは説明した。「昨夜、俺は手下の一人に手紙を持たせてスペインの提督の処にやった。もし俺達に恩典付きの通行許可をくれるなら降伏すると申し出た。今朝、返事が来た。俺達が略奪品を置いて行くなら通行権を許すそうだ。手下達はもうスループ船に乗ってる。俺達はすぐ海に出る」

「ボン・ヴォヤージュ(よい旅を)」キャプテン・ブラッドはそう言うと、頷きながら中断された行為を再開する為にきびすを返した。

「他に言う事ぁないのか?」カユザックが叫んだ。

「ある事はあるが」肩越しにブラッドは言った。「君はお気に召さないだろうからね」

「はッ!じゃあ、アデュー(永遠にさよなら)、キャプテン」意地悪く彼は付け加えた。「二度と会う事がないよう祈ってるぜ」

「私もそれを祈ろう」キャプテン・ブラッドは言った。

 カユザックは罵詈雑言を投げかけた。正午前に彼は手下達――イブレビルが引き止める為に手を尽くしたにもかかわらず、カユザックに説き伏せられて手ぶらで帰途につく事に同意した、約六十名の失意の男達――と共に出発した。提督は約束を守り、沖に出るまでの自由通行を許したが、それはキャプテン・ブラッドがスペイン人に関する自分の知識から予測していたよりも大幅に寛大な処置だった。

 一方、離脱組が錨を上げたのと前後して、キャプテン・ブラッドは副総督が再度の面会を求めているという知らせを受けた。やってきたドン・フランシスコを一目見れば、マラカイボ市を案じ、妥協を知らぬ提督の姿勢をなじって夜を徹したのがありありとうかがえた。

 キャプテン・ブラッドは上機嫌で彼を迎えた。

「おはよう、ドン・フランシスコ。焚き火は夕刻まで延期しました。その方が暗闇に映えるでしょうからね」

 痩せ型で神経質な年配の男性であり、家柄は高く活力は低いドン・フランシスコは、単刀直入に用件に入った。

「私は君に告げる為にここにきたのだ、ドン・ペドロ。もし君が三日間の猶予を許すならば、君が要求しドン・ミゲル・デ・エスピノーサが撥ねつけた身代金は、私が支払おう」

 キャプテン・ブラッドは彼と向かい合ったが、その明るい両目の上では黒い眉がしかめられていた。

「それをどこで調達するおつもりなのです?」わずかに内心の驚きをのぞかせながら彼は言った。

 ドン・フランシスコは首を振った。「それは私の個人的な問題としておかねばならん」彼はそう答え、「私はその在り処を知っているし、同胞からの寄与も頼まねばならん。私に三日間の仮釈放を許してくれれば、君が完全に満足する結果を出す。その間は我が息子を人質として君の許に留めよう」と更に嘆願を重ねた。しかしそれは鋭い声にさえぎられた。

「なんと!大胆な方だ、ドン・フランシスコ。このような話をする為に――自分達はどこへ行けば身代金を調達できるか知っているが、その場所を教えるのは拒否すると告げる為に――いらっしゃるとは。指の間をあぶられれば、もっと素直に話すお気持ちになるだろうか?」

 ドン・フランシスコは蒼白になりながらも、再び首を振った。

「それはモーガンやロロネーや他の海賊達の流儀だ。しかしそれはキャプテン・ブラッドの流儀ではなかろう。もし私がそのような危険を疑っていたならば、これほど多くを話したりはしない」

 キャプテン・ブラッドは笑った。「老獪な方だ」彼は言った。「私の虚栄心を利用するおつもりですね?」

「君の名誉をだ、キャプテン」

「海賊の名誉を?まったく、貴方はどうかしておられる!」

「キャプテン・ブラッドの名誉をだよ」ドン・フランシスコは強調した。「君は紳士のごとく戦うという評判だ」

 キャプテン・ブラッドは再び痛烈かつ冷笑的な笑い声を上げ、ドン・フランシスコは最悪の事態を思い不安になった。彼はブラッドが自嘲している事に気づいていなかった。

「それは単に、その方が最終的には自分の得になるからというだけの事です。ですから同じ理由に基づいて、貴方にお望み通り三日間の猶予を差し上げましょう。さて、それに関してですが、ドン・フランシスコ。ラバは必要とされる頭数を全て連れて行かれるといい。こちらで用意しましょう」

