遺伝子分布論 22K

サトーの話12

  突入といっても、エアロックからは落ち着いて
 歩いていく。エアロック入り口はアミが閉めて
 しまった。
 
「逃げ道よりも覚悟が大事」
 女は強い。
 
 そして、1,000体以上のアンドロイドたちが鎮座
 するルームにたどりついた。アンドロイドたちは
 文字通り鎮座していた。一部起動を開始している。
 
 心配していた、有線ケーブルや作業用のテーブル
 の類は無かった。
 
「侵入者でーす」とアミが叫ぶ。始まった。
 
 まずはアミが起動しかかっている10体ほどに
 すばやく打撃を決めて停止させる。おれも2体
 ほど。彼らはやっとこちらが敵であることを
 認識したようだ。わらわらと集まってくる。
 
 そこに雄たけびを挙げてドンが突っ込む、がすぐ
 引いて威嚇する。最初の数分はおれの側を気に
 してくれていたが、おれの動きもよくなったのを
 見て、練習していたフォーメーションを開始だ。
 
 ドンを基点にして、三角形をつくる。そしてドン
 がゾーニングして、アミとおれに必要以上に多く
 アンドロイドが当たらないようにする。
 
 そして、アミの側はシントウケイを決めながら
 前進し、おれの側は後退する。後退しながらも
 チャンスがあれば狙う。
 
 これが間違いなく機能していた。
 
「よーし、サイドチェンジ!」
「一体裏にまわったよ、下がって下がって!」
「サトーさん、うしろうしろ!」
 
 諜報部の連絡どおり、半分近くが確かに起動でき
 ていない。目標はアミが5分間で300体。
 それ以上かかると、起動に時間がかかる特殊
 タイプの4体が上がってきて、手に負えなくなる。
 
 予想していたが、彼らは多対多にチューニング
 されていない。動きにチームワークがなかった。
 が、少しづつ学習してきたのか、複数で同時に
 組み付く。
 
 しかし、ドンに組み付いても、おれに組み付いて
 も、アミのいい的になった。そろそろ誰を止め
 ないとだめなのか、アンドロイドたちが気づき
 出したが、アミは捕まらない。
 
「待って、下がって。来たわ」
 
 アンドロイドたちが防御的な姿勢をとりはじめた
 のは、特殊型が起動して歩いてきたことと関係
 あるかもしれない。4体とも。
 
「やってみる」
 
 アミがアンドロイドの群れに飛び込んでいった。
 
 それを見て、ノーマル型がドンに組み付く。
 おれのほうに特殊型が一体来た。
 
 今のおれの実力なら、ぜったいいける、幸い
 ノーマル型が邪魔してくる気配がない、アミも
 そのうち残りの3体をやってくれる。
 
 と、目の端にアミが戦っているのが見えた。3体
 相手にとてもシントウケイを打てる気配がない。
 いや、人間離れした体捌きで全部避けている。
 それだけで充分か。
 
 そして、そいつはいきなりヒザあたりにタックル
 してきた。
 
 段違いに速い。
 
 ジェニーのタックルより速くないか?
 
