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秀樹の暴言を聞いたアンナは、思ったとおりの展開になり、亜紀は、ヤッパ、男子の心理を知らない子供だと思った。固まってしまった亜紀を見かねたアンナは、ヒフミンに手を差し伸べた。「ヒフミンは、小学生将棋大会で、日本一になったのよね。古代ゲームでも、日本一は、見上げたものよ。さあ、突っ立ってなくて、さあ、座って。今日のおやつは、アップルパイ。ほっぺたが落ちるぐらい、おいしいんだから」

 

 ヒフミンは、肩をすぼめてさやかの横に腰掛けた。さやかは、子供の話の邪魔にならないように、すっと立ち上がった。「アンナ、二階で、荷物の整理があるから」口早にアンナに声をかけて、二階に駆け上がっていった。アンナは、ヒフミンの前にアップルパイを置くと、ヒフミンお気に入りの竜王とかかれたマグカップにジャスミンティーを注いだ。「さあ、召し上がれ。ヒフミンの感想を聞かなくっちゃ」ヒフミンは甘いものが好きで、評論家のような感想を述べていた。

 

 ヒフミンは口をモグモグさせ、笑顔を作った。「とってもおいしいです。さすが、お母さん。ほんのりとした甘さが、口いっぱいに広がります。まいう~~」おべんちゃらを言ったヒフミンにカチンと来た秀樹は、さらにいやみを言い始めた。「君の肥満の原因は、甘いものの食べすぎだ。このままだと、糖尿病になるんじゃないか」亜紀は、顔が真っ青になった。どうして、秀樹は、仲良くしようとしないのだろうかと思ったが、どうしていいかわからなかった。

こんな険悪な状態は初めてで、とにかく秀樹の機嫌をとるために話題を替えることにした。秀樹が喜ぶ話題はないかといろいろ考えてみたが、即座には思いつかなかった。とりあえず、秀樹が得意なサッカーの話をすることにした。「今、ワールドカップの予選があってるじゃない。日本は、どうなるかな~?」秀樹は、サッカーの話しになって、俄然、目が輝き始めた。「日本は、問題ないさ。きっと、やってくれるさ」

 

 秀樹は、小太りのヒフミンを心の底で笑いながら、ドヤ顔でヒフミンに質問した。「ヒフミンは、サッカー好きか?」ヒフミンは、スポーツが苦手だった。特に肥満のヒフミンは、走るのが苦手だった。サッカーが苦手なヒフミンは、しぶしぶ答えた。「やるのは、苦手だけど、見るのは好きだ。三浦選手って、年なのに、すごいよな」秀樹は、三浦選手をほめたことで、少し機嫌がよくなった。「へ~、ヒフミンもサッカーのこと、分かってるじゃないか。カズは、日本のキングだからな」

 

 秀樹は、いつものごとくサッカーの自慢話を始めた。「僕は、フォワードだ。まあ、福岡のジュニアチームでは、かなり有名なんだ。ヒフミン、今度、サッカーをやろう」ヒフミンは、秀樹の機嫌がよくなったことで、少しほっとした。「足は遅いけど、やりたいな~。ドリブル、教えてくれよ」秀樹は、快く返事した。「いいとも。亜紀も、サッカー好きだよな」突然振られた亜紀だったが、気まずい雰囲気にならないように、即座に笑顔で答えた。「サッカー、大好き。みんなで、やろ~よ」

亜紀は、なんとなく二人が仲良くなってきたようでほっとしていたが、秀樹がお金の話を始めた。「プロって、儲かるんだろうな~。男子は、何と言っても、お金だから。な~、亜紀」またしても、突然振られた亜紀だったが、今度ばかりは、返事に躊躇した。秀樹は、金持ちであることを自慢したがっていると思えたからだ。しばらく考えて当たり障りのない返事をした。「プロのことはよくわからないいけど、プロになれる人って、数少ないんじゃない」

 

 秀樹は、さらに、プロの金儲けの話を続けた。「そりゃ~そうさ。プロの世界は、弱肉強食だからな。でも、貧乏人が億万長者になるには、プロになるのが一番さ。俺は、ケンブリッジ大学でAIを研究して、将来は、無敵のAIロボットを作ってやる。そう、ヒフミンは、どこの大学に行くつもりだ。まさか、奨励会?ってことはないよな」すでに奨励会に行くことになっていたヒフミンは、グサッときた。

 

 勉強が苦手なヒフミンは、しばらく黙っていたが、自分の気持を言うことにした。「僕は、勉強が苦手なんだ。大学には行かない。でも、将棋のプロになりたい。自信はないけど」秀樹は、あきれた顔つきで皮肉を言った。「おいおい、将棋のプロか。まいったな~、貧乏人の夢は、ヤッパ、プロか。そうそう、プロがAIに負けたよな~。そんなんじゃ、いずれ、プロは消滅するじゃないか。そんな夢を砂上の楼閣、って言ってたような」

せっかく仲良くなってきたと思えたときに、秀樹の毒舌が始まり、空気が重苦しくなってしまった。亜紀は、とっさに手を差し伸べた。「いいじゃない。夢なんだから。ヒフミンは、将棋が好きなんだから。それでいいじゃない。夢を追いかけるのは、素敵なことだと思う」ヒフミンは、励ましてくれた亜紀に笑顔を向けた。秀樹は、ヒフミンの肩を持った亜紀に向かって皮肉を言った。「夢ね~、AIに勝てないプロってのは、恥さらしだよな~」

 

 ヒフミンは、プロがAIに負けたニュースを思い出していた。事実、プロがAIに負けたときは、自分が負けたようで、涙がドッと零れ落ちた。しかし、夢をあきらめる気にはなれなかった。ヒフミンは、寂しそうな表情を作ると小さな声でポツリと声を発した。「僕には、将棋しかとりえがないから」ヒフミンはガクンとうなだれてしまった。しばらくすると、閉じたまぶたから涙がこぼれ落ちた。

 

 涙を流したヒフミンに、亜紀は何と声をかけていいか分からず、アンナの助けを眼差しで求めた。アンナは将棋のことがよくわからず、何と言って励ましていいかまったく分からなかった。プロがAIに負けたことはニュースで知っていたが、別に気にするようなことではないと思っていた。でも、プロを目指している少年にとっては、一大事件だったことにヒフミンの涙を見て気づいた。

春日信彦
作家:春日信彦
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