合コン殺人事件

毎月2回行われている恒例の合コンイベントは、男性5人、女性5人によるもので、教会で二泊三日のフリーデートを行うものだった。毎回、一組は、カップルが誕生し、成婚にいたっていた。女性たちにとっては、最高の婚活イベントとなっていた。合コンが行われた中洲教会には、宿泊できるワンルームの部屋が2階に6部屋、3階に6部屋あり、ほとんどの場合、2階に女性が宿泊し、3階に男性が宿泊していた。

 

イベントホールは1階にあり、そこで、午前11時から午後1時までパーティーが開催され、パーティー終了後は、フリーのデートを行うものだった。お互い気に入った男女は、三日間、日帰りできる気に入ったスポットで自由にデートができ、そのデートで女性が夜這いの時間を申し出て、男性が承諾すると、その夜、女性が男性の部屋に夜這いに行くことになっていた。そして、夜這いが成立すれば、二人そろって、恋愛成立を教会に申し出ることになっていた。

 

 イベント初日の3日、県警勤務の男性Mは、午後10時少し前に夜這いに訪れた女性Hと一夜を過ごした。4日の翌朝5時に、女性Hは、自分の部屋に戻り、親友の女性Sを朝食に誘うため、7時少し過ぎたころに女性Sの部屋のドアをノックした。しかし、数回のノックにもかかわらず、女性Sの返事がなかったためノブを回した。ドアは、ロックされておらず、ドアは何の抵抗もなく開いた。女性Hが中に入ると女性Sは,ベッドに横たわっていた。女性Hは、女性Sを起こすべく身体をゆすったが、返事はなく、息がないことに気付き、悲鳴を上げて、部屋から飛び出した。検視の結果、女性Sの死亡推定時刻は、4日の午前1時前後と推定された。

 女性Sの死因は、首に見られる手の痕跡から、扼殺と判断された。手の痕跡の大きさから判断して、男性ではないかと推測されたが、確証はなかった。参加した5人の男性すべて、事情聴取を行った結果、誰一人疑わしい人物は浮かび上がらなかった。女性Sの部屋にも男性の指紋は一つもなかった。首に残された手の痕跡の大きさからして、女性は除外されると判断されたが、念のため4人の女性も事情聴取がなされ、手のサイズが確認されたが、疑わしき人物は、一人もいなかった。ただ、女性Hの指紋がノブにあったが、これは、部屋へ出入りしたときについたものと判断され、殺人犯の手がかりとはなり得なかった。

 

 外部からの侵入者による殺害が考えられたが、一階詰め所には、男性(58歳)の警備員が常駐しており、また、2階と3階の窓からの侵入が考えられたが、すべての窓は、ロックされており、ガラスを割って侵入した形跡はなかった。したがって、外部からの侵入者による殺害の可能性は否定された。そのことから、9人の参加者と一人の警備員の誰かが殺害したと考えられたが、誰一人、疑わしき人物は浮かび上がらなかった。ついに、事件に行き詰った県警は、伊達刑事に極秘の捜査を依頼した。

 

 伊達刑事は、10人の調書を何度も読み返し、殺人現場である中洲教会にも数度足を運んだが、まったく、犯人像が浮かび上がらなかった。沢富刑事を事件に協力させたくなかったが、行き詰ってしまった伊達刑事は、しぶしぶ、沢富刑事に相談することにした。伊達刑事が唯一怪しいと直感した人物は、男性ではなく、女性Hだった。その理由は、二人は、小学校時代からの親友ということだけだったが、5人の男性と女性H以外の女性3人には、女性Sとの接点がなく、殺人動機もまったくなかったからだ。当然、警備員も同様だった。

首の痕跡

 

 身近なものほどお互いを知り尽くしていて、突然、殺人動機が生まれることを、伊達刑事は長年の経験から知っていた。沢富刑事に自分の直感を話し、沢富刑事の意見を聞こうと、いつもの中洲新橋近くの屋台に飲みに行った。伊達刑事は、グラスの焼酎をグイッと喉に流し込み、事件の概要を話し始めた。「屋台はいいよな~、気分が落ち着く。ところで、事件のことで、ちょっと、意見を聞きたいと思ってな」改まった口ぶりに沢富刑事は、右横の伊達刑事に顔を向けた。

