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こんな険悪な状態は初めてで、とにかく秀樹の機嫌をとるために話題を替えることにした。秀樹が喜ぶ話題はないかといろいろ考えてみたが、即座には思いつかなかった。とりあえず、秀樹が得意なサッカーの話をすることにした。「今、ワールドカップの予選があってるじゃない。日本は、どうなるかな~?」秀樹は、サッカーの話しになって、俄然、目が輝き始めた。「日本は、問題ないさ。きっと、やってくれるさ」

 

 秀樹は、小太りのヒフミンを心の底で笑いながら、ドヤ顔でヒフミンに質問した。「ヒフミンは、サッカー好きか?」ヒフミンは、スポーツが苦手だった。特に肥満のヒフミンは、走るのが苦手だった。サッカーが苦手なヒフミンは、しぶしぶ答えた。「やるのは、苦手だけど、見るのは好きだ。三浦選手って、年なのに、すごいよな」秀樹は、三浦選手をほめたことで、少し機嫌がよくなった。「へ~、ヒフミンもサッカーのこと、分かってるじゃないか。カズは、日本のキングだからな」

 

 秀樹は、いつものごとくサッカーの自慢話を始めた。「僕は、フォワードだ。まあ、福岡のジュニアチームでは、かなり有名なんだ。ヒフミン、今度、サッカーをやろう」ヒフミンは、秀樹の機嫌がよくなったことで、少しほっとした。「足は遅いけど、やりたいな~。ドリブル、教えてくれよ」秀樹は、快く返事した。「いいとも。亜紀も、サッカー好きだよな」突然振られた亜紀だったが、気まずい雰囲気にならないように、即座に笑顔で答えた。「サッカー、大好き。みんなで、やろ~よ」

亜紀は、なんとなく二人が仲良くなってきたようでほっとしていたが、秀樹がお金の話を始めた。「プロって、儲かるんだろうな~。男子は、何と言っても、お金だから。な~、亜紀」またしても、突然振られた亜紀だったが、今度ばかりは、返事に躊躇した。秀樹は、金持ちであることを自慢したがっていると思えたからだ。しばらく考えて当たり障りのない返事をした。「プロのことはよくわからないいけど、プロになれる人って、数少ないんじゃない」

 

 秀樹は、さらに、プロの金儲けの話を続けた。「そりゃ~そうさ。プロの世界は、弱肉強食だからな。でも、貧乏人が億万長者になるには、プロになるのが一番さ。俺は、ケンブリッジ大学でAIを研究して、将来は、無敵のAIロボットを作ってやる。そう、ヒフミンは、どこの大学に行くつもりだ。まさか、奨励会?ってことはないよな」すでに奨励会に行くことになっていたヒフミンは、グサッときた。

 

 勉強が苦手なヒフミンは、しばらく黙っていたが、自分の気持を言うことにした。「僕は、勉強が苦手なんだ。大学には行かない。でも、将棋のプロになりたい。自信はないけど」秀樹は、あきれた顔つきで皮肉を言った。「おいおい、将棋のプロか。まいったな~、貧乏人の夢は、ヤッパ、プロか。そうそう、プロがAIに負けたよな~。そんなんじゃ、いずれ、プロは消滅するじゃないか。そんな夢を砂上の楼閣、って言ってたような」

せっかく仲良くなってきたと思えたときに、秀樹の毒舌が始まり、空気が重苦しくなってしまった。亜紀は、とっさに手を差し伸べた。「いいじゃない。夢なんだから。ヒフミンは、将棋が好きなんだから。それでいいじゃない。夢を追いかけるのは、素敵なことだと思う」ヒフミンは、励ましてくれた亜紀に笑顔を向けた。秀樹は、ヒフミンの肩を持った亜紀に向かって皮肉を言った。「夢ね~、AIに勝てないプロってのは、恥さらしだよな~」

 

 ヒフミンは、プロがAIに負けたニュースを思い出していた。事実、プロがAIに負けたときは、自分が負けたようで、涙がドッと零れ落ちた。しかし、夢をあきらめる気にはなれなかった。ヒフミンは、寂しそうな表情を作ると小さな声でポツリと声を発した。「僕には、将棋しかとりえがないから」ヒフミンはガクンとうなだれてしまった。しばらくすると、閉じたまぶたから涙がこぼれ落ちた。

 

 涙を流したヒフミンに、亜紀は何と声をかけていいか分からず、アンナの助けを眼差しで求めた。アンナは将棋のことがよくわからず、何と言って励ましていいかまったく分からなかった。プロがAIに負けたことはニュースで知っていたが、別に気にするようなことではないと思っていた。でも、プロを目指している少年にとっては、一大事件だったことにヒフミンの涙を見て気づいた。

そのとき、突然笑顔を作った秀樹が声をかけた。「まあ、AIの進歩は目覚しい。でも、人間の頭脳は、無限の可能性を持っている。俺のAIが勝つか、ヒフミンの頭脳が勝つか、勝負しようじゃないか。ヒフミンが負けたと決まったわけじゃない。どっちが勝つかは、やってみてのお楽しみだ。ヒフミン、いつか勝負できる日を楽しみにしてるぜ。それより、サッカーやろうぜ。亜紀、ボールもってこいよ。公園に行こう」泣きそうだった亜紀は、ジャンプして立ち上がると、涙が落ちないうちに、全速力で二階にかけていった。

春日信彦
作家:春日信彦
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