せっかく仲良くなってきたと思えたときに、秀樹の毒舌が始まり、空気が重苦しくなってしまった。亜紀は、とっさに手を差し伸べた。「いいじゃない。夢なんだから。ヒフミンは、将棋が好きなんだから。それでいいじゃない。夢を追いかけるのは、素敵なことだと思う」ヒフミンは、励ましてくれた亜紀に笑顔を向けた。秀樹は、ヒフミンの肩を持った亜紀に向かって皮肉を言った。「夢ね~、AIに勝てないプロってのは、恥さらしだよな~」
ヒフミンは、プロがAIに負けたニュースを思い出していた。事実、プロがAIに負けたときは、自分が負けたようで、涙がドッと零れ落ちた。しかし、夢をあきらめる気にはなれなかった。ヒフミンは、寂しそうな表情を作ると小さな声でポツリと声を発した。「僕には、将棋しかとりえがないから」ヒフミンはガクンとうなだれてしまった。しばらくすると、閉じたまぶたから涙がこぼれ落ちた。
涙を流したヒフミンに、亜紀は何と声をかけていいか分からず、アンナの助けを眼差しで求めた。アンナは将棋のことがよくわからず、何と言って励ましていいかまったく分からなかった。プロがAIに負けたことはニュースで知っていたが、別に気にするようなことではないと思っていた。でも、プロを目指している少年にとっては、一大事件だったことにヒフミンの涙を見て気づいた。