遺伝子分布論 22K

テルオの話

  テルオはどんな時でも静かに微笑んでいる
 ようなそんな少年だった。
 
 親が警備会社を持っており、小さいころ家は裕福
 だった。テルオが5歳のころ、もともといた第3
 エリアから第2エリアへ家族で引っ越した。
 事業拡大だった。
 
 最初の数年は非常に順調だった。拠点を増やすか
 どうかという話も出ていた。
 
 7年ほど経った頃、状況が変わった。
 第2エリアの景気悪化とともに事業も悪化し、
 撤退。現在は家族とも第3エリアに戻っているが、
 そこでも業績が悪化。
 
 今年から実家を出て一人暮らしをはじめた。
 
 戸建ての借家であるが、実家からもそんなに離れ
 ていない。家事を手伝いにいくからである。
 
 家があるのは第三エリアのバームクーヘン型多層
 都市。その最下層の農業区画にあった。
 
 ドーナツ型のバームクーヘンから切り出した形の
 この都市は、一辺が100キロの巨大なもの
 だった。まったく同型がケーブルでつながれて対
 になってお互いゆっくりと回転し、弱重力を
 作り出していた。
 
 第三エリアには同型が数都市あるが、月の裏側に
 あるこのエリアには他の空域と比較して多彩な
 都市構造がある、というより太陽系にあるほぼ
 すべてのタイプの宇宙都市構造がここにも揃って
 いた。
 
 第三エリアには、同じ領土内に複数の国家が存在
 する。住民は好きな行政サービスを選択する。
 つまり、国家を選ぶ。
 
 テルオの一家はコウエンジ連邦に属していた。
 
 コウエンジは、地球上のある民族が住んでいた
 土地に由来する。特殊な趣味を持った人たちが、
 自分たちの趣味のための国を作りたい、そうして
 始まった。今では一千億人を超える。
 
 しかし、第三エリアで最大の人口を擁するのは
 ユノ国である。比較的地球から遠い位置にある
 このエリアで、温泉業を始めたのがユノ国
 のはじまりだった。
 
 宇宙空間でも癒しを求めるひとが多いのか、建国
 以来人口は急速に増えていった。コ連の人々が
 中心に作り出す世界観や豊富なエンターテイ
 メントも人々を惹きつけるようだ。
 
 テルオは日中家にいる場合、縁側を開け、香を
 焚いて昼寝する。部屋は、草を乾燥させて編み、
 タイル状にしたマットで敷き詰められていた。
 外は住居もまばらの農業地帯の、のんびりした
 風景だった。
 
 そのあたりは、地面に水を張るタイプの農作物を
 作るエリアであり、それもあってか少し蒸し
 暑かった。
 
 最下層は、地面から光を入れ、上層側、つまり
 天井から反射させつつ、発電による光でも補って
 いた。しかしそれも1キロ上空のため青く霞んで
 いる。
 

テルオの話2

  テルオは時々親の仕事を手伝った。
 といっても、経営のほうではなく、現場で警備員
 としてである。たまに上層階での仕事もある。
 
 この都市は、上層階にいくほど人口密度が上がり、
 最上階に近づくとまた人口密度が少し下がる。
 最上階は上面から光を取りいれたリゾート地が
 ある。
 
 北面と南面の中央には階層ごとをつなぐ交通機関
 があった。上の階層ほど、そして階層間交通が
 近いほど、雑多な街並みとなり、離れるほど閑散
 としてくる。
 
 各階層内でもそれぞれ異なる交通機関があり、
 地下鉄道が縦横に張り巡らされた階層もあるが、
 テルオが住む最下層は、鉄道といっても
 単線一両編成のもっとも単純なものであり、
 かつ駅からも少し距離があった。
 
 この都市には四季がある。夏は暑く冬は雪も降る。
 しかし、一般の構造都市では快適な一定温度、
 湿度で一年中設定してあることが多かった。
 
  テルオは雨の日は家で歴史や哲学を学んだ。
 その際基本的にはネットワーク端末を使用するが、
 特に気に入っているものについては、木の繊維を
 薄く成形したものに文字を印刷したものを
 数個持っていた。
 
 それは、宇宙世紀前からある哲学が当時の原文で
 書かれたもので、テルオはなるべくそれが生まれ
 たままの姿で読みたかった。
 
 この時代、量子コンピュータの発達により、また、
 データベース構造の技術革新により、言語の壁を
 容易に超えることができた。
 
 例えばネットワークゴーグルの着用により、
 その言語の意味を他の複数の言語、複数の
 表現で瞬時に表示したり、音声で読み上げたり
 できた。
 
 これは、言語そのものの習得にも役立った。
 憶えた単語を実際に使う相手もたいていすぐに
 見つかる。
 
 テルオの家には入浴するための部屋もついて
 いたが、頻繁に温泉にも通った。家から近い
 場所にある温泉はいつも空いていて、
 低温の湯船に長時間浮きながら思索するのが
 近年の日常だった。
 