 

 「例の未解決の事件ですか?」伊達刑事は、さすが察しがいいと思い、大きく頷いた。「そうだ、例のやつだ。調書を読んでも、まったく犯人像が浮かばん。俺には、手に負えん。どう思う?」突然、振られた沢富刑事は、キョトンとした表情で答えた。「僕に言われても分かりませんよ。伊達さんは、どう思われるんですか?」伊達刑事は、頷き、もう一口焼酎を流し込み、小さな声で話し始めた。「いやな、とにかく、誰一人、殺人動機がないんだ。ホシは、男性と推測されるんだが、俺は、親友の女性Hがクサイと思う」

 

 沢富刑事は、意外な犯人像を聞いて、一度持ち上げたグラスをテーブルに置いた。「それは、どうしてですか?」伊達刑事は、内緒話するようにさらに小さな声で話し始めた。「直感だ。彼女は、ガイシャの親友だ。しかも、第一発見者ときてる。間違いない」沢富刑事は、伊達刑事の直感は、信頼できるとは思っているが、いまひとつ根拠が薄いと思った。「そうですか。確かに、動機は、不明ですが、もし、考えられるとすれば、やはり、親友でしょう。お互いを知り尽くしていればいるほど、お互いの秘密を知っていることになります。確かに、Hはクサイですね」

 同感してくれたことに笑顔を作った伊達刑事は、残りの焼酎を飲み干し、グラスをオヤジに差し出した。「オヤジ」店主は、即座にグラスを受け取り、焼酎を注いだ。「今日は、ご機嫌じゃないですか。何かいいことでもあったんですか?」オヤジは、笑顔でグラスを伊達刑事に手渡し、さらに、声を張り上げた。「どうスカ、馬刺し」伊達刑事は、高級な馬刺しには、手が出なかったが、上機嫌になったついでに、食べることにした。「そいじゃ、もらうか」オヤジは、小さな冷蔵庫から取り出した馬肉の塊をスライスすると、丁寧に小皿に並べ、笑顔で伊達刑事の前に差し出した。

 

 「おい、食べろ。さあ」沢富刑事は、引きつった笑顔で馬刺しを一切れつまんだ。沢富刑事は、オヤジに聞こえないように耳打ちした。「たった、3切れで1000円は、ボッタクリじゃないスカ。オヤジ、商売上手ですね」伊達刑事は、頷いたが、笑顔でしゃべった。「まあ、今日は、俺のおごりだ、さあ、食え、食え」伊達刑事は、左手で沢富刑事の右肩をポンと叩いた。伊達刑事は、まさか、今の話を聞かれたのではないかと、顔を引きつらせ、苦笑いしながらオヤジの横顔をちらっと覗いた。オヤジの表情を見て安心した伊達刑事は、話し始めた。

 

「お前も、そう思うか。しかし、問題は3つある。一つは、首の痕跡の大きさがHの手よりはるかに大きいこと。二つ目は、HにはMと寝ていたと言うアリバイがあること。三つ目は、Hには、殺害の動機が見当たらないこと。どう考えても、分からん」伊達刑事も馬刺しを一切れつまみあげた。「え、アリバイ?」沢富刑事は、とっさに振り向いた。「そうですよ、アリバイがはっきりしているのは、Hだけです。そこです。アリバイ工作ですよ、間違いない」伊達刑事は、目をぱちくりさせ、手を震わせていた。「どういうことだ。おい」伊達刑事は、沢富刑事の右肩を掴んだ。「オヤジ、勘定」沢富刑事をせきたてると、勘定を済ませ立ち上がった。

春日信彦
作家:春日信彦
合コン殺人事件
0
  • 0円
  • ダウンロード

5 / 23

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント