合コン殺人事件

首の痕跡

 

 身近なものほどお互いを知り尽くしていて、突然、殺人動機が生まれることを、伊達刑事は長年の経験から知っていた。沢富刑事に自分の直感を話し、沢富刑事の意見を聞こうと、いつもの中洲新橋近くの屋台に飲みに行った。伊達刑事は、グラスの焼酎をグイッと喉に流し込み、事件の概要を話し始めた。「屋台はいいよな~、気分が落ち着く。ところで、事件のことで、ちょっと、意見を聞きたいと思ってな」改まった口ぶりに沢富刑事は、右横の伊達刑事に顔を向けた。

 

 「例の未解決の事件ですか?」伊達刑事は、さすが察しがいいと思い、大きく頷いた。「そうだ、例のやつだ。調書を読んでも、まったく犯人像が浮かばん。俺には、手に負えん。どう思う?」突然、振られた沢富刑事は、キョトンとした表情で答えた。「僕に言われても分かりませんよ。伊達さんは、どう思われるんですか?」伊達刑事は、頷き、もう一口焼酎を流し込み、小さな声で話し始めた。「いやな、とにかく、誰一人、殺人動機がないんだ。ホシは、男性と推測されるんだが、俺は、親友の女性Hがクサイと思う」

 

 沢富刑事は、意外な犯人像を聞いて、一度持ち上げたグラスをテーブルに置いた。「それは、どうしてですか?」伊達刑事は、内緒話するようにさらに小さな声で話し始めた。「直感だ。彼女は、ガイシャの親友だ。しかも、第一発見者ときてる。間違いない」沢富刑事は、伊達刑事の直感は、信頼できるとは思っているが、いまひとつ根拠が薄いと思った。「そうですか。確かに、動機は、不明ですが、もし、考えられるとすれば、やはり、親友でしょう。お互いを知り尽くしていればいるほど、お互いの秘密を知っていることになります。確かに、Hはクサイですね」

 同感してくれたことに笑顔を作った伊達刑事は、残りの焼酎を飲み干し、グラスをオヤジに差し出した。「オヤジ」店主は、即座にグラスを受け取り、焼酎を注いだ。「今日は、ご機嫌じゃないですか。何かいいことでもあったんですか?」オヤジは、笑顔でグラスを伊達刑事に手渡し、さらに、声を張り上げた。「どうスカ、馬刺し」伊達刑事は、高級な馬刺しには、手が出なかったが、上機嫌になったついでに、食べることにした。「そいじゃ、もらうか」オヤジは、小さな冷蔵庫から取り出した馬肉の塊をスライスすると、丁寧に小皿に並べ、笑顔で伊達刑事の前に差し出した。

 

 「おい、食べろ。さあ」沢富刑事は、引きつった笑顔で馬刺しを一切れつまんだ。沢富刑事は、オヤジに聞こえないように耳打ちした。「たった、3切れで1000円は、ボッタクリじゃないスカ。オヤジ、商売上手ですね」伊達刑事は、頷いたが、笑顔でしゃべった。「まあ、今日は、俺のおごりだ、さあ、食え、食え」伊達刑事は、左手で沢富刑事の右肩をポンと叩いた。伊達刑事は、まさか、今の話を聞かれたのではないかと、顔を引きつらせ、苦笑いしながらオヤジの横顔をちらっと覗いた。オヤジの表情を見て安心した伊達刑事は、話し始めた。

 

「お前も、そう思うか。しかし、問題は3つある。一つは、首の痕跡の大きさがHの手よりはるかに大きいこと。二つ目は、HにはMと寝ていたと言うアリバイがあること。三つ目は、Hには、殺害の動機が見当たらないこと。どう考えても、分からん」伊達刑事も馬刺しを一切れつまみあげた。「え、アリバイ?」沢富刑事は、とっさに振り向いた。「そうですよ、アリバイがはっきりしているのは、Hだけです。そこです。アリバイ工作ですよ、間違いない」伊達刑事は、目をぱちくりさせ、手を震わせていた。「どういうことだ。おい」伊達刑事は、沢富刑事の右肩を掴んだ。「オヤジ、勘定」沢富刑事をせきたてると、勘定を済ませ立ち上がった。