テルオの話3

  最近はよく輪廻転生についてよく思索する。
 
 宇宙の年齢は現在時点で約140億年と聞く。
 宇宙世紀以前よりも寿命が延びたとはいえ、
 それでも150年もヒトは生きられない。
 
 この先宇宙が何億年つづくのかよくわからないが、
 これまで自分の意識が存在せず、そして
 100年少し生きてまたこの先ずっと自分の
 意識が存在しない、
 
 ということはありえないのではないか。
 
 宇宙の広さは、年齢分光が進んだ距離である。
 つまり、140億光年四方の広さを持つと
 言われる。そしてそれは光の速さで広がる。
 
 宇宙歴22000を超えた今でも輪廻転生に
 ついて科学的に解明はされていないが、
 少なくとも可能性として、この宇宙のどこかの、
 生物として生まれてくるのではないか。
 
 その際に、どの肉体の器で生まれてくるのか、
 選択権はあるのだろうか。物理的空間的に、
 住居を選ぶようにどの空域のどの生物かを
 選べるのだろうか。
 
 もし選べないとしたら、
 ある特定の生き物に対して極端に過酷な環境を
 意図して作るのは、あまりいいことではない
 のではないか。
 
 そういった環境が、すべて自分に還ってくる
 可能性がある。
 
 だが、例えば人間であれば、人間以下の
 生物と明確にコミュニケーションの方法、
 とくに相手の状況を侵害しているようなこと
 がないか、ということはわかっていない。
 
 そういった方法は今後見つかるのか。それは、
 逆に人類より高度な知性をもった生命体に
 対する意思伝達についてもいえる。
 
 我々は、自分たちより明確に、各段に優れた
 知的生命体に対して、自分たちの権利を
 主張することができるのだろうか。
 
 それは特に、ふだんから弱者をいじめ、侵害し、
 迫害し、時によっては死に至らしめるような
 者たちだった場合。
 
  少し方向を変えてみよう。
 
 数世代を経て、今の自分とまったく同じ
 趣味趣向、こだわりをもった人間が生まれて
 くるとする。これは可能性として充分あり得る。
 
 もちろんその人が、今の自分の意識として
 生まれてくる可能性もあるが、ほかの意識を
 持って生まれてくる可能性のほうが高そう
 である。
 
 この場合、おそらく輪廻転生ではない。
 
 しかし、その場合でも、今生きている自分は、
 そのひとにいい生き方をしてもらいたい。
 少なくとも、自分の人生で味わった苦労を
 味わってほしくない。
 
 自分が生きているうちに、次の自分のために、
 理不尽でつらい思いをしないような、そう
 いった社会を作れないものか。
 
 自分の意識と、自分の器。
 

テルオの話4

  テルオが少年期を過ごした第2エリアの話に
 移る。
 
 第2エリアの国の正式名称があるが、ここでは
 それを使わず、神聖バニラ帝国という名で呼ぼう。
 
 これは、テルオが考えた蔑称である。もちろん
 人前でこの名前を口にしたことはない。
 平凡な、とか退屈な、とかいう意味である。
 
 月のラグランジュポイントとしては2番目に
 進出が開始された第2エリアで作られたこの国は、
 建国当時は希望に満ち溢れたものだった。
 
 宇宙世紀開始直前、自由と民主主義を謳うある
 大国が、経済崩壊と内乱により解体された。
 宇宙世紀開始後、自由と民主主義の復活として、
 多くの人々に受け入れられ、実際に多くの
 ひとが移民した。
 
 それ以外のエリアが、比較的中規模、または
 小規模の経済圏で自給自足をできることを
 模索しているのと対照に、この神聖バニラ
 帝国は、集中大量生産で経済を効率化
 する方向を目ざしていた。
 
 それは政治も同じで、地方分権よりも
 中央集中、むしろ、太陽系の国々は自由と
 民主主義の名の元に統一されるべき、という
 理念を掲げていた。
 
 それはいい。
 
 あらゆるかたちをまず試してみることは、
 テルオも悪いことではないと思っていた。
 
 生まれてから4歳まで第三エリアに住んでいた
 ことも影響したのかもしれない、バ国の
 文化は、何かこう、突き抜けたものがない、
 テルオはいつしかそう感じるようになっていた。
 
 それは、テルオたちがちょうど移転したころを
 ピークに、どんどん悪化しているように見えた。
 
 人々は、一見希望に満ち溢れているように
 見えるが、けしてある壁を越えない、箱の外に
 出ない。
 
 自分の意識が高すぎるのだろうか?
 
 この国は、建国当初から民族のるつぼであった。
 しかし、ここ最近、この民族はこうである、
 という枠がそれぞれ当てはめられ、そこから
 出ることができない。
 
 学校のクラスでもそうである。
 
 もちろん、全員同じ顔をして同じ服を着ている
 わけではない。しかし、クラスには必ず
 こういうキャラがいて、毎日こういうことを
 言って、卒業していく、何か強力な予定調和を
 感じた。
 
 とくにいじめられたわけでもない、差別された
 わけでもないが、強烈な何かで、がんじがらめ
 の毎日だったと後で思った。
 
Josui
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