 ドン・フランシスコは彼の用件を果たす為にその場を辞し、後に残されたキャプテン・ブラッドは、海賊行為が評判になれば、その分だけ騎士道的振舞いの方も知れ渡るのだから、海賊稼業に精を出すのもまるきり無益という訳でもないらしい、という苦々しさと満足感の狭間で思いにふけった。

 期限通りの三日目に、要求された金額相当の黄金の延べ板と貨幣をラバの背一杯に積み、黒人奴隷に追わせてきた百頭の牛を連れて、副総督はマラカイボに戻った。

 これらの去勢牛は、通常はブカン・ハンターとして生活している者達に渡された。肉の貯蔵に熟練している彼等は、それから一週間の大半を、水辺で牛を解体して塩漬け肉にする作業に追われて過ごした。

 このような作業の間にも、海へ出る為に船の修理は進められ、キャプテン・ブラッドは己の命運のかかった問題を解決するべく熟考を続けていた。彼が雇ったインディアンの斥候によれば、スペイン兵達は干潮時にサルバドール号の大砲三十門を引き上げて、既に圧倒的な戦力に更なる砲列を加えたという。思案の末に現場で天啓を得る事を期待したキャプテン・ブラッドは、自ら偵察に乗り出す事にした。生命の危険は覚悟の上で、彼は友好的なインディアン二名を伴い、夕暮れに紛れてカヌーで島に渡ったのである。一行が上陸してきた側に密生している低木の茂みで己の身とカヌーを隠し、彼等は夜明けまでそこに伏せていた。それからブラッドは偵察を行う為に、細心の注意を払いつつ単身で前に進んだ。彼は既に抱いていた疑念を確認する為に前進し、そして絶対の安全圏を越えて、己の度胸が許す限りぎりぎりの距離まで要塞に近づいた。

 匍匐前進で1マイルほど離れた高台の頂点まで這い進み、そこから彼は要塞内部の配置を目視した。持参した望遠鏡を使って、彼は自分が疑い、そして期待していた通りに、要塞の砲列が全て海に面した側に配置されている事をしっかりと確認した。

 満足した彼はマラカイボに戻ると、作戦会議のメンバー六名――ピット、ハグソープ、イブレビル、ウォルヴァーストン、ダイク、オーグル――の前に、陸に面した側から要塞を襲撃するという案を提出した。夜陰に紛れ島に渡ってスペイン軍の不意を打ち、敵が猛反撃を行う為に大砲の向きを変える前に圧倒しようという試みである。

 捨て身の行動を愛する気性のウォルヴァーストンを除き、士官オフィサー達はその作戦案を冷ややかに受け止めた。ハグソープはきっぱりと反対を表明した。

「その作戦は無謀過ぎますよ、ピーター」彼は厳かにそう言うと、端正なかぶりを振った。「奇襲自体が可能だとしても、我々の方も大砲は使えないんですよ。我々は手持ちの銃器だけに頼らねばなりません。二倍以上の敵兵に気づかれずに、丸腰同然の三百人が(これはカユザックの離脱によって減少した数であった)どうやって要塞までたどり着けるんです?」

 他の者達――ダイク、オーグル、イブレビル、そしてブラッドへの忠誠心から異議を申し立てるのは気が進まなかったであろうピットすら――も、口々に彼に賛同した。彼等が一通り反対意見を言い終えると、ブラッドは「全て計算済みだ」と言った。「それについては熟慮の上、危険を最小限にする方策を検討した。この難局において…」

 彼は突然言葉を切った。ほんの少しの間、彼は考えに没頭し眉を寄せていた。それから彼の顔は天啓によって突然輝いた。彼は顎を引き、ゆっくりと頭をうつむけ、その場で座したまま熟考し、検討した。それから彼は「うん」、そして再び「うん」と低い声でつぶやき、頷いた。彼は部下達と対面する為に顔を上げた。「聞きたまえ」彼は声を張り上げた。「君達が正しいのかもしれない。危険性はあまりにも高いかもしれない。何にせよ、私はもっと良い策を考えた。先程まで本当の攻撃としていたものは、陽動とする。さあ、ではこれが私の作戦計画だ」

 彼は手短に、そして明確に語った。そして彼が一つ一つ説明を進めるにつれ、部下達の顔は意気により輝いていった。説明を終えた時、彼等は異口同音に自分達は救われたと叫んだ。

