亜紀は、なんとなく二人が仲良くなってきたようでほっとしていたが、秀樹がお金の話を始めた。「プロって、儲かるんだろうな~。男子は、何と言っても、お金だから。な~、亜紀」またしても、突然振られた亜紀だったが、今度ばかりは、返事に躊躇した。秀樹は、金持ちであることを自慢したがっていると思えたからだ。しばらく考えて当たり障りのない返事をした。「プロのことはよくわからないいけど、プロになれる人って、数少ないんじゃない」
秀樹は、さらに、プロの金儲けの話を続けた。「そりゃ~そうさ。プロの世界は、弱肉強食だからな。でも、貧乏人が億万長者になるには、プロになるのが一番さ。俺は、ケンブリッジ大学でAIを研究して、将来は、無敵のAIロボットを作ってやる。そう、ヒフミンは、どこの大学に行くつもりだ。まさか、奨励会?ってことはないよな」すでに奨励会に行くことになっていたヒフミンは、グサッときた。
勉強が苦手なヒフミンは、しばらく黙っていたが、自分の気持を言うことにした。「僕は、勉強が苦手なんだ。大学には行かない。でも、将棋のプロになりたい。自信はないけど」秀樹は、あきれた顔つきで皮肉を言った。「おいおい、将棋のプロか。まいったな~、貧乏人の夢は、ヤッパ、プロか。そうそう、プロがAIに負けたよな~。そんなんじゃ、いずれ、プロは消滅するじゃないか。そんな夢を砂上の楼閣、って言ってたような」
せっかく仲良くなってきたと思えたときに、秀樹の毒舌が始まり、空気が重苦しくなってしまった。亜紀は、とっさに手を差し伸べた。「いいじゃない。夢なんだから。ヒフミンは、将棋が好きなんだから。それでいいじゃない。夢を追いかけるのは、素敵なことだと思う」ヒフミンは、励ましてくれた亜紀に笑顔を向けた。秀樹は、ヒフミンの肩を持った亜紀に向かって皮肉を言った。「夢ね~、AIに勝てないプロってのは、恥さらしだよな~」
ヒフミンは、プロがAIに負けたニュースを思い出していた。事実、プロがAIに負けたときは、自分が負けたようで、涙がドッと零れ落ちた。しかし、夢をあきらめる気にはなれなかった。ヒフミンは、寂しそうな表情を作ると小さな声でポツリと声を発した。「僕には、将棋しかとりえがないから」ヒフミンはガクンとうなだれてしまった。しばらくすると、閉じたまぶたから涙がこぼれ落ちた。
涙を流したヒフミンに、亜紀は何と声をかけていいか分からず、アンナの助けを眼差しで求めた。アンナは将棋のことがよくわからず、何と言って励ましていいかまったく分からなかった。プロがAIに負けたことはニュースで知っていたが、別に気にするようなことではないと思っていた。でも、プロを目指している少年にとっては、一大事件だったことにヒフミンの涙を見て気づいた。