 そして、あっという間に裏をとられる。あれ、
 ちょっと待て、首が極まってるんだが、これどう
 やって極めてるんだ?
 掛けられたことないぞこの絞め技・・・
 
 と思っているうちに、意識が遠のいた。
 

ドンの話

  打ち合わせでは、特殊型の起動はもう少し時間
 がかかるのと、一体づつシークエンスに上がって
 くるはずだった。なのでアミが一体づつ倒して
 いく手筈だったが。
 
 サトーが裏をとられているのを見て、ドンは事態
 がかなりやばいことに気づいた。が、数十体に
 組み付かれて、さすがに身動きがとれない。
 
 そこにその二人が入ってきた。
 
「盛り上がってきたかな?」赤い衣装? を
 まとったナミカと、黒い戦闘着のサキだった。
 
「そこ、サトーさんのとこ、特殊型ですよ!」
 
 特殊型が気配を感じて飛びのく、
 が、一瞬だった。
 
 ナミカに気圧されてじりっと下がった瞬間、
 回り込んだサキに背中から打たれた。一瞬で
 十数発。
 
 停止した特殊型にナミカがロックを極める。
「ごめんねちょっと試させて」
 腕、肩まわりをかなり強化されている特殊型の
 肩口あたりがバキっと音をたてた。
 
 サキはすでにドンに組み付いているノーマル型に
 アプローチしている。そしてドンが動けるように
 なった。
 
「サトーさんをお願い」
「うぃっす!」
 
「アミ!ノーマルやるから!そのまま耐えて!」
「あいよー」
 
 サトーが起きた。
 
 ナミカとサキの二人でみるみるノーマル型が停止
 していく。そして、特殊型三体だけになった。
 
「よーし、こういう場合の戦い方を教えてあげるよ」
 ナミカが叫んだ。
 
「ドンとサトーは二人をゾーニングして!」
「はい!」
 サトーは特に返事しないままふらつきながらも
 対峙する。
 
 アミとサキとナミカ、これも一瞬だった。
 ナミカのフェイントにアミとサキ、前後から二十
 数発受けて停止。
 
 そしてすぐさま、ドンを吹き飛ばした一体に同様。
 
 その間、サトーはまた落ちた。本日2度目。
 同じ絞め技だったがこの短時間でかわし方を思い
 つくのは不可能。
 
 サトーを絞め落とした最後の一体に3人が近づく。
 
「これちょっとわたしやっていい?」
 サキとアミが牽制する。ナミカの重い双掌で停止
 した。
 
 サトーが起きる。サキが話かける。
 
「サトーさんわかる?」
「ああ、あ、え?えっと・・・」
 誰だかわかったのだろうか。
 
「私が2度とも起こしてあげたのよ」
 
 違う、起こしたのは2度とも私だ。しかしそれは
 あえて言わなかった。
 
 そしてそれを聞いてサトーは、安心したのか、
 また落ちた。安堵の寝顔で。
 

テルオの話

  テルオはどんな時でも静かに微笑んでいる
 ようなそんな少年だった。
 
 親が警備会社を持っており、小さいころ家は裕福
 だった。テルオが5歳のころ、もともといた第3
 エリアから第2エリアへ家族で引っ越した。
 事業拡大だった。
 
 最初の数年は非常に順調だった。拠点を増やすか
 どうかという話も出ていた。
 
 7年ほど経った頃、状況が変わった。
 第2エリアの景気悪化とともに事業も悪化し、
 撤退。現在は家族とも第3エリアに戻っているが、
 そこでも業績が悪化。
 
 今年から実家を出て一人暮らしをはじめた。
 
 戸建ての借家であるが、実家からもそんなに離れ
 ていない。家事を手伝いにいくからである。
 
 家があるのは第三エリアのバームクーヘン型多層
 都市。その最下層の農業区画にあった。
 
 ドーナツ型のバームクーヘンから切り出した形の
 この都市は、一辺が100キロの巨大なもの
 だった。まったく同型がケーブルでつながれて対
 になってお互いゆっくりと回転し、弱重力を
 作り出していた。
 
 第三エリアには同型が数都市あるが、月の裏側に
 あるこのエリアには他の空域と比較して多彩な
 都市構造がある、というより太陽系にあるほぼ
 すべてのタイプの宇宙都市構造がここにも揃って
 いた。
 
 第三エリアには、同じ領土内に複数の国家が存在
 する。住民は好きな行政サービスを選択する。
 つまり、国家を選ぶ。
 
 テルオの一家はコウエンジ連邦に属していた。
 
 コウエンジは、地球上のある民族が住んでいた
 土地に由来する。特殊な趣味を持った人たちが、
 自分たちの趣味のための国を作りたい、そうして
 始まった。今では一千億人を超える。
 
 しかし、第三エリアで最大の人口を擁するのは
 ユノ国である。比較的地球から遠い位置にある
 このエリアで、温泉業を始めたのがユノ国
 のはじまりだった。
 
 宇宙空間でも癒しを求めるひとが多いのか、建国
 以来人口は急速に増えていった。コ連の人々が
 中心に作り出す世界観や豊富なエンターテイ
 メントも人々を惹きつけるようだ。
 
 テルオは日中家にいる場合、縁側を開け、香を
 焚いて昼寝する。部屋は、草を乾燥させて編み、
 タイル状にしたマットで敷き詰められていた。
 外は住居もまばらの農業地帯の、のんびりした
 風景だった。
 
 そのあたりは、地面に水を張るタイプの農作物を
 作るエリアであり、それもあってか少し蒸し
 暑かった。
 
 最下層は、地面から光を入れ、上層側、つまり
 天井から反射させつつ、発電による光でも補って
 いた。しかしそれも1キロ上空のため青く霞んで
 いる。
 

テルオの話2

  テルオは時々親の仕事を手伝った。
 といっても、経営のほうではなく、現場で警備員
 としてである。たまに上層階での仕事もある。
 
 この都市は、上層階にいくほど人口密度が上がり、
 最上階に近づくとまた人口密度が少し下がる。
 最上階は上面から光を取りいれたリゾート地が
 ある。
 
 北面と南面の中央には階層ごとをつなぐ交通機関
 があった。上の階層ほど、そして階層間交通が
 近いほど、雑多な街並みとなり、離れるほど閑散
 としてくる。
 
 各階層内でもそれぞれ異なる交通機関があり、
 地下鉄道が縦横に張り巡らされた階層もあるが、
 テルオが住む最下層は、鉄道といっても
 単線一両編成のもっとも単純なものであり、
 かつ駅からも少し距離があった。
 
 この都市には四季がある。夏は暑く冬は雪も降る。
 しかし、一般の構造都市では快適な一定温度、
 湿度で一年中設定してあることが多かった。
 
  テルオは雨の日は家で歴史や哲学を学んだ。
 その際基本的にはネットワーク端末を使用するが、
 特に気に入っているものについては、木の繊維を
 薄く成形したものに文字を印刷したものを
 数個持っていた。
 
 それは、宇宙世紀前からある哲学が当時の原文で
 書かれたもので、テルオはなるべくそれが生まれ
 たままの姿で読みたかった。
 
 この時代、量子コンピュータの発達により、また、
 データベース構造の技術革新により、言語の壁を
 容易に超えることができた。
 
 例えばネットワークゴーグルの着用により、
 その言語の意味を他の複数の言語、複数の
 表現で瞬時に表示したり、音声で読み上げたり
 できた。
 
 これは、言語そのものの習得にも役立った。
 憶えた単語を実際に使う相手もたいていすぐに
 見つかる。
 
 テルオの家には入浴するための部屋もついて
 いたが、頻繁に温泉にも通った。家から近い
 場所にある温泉はいつも空いていて、
 低温の湯船に長時間浮きながら思索するのが
 近年の日常だった。
 
Josui
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