「まだ実証が済んでいないぞ」彼は言った。

 これまでの二十四時間全ては出発準備にあてられており、先延ばしにする理由はない為に、行動開始は翌朝と決定された。

 キャプテン・ブラッドの作戦成功に対する強い自信は、人質として留め置いていた捕虜と、この当時は一般に正当な略奪品と見なされていた黒人奴隷までをも即座に解放した点にも表れている。解放した捕虜に対する用心は、彼等に教会に入るよう命じて扉に鍵をかけた一事のみであり、捕虜たちは間もなく都市に入ってくるはずの者達による救出をそこで待った。

 それから船倉には財宝が積み込まれ、それぞれが後方に三艘のピラグアを牽引している三隻の船に全員が乗り込むと、海賊バッカニア達は錨を上げ砂州に向かって船出した。

 正午の太陽の下、堂々と前進する船団の帆が眩しい日差しを受けてほのかに白く光る様を眺めていた提督は、長く痩せた手を満足げにすりあわせ、歯を見せて笑った。

「遂に!」彼は叫んだ。「主は我が手中にきゃつをお与えくださった!」彼は背後で見守っている士官の一団を振り返った。「遅かれ早かれ、こうなるはずだったのだ」彼は言った。「今こそ宣言しよう、諸君、我が忍耐は報われたと。今日ここにおいて、かつてきゃつが自ら名乗ったドン・ペドロ・サングレの悪名の下にカトリック王の臣民が被った難事は終わりを告げるのだ」

 彼は部下達に命令を下し、要塞には蜂の巣のような活気が生じた。海賊バッカニアの船団がパロマスを目指して進む間にも、大砲には要員が配置され、砲手ガンナー達は導火索に火を点けして待ち構えたが、その間に海賊達がパロマスを目差しつつも進行方向を西寄りに変えるのが見えた。スペイン兵達はそれを観察して不審に思った。

 要塞から西に1マイル半、岸から半マイル以内――すなわち、最も浅底の船以外ではどちらの側からもパロマスへの接近を困難にしている浅瀬の端――で、そしてスペイン兵の視界の範囲内かつ彼等の最も強力な大砲の射程範囲外で、その四隻の船は錨を下ろした。

 提督は冷笑した。

「ハ!二の足を踏んでおるな、イングランドの犬め!ポル・ディオス(神かけて)、好きなだけぐずぐず先延ばしにするがいい」

「奴等は夜を待っているのでは」彼の傍らで興奮に震えている甥が示唆した。

 ドン・ミゲルは微笑みながら彼を見た。「この狭い水路で、我が砲口の鼻先で、夜陰に乗じる事が可能だと?案ずるな、エステバン。今夜、お前の父の仇をとってやる」

 提督は引き続き海賊の動向を観察する為に望遠鏡を上げた。それぞれの船に牽引されているピラグアが揃って方向を変えるのを目にした彼は、この作戦行動は何の予兆なのだろうかと軽い疑念を抱いた。しばらくの間、それらは船体の後ろに隠れていた。それから再び一艘づつ姿を現わして迅速な漕艇そうていで本船を離れてゆくピラグアには、それぞれに武装した男達が満載されているのが視認できた。彼等を乗せたピラグアは岸辺を目指し、水際に樹木が密集した地点に向かっていた。木々の葉によって彼の視界から隠されてしまうまで、提督の訝しげな視線はそれらを追い続けた。

 それから彼は望遠鏡を下げて士官達に目を向けた。

「どういう事だ?」彼は尋ねた。

 その問いに答える者は一人もおらず、全員が彼と同様に当惑していた。

 わずかの間を置いて、水辺を注視していたエステバンが伯父の袖を引いた。「奴等が舟を出します!」そう叫んで彼は指差した。

 確かにピラグアは本船に向けて戻って行った。しかし漕ぎ手を除けば、その中は今、空になっているのが見て取れた。武装した乗員達は陸上に残ったのだ。

 武装した男達を新たに積み直して再びパロマスに運ぶ為に、ピラグアは牽引されてきた本船に戻った。そして遂にスペイン士官の一人が思い切って解説した。

「奴等は陸路から我々を攻撃するつもりです――要塞を強襲する為に」

「無論だ」提督は微笑した。「それは想定済みだ。奴等め、どうやら自暴自棄になったようだな」

「突撃しますか?」興奮した様子でエステバンは力説した。

「突撃?低木の茂みを潜り抜けてか?奴等の思う壺だ。いや、いや、我々はここで迎え撃つ。その時は、奴等が完膚なきまで打ち砕かれる時だ。疑いの余地なくな」

 しかし提督の心の平静は、夜までには完全なものとは言い難くなっていた。その時までにピラグアは海賊達を乗せて半ダースの往復をしており、男達は――ドン・ミゲル自ら望遠鏡で見届けたように――少なくとも1ダース程度の大砲を陸揚げしていた。

