ライバル

アンナは、亜紀が手招きしてしまったてまえ、追い返すわけには行かなくなった。でも、きっと、秀樹と喧嘩になると思い、亜紀をにらみつけた。亜紀には、アンナの表情の意味がまったく分からなかった。能天気の亜紀は、小太りのヒフミンをキッチンまで力任せに引っ張っていった。薄汚い小太りの少年を見た秀樹は、顔をしかめ、挨拶した。「こんにちは。クラスメイトの秀樹です」

 

ヒフミンは、金持ちの雰囲気を漂わせ、高価なジャケットを着ている少年に気後れしたが、勇気を振り絞って小さな声で挨拶した。「こんにちは。糸島小学校4年のヒフミです。みんなには、ヒフミンと呼ばれてるけど。亜紀ちゃんに時々将棋の相手をしてもらってるんだ。よろしく」秀樹は、亜紀と仲がいいところを聞かされ、ムカついた。「へ~、将棋ね~。そんな古代ゲームをやってるのか。亜紀ちゃん、将棋なんかやってると、貧乏臭くなるよ」

 

亜紀は、ヒフミンを侮辱する言葉に固まってしまった。秀樹は、貧乏人と頭が悪い男子を馬鹿にし、父親が金持ちであることを自慢することは承知していたが、まさか、初めて会う男子に卑劣な暴言を吐くとは、夢にも思わなかった。三人で仲良く学校の話をしたくて、ヒフミンを秀樹に紹介したつもりが、とんでもない出会いになったことに後悔した。亜紀は、ヒフミンのおびえた顔を見てこの場から逃げ出したくなった。

秀樹の暴言を聞いたアンナは、思ったとおりの展開になり、亜紀は、ヤッパ、男子の心理を知らない子供だと思った。固まってしまった亜紀を見かねたアンナは、ヒフミンに手を差し伸べた。「ヒフミンは、小学生将棋大会で、日本一になったのよね。古代ゲームでも、日本一は、見上げたものよ。さあ、突っ立ってなくて、さあ、座って。今日のおやつは、アップルパイ。ほっぺたが落ちるぐらい、おいしいんだから」

 

 ヒフミンは、肩をすぼめてさやかの横に腰掛けた。さやかは、子供の話の邪魔にならないように、すっと立ち上がった。「アンナ、二階で、荷物の整理があるから」口早にアンナに声をかけて、二階に駆け上がっていった。アンナは、ヒフミンの前にアップルパイを置くと、ヒフミンお気に入りの竜王とかかれたマグカップにジャスミンティーを注いだ。「さあ、召し上がれ。ヒフミンの感想を聞かなくっちゃ」ヒフミンは甘いものが好きで、評論家のような感想を述べていた。

 

 ヒフミンは口をモグモグさせ、笑顔を作った。「とってもおいしいです。さすが、お母さん。ほんのりとした甘さが、口いっぱいに広がります。まいう~~」おべんちゃらを言ったヒフミンにカチンと来た秀樹は、さらにいやみを言い始めた。「君の肥満の原因は、甘いものの食べすぎだ。このままだと、糖尿病になるんじゃないか」亜紀は、顔が真っ青になった。どうして、秀樹は、仲良くしようとしないのだろうかと思ったが、どうしていいかわからなかった。

こんな険悪な状態は初めてで、とにかく秀樹の機嫌をとるために話題を替えることにした。秀樹が喜ぶ話題はないかといろいろ考えてみたが、即座には思いつかなかった。とりあえず、秀樹が得意なサッカーの話をすることにした。「今、ワールドカップの予選があってるじゃない。日本は、どうなるかな~?」秀樹は、サッカーの話しになって、俄然、目が輝き始めた。「日本は、問題ないさ。きっと、やってくれるさ」

 

 秀樹は、小太りのヒフミンを心の底で笑いながら、ドヤ顔でヒフミンに質問した。「ヒフミンは、サッカー好きか?」ヒフミンは、スポーツが苦手だった。特に肥満のヒフミンは、走るのが苦手だった。サッカーが苦手なヒフミンは、しぶしぶ答えた。「やるのは、苦手だけど、見るのは好きだ。三浦選手って、年なのに、すごいよな」秀樹は、三浦選手をほめたことで、少し機嫌がよくなった。「へ~、ヒフミンもサッカーのこと、分かってるじゃないか。カズは、日本のキングだからな」

 

 秀樹は、いつものごとくサッカーの自慢話を始めた。「僕は、フォワードだ。まあ、福岡のジュニアチームでは、かなり有名なんだ。ヒフミン、今度、サッカーをやろう」ヒフミンは、秀樹の機嫌がよくなったことで、少しほっとした。「足は遅いけど、やりたいな~。ドリブル、教えてくれよ」秀樹は、快く返事した。「いいとも。亜紀も、サッカー好きだよな」突然振られた亜紀だったが、気まずい雰囲気にならないように、即座に笑顔で答えた。「サッカー、大好き。みんなで、やろ~よ」

亜紀は、なんとなく二人が仲良くなってきたようでほっとしていたが、秀樹がお金の話を始めた。「プロって、儲かるんだろうな~。男子は、何と言っても、お金だから。な~、亜紀」またしても、突然振られた亜紀だったが、今度ばかりは、返事に躊躇した。秀樹は、金持ちであることを自慢したがっていると思えたからだ。しばらく考えて当たり障りのない返事をした。「プロのことはよくわからないいけど、プロになれる人って、数少ないんじゃない」

 

 秀樹は、さらに、プロの金儲けの話を続けた。「そりゃ~そうさ。プロの世界は、弱肉強食だからな。でも、貧乏人が億万長者になるには、プロになるのが一番さ。俺は、ケンブリッジ大学でAIを研究して、将来は、無敵のAIロボットを作ってやる。そう、ヒフミンは、どこの大学に行くつもりだ。まさか、奨励会?ってことはないよな」すでに奨励会に行くことになっていたヒフミンは、グサッときた。

 

 勉強が苦手なヒフミンは、しばらく黙っていたが、自分の気持を言うことにした。「僕は、勉強が苦手なんだ。大学には行かない。でも、将棋のプロになりたい。自信はないけど」秀樹は、あきれた顔つきで皮肉を言った。「おいおい、将棋のプロか。まいったな~、貧乏人の夢は、ヤッパ、プロか。そうそう、プロがAIに負けたよな~。そんなんじゃ、いずれ、プロは消滅するじゃないか。そんな夢を砂上の楼閣、って言ってたような」

春日信彦
作家:春日信彦
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