伊達刑事は、国体道路に出るとタクシーを拾い、沢富刑事を押し込んだ。「おい、どういうことだ。さっきのアリバイだ」沢富刑事は、一体何が起きたのかとキョトンとしていたが、アリバイのことで疑問に思ったことを話し始めた。「思うんですが、他の女性3人は、特にアリバイがなくて、Hだけがあるわけです。つまり、最も疑われないように、アリバイを作ったのではないかと思うんです。と言うことは、あえて、アリバイを作った人物が最も怪しいと言うことじゃないですか」

 

伊達刑事は、沢富刑事の話に耳を傾けながら、何度もうなずいた。「でもな~、首の痕跡は、男のものだし」伊達刑事は、ドライバーの後姿を見つめた。ドライバーは女性であった。「大濠公園の入り口まで、頼む」伊達刑事が行き先を告げると、明るく、かわいい声の返事が返ってきた。「ハイ」ドライバーは、ルームミラー越しに笑顔を見せた。ドライバーの声を聞いた沢富刑事は、上体を起こし、ドライバーに声をかけた。「もしかして、口森さん」即座に明るい声が返ってきた。「ハイ」ドライバーは、ルームミラーを見つめ、笑顔で挨拶した。

 

 伊達刑事は、右横を振り向き、声をかけた。「おい、知り合いか?」沢富刑事は、右頬をかきながら答えた。「まあ、ちょっと」伊達刑事は、右ひじで沢富刑事の左腕をちょこんとつつくと、大きな声で話し始めた。「え~~、おい、水臭いじゃないか。いるならい,いるって言えよ。このやろ~」沢富刑事は、誤解されたと思い、即座に返事した。「違いますって、ちょっとした、お友達です。そうですよね、口森さん」沢富刑事が、同意を求めると、意外な返事が返ってきた。「恋人未満って、とこですよね、沢ちゃん」ドライバーは、ルームミラーにウインクした。

「やっぱ、そうじゃないか。こいつ。僕は、こいつの上司で、伊達といいます。よろしく」ドライバーは、ルームミラーを見つめ、返事した。「こちらこそ。何かあったら、いつでも呼んで下さい。飛んでまいります」赤信号を見たドライバーは、ブレーキをゆっくり踏んだ。沢富刑事は、バツが悪くなり、どのように話を持っていけばいいか戸惑ってしまった。「こいつ、彼女募集中って、言ってたんですよ。こんなにかわいい方が、いるとは」伊達刑事は、ドライバーの後姿に返事した。

 

 「あら、刑事さんって、お上手なんですね」伊達刑事は、自分たちが刑事であることを知っていることにハッとしたが、沢富刑事の彼女であれば当然のことだと頷いた。「いや、こいつ、刑事のわりには、刑事らしくないんですよ。いつも、ボケ~として、のんきなやつなんです。出世欲がなくて、結婚する気もないです。困ったものです」伊達刑事は、沢富刑事を横目にぼやいた。ドライバーは、ルームミラーをちらっと見つめ、即座に返事した。「あら、いいじゃないですか、ボケ~っとしてて。沢ちゃんは、とっても、優しい方ですわ。私、そういう沢ちゃん、大好きなんです」

 

 沢富刑事は、彼女の話を聞いていると、かなり付き合っているように聞こえて、ドギマギし始めた。「そうですか。こいつには、こいつのよさがあります。よかったな~、おい」伊達刑事は、沢富刑事の顔を覗き込んだ。「は~~、まあ、もう~、そろそろじゃないですか?」すでに、荒戸を過ぎていた。「ハイ、もうすぐです」ドライバーは、明るい声を響かせた。伊達刑事は、即座に告げた。「チャイナガーデンのところでいいです」ドライバーは、頷き、チャイナガーデンの少し手前で車を止めた。

春日信彦
作家:春日信彦
合コン殺人事件
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