 彼の顔からは既に微笑が消えていた。再び士官達を振り返った時、その顔はいささか怒気を含み、そしていささか不安げであった。

「奴等がわずか三百人の手勢しかいないと報告した馬鹿者は誰だ?少なくとも二倍の数が既に上陸しているではないか」

 彼は驚いたが、しかしもし真実を知れば、彼の驚きは更に深くなっていただろう。パロマスの陸上には一人の海賊も、一台の大砲もなかった事を。ぺてんは完璧だった。ドン・ミゲルには、ピラグアに乗った男達が常に同じ顔ぶれであったとは思いもよらなかった。岸へ向かう際には彼等は座っており、砦からよく見える場所で全身をさらした。そして本船に戻る際には舟底に横たわり、小舟を空に見せかけていたのである。

 海賊達の総動員――そしてそれは、あの邪悪なブラッド配下に想定していたものの二倍の戦力である――による、陸側からの夜襲という見通しに対するスペイン兵達の不安の高まりは、提督にも伝わり始めていた。

 陽の光が失われようとする頃にスペイン兵達がとった行動、それはキャプテン・ブラッドが確信を持って予測していたものと完全に同じであった――スペイン軍が攻撃に対処する際には具体的にどのような行動をとり、如何なる準備をするかは、徹底的に図上演習が行われていた。彼等は沖の狭い水路を見下ろしていた大砲の位置を変えるべく、懸命に作業したのである。

 うめき声を上げ大汗をかき、士官達の悪態と時折振るわれる鞭に駆り立てられて、兵士達は狼狽により急ぐあまりに半ば逆上しつつ、より多くの大砲を移動させて陸に面した側への砲撃力を強化するように据え直す作業を行った。これによって、半マイルも離れていない森からいつ何時なんどき襲われようとも、迎え撃てるだけの準備が整うのである。

 かくして夜のとばりが落ちる頃には、その蛮勇によりカリブ海のスペイン支配圏に悪名を轟かせた野蛮な悪魔達の猛攻に激しい不安を感じつつも、とにもかくにもスペイン兵達は、海賊どもの襲撃に耐え得る備えを整えていた。砲撃の準備を完了し、彼等は待った。

 そしてスペイン軍が待ち構えている間、暗闇の中、潮が引き始めた時刻に、キャプテン・ブラッドの船団は静かに錨を上げた。そして前回と同じく、斜桁スプリット以外の帆は広げずに四隻の――黒い塗装までほどこした――船の舵を操って、明りを点けず、沖へと続く狭い水路を測深しながら慎重に進んだ。

 エリザベス号とインファンタ号は並んで先頭を進み、その陰のような巨体は要塞とほぼ並行する位置にまできた。船首が水をかき分ける低い音に気づく瞬間まで、スペイン兵達の注意は反対側に集中していたのである。そして今や夜の大気中には、人々の困惑から生じた騒乱がバベルの塔で起きた混乱もかくやとばかりに響いていた。その混乱を助長してスペイン兵の間に無秩序状態を生み出す為に、エリザベス号は速い引き潮に乗って通り過ぎる際に要塞に向け左舷砲を撃ち込んだ。

 即座に自分が――どのようにしてかは未だわからないものの――欺かれ、獲物が今まさに逃げおおせようとしているのを悟った提督は半狂乱になり、散々な苦労の末に移動させた大砲を元の砲床に戻すように指示して、砲手ガンナー達には貧弱な砲台からの攻撃を命じた。絶大な火力を誇る彼の砲列は、今は大半が海峡に背を向けて無用の長物と化していたのである。このような混乱の為にいくつかの貴重なチャンスを失った挙句、要塞はようやく発砲した。

 それは今や巻き上げていた帆を全て降ろし、速度を上げて並行する位置まできていたアラベラ号の恐るべき片舷斉射による返礼を受けた。逆上し無意味に騒ぎ立てていたスペイン兵達が垣間見たのは赤い船体側面から噴出した炎の列だけであり、帆綱ハリヤードのきしむ音は一斉攻撃の轟音が掻き消した。その後にはもう、彼等にその船影をとらえる事はかなわなかった。スペイン軍が盲撃ちした小型の砲弾が暗闇の中に消えていったが、離脱しようとする海賊船は、彼等の位置を把握できずに困惑する敵の目印となるような発砲は二度と行わなかった。

 ブラッドの船団によって被った損害は軽微なものだった。しかしスペイン兵達が混乱から回復し、苛烈な攻撃命令を実行可能になった頃には、既に敵船団は南からの微風に助けられて狭い水路を通り沖に出ていた。

 かような次第により、ドン・ミゲル・デ・エスピノーサは失ったチャンスを苦々しく反芻するに任され、ピーター・ブラッドがまんまとマラカイボから逃がれ、銀貨二十五万と他の略奪品に加えて、スペインの財産である二十門搭載のフリゲート艦二隻までをも奪っていったという事実をカトリック王の枢機会議コンセホ1でどのように報告すべきかに頭を悩ませた。ましてやドン・ミゲルのガレオン船四隻と重武装の要塞が、一度はしっかりと海賊達を罠に閉じ込めておきながらの、この顛末を。

 重く、実に重く、ピーター・ブラッドに対する借りは増し、如何なる犠牲を払おうときゃつめに全ての借りを返してやると、ドン・ミゲルは熱烈に天に誓った。

 そしてまた、この件でスペイン王が被った損害は、先に記したものだけでは済まなかった。何故なら次の夜、ベネズエラ湾の入り口、オルバ海岸沖において、キャプテン・ブラッドの船団は、遅参してきたサン・ニノ号がマラカイボでドン・ミゲルと合流する為に帆に風をはらみ急行する処に遭遇したのである。

 当初このスペイン船は、自分達が遭遇したのは海賊を打ち破って帰還するドン・ミゲルの艦隊であると想定した。比較的狭い水域において、期待に反してセント・ジョージ・クロスのペノンがアラベラ号の檣頭マストヘッドに舞い上がった時、サン・ニノ号は賢明にも自艦の旗を降ろして降伏した。

 キャプテン・ブラッドはサン・ニノ号の乗組員に対してボートに乗るように命じると、オルバなり他のどこなり、好きな陸地で降りるようにと申し渡した。慈悲深くもブラッドは彼等を援助する為に、彼の船が未だ牽引していたピラグアを何艘か与えた。

「君達も早晩知る事になると思うが」とサン・ニノ号の艦長に彼は言った。「ドン・ミゲルは極めつけに不機嫌な状態だ。彼に私の事をとりなしておいてくれたまえよ。それと、彼の身に降りかかった全ての災難は彼自身に責任があるのだと悟ってもらう為に、あえて私は危険を冒したのだと伝えてくれ。彼がバルバドス島襲撃の為に弟を私的に送り出した際に解き放った凶運が、彼の許に跳ね返ってきたのだとね。もしも彼がまた英国植民地に魔を放つ気を起こしたら、その前にもう一度よく考えるようにと諫言するのだね」

 サン・ニノ号の艦長が舷を越えて姿を消すと、次にキャプテン・ブラッドは積荷の調査に取り掛かった。昇降口ハッチを開けると、船倉の中には人間が貨物として詰め込まれているのが明らかになった。

「奴隷か」ウォルヴァーストンがそう言って、スペイン人の極悪非道ぶりに対する悪罵を並べ立てていると、暗い船倉から這い出してきたカユザックが、突っ立ったままで日光に目をしばたたかせた。

 ブルトン人海賊の目をしばたたかせたものは、日光だけではなかった。そして彼の後から這い出てきた者達――彼の部下の生き残り――は口を極めてカユザックを罵った。彼の臆病のせいで、自分達は希望を失って見捨ててきた連中に助けられるという、不名誉な立場に追い込まれたのだと。

 彼等のスループ船は三日前にサン・ニノ号に遭遇し、撃沈され、そしてカユザックは桁端ヤードアームから吊られるのを辛くも免れて、時折、浜辺の同胞の間で嘲りの的にされるだけで済まされた。

 その為に、以後の数ヶ月間、彼はトルトゥーガ島で冷やかしの言葉をかけられ続ける事となるのであった。

「オマエさんは、どこでマラカイボでせしめてきた金を使うつもりなんだい?」


  1. Consejo Real y Supremo de las Indias 新大陸のスペイン植民地に関する諸問題を扱う国王諮問機関。軍事行動の決定権や司法権も持つ。 

イソノ武威
作家:ラファエル・サバチニ
海賊ブラッド
0
  • 450円
